白刃
部屋の窓には遮光カーテンがひかれ、その間からわずかに漏れる陽光が暗い室内の輪郭を浮かび上がらせている。
男は壁に背中をもたれさせ、床にうずくまっていた。
目の前には一振りの大刀。
古い拵えのつくり。その昔、戦場を駆け巡った武者の手にふさわしいものであった。
漆塗りの鞘が弱い光を反射して、立て掛けられた壁から浮いて見える。
その照り返しは『此処に在り』と存在を主張しているかの様だ。
男は束の間、目を瞑る。が、すぐに目蓋が開く。
見るまい、と目を閉じるのだが、気が付けば立て掛けた大刀を見ているのだ。もう何度目かわからなかった。
右手を、利き手を握りまた開く。
大刀に目がいくと自然こうやって手を動かしているのだ。その度に感触が──斬った感触が──掌に戻ってくるのである。
それは肉が斬れる時の抵抗という気色悪さと、思う通りに骨肉が断たれていく爽快さが入り交じった感触だった。
男は思い出す。
三人目では肉の抵抗が心地好く感じられた事を。
男は立ち上がると、向かいの壁に近付き、大刀の柄を握った。
じっとり、と湿っている。
その湿りは大刀を振るう男の掌からにじんだ汗か、それとも刀の鍔越しに伝ってきた血脂なのか。
男の掌から脳へ、痺れる感覚が走る。
掌に感じる湿り気は男に『まだ足りない』と催促するかの様だった。
(何故、こうなってしまったのか……?)
自問する男に答えるものは無い。
あの晩、出会い頭に斬りつけられ応戦した。
相手が剣術のイロハなど知らない事は太刀筋で判ったが、狂気に犯された殺意にあてられ、気が付けば袈裟懸けに斬り伏してしまった。
斬り捨て免状を持っていようとも人一人の命を奪ったのだ、司直へ連絡する義務がある。そのつもりで懐から電話を出そうとしたその時────
────相手の手から転げた刀を、この刀を見てしまった。
狂おしいほどの所有欲が沸き上がり、柄を握り拾い上げた。
後はもう、悪夢の中に放り込まれた。甘美な、殺戮を求める悪夢に。
男は左手で鞘を掴むと、すらり、白刃を抜く。
妖しく輝く刀身に男は魅入る。
魅入るほどに後悔と罪悪感が溶けていく。
代わりに殺意が、どす黒く純粋な殺意が男の心を充たしていった。
(そうか、渇いているのだな、お前は)
手にした白刃が血に餓え渇いている事を感じ取り、男は自分もまた渇いている事に気が付く……





