第03話 マキネシア
「いや~、働いた後のごはんは美味しいわね!」
酒場の中でもフードは外さず、アルキスは肉を頬張っている。
俺がおとなしく食事をしている目の前で、同じ量を提供されたはずのアルキスの飯が倍速で減っていっている。リスのようになった口から、もっきゅもっきゅと音が聞こえてきそうなほど。
幸せそうに食事を口に運ぶ姿はとても愛らしい。エルフってのはみんなこうなんだろうか。
泉での出来事の後、俺は彼女と同行することになった。どうやら『斬り徹し』に興味があるようだ。奇跡でも魔法でもなくどんな物でも斬れるというのは珍しい能力、というか知らない見たことない能力らしい。
俺も自分以外には師匠しか知らないしな。
なんにせよ、それで俺は言葉も分からない謎の世界に放り出されることは避けられたわけだ……ひとまずは。
街への道のりは、翻訳の奇跡(魔法と呼ぶと怒られた)を何度も掛け直しつつ進んだ。
三日間の野宿生活を経てマキネシアという街に到着し、この酒場……もとい冒険斡旋所に足を運んだというわけである。
ここに至るまでざっと街並みを見たが、木造のものと石造りのものとが入り乱れていた。酒の臭いが漂う店は木造が多かったように思う。
他は正直、何の店なのか分からないものも多かったのでなんとも言えないが。
その点、ここの看板は分かりやすい。店内の風景だって、どう見ても酒場そのものだ。
なんといっても入り口がすごい。
西部劇で見るような風通しのいい扉である。今のところ、さすらいのガンマンがやってくる様子はないけど。
看板も明るい緑色の酒瓶が一本ドンと描かれているだけ。
名前も〈翡翠の酒瓶亭〉というらしい。
店を切り盛りしている背の低い二人が、地人の夫婦なのだと教えてもらった。なるほど確かに、二人とも瞳が翡翠色をしている。
ちなみに地人はたいてい、酒が好きらしい。
彼らをそう呼ぶのなら、彼女は森人とか書いてエルフと読むのだろうか。確認する術はないが、勝手にそう思っておこう。
さて、そんな斡旋所に来て分かったことがある。
まず、彼女はこの斡旋所でトップクラス――否、正直に言ってしまおう。
間違いなく一番の冒険者だった。
超優秀な万能よろず屋。ただしついていける人間も、寄りつける人間もいない一匹狼。
それが彼女の評価らしい。
街への道中に聞いていたことだが、冒険者の位階は、上から下まで十に分かれている。
冒険者としてまともなのは六つ。銅級から神銀称級までだ。
一番下の鉱級は、命知らずをふるいにかけるためのランク分けらしい。ここを切り抜けられた奴だけが先に進める。
で、ただの命知らずでないと判断された奴ら……つまり新人は全員鉄級になる。
一人前と認められる銅級、中堅の銀章級を越えて、非才の限界が金章級。
その登竜門を抜けると神鉄徽章級、神銅徽章級と続き、神銀称級がいわゆる『冒険者』の範疇でトップクラスの連中になる。
これを越えて下から九番目、つまり上から二番目にあたるのが神金称級。国の英雄とかそういうのだ。
最後が伝説の存在――神星級。これは死者に贈られることがほとんどで、聞いた感じだと永久欠番みたいなランクだ。
※作者注(冒険者級リスト)
鉱級 ⚫体験中
鉄級 ⚫見習い
---努力の壁---
銅級 ⚫一人前
銀章級 ⚫中堅
金章級 ⚫熟練
---才能の壁---
神鉄徽章級 ⚫一流
神銅徽章級 ⚫超一流
神銀称級 ⚫『冒険者』の限界
---時勢・運の壁---
神金称級 ⚫英雄
神星級 ⚫永久欠番
例に俺が見せてもらったのは、鉄っぽい金属があしらわれた徽章だった。それが神鉄――アダマンティンと呼ばれる金属だというのは、そうと聞くまで分からなかったが。
閑話休題。
俺たちは無事に街へ戻り、こうしておいしい食事にありつけているわけだが。
彼女が斡旋所に帰ったとき、酒場は沸きに沸いた。道中から掛けられっぱなしの翻訳の奇跡が訳してくれたところによると、こういうことらしい。
アルキスが冒険者になって三年。
彼女が初心者だったころ、自信満々の彼女を暇潰しに打ち負かしてやろうと近寄った連中は片っ端から鼻っ柱をへし折られた。
中堅と認められる頃には、経験の必要な部分にも違いが出てくる。ランクにおいて同格の奴らは彼女の足元にも及ばず、この街のトップクラス連中でもついていくのが厳しいレベルに達していた。
金章を得る頃には、老若男女を問わず彼女とまともにパーティを組める人間はいなくなっていた。
それがこの間またランクが上がって、彼女が冒険者を志望する前から知っている連中はみな頭を抱えていたのだと。
そこに俺が現れて、ようやく男ができたかと勘違いされている。
というわけだ。
なんでだ。
チームのメンバーとかの間違いじゃないのか。
いやいきなり一流についていける人間が降って湧くのがおかしいってのは分かるけども!
