第21話 ReRise <5> :◇才分化 -from Age-
筋肉が悲鳴を上げて。それに呼応するように刃が唸る。
間一髪。――よりもあと一歩遠く、マクスウェルは身体を逸らして攻撃を避けた。
『永世斬徹』。その反りのある刃を見て、それから使い手を見て、"最悪"の男は髪を掻き上げる。
「これはこれは。初代自らお出ましとは驚きました」
僅かに。
マクスウェルの発言から間を置いて。
「ほう。貴様、心が読めるのか」
短いやりとり。
その返答に、本当に驚く羽目になったのは、マクスウェルのほうだった。
刃が閃く。
鎧を薄く斬り裂いて、血が舞った。
「では改めて。御霊流刃術――改め御鈴流刃術の初代。藤原比呂真だ。短い間だがよろしくお願いしよう、覚の男」
そこでようやく、マクスウェルは違和感に気付く。
気付いて、さらに比呂真が動いたのを見た。
斬撃。
回避できたのは半ば偶然だ。
喋り始めていたら、僅かでも舌の上に意識を乗せていたらまた傷を負っていた。
決断して、マクスウェルは言葉による撹乱を諦める。
そして再び、自分が気付いたことへ意識を向けた。
――心が読めない。
まったく、というほどではない。
流石に声に出すほど明確な意識は読み取れる。
マクスウェルと比呂真の間にコミュニケーションが成り立っているのは、その程度の読心と副人格の通訳のおかげだった。
それでも、只人に喩えるなら五感の一つを封じられるようなものだ。
だが逆に言えば、まだ五つある。
読心なしでも"魔女"を追い詰められる程度には、マクスウェルは悪魔である。
だからマクスウェルは迷いなく継戦を選択した。
斬撃と、斬撃。
受ければ剣ごと断てる軌道で、『永世斬徹』が袈裟を斬る。
天禀の武才によって『斬り徹』されるはずの部分だけを沸騰させ、鍛冶神の御手の剣が斬り上げる。
交錯。
血飛沫は二条。
「――大した太刀筋だ。惜しい男だな」
「お褒めに与り光栄です。僕も叶うなら、全力のあなたと対峙してみたかった」
一拍遅れて、比呂真が返す。
「そうか。貴様はそういう男か」
「ええ、僕は――マクシミリアン・マクスウェルはこういう男です」
「奇矯な名前だ」
「ヒロザネというのも十二分に」
その先の、言葉はない。
一つ、二つ、三つ――ただの一度も金属音は鳴り響かないまま、両者は斬り結ぶ。
そして四度目の交差の後。
マクスウェルの口唇が言葉を紡いだ。
「――『凍る大地』。『蒼炎の鏃』。『六戈の烈風』」
ぴくり、と比呂真が反応したのは下方。
霜が降ったように冷気を放つ地面。
それが攻撃ではないと認識したときには、周囲に二十の炎の鏃が浮かび、背筋を震わせるような風切り音が迫っていた。
だが躱せない。
足元が凍っているせいで。
(――ヒロザネさん! 代わります!)
鏃が放たれる。風が吹く。
一度は冷えた空気が熱され、さらには風に掻き混ぜられて、朦々と土煙が生じた。
「……はぁ。こんな光景を、半年前にも見たような気がしますね」
うんざりしたような声で、マクスウェルは呟いた。
あのときはマクスウェルがやられる側だったのだが、今回はどうか。
検証するまでもなく、理解している。
彼は剣を下ろさなかった。
煙が揺れて、身体が飛び出す。
斬撃。
――けれど刃は、届かなかった。
防御に展開した無詠唱魔法の反動で、左腕が使い物にならなくなっていたから?
それも理由の一つだ。
数度の斬り結びで、比呂真の太刀筋をマクスウェルが覚えてしまったから?
それもまた、理由の一つだ。
けれど最たるのは。
比呂真の思考が漏れていたからだった。
がくり、と。
ヴァレットの身体が――比呂真が膝をつく。
「一つ、お伺いしても?」
比呂真の手から『永世斬徹』を取り上げて、マクスウェルが訊ねる。
「答えられることなら答えよう」
「どうして最後に、思考を見せたんですか」
マクスウェルの問いに、比呂真が顔を上げた。
それだけで答えが伝わる。
表情によってではなく、天人の特性によって。
「……武人が痛みに弱いとは。笑われてしまいますよ」
「心を読む類の連中が、こんなに強いのは初めてなものでな」
事実だ。
比呂真が回答に至るまでの思考も読んで、マクスウェルは既に読心封じのからくりについても理解していた。
『祓心斬徹』の自傷による自らの精神撹乱。
「……後世に伝えているわけではないのですね」
「当たり前だろう? 理由も分からん、そもそももっと安全で効率の良い方法があるかもしれんのに、道を一つに絞るような真似はせぬよ」
そう。
比呂真の言う通り、読心封じは一歩間違えば廃人一直線の真似事である上に、『なぜそうなるのか』が彼には解明できなかったゆえに失伝している。
比呂真は考えもしなかったが。
自分自身だけではなく、ヴァレットの精神がともにあったこと――それが最大の敗因だと、マクスウェルは考えていた。
「おっと……時間のようだ――」
ヴァレットの身体がぐらりと揺れる。
媒体たる『永世斬徹』を手放したことで、儀霊が維持できなくなったのだ。
恐怖。戦意。護衛。
切り替わった思考がマクスウェルの感覚に流れ込み、彼はその希望を断ち切るように、刃を振り上げた。
視線の先にはヴァレットの脳天。
新しく手にした日本刀とやらの試し斬りに、刃を振り下ろそうとして――
びぃうっ、と。
二者の間を矢が裂いた。
マクスウェルが後退った一瞬の隙を突いて、ヴァレットは離れている。
追おうとすれば、また矢が飛んでくる。
だから彼は、標的を変えた。
矢を放った者へと。
矢羽も鏃もない、木製の矢。
けれど世界樹の枝葉から生み出されたそれは、すなわち生きとし生けるものすべてを貫く必殺の一撃である。
静かな対峙。
距離は五十メートル。
視線の先には一人の少女。
きっとすべてのことを為して。
――アルキス・バルダインはただ一人、"最悪"へと弓を引いていた。




