群獣
巨大な影が唸りながら方向転換をする。いくつもの小さな脚、その小さな爪がアスファルトをがりがりと削り、胴体が斜めに傾ぎながら急激に向き直る。
「今だ!」
物陰から一明他、陰陽課の者達が飛び出し一斉に両手で印を組んだ。
と、同時にあらかじめ道の両側、フェンスや家の塀に貼られた符が光り出す。
キンッッ!!!
大気が張る音が響いた。
巨大な影から複数の吼え声が聞こえた。大地に縫いつけられた様に動きが止まる。
「上手くいったなや」
「……冷や冷やしたぞ」
陰陽課はここに罠を仕掛けていたのである。
三件の食害事件。
何故同じ場所で起こったかを考えれば獣の性、すなわちここが妖物の縄張りであり狩場だからだ。
そして『獲物』が三人とも似たタイプの女性だったのは────
「三人とも座敷犬や猫など、以前なんらかのペットを飼っていたらしい」
「以前?」
「いつの間にか居なくなったらしいと近所の者からの証言だ」
「死んだか捨てたか……」
「店は違うが全員夜の商売か」
「似たタイプが多いだろうな、それに一日の行動も」
「『動機』は飢餓と飼い主に対する怨恨か」
「……それに飼い主への思慕」
陰陽課の会議で交わされた言葉である。
吼え声、叫び声、唸り声、そして悲鳴。
仕掛けられた符によって縛られ、小刻みに震える影からは獣達の声が響く。
「さて」
僧形の課員が数珠を掌に掛けた。
「狗子仏性のあるを知らず、とは謂うが知らずとて輪廻を妨げるものでは無い」
そう呟くと堂々とした般若真経を唱え始めた。
闇夜に経が響く。
ぷつり
ぷつり
巨大な影から小さな光の球がちぎれる様に抜けていく。淡い光はふわふわと虚空へ消えていった。
……残ったのは一人。男の影である。
「これはいかん」
僧形の課員が呆れた声を出した。他の課員が灯りで照らす。
「角!?」
照らされた男は、文字通り口が耳まで裂け、額には小さな角が生え始めていた。
「野郎のクセに『生成り』たぁ情けねぇ」
怪異の突進を見事にかわした女性が、ぶらぶらとした歩調で課員達に近寄る。
「オッサンの経で成仏したくねぇッてんならオレが引導渡してやらぁ」
彼女は一明から刀をふんだくると、生成り男の前で大上段に構えた。
「鬼に成るほど人間が向かねぇッてんなら次は虫にでも生まれとけ!」
袈裟懸けに降り下ろす。
どさり、と倒れた男には目もくれず、一明の許へ足を向ける。
「カズ、懐紙」
「はいはい」
一明から渡された懐紙で刀を拭っている娘に僧形の課員が声を掛けた。
「見事な一刀。しかし虎緒嬢、その格好なかなか似合っておるではないか」
「……オッサン目ぇ腐ってンのか?」
「トラ……馴れない服装かもしれないが」
一明がたしなめる。
髪を染め、派手で着馴れない服の虎緒は鞘に刀を戻しながらかぶりを振った。
「違ぇよ、縛られた妖物を斬るなんざ据え物斬りだ。ナニが見事なもんか」
そう云って頭を掻きながら、ちょっとはにかんだ様に付け加えた。
「ま、まぁ、たまになら……す、すかー、と?も悪かねぇかな」
─────────群獣 了





