第04話 与太話
高級コーヒー・高級紅茶を堪能した後、ほどなくして斡旋所の給仕さんたちが部屋を訪ねてきた。
大量の、料理を。
手押しの三段荷車に乗せて。
……おかしいな。
目の錯覚かな?
荷車が三台あるように見える。給仕さんも三人に見える。
けれど給仕さんたちは別々の動きをして、皿をテーブルに並べていった。
皿は大きい。パーティ用のものだと言われても信じられるサイズ。
そしてブラックホールのような胃にも優しい、山を模した盛り付け。
どれかが、ではない。
どれもが、だ。
「やっぱり斡旋所の食事は、『帰ってきた!』って感じになるわねー」
「白々しい。王都で食べたのなんて二、三度しかないくせに」
「気分の問題よ。いちいちうるさいわね」
アルキスの噛み付きは、状況のせいか少々柔らかい。
食事に意識が向いていなければ、もっと激しく怒っていただろう。
斡旋所の食事は総じて、一度の注文でくる量が多い。
だが、これは――
「この盛り! この皿! すなわちこの量!! 冒険者の味よね!」
量と味に相関はないだろ。
「なによ、ジン。なんか文句あるの?」
「いいや、別に……」
アルキスはテーブルを埋め尽くすほどの料理を前にしてご満悦である。
給仕さんが「他のものは後ほど」と言っていたのが聞こえたが、どんだけ注文したんだ。
というかまだ食うのか。
「森人の胃袋は特殊だから。特にアルキスのは」
ユミナの言葉に、アルキスは今回これといって噛み付かなかった。
同意の意なのか、それとも単に食事を優先しているだけか。
いずれにせよユミナ以外に相手はいない。
というかユミナも大概、森人のアルキスに負けず劣らず教えたがりだよな。
「目の前でずっと思考を垂れ流される生活をしてると、自然とそうなる。思いやりの精神」
思いやり。
ユミナが口にすると鼻で笑いたくなる言葉だ。
「ふっ」
俺の心を読んで、ユミナが無表情のまま器用に口端を吊り上げて笑った。
怖ッ。
日本人形かよ。
「酷い。鼻で笑うのを実演して見せただけなのに。……まあ、人形のように綺麗だ、という意味に受け取っておく」
「怖いってハッキリ思ったのに!?」
「綺麗過ぎて怖い。そういうこともある。それより今はアルキスの胃の話」
「ああ、そこに戻ってくるのか」
てっきりもう戻ってこないもんだとばかり。
「そう。元々この話題だった。森人の食欲の原因について」
「原因なんてあるのか」
単にストレスだとか、そういうのではなく?
森人特有の何かがあるなら、是非とも聞いておきたいところだ。
ある日突然アルキスが倒れるなんてことになったら困るし。
「体調に影響したりはしない。食べる量が変わっても、森人の身体は変化しないから」
「……太らないってことか? 痩せたりは?」
栄養を吸収できていないのか。
元はもっと少ない量で足りていたんだから、それはつまり今、体調を崩しているってことじゃあ――
「それも違う。体調は普通。……私の目にはむしろ好調に見えるけど。アルキスがよく食べるようになったのは、単に満腹をオーバーした分がエネルギーとして転送されているだけ」
「転送?」
どこへ行くんだ。
「森界の心臓。世界樹のもとへ」
なんか新しい単語出てきたな。
「以前アルキスが出したことがある。アルキスの弓は世界樹の枝でできている」
そういえばそんな話もあった。
随分と昔な気がする。
辺境の街にいた頃のことだったか。
「森人は、その……世界樹にエネルギーを捧げるのは、一般的なことなのか?」
「そう。アルキスは少し遅かったけど、成人した森人はみな世界樹に力を与えている」
「……あたしから一応補足しておくけどね」
湯気の立つチキンを皿の上に休ませて、アルキスが口を挟んできた。
怒気は感じないが、どうしても言っておきたいことがあったらしい。
「世界樹にエネルギーを与えられるようになったら、森人の中では成人と認められる、ってだけだから。身体の成長とは何の関係もないから」
「アルキスの言う通り。心の成長の問題」
「まああたしは精神的にも成熟してたけどね。どうせ暗獄神の祝福を受けたから、ちょっと世界樹に嫌われたとか。そんなのだと思うわよ」
「そういうことにしておいてあげてもいい」
ユミナがまた日本人形スマイルを浮かべている。
何かを鼻で笑うときの表情だ。
「なんだか引っ掛かる言い方ねえ。……まあいいわ。とにかくあたしは、あんたと会ったときにはもう立派な大人の森人だったんだからね。分かった? ジン」
「おっ、おう」
「よろしい!」
俺の返事に満足気に頷くと、アルキスは素早くチキンの処理に戻った。
湯気の量が心なしか減っている。
皿に保温の力が宿っているわけでもなさそうなんだけど……テーブル一杯の食事を全部、冷める前に食い切るつもりなんだろうか?
