買い物
非番の時くらいは別行動でもいいのでは?と一明は思ったが、口にはしなかった。
寝惚け眼で玄関を開けると、いつもの羽織姿の虎緒がいたのである。
「寝ッたか?ちょろっと付き合ってけろや」
「……どこに?」
「ナニ、買い物さ」
これが娘らしい格好で誘われたのであれば、少しは色気のある話だが、浮いた事にはなりそうも無い。
「買い物?……苦無でも買うのかい?」
「まぁ、似た様なモンかな」
洒落で云ったつもりがコレだ。
一明はラフな格好に着替えると虎緒の後をついて行った。
「昨夜また辻斬りがあったってよ。六件目」
道すがら虎緒が云う。
「藩廻りの仕事だろ、陰陽課に回っちゃこないさ」
「カズ、昔『妖物は刃物を嫌う』ッて云ったよな」
以前、虎緒の封印を徐々に解いていた頃、確かに一明はそんな話を聞かせた覚えがある。
封印が解かれていけば虎緒の見鬼としての能力が戻ってくる。その際、恐怖にかられたり妖物に操られる事が無いように、心構えや対処法などを教えていた。『妖物は刃物を嫌う』という話もその中の一つだった。
「……まぁ、大抵のものは嫌うね」
「親父様に剣の手解きをしてもらってた時、親父様から『妖刀』の話を聞いた」
道場主である虎緒の父は、元々妖物やら呪術やらには懐疑的な人だった。虎緒が見鬼である事を認めてからは多少認める様になったが。
「君の親父さんがそういう話をねぇ」
「まぁ刀に関する事だし。ある種の、出来が良過ぎる刀は人の心を奪う、ッてな」
それでおかしくなるのは持ち手の不徳であって、日頃から精神修養を欠かさなければ魅入られる事は無い。要は気の持ちようだ。
虎緒の父はそう語ったという。
「ンでもなぁ、親父様の云ッてンのは『人の側』からみた話だっちゃ?」
妖物の事は父より娘の方が詳しい。それでも知らない事はまだまだある。
「カズ、妖物になった刀ッてのはあるもんかな?」
「……そうだな、器物百年を過ぎれば魂を得る、と云うから可能性は有るかな」
「ふぅん……あぁ、ここだ」
東口を更に東へ進み再開発された寺町を過ぎると、足軽組の居住区画に至る。
町並みを見れば都市中心部から抜けた感がある。幹線道路から外れた静かな住宅地といった風情だ。
しかしながら他所とは違うのが魚屋や八百屋に混ざって銃刀店が門を構えている事だろう。
「御免よ、注文してた武谷だけンど」
銃刀店の戸を潜った虎緒は店主に声をかけた。
「おぉ虎緒ちゃん、来たね」
好々爺然とした初老の店主が虎緒の声を聞いて顔をあげる。虎緒とは顔見知りらしい。
「ども」
「注文の品届いてるよ……ぃやぃや、鍛冶屋に厭な顔されたわ」
そう云うと店の奥から品物を出してきた。どうやらそれが虎緒の注文した物らしい。
(なんだそれ?)
それを見た一明が唖然としたのも無理は無い。
棒鑢。
鋳物や金具のバリを削る時などに使う棒鑢。そうとしか言い様の無い代物だったのである。
しかし、大きさがおかしい。
それは虎緒の腰に差している脇差しと変わらぬ長さだったのである。





