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刃の転界者  作者: 利々 利々
第四章 刃術師は幕を斬る
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第21話 ReRise <5> :◇才分化 -from Age-

 筋肉が悲鳴を上げて。それに呼応するように刃が唸る。


 間一髪。――よりもあと一歩遠く、マクスウェルは身体を逸らして攻撃を避けた。

 『永世(えいせい)斬徹(ざんてつ)』。その反りのある刃を見て、それから使い手を見て、"最悪"の男は髪を掻き上げる。


「これはこれは。初代自らお出ましとは驚きました」


 僅かに。

 マクスウェルの発言から間を置いて。


「ほう。貴様、心が読めるのか」


 短いやりとり。

 その返答に、本当に(ヽヽヽ)驚く(ヽヽ)羽目に(ヽヽヽ)なった(ヽヽヽ)のは、マクスウェルのほうだった。


 刃が閃く。

 鎧を薄く斬り裂いて、血が舞った。


「では改めて。()(りょう)(りゅう)(じん)(じゅつ)――改め()(すず)(りゅう)(じん)(じゅつ)の初代。藤原(ふじわらの)比呂(ひろ)(ざね)だ。短い間だがよろしくお願いしよう、(サトリ)の男」


 そこでようやく、マクスウェルは違和感に気付く。

 気付いて、さらに比呂真が動いたのを見た。


 斬撃。


 回避できたのは半ば偶然だ。

 喋り始めていたら、僅かでも舌の上に意識を乗せていたらまた傷を負っていた。


 決断して、マクスウェルは言葉による撹乱を諦める。

 そして再び、自分が気付いたことへ意識を向けた。


 ――心が読めない。


 まったく、というほどではない。

 流石に声に出すほど明確な意識は読み取れる。

 マクスウェルと比呂真の間にコミュニケーションが成り立っているのは、その程度の(ヽヽヽヽヽ)読心と副人格(ヴァレット)の通訳のおかげだった。


 それでも、只人(ヒューマン)(たと)えるなら五感の一つを封じられるようなものだ。

 だが逆に言えば、まだ(ヽヽ)五つ(ヽヽ)ある(ヽヽ)

 読心なしでも"魔女(ウィッチ)"を追い詰められる程度には、マクスウェルは悪魔である。


 だからマクスウェルは迷いなく継戦を選択した。


 斬撃と、斬撃。


 受ければ剣ごと断てる軌道で、『永世(えいせい)斬徹(ざんてつ)』が袈裟を斬る。

 天禀(てんぴん)の武才によって『斬り徹』されるはずの部分だけを沸騰させ、鍛冶神の(シージング・)御手(シース・)の剣(ブレード)が斬り上げる。


 交錯。


 血飛沫は二条。


「――大した太刀筋だ。惜しい男だな」


「お褒めに(あずか)り光栄です。僕も叶うなら、全力のあなたと対峙してみたかった」


 一拍遅れて、比呂真が返す。


「そうか。貴様はそういう男か」


「ええ、僕は――マクシミリアン・マクスウェルはこういう男です」


()(きょう)な名前だ」


「ヒロザネというのも十二分に」


 その先の、言葉はない。


 一つ、二つ、三つ――ただの一度も金属音は鳴り響かないまま、両者は斬り結ぶ。

 そして四度目の交差の後。


 マクスウェルの口唇(くちびる)が言葉を紡いだ。


「――『凍る(フリーズ・)大地(グラウンド)』。『蒼炎(フレイム)の鏃(・ボルト)』。『六戈の(ブレード・)烈風(ゼファー)』」


 ぴくり、と比呂真が反応したのは下方。


 霜が降ったように冷気を放つ地面。

 それが(ヽヽヽ)攻撃(ヽヽ)ではない(ヽヽヽヽ)と認識したときには、周囲に二十の炎の鏃が浮かび、背筋を震わせるような風切り音が迫っていた。


 だが(かわ)せない。


 足元が(ヽヽヽ)凍って(ヽヽヽ)いる(ヽヽ)せいで。


(――ヒロザネさん! 代わります!)


 (ボルト)が放たれる。風が吹く。

 一度は冷えた空気が熱され、さらには風に掻き混ぜられて、朦々(もうもう)と土煙が生じた。


「……はぁ。こんな光景を、半年前にも見たような気がしますね」


 うんざりしたような声で、マクスウェルは呟いた。

 あのときはマクスウェルがやられる側だったのだが、今回はどうか。

 検証するまでもなく、理解している。


 彼は剣を下ろさなかった。


 煙が揺れて、身体が飛び出す。

 斬撃。

 ――けれど刃は、届かなかった。


 防御に展開した無詠唱魔法の反動で、左腕が使い物にならなくなっていたから?

 それも理由の一つだ。

 数度の斬り結びで、比呂真の太刀筋をマクスウェルが覚えてしまったから?

 それもまた、理由の一つだ。


 けれど最たるのは。

 比呂真の思考が漏れていたからだった。


 がくり、と。

 ヴァレットの身体が――比呂真が膝をつく。


「一つ、お伺いしても?」


 比呂真の手から『永世(えいせい)斬徹(ざんてつ)』を取り上げて、マクスウェルが訊ねる。


「答えられることなら答えよう」


「どうして最後に、思考を見せたんですか」


 マクスウェルの問いに、比呂真が顔を上げた。

 それだけで答えが伝わる(ヽヽヽ)

 表情によってではなく、天人(デイヴァ)の特性によって。


「……武人が痛みに弱いとは。笑われてしまいますよ」


「心を読む類の連中が、こんなに強いのは初めてなものでな」


 事実だ。

 比呂真が回答に至るまでの思考も読んで、マクスウェルは既に読心封じのからくりについても理解していた。


 『祓心(ふっしん)斬徹(ざんてつ)』の自傷(ヽヽ)による(ヽヽヽ)自らの精神撹乱。


「……後世に伝えているわけではないのですね」


「当たり前だろう? 理由も分からん、そもそももっと安全で効率の良い方法があるかもしれんのに、道を一つに絞るような真似はせぬよ」


 そう。

 比呂真の言う通り、読心封じは一歩間違えば廃人一直線の真似事である上に、『なぜそうなるのか』が彼には解明できなかったゆえに失伝している。


 比呂真は考えもしなかったが。

 自分自身だけではなく、ヴァレットの精神がともにあったこと――それが最大の敗因だと、マクスウェルは考えていた。


「おっと……時間のようだ――」


 ヴァレットの身体がぐらりと揺れる。

 媒体たる『永世(えいせい)斬徹(ざんてつ)』を手放したことで、()(れい)が維持できなくなったのだ。


 恐怖。戦意。護衛。


 切り替わった思考がマクスウェルの感覚に流れ込み、彼はその希望を断ち切るように、刃を振り上げた。


 視線の先にはヴァレットの脳天。

 新しく手にした日本刀(ニホントウ)とやらの試し斬りに、刃を振り下ろそうとして――


 びぃうっ、と。


 二者の間を矢が裂いた。


 マクスウェルが後退(あとずさ)った一瞬の隙を突いて、ヴァレットは離れている。

 追おうとすれば、また矢が飛んでくる。

 だから彼は、標的を変えた。


 矢を放った者へと。


 矢羽も鏃もない、木製の矢。

 けれど世界樹の枝葉から生み出されたそれは、すなわち生きとし生けるものすべてを貫く必殺の一撃である。


 静かな対峙。


 距離は五十メートル。


 視線の先には一人の少女。

 きっとすべてのことを()して。


 ――アルキス・バルダインはただ一人、"最悪(マクスウェル)"へと弓を引いていた。

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