第05話 準備完了!
〈針子縫〉を出て、次に俺達が向かったのは武器屋だった。
少しはかさばるかと思った革製布製の防具達も、山ほど買った服も、いつの間にか消えている。魔法の付与がなされた袋にしまいこんだらしい。
あとついでに、これについては魔法と呼んでも平気らしい。
乙女心はよく分からん。
武器屋はすぐ近くだった。
期待通り、陳列されているのは単なる武器だけに留まらない。物々しい殺戮道具から普段使いの日用品まで、品揃えは幅広い。
ただ、ある種の静謐すら抱えていた〈ピクシーの針子縫〉とは違い、こちら〈炎の鉄杓〉では、所狭しと商品を並べたこじんまりとした店の奥から、金鎚の音が断続的に響いてくる。
服を縫うのとは違って、包丁一つ作るにも金属に金属を叩き付けなければならないのだから、この環境は当然と言うべきか。
棚だらけで見通しの悪い店内には、天井から床スレスレまで目一杯使って商品が並べられている。
目に入ってくるのはぎらりと剣呑な光を放つ無機物ばかり。店自体は〈針子縫〉より狭いくらいなのに、踏み込んでから十数歩も歩いてようやく、生物の姿が見えた。
「うい。……お客さんっスか?」
耳がひくひくと動いている。
ぴんと立った、茶色い毛並みの犬耳だ。番犬だろうかと思って視線を下に移しても犬の顔だ。確かにこのあたりから声がしたはずなんだが……と思って、もっと下を見る。すると、人並みの肩幅に服を着ていた。
つまり頭部が人の顔じゃなく、犬の頭の――亜人だった。
「ええ。お客様よ。適当に剣を見繕って頂戴。ジン、何か希望はある?」
「魔法とか祝福とかは、別に。というか――」
犬面の青年が気になって、視線がどうしてもそちらにいってしまう。
「どうかしたんスか?」
「いや……」
「なに、獣人が珍しいの?」
「いや、いや。そういうわけじゃない」
珍しいに決まってるだろ!
と言いたいところだったが、当然言えない。
確かに森人と地人は前知識があったから驚かずに済んだ。妖人だってどこぞのティンカーナントカみたいなもんだと思ってスルーしていた。
むしろ獣人だって正直、人の顔に耳と尻尾が生えた程度はいるだろうと思っていた。
だからこういうのが、ちょっと想定外だっただけだ。
こういう――俺の想像でいう、人に化けた狼に近いタイプのものは。
アルキスがわざわざ珍しいのかと訊いたからには、この世界、少なくともこの街では珍しくないのだろう。
余計な偏見は捨てて臨むべきだ。
たとえ吸血鬼とか人狼が、御鈴流では殺すべき存在だったとしても。
『鬼を討ち、魔を祓い、悪を斃す』。御鈴の流儀で言えば人狼は祓わねばならない存在だ。
……まあ欲を言うともうちょっと、人に近い容姿でいてくれないと間違えて斬ってしまいそうで怖いけど。
そのあたりも、慣れていくしかなさそうだな。
「だったら買い物を済ませましょ。魔法や祝福は必要なくて……他に希望は?」
「軽くて、刃になってる部分が大きいのがいい。それから……硬いほうがいいな。折れにくいっていうのか? 条件はこの三つくらいだ。全部ができるだけ高水準でまとまってるのがいい」
そう、アルキスに伝えた。彼女がさらに店員に伝える。
「いやァ、全部まとめてだとどうしても魔法の品になっちゃいまスよ。堅牢なる細剣とかどうスか?」
犬顔の店員が腕を組んで考えたが、どうにも名案は浮かばないらしい。
「折れにくい、というのは必要なの?」
店員の提案を聞いて、アルキスが訊いてきた。まぁ確かに、それだけは『斬り徹し』じゃなくて物持ちに関連するから付け加えただけだ。
「いいや。ないのなら、軽くて、刃が長ければいい」
「そう。じゃあ普通の細剣にしましょうか」
「護拳はどうしまス?」
「それはいらない」
アルキスが通訳する。
「承知しました~。では、商品を取ってきまス」
犬店員がとことこと棚の隙間を縫って商品を集めていく。ふらふら歩いているように見えるが、じっと気配を追っていると無駄のないルート選びをしている。
