虎緒登場
流行り廃りはいつの時代にもあるもので──
武士が刀を振る事も稀な太平の世には、剣術を習い普段より大小を腰に差す女性、というのが流行った頃が御座います。
と、なれば。
『別式』と呼ばれた女剣術使い、藩にて召し抱えられる。これもまた流行りというものだったので御座いましょう。
いくつかの藩が一人二人、奥向きの警護として別式を仕官させていた記録が御座いまして、なかでも伊達家仙台藩は最大で十人も召し抱えていたそうで御座います。
さて、月日は流れ流れて時代は玲和。
御一新の後の廃藩置県やら四民平等などなど、実は起こらなかったので御座います。
御一新で旧きものを捨てずに歴史が進んだ為で御座いましょうか。
科学の技の目覚ましい進歩と並行して、陰陽の技の研鑽もまた目覚ましいものでありました。
曰く、此の世には人ならざるものども確かにあり、と。
さてさて、物語の舞台は奥州 伊達家 仙台藩。
まずは蒲鉾屋の店先より物語は転がりまする。
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西口。
いくつかのビルヂングを二階でつなぐ『ぺですとりあんでっき』を北で降りると屋根付商店街の入り口が見える。
商店街には飯屋あり、雑貨屋あり、また賭玉屋、遊技場あり、と連日賑わいをみせている。
行き交う人の姿も様々。
洋服に髷を結う者、山高帽に羽織姿、振袖に高踵靴など、皆おもいおもいの格好で歩く。
見れば日ノ本人に混じって白人黒人、浅黒い胡人など観光かはたまた仕事か、談笑しながら街を歩く。大声で喋り合っているのは大陸の者か。
屋根付商店街を少し進めば、蒲鉾屋ビルヂングが好い匂いをさせている。
店先で『へうたん揚げ』なる食べ物を揚げているのだ。太串に蒲鉾を刺し衣を付けた、熱犬串揚である。
今も一人、店先に設えられた床几台に座り、へうたん揚げを頬張る客が居た。
客の横には大小が置かれている。という事は士分であろう。
羽織などに袖を通しているあたり、なかなかの渋好みだが、客はまだ若い。元服して数年といったところか。
「あぁ、居た居た」
この者を探していたのであろう若い男が店の角から顔を出した。
途端に客の表情が曇る。口のなかのへうたん揚げを飲み込むと、男の身なりに文句を云った。
「カズ、街中歩くのにその格好は無ぇっちゃ?何処の平安貴族よ」
やって来た男はなんと狩衣に烏帽子姿だった。これで顔に白粉など塗ったら完璧に『麿』である。
それよりも今発した客の声は、女のものであった。男装をして、おまけに帯刀しているが、よく見れば胸にふくらみがある。
「人の仕事着にケチつけないでくれよ、だいたい君に云われたくはないな」
「オレさどんな格好しろってのさ?」
「もうちょっとコゥ華やかな」
「……振袖なんぞ着て刀振れっかよ」
娘の発音は訛っている。もっとも若い世代だ、標準語に仙台弁が混ざる程度ではあるが。
「ほら、詰めて」
男装の娘に床几台を詰めさせて狩衣の男は横に座った。
「んで?カズ、次の予定は?」
娘が訊く。
お互い面と向かって話さない。餓鬼の時分から知った仲だ。
「そうさな、新寺小路のつくつく法師と面談だ」
「?……つくつく……っ蝉でねぇかコノッ!マジでそんな坊さんがいるかと思ったべ」
「まぁ冗談は置いて新寺に行くのはホントだ。地鎮だよ」
新寺小路は駅東口を出てすぐの地名だ。
東口は元々寺町で昔は一面寺と墓ばかりだった。駅周辺の開発で墓のほとんどは離れた場所へ移されている。寺そのものはそのままな為、ビルヂングの間に見える瓦屋根はたいてい寺だ。
墓の下に眠る死者達は全て引っ越したが、長年土地に染み込んだ気というものがある。
その気を鎮めるのはカズ──一明──の仕事の一つであり、彼を護衛するのが男装の娘の役目であった。
娘の名は虎緒。
寺社奉行 陰陽課 同心である。