辻斬り
「これで五件スか」
「どうかねぇ……」
藩奉行同心 平塚は死体の脇にしゃがみ込み、十手の先でシャツの胸元をめくった。
死体は頭頂から真っ直ぐ縦に腰まで両断されている。
『唐竹割り』と呼ばれる斬り口だ。
「私にゃ最初と後の四件は別口な気がするがね」
平塚が頭を上げて周囲を見回した。といっても現場はぐるりと陣幕の様にブルーシートで隔離されている。こうするのは近所や通行人に対する配慮、というのが建前で野次馬避けだ。
「ヅカさん、そのココロは?」
「斬り方……かね、私ゃ詳しくないけどね」
最初の一件、『辻斬り』の起こりは突いている。犠牲者は女で腹を何度も。
次は男。この男は相手と斬り合ったらしく致命傷の袈裟懸けの他、腕や頬などに浅い傷があった。
不可解なのはこの男、剣術など習った事も無ければ、斬り捨て免状も無い、士分ですらなかった。そんな男が斬り合いなど出来るものだろうか?
また、鑑識ではこの件のみ刀が違うという。
後の三件はご覧の通り、頭からの一刀両断唐竹割りである。
「ごめんくださいよ……」
羽織姿がブルーシートをはね除けて覗き込んだ。
「おや?確かお寺社の」
「ども、平塚さんでしたっけ?」
平塚は幕のうちに入って来た相手に見覚えがあった。寺社奉行陰陽課の、確かトラとか呼ばれていた娘である。
「幕がかかってたンで、ちょっと様子を」
「あぁ、そうですか」
この娘、斬り捨て免状持ちだったな。平塚は先の事件で顔を合わせた娘同心の事を素早く思い出す。
「あ、ども。寺社の武谷ッス」
陰陽課の同心、虎緒は藩廻りや鑑識達に頭を下げながら平塚の隣にしゃがむ。
死体の斬り口を覗き込んだ。女だてらに、と云うのは最近ご法度だが、胆が座っている。平塚はそう思った。
「……五件目?五件ともコレッスか?」
虎緒の指が斬り口をなぞる様に動いた。五件とも唐竹割りか?という問いである。
平塚は自分が感じている違和感を語った。
「鑑識じゃ二件目以外は同じ刀、って云うんですがね。私ゃ一件目と残りが別口に思えてねぇ」
「……二件目の被害者が一件目の犯人」
虎緒がぼそりと呟いた。
「え?なんだって?」
平塚が訊き返すと頭を掻きながら虎緒は考え考え口にする。
「一件目の犯人が二人目を殺ろうッてしたら、返り討ちに。ンで、返り討ちにした相手が犯人の刀を拾って」
「……三件、今度は自分が斬った相手の代わりに辻斬りをしたって?」
平塚は呆然とした。
なるほど『二件目の刃物が違う』『一件目と残りの斬り口が違う』という違和感には説明がつく。
しかし。
「なんだってまたそんな真似を?」
理由が、動機が解らない。
虎緒はまた頭をぼりぼり掻いた。
「うーん、説明し辛いッスね。陰陽課じゃすんなり通るけンど」
藩廻りさんじゃ納得シねぇよなぁ。虎緒は立ち上がり、一つ伸びをすると平塚に丁寧な暇乞いをして幕を出て行った。
彼女を見送った平塚は、溜め息混じりに呟いた。
「また、お寺社の仕事かねぇ」