そして案の定、期待よりも少し短い時間で、店員は戻ってきた。
「お待たせしました~っス」
暢気な声をあげて、しかし丁寧な手つきで店員はテーブルの上に細剣を並べてくれた。
「どうぞ手に取って、お確かめくださいっス」
「気に入ったのがあったら全部、この袋に入れていいわよ。魔法の品でもないなら、ここにあるもの全部買ったところであの防具一つより安いから」
アルキスは袋の口をこちらに広げて突っ立った。
目を掛けてくれるのは嬉しいが……流石に使いでの悪いものまで使う気にはなれないので、よく吟味しよう。これからは、使い潰してしまうことも減るだろうし。
細剣を一本ずつ振るっていく。結局、気に入った感触が得られたのは二本だけだった。
「どうせ高くもないんだから、握っているほうが危ないような状況に陥ったら手放していいからね」
店員の見ている前でそう言うと、アルキスは相変わらず澱みない足運びで店を出た。
◆◆◆
武器よし。防具よし。十日分の食料と水、それから秘薬という名前の、小瓶に入った変な色の水よし。
魔法の袋はない。
あれは一つしか持っていないらしい。
それから、昨日の就寝前にランプの下に落ちていた、もとい置いてあった紙切れ。あれは鉄級冒険者の証文だったらしい。言ってくれ。
順序を踏まなくていいのか、なんて質問は当然ぶつけた。
ぶつけたんだが……アルキスからは「王都とかの規律にうるさいところならともかく、ウチはそのへん適当だから大丈夫よ」というありがたいお言葉を、昼のつまみを探していた暇人連中からは「お嬢もとうとう不正推薦デビューか!」という野次を頂いた。
不正推薦はデビューしちゃいけないんじゃないのか。
この世界では黙認される程度のルールなんだろうか。
しかし期せずしてアルキスの初めてをもらってしまったらしい。
そこは嬉しかった。
さて。
俺の荷物とは別に、アルキスも万全の準備を整えている。
途中ではぐれても死なないように気を遣ってくれているのがありありと分かった。実にありがたい。とはいえ道具だけあっても意味はないのだが。向こうで食えた草が、こっちで食べられるとも限らないからな。どころか襲ってきても不思議じゃない。
今、アルキスは下の階――地人のおっさんのところへ依頼票を取りに行っている。
依頼票、とは冒険者の日々の収入に関わるものだ。
通常それらは依頼主、つまり出資者が希望する『この仕事をしてくれれば、これだけの報酬を払う』という内容のほか、斡旋所が設定した注意事項が付記されている。
同じ依頼の達成報告が二つも三つもなされてはたまらないので、たいていの場合は請けきりになっている……のだが、注意事項の中には『これだけの期間、何も報告がなかったら改めて依頼を出すよ』ということも書いてある。そういうルールがないと誰かが依頼に失敗して全滅したとき、依頼主が困るからだ。
そういうわけで、もしも奇跡的に生還した場合であっても、自分が行方不明になってキャンセルされてしまった依頼が達成されていたら、それが不当な場合を除いて黙り込むしかない。
おまけに不当だと騒ぎ立てても、普段の信用如何で聞く耳もたれない可能性もあるという。
全部自己責任・出来高制で、信用まで求められる商売。それでも冒険者になる者は後を絶たない。
理由は簡単。
鉱級になら誰でもなれるからだ。死ねばそこで終わりだが、一度鉄級まで上がってしまえば日々の雑用とちょっとした魔物退治で、食いっぱぐれない程度には生きていける。
「――さあ、行くわよ!」
気付けば後ろに、アルキスが立っていた。いかん、どうもこちらに来てから感覚が鈍ってきている。ジジイ、もとい師匠にどやされることも命を狙われることもない生活というのは、緊張感が欠けていた。
俺の返事を待たずに踵を返したアルキスの後ろに、慌てて荷物をまとめて続いた。
こうして、俺は冒険者稼業の第一歩を踏み出すことになったのだ。




