第22話 ReRise <6> :◇双金相撃つ
視線がぶつかる。
互いの金色の髪が揺れる。
対照的なのは、長い耳と光る肌。
天人の万能剣士、マクシミリアン・マクスウェル。
森人の神の奇跡の弓撃士、アルキス・バルダイン。
障害物なし。
邪魔物なし。
二人の間に横たわるのは、純然たる五十メートルのみ。
二秒で一射。一射で六矢。
並べて秒間平均三発。
まさしく矢の雨。舞い散る木の葉すら射抜くような一人弾幕を躱しつつ、マクスウェルは一歩、また一歩と進んでいく。
剣は抜いていない。
鞘のない『永世斬徹』は小脇に挟んでいるが、鍛冶神の御手のの剣は鞘に納めている。
接近していない状況で握っていても無用の長物であるし、矢避けだけなら籠手で足りるのだ。
それよりも他にやることがあった。
弾丸の装填だ。
鍛冶神の御手の剣は、宝物庫と間違えて――間違えさせられて、ともいう――それを牢屋に運び込んだ王宮の愚かな人間のおかげで、容易に調達することができた。
拳銃そのものも鍛冶神の御手の剣を使った試行錯誤の末に、作り出すことができた。
けれど弾丸が難しかった。
牢屋の中で過ごした半年も合わせて、作製できたのは十一発。おまけに又聞きの知識ゆえの限界か、拳銃はその輪胴に五発しか弾を込めることができない。
ジンに撃ち込んだ四発と、直後にアルキスへ撃った一発。それで弾切れになっている。
だから装填が必要だった。
残り六発。
取り出そうとして、マクスウェルは舌打ちした。
弾丸の一つが、真っ二つに割れて――否、斬られている。比呂真の『斬り徹し』によるものだ。
残り五発。
まあ、輪胴にはちょうどいい数になった――と思考しようとして、再びマクスウェルは舌打ちする羽目になった。
自身の流血によって弾丸の一つが濡れていたからだ。
防水加工、などというものは施していない。
火薬的にも構造的にも、マクスウェルの銃弾は濡れたらおしまいである。
残り四発の弾丸は無事だった。
装填しながら回避する。
あるいは、回避しながら装填する。
距離は素直に詰まっていく。
彼我、三十五メートル。
アルキスは後退する様子がない。
その後ろにジンがいるからだ。
アルキスの思考を読んで、マクスウェルは口端を歪めた。
「こん――のっ! 全然当たんないわね!」
弓を引く。
弓を引く。
弓を引く。
アルキスの指先が弦から離れるたび、六つの矢が放たれる。
けれど、当たらない。
迫るマクスウェルのシルエットは、確実に大きくなっている。
左手に拳銃。
忌々しくも右手にジンの日本刀を握ったマクスウェルは、苦もなく矢を避けてアルキスへと接近している。
――実際には苦もなく、ではない。
そもそも回避に動く必要がなければ拳銃を装填し終える頃にはアルキスに斬り掛かっていたはずだし、回避に意識を割く必要がなければ拳銃の装填はもっと早くに終わっていた。
五十メートルの疾走を十五メートルにまで押し込んだのだから、意味がないはずがない。
だがそれでも、成果が目に見えていないというのは辛い。
心が揺らげば、武威は霞む。
――何より相手が、そういう心を利用する人間であるならば、尚更に。
偽りの伝心の奇跡。
ユミナには通用せず、比呂真には使う機会を得られなかった、偽の太陽神の奇跡。
見えざる刃が再び牙を剥く。
――最初は一瞬の逡巡だった。
刹那の遅延。そして生まれた余裕が間隙を抉じ開けていく。
歯車が狂う。
軋み。
撓み。
歪んで、曲がる。
歯車は狂う。
一度当たらなくなった矢は、二度とマクスウェルを妨げられず。
あわれ手の尽きた弓撃士は、なすすべもなく斃れ伏す。
――普通ならば。
されど彼女はアルキス・バルダイン。
弓撃士ではなく神の奇跡の弓撃士である。
ゆえに。
「――『暗獄神の慈雨』!!」
ゆえに彼女は破れない。
夥しい雷撃が空を裂き、地を捩じ伏せる。
叩き付けられた衝撃が、反動として宙空へと跳ね返っていく。
土煙。
人の形に沿うように蠢いて。
その向こうから、金糸の髪と黒曜石の眼差し。
戦いはまだ終わっていない。
もちろん、アルキスは。
弓を引く手も、祝詞を紡ぐ口も、休ませてはいない。
「まだまだ――っ、『黄昏の釵』ッ!」
雷槍七条。
電光が風を穿ち、響鳴の果てに炸裂する。
しかしその穂先は、黄金の獣を撃つには至らない。
「残念でしたね。あなた一人では、僕の敵足り得ないようだ」
雷を妨げたのは防壁の魔法。
奇跡の軌道上を的確に捉える三つの初歩魔法で、マクスウェルは過不足なく攻撃を防いで見せた。
