第03話 銀の再会
「しかし本当に、気付かれないもんなんだな」
「余計なこと口に出さないの。耳までは無理だってカエデも言っていたでしょう」
マクスウェル捕縛の功績で英雄扱いされている俺たちは、普通に王都をうろつくことはできない。
そこでカエデから貸し出されたのが、認識阻害の首飾りという魔法の物品だった。
朝から四人掛けの席に居座る二人組。
両方がフードを被っているだけでも怪しいのに、大柄なほうは相方の食事をほとんど眺めているだけ。小柄なほうが延々と皿を積み上げている。
こんな歪な二人組でも余計な注目を浴びていないのは、間違いなく魔法の効果だ。
これのおかげで俺とアルキスは今、王都の飯屋でのほほんと朝食を食っていられる。
それに――辺境の街では酔っ払い冒険者たちに散々、迷宮都市ではシズカに飽きるほど絡まれたので、しっかり二人きりの食事は久々だった。
しかしアルキスも言っていたが、この道具は効力が限定されている。
認識阻害とはいうものの、デッド『アングル』という言葉通り視界にしか影響しない。
音声や気配まで消せるわけではない。
それに、意識してこちらを見ようとされたら効果がない。
とはいえ流石に魔法の物品。
声を掛ける店員さえ絞ってしまえば、怪しまれることもない。
「にしても随分気前が良かったわね。魔法の物品を二つも、しかも片方は得体の知れない銅級相手だなんて。また宰相さんの胃に穴が空くんじゃないかしら?」
「得体はそうでも正体は知れてるから大丈夫だろ。……と思いたい。宰相さんがどんな人か知らないけど」
だいたいそれを言い出したら、得体も身元も怪しかった俺に気前良く魔法の装備を買い与えたアルキスはなんなんだという話になってしまう。
と、言いかけたところで。
「まあ、いいわ。人の胃袋よりあたしの胃袋の心配が先よ」
感謝も心配も吹っ飛ばすかのように、アルキスは五枚目の肉皿を重ねた。
「お前の胃袋も穴空いてるもんな」
「空いてないわよ失礼ね!」
◆◆◆
最終的に肉と魚だけで十皿――もちろんサラダやデザートを含めれば、もっとだ――を重ね、十一皿目を頼もうとしたアルキスを引っ張って店を出た。
会計も、こんな場所でそれだけ食うとおよそ馬鹿にならない値になった。
辺境の街では金貨一枚で一年過ごせたというが、王都では一ヶ月が精々というところだろう。
出会って以来アルキスの食事量は増える一方だが、王都に長居すると流石に懐が危ないかもしれない。
それはそうと、いくら食べてもアルキスは太る気配がまったくない。代謝が増えているんだろうか?
「その質問には私が答える」
「ああ、助かるよ――」
ユミナ。
そう、隣の人物に応じようとして。
「うわあぁっ!?」
「……いい反応。奮発した甲斐があった」
俺が驚いて飛び上がった(+、それにアルキスまでつられて肩を跳ねさせた)のが愉しくて仕方ないといった様子で、ユミナは身を震わせていた。
どこか頬を上気させているようにも見える。
「……恍惚」
恍惚、じゃねえよ変態魔女め。
どこから湧いて出やがった。
「湧いて出るなんて、言い方に棘がある」
「あんたなんか『湧く』で充分よ。それより奮発って何? まさか……また無駄遣いしたんじゃないでしょうね」
「まさかとは随分な言い様。それにこれは無駄遣いじゃない」
「人を驚かすための道具のどこをどうしたら無駄遣いじゃないっていうのよ!!」
アルキスは今にも噛みつかんばかり。
ユミナはそれもどこ吹く風、といった様子。
「相変わらず、視野が狭い。視点が凝り固まってる。人を驚かせるということは、戦いの中で相手に隙を作れるということ。魔道士には貴重な時間稼ぎの道具」
「確かにそりゃあ役に立つんだろうな。でも俺たちに見せちゃ駄目なんじゃないのか」
冒険者同士が戦うことだって、ないわけじゃないんだろう。
特に王都というと、謀略の都合で対立とかもあるんだろうし。
それに――
「それは大丈夫。実際に戦闘で使えるレベルの道具じゃないから」
「じゃあ無駄遣いじゃねーか!!」
なんなんだ、一体。
本当に俺たちを驚かすためだけに魔法の物品を買ったのか?