もちろんアルキスは否定していたし、俺もどうにかボディランゲージで違うと分かってもらおうと努力はしたので、日の暮れる頃には平常運転に戻った。
正直、ゆっくり酒を飲める夜まで暇潰しにからかわれただけじゃないかとも思う。
ところで、お分かり頂けただろうか。
そう。
俺が熱狂した冒険者達に意思を伝えるために、頼らざるを得なかったのはボディランゲージだった。
これはどういうことかというと。
実は彼女の翻訳の奇跡は『他人が伝えようとしていることを理解できるようになる』という性質のもので、彼女は毎度毎度、自分自身と俺に対してそれを使っていたというのだ。
つまり一方通行。
俺からの発信は通常、翻訳されない。
俺が受信を翻訳される状態で、なおかつアルキスも同じく受信が翻訳される状態だったから、なんとか二人の間でだけ会話ができていただけ、らしい。
ぐぬぬ。
実はこの奇跡をどうにか教えてもらうとか、アルキスに『祝福された装備』とやらを作ってもらおうかという算段を立てていたのだが、まるきりあてが外れてしまった。
残念だ。
翻訳機能付きの装飾品なんかがあれば、かなり楽をできると思ったんだが。
自分だけが意味を理解しても意味がない。どうしたものか。と、考え込んでいると――
「心配しなくても、ジンの面倒はあたしが見てあげるわよ」
目の前の少女から、とてつもなく心強い言葉が飛んできた。すごい。大黒柱みたいだ……。
侠気に溢れた言葉に、また酒場が沸いた。
絶好の肴になってしまっている。
ちなみに。
俺はこの街に来るまでの三日間のうちに、彼女からジンという愛称を授かっている。
これは「ジンタロウって呼びにくい」というアルキスの提案によるものだ。まあアルキスが呼びやすいように呼んでくれたらいいと思う。
愛称って感じもするし。
「これ、ジンの部屋の鍵ね。二階に上がって一番奥、向かって左の部屋だから。じゃ」
さっさと食事を済ませたアルキスが席を立つ。そのままとっとと自室へ引っ込んでしまった。しかし久々に屋根のある生活ができるのだ、お言葉に甘えさせてもらおう。
部屋は実に快適だった。
広いわけでもないし、ベッドも日本にいた頃と比べて質は悪い。
だが、物陰から矢が飛んでくることもなければ、ドアノブに触れようとした瞬間に刃が突き出てくることもない。命の安全が保証された空間だ。
……素晴らしい!
おっと。
はしゃぐわけにはいかないな。
壁は薄そうだから、大声を出したりすると壁ドンされそうだ。
机上のランプが部屋を照らしてくれていて、すぐ下に紙切れが置いてあった。
いや、紙じゃなくて皮革っぽい。
……羊皮紙だこれ。
なんか色々と書かれている……。いずれにせよ、読めないわけだが。ただ、判子のところに書いてある文字が酒場の看板と似ていた。するとこれは利用上の注意か何かだろう。
下手に傷付けてしまっても怖いので、それ以上は触れないようにする。
他に目立ったものもない。
ベッドに倒れ込んで、目を閉じる。
意識が闇に沈む頃、ランプの光も消えた――ような気がした。