そして、踏み出す。
残り二十メートル。
詰め切ればマクスウェルの勝ち。
だから稼ぎ得る最大の時間を使うように、アルキスは詠唱を始めた。
一歩、後ろへ下がる。
もちろんマクスウェルもそれを読んでいる。
敗北必至の劣勢で、一発逆転を賭けた大博打。
心を読まずとも分かるほど分かりやすい選択だ。
しかしマクスウェルは心を読んでいる。
ゆえに知っている。アルキスは本当にギリギリを選択したのだと。
「ふはっ! 無駄ですよ! あなたの詠唱が終わる前に――僕の刃が届く!!」
「……っ、」
偽りの伝心の奇跡と、言葉による撹乱。
それを受けて、詠唱が僅かに揺らぐ。
残り十五メートル。
マクスウェルが口を開く。
「僕の妨害はっ、搦手だけではありませんよ! ――『六戈の烈風』!」
風の刃、六陣。
一つが一矢を切り裂き、六つ。一射を完封すれば二秒。マクスウェルの行動が自由になる。
残り、十メートル。
再び弓を構えたアルキスへ、拳銃を向けて引鉄を引く。
轟音は神官の詠唱を途切れさせることはないが、弓使いを怯ませるには充分だ。
九、
八、
七、
六――
下段。
比呂真から奪い取った『永世斬徹』を、切っ先が地面を掠めるほどまで下ろした状態でマクスウェルは肉薄する。
残り五メートル。
もはや弓すら脅威ではない。
至近距離で放たれた六本の木矢を鮮やかに躱し、ぴくりと日本刀の切っ先が上がる。
手の位置はブレていない。
このまま勢いをつけて掬い上げるように斬り上げれば、手に持った弓ごとアルキスの身体は両断される。
――はずだった。
「……『魔六道佐の封眼視』」
呟くような声が、いやに大きく聞こえて。
マクスウェルはその発動を、地獄の底から――否、六面世界風に言うなら常夜の六相界の月から響くもののように感じた。
天人は天人を読み取れない。
けれど佐級魔族が送還されるような一撃を、ただの魔道士の少女が受けて無事なはずはないと、マクスウェルは判断していた。
宙空に浮かぶ六つの目玉から、鎖が放たれる。
彼の身体に辿り着く前に一つを斬り、鍔に鎖を絡みつかせられた『永世斬徹』を手放す。
残る四つがその身を捉える。
目玉の隙間を縫って飛来した矢を、限界まで節約した防壁の魔法で防ぐ。
僅かな時間にいくつもの命のやりとりを挟んで。
しかし彼の思考は、別のところにあった。
(なぜ、動ける)
視界から探し出したユミナへと、視線を向ける。
蒼白の顔。震える指先。けれどその表情は、愉悦に染まっている。
「……ふふふ。気に入って、もらえた。みたいで、嬉しい。……ネタばらしをすると――私の作った、『翻訳の魔法』、を。少し。応用、しただけ」
その発言で答えに行き当たることができる程度には、マクスウェルは聡明である。
奇跡ならば神様の気まぐれで行なわれる思念化の手順を、魔法による理論で代替したのなら。
――事象に対する解釈を、自分に都合の良いように翻訳したのか!
マクスウェルの表情が歪む。
それは偽りの伝心の奇跡に類するものだ。つまり、マクスウェルにとっては自分に対して行使されるなど夢にも思わなかった――という、ことでもある。
そしてマクスウェルの外側から、歓喜に似た確信の感情が流れ込んでくる。
天人は天人を読み取れない。
だからこれはユミナの確信ではないと、マクスウェルは判断した。
ユミナはこの確信のために時間を稼いだのだと、マクスウェルは理解した。
佐級魔族を殺すほどの魔法。それを防ぐ魔法。そして翻訳の魔法。
すべてを同時に展開したために、ユミナの身体はボロボロだった。
詠唱しようにも、魔力を流そうとするだけで代わりに血を吐くような状態だ。
だから彼女は、わざわざ喋ったのだ。
マクスウェルが判断を諦めて、一瞬早く脱出に動くのを防ぐために。
そしてそれは実を結ぶ。
「――『神節万光』」
祝ぐのは神節。
選ぶのは万光。
神節の奇跡。
神々が持つ二つの属性の一方を最大まで具象化する、神官の深奥。
鉄と炎の神が鍛冶神と、光と闇の神が偽陽神と崇められるように、暗獄神に祀わる二つ――毒と雷のうち、アルキスは雷を選び取った。
「――『千早雷迎・山津喰』」
発動の宣告。
けれどその瞬間、マクスウェルはようやく四つの鎖を破壊し、地に足を着けたところだった。
あと一瞬。
心を直には読めないけれど。
マクスウェルの表情から、ユミナは確かにその感情を読み取って。
緊張から解き放たれたユミナの意識は、深く安堵の泥濘の中へと落ちていった。