「だから私も手伝っている。あなたも手伝ってあげるといい」
ユミナはソースを纏った豚肉を葉で包み、パンで挟んで頬張っていた。ハンバーガーのようなものだ。
俺も倣って、目の前のパーツを組み合わせてホットドッグを食べた。
胡椒がきつい。
肉の味だけでも余剰なくらいなのに。
王都のギルド食は味が濃い。
舌が痺れて脂が喉に絡む、悪夢のようなホットドッグを食べる間に、アルキスはさらに三つほど皿を空けていた。
そこにまた給仕さんたちがやってきて、空いた皿を新しい料理と取り替えて出ていった。
肉も追加されてる。
「食っても太らないのもすごいけど、これを食えるのもすごいな」
「王宮都市ではこれが普通。口に合う店を見つけたのなら、覚えておいたほうがいい」
そりゃ貴重な情報だ。
ありがたい。
◆◆◆
「ユミナ様。お客様がお見えです」
給仕さんがそう告げたのは、テーブルの上から最後の空皿を取り上げた後だった。
アルキスが弓の手入れを始めようとしていた手を止めて、ユミナを見ている。
そもそもどうして他人の部屋で弓の手入れをしようとしてるんだ、というのはおいといて。
「あんたを訪ねてくる人間なんていたの」
「当然。人気者はつらい」
――人気者、ね。
ため息とともにそう呟くと、アルキスはゆっくりと立ち上がった。
「行きましょ、ジン」
「ああ。……じゃあな、ユミナ。またどこかで」
そうして俺たちは、ユミナの部屋を後にした。
……ああ、しまった。
森人の中でも、アルキスの胃袋は特別だと、ユミナがそう言った意味を訊き忘れていた。
――と。
俺がそのことを思い出したのは、斡旋所を出た後だった。
◆◆◆
「あら。随分と遅かったですわね」
ユミナと別れ、王宮へ戻った俺たちを待っていたのはシズカとヴァレットくんだった。
ヴァレットくんは変わらず燕尾服を着て、シズカは貴族のお嬢様らしく着飾っている。
「その『遅かった』ってのは、アルキスに向けてると捉えていいのかね」
「まさか。お姉様がそう望まれたのなら、それに従うのが正しいことです」
飯食ってただけだけどな。
「それで? ヴァレットくんたちは何をしてたんだ。そんなに着飾って」
「ただの挨拶回りですわ。こればかりは冒険者の服装でやるわけにはいきませんから」
シズカが端正な顔を歪める。
我が儘な奴だ。
『シズカたちは』と呼べば気安く呼ぶなと言うし、かといって今もこの反応である。
「王宮で挨拶回り? 貴族が来てるの?」
俺の背中に隠れていたアルキスが、ひょっこりと頭を出した。
シズカが「お姉様! そんなところにいらしたのですね!」と飛び付こうとすると、うまく俺を盾にしてそれを躱す。
俺を中心にして二人かごめかごめが始まってしまった。
「で、どうだったんだ? 実際のところは」
「先王様との謁見に時間はかかりましたが、他に伺ったのはほんの二、三名ですよ。まあ……冒険者だと言って逃げてもいられない程度には、高位の方々でしたね」
ヴァレットくんに視線をやると、彼は当たり前のように白状した。
いや、白状と言っても、元々隠すことじゃなかったのかもしれないが。
「でも貴族ってのは普通いないんだろ? 王都には。さっきのアルキスの訊き方からすると」
「ええ、普通は。ですが今年は王国五耀武闘会の年ですから」
武闘会。
そんなのもあるのか。
「この一月の間に、王都は現在に倍するほど賑わいますよ。王国中から人が集まります。なにせ四年に一度の祭典ですからね」
五◯じゃねーか!!
何代前からか知らないけど、なんてもん輸入してんだ!!
「ジンさん? どうかしましたか?」
「いや……いや、なんでもない。なんでもないんだ。完全にこっちの話」
「こっちの? ……ははあ。さてはジンさん、武闘会に出ようと企んでいますね?」
企んでねえよ。
顔色を読まれるのも嫌だけど、痛くもない腹を探られるのも困るな。
「確かにジンさんの立場を考えると、良い案かもしれません」
ほう。
いい案?
それは聞いておきたいな。
「武闘会で見合う実力があることを示せば、冒険者の飛び級もしやすくなるでしょうし。そうすればアルキス様に追い付きやすくなりますよ」
完全にヴァレットくんの勘違いのおかげだけど、興味が湧いてきた。
飛び級か。
確かに銀級になった後、そのまま一息に神鉄級までいけるほうが何かと都合は良いな。
……問題はそれだけ飛んでも、俺が神鉄級になるのはおそらく来年。アルキスはその頃には神銅級か、順調にいけば神銀級になっているということだ。
「あれ? 俺アルキスに追い付けなくね?」
神銀級より上は時の運が絡むらしいから、流石にそこで止まるだろうが。
それでも俺が毎年一つ飛び級して二年後、銀級以降に飛ばなければ四年ほどかかる計算だ。
「冒険者制度は人が才能の壁にぶつかることを前提に設計されてますから。突き進む人は評価され得る限界まで突き進みますよ」
「そーいうもんか」
「そういうものです」
ふう。
ところで。
「……その、武闘会ってのに出るにはどうすればいいんだ?」
「都市の各所で受け付けが始まってますよ。冒険者なら、神鉄級以上の非出場者から推薦を貰えば予選会もパスできますし」
そいつはまた。
推薦者の顔に泥を塗るわけにはいかないな。
「あたしは出場するから推薦できないわよ!」
お前も出るんかい。
「他にもお抱えの私兵などが貴族から出ることもありますが――」
「私を頼ろうとしても無駄ですわよ! 私は絶対に推薦状を書いたりいたしませんから!」
知ってるよ。
そもそも俺はお前のお抱えじゃねえよ。どっちかっていうとヴァレットくんがそうだろ。
「まあ、どうせ飛び級を狙うなら印象深いほうがいいだろうしな。俺は普通に出ることにするよ」
でも、それはさておき、だ。
「お前らはいつまで俺の周りをうろちょろしてんだ」
軽快なステップを刻んでいたかごめかごめを、二人の襟首を掴み上げて強制終了させてやった。
こうでもしないとずっと続けていそうだったからな。
満足に廊下も歩けやしない。