「その通り。姿見の姿見を使った遊び」
足元を見ると四角い鏡があった。変な布に乗って低空飛行している。
ユミナはまるで歩いているように足を動かしていたが、足音はしていなかった。
地面すれすれを飛ぶ鏡は、その浮いている空間の分と布と鏡の厚さの分だけユミナの身長を高く見せていた。
……まあ、あんまり効果があるようには見えないが。
「あなたの世界で言う、立体映像を作る装置。でも欠点がある」
「欠点?」
「そう。小さいから、全身を映すには頭上か足元から投影しないといけない。そしてもう一つ。媒体が鏡だから……頑張ると見えちゃうかも」
ほう?
「ジン」
「はい」
夢は潰えた。
「ユミナ。あんたも話をはぐらかさないでよね。鏡は前から持ってたでしょう。その飛んでる変な布と、声を届かせる方法の説明がまだよ」
「変な布じゃない。魔法の絨毯の端切れという名前がある。あと、声はただ乗りしてるだけ」
「ただ乗り? 誰の何によ?」
「アルキスの翻訳の奇跡に、だろ? それなら遠くからでも声を届けられる」
あとは俺たちの心が読める範囲にいればいい。
それで事実上の双方向通信が実現できるわけだし。
「その通」り――と、最後まで声は聞こえなかった。
「……アルキス?」
「何よ。あたしとあんたが話すだけなら翻訳の奇跡はいらないでしょう?」
そりゃあそうだけど。
折角の再会だったのに。
「放っておいてもいいのか?」
「いいのよ。悪戯以外に用があるなら、直接声を掛けてくるでしょう」
「明察。アルキスにしては」
「うひぁ!?」
「やっぱり近くにいたのか」
そしてやっぱり、ユミナはやってきたのだった。
◆◆◆
王国最大の人口と都市圏を誇る、王宮都市ミレニアン。
その動脈が、ついさっきまで俺たちが歩いていた王都中心街であり。
そしてその心臓の一つが、ここ王都冒険斡旋所本部である。
……のだが、俺たちはその空気を堪能する前に、別の場所へ通されていた。
「なんであたしたちがユミナの部屋に……」
「いいじゃないか、別に。俺はヒーローインタビューで行列ができるような状況よりは、こっちのほうが好みだ」
コーヒーの味が腑に染みる。
地球のものよりも、ともすれば美味しく感じるほどだ。
外の酒場じゃこうはいかない。
喧騒が、というのもそうだし。
俺にとっては美少女が手ずから淹れてくれたコーヒーが飲めるということもあるし。
王都の冒険者が手練れだったなら、認識阻害の首飾りを看破してくるかもしれないし。
それにユミナがいつ俺たちの正体を暴露しないとも限らない。その場合は盛大にバレるだろう。少なくとも酒場にいる全員に。
なにせユミナがわざわざバラすのだから。
並大抵のバレ方はしないはずだ。
「それはあたしもそうだけど。でもユミナの膝元ってのが嫌なのよ」
「そんなに嫌なら大切な彼氏の膝の上にでも座っていればいいのに」
「ジンとはそういうのじゃないんだってば!!」
アルキスが激しくテーブルを叩いたおかげで、揺れたカップからコーヒーがこぼれる。
ちなみにアルキスはどちらかというと紅茶派だ。
前に訊いたときはコーヒーが嫌いなわけじゃないと言っていたので、飲めないことはないだろうが。
しかし心が読めるのだから、ユミナだってアルキスは紅茶のほうが好きだというのは知っているはず。
だのに、わざわざコーヒーを用意したのだ。
そういうことしてるから嫌われるんだと思うよ、うん。
「嫌がらせのつもりはない。不幸な行き違い」
「お前の体質でそんなん起こるわけねーだろ!!」
「そんなことはない。心が読めても紅茶を切らしていたら用意できない。そういう行き違いは起こる」
「棚に紅茶の銘柄見えてるけど!?」
しかも開封されてるけど!?
「……もしかして」
何かに思い当たったように、アルキスが呟いた。
隣を見れば、ぎゅっと目を瞑ってコーヒーを飲んでいる。
そして――
「……紅茶ね、これ」
そう、アルキスは呟いた。
魔法が解けたカップの中身は、しっかりと紅茶の色をしている。
「当然。私がアルキスの本当に嫌がることをするはずがない」
「「どの口で言ってんだよ!?」」
無表情でVサインを掲げるユミナに、俺たちが突っ込んだのは必然だった。




