第16話 答え合わせ
――わけが分からない。
そう思うのと同時に、納得もしていた。
転移の悪魔に引っ掛かったとき、シズカは当たり前のように俺の剣で魔法や奇跡を斬れると先入していた。
それは最初から、俺の剣を知っていたという意味で。
ならば祓魔の剣術とやらが、『斬り徹し』の先にあったって何も不思議じゃない――そう得心して、俺はシズカを見た。
「そも、魔法や奇跡が斬れないというほうがおかしい話なのですわ」
「何言ってるんだ。現に斬れないだろ。こうやっても――」
俺の振るった細剣は、鋲をすり抜けるようにして地面だけを傷付けた。
「根っこを絶てないんだよ。魔法や奇跡は剣が通り抜けちまって、何の意味もない」
川を堰き止めたって、水源が生きている限り新たな流れが生まれるだけ。
まして剣で一瞬斬り裂いただけでは、流れすら変えられない。
「それがおかしいと言っているのですわ」
何を言ってるんだ。
「確かに、おかしいわね」
――と思っていたら、思わぬところから側面攻撃が飛んできた。アルキス、お前もか。
「魔法が斬れないのは普通だろ。盾の奇跡が素通りするのだって、アルキスは一緒に確認したじゃないか」
「普通は斬れるのよ」
えっ?
初耳。
「だって、盾の奇跡をすり抜けたら、奇跡の意味がないじゃない。だから斬れるのよ。あたしのは刃を通したことなんかないけどね!」
嘘つけ『斬り徹し』は素通りだっただろ。
「あんたのは別!」
怪訝な視線を向けると、アルキスは口をへの字に曲げながら怒鳴った。
器用なことをする。
感心しているうちに、碧眼は隣を見ていた。
特に強い感情が込められていたわけでもないだろうに、視線を向けられたシズカは一震えした後、厳かに語り出す。
取り繕っても紅潮した顔で台無しだ。
「……こほん。まずは一つ、確認せねばならないようですね。あなたの剣術で本当に魔法の類を斬れるかどうか」
そう言うとシズカは、俺の足元に小さな箱くらいのサイズの結界を作り出した。
「斬ってご覧なさい。それが成れば、次は本番を致すとしましょうか」
沈黙と注目が生む重圧をひしと感じながら、細剣を振り上げる。
そして振り下ろす。
「……やっぱり斬れないじゃないか」
刃はやはりというかなんというか、結界には傷一つつけられなかった。
ただ、結界そのものが足元にあったせいで、石の地面にだけは綺麗に断面が生まれている。
鯉は切れなかったのに、下の俎板が真っ二つになってしまったような、奇妙な状況だ。
しかしこれでは、やはり鋲の破壊に役立つのは無理だろう。
そう考えているのを見抜くように、シズカが指示を飛ばす。
「では次、ですわ。まずはお姉様の盾の奇跡を。ついでですから、ヴァレット。あなたは連なる氷柱の準備をしておきなさい」
「仕方ないわね」
「承知しました。お嬢様」
シズカが言う通りに二人が動く。
試し斬りの実験台はすぐに作り出された。
一つは半透明の――本来はほとんど完全な透明だったはずの、盾の奇跡。
超常の力が光って見えるせいで、丸みを帯びた輪郭がはっきりと見えている。
たとえるなら戦闘機のコクピットについている風防天蓋の、曲線を緩やかにしたバージョン。
もう一つは厚さ数十センチほどの氷の壁だ。
高さも俺の身長ほどはある。おかげで近付くとそれだけで寒い。
一応魔力を帯びているようだが、これだけ物理的なら『斬り徹し』でも斬れそうだ。
「じゃあ、いくぞ……」
言ってから、無意識に喉を鳴らしていたことに気付く。剣を握る手がかすかに湿っていることにも。
緊張か、高揚か、今は分からない。
一閃。
もう一閃。
はたして盾の奇跡は破れず、氷壁の魔法には期待通りの断面ができた。
「だから言っただろ。魔法や奇跡そのものは斬れないんだって」
「あら。結果は私の望んだ通りでしたわ。存外、手短には済みましたけれど」
……なんだって?
不安になってアルキスのほうを見ると、初めて見る形相になっていた。
ヴァレットくんにいたっては自分の手を見て「なるほど、そういうことですか」なんて勝手に得心している始末。
話が見えねえ。
「端的に言うなら、あなたのそれは既に魔法や奇跡を斬れる境地にある、ということですわね。詳しい説明が必要でして?」
「……ああ、是非とも必要だね」
「では足元を見ていなさい」
シズカの指差した先の地面に、ふわりと紙切れが舞う。『大』の一字を太くしたような形状をしている。
人形というやつだろうか。
人型の紙が蠢いて、旗のように揺れながら空中を泳いでいく。
「それが魚ですわ」
「人にしか見えねえ」
というかなんで魚?
「まあ、人でも魚でも構いませんが。精神衛生のために魚だと思い込むことを推奨いたしますわ。比喩え話といえど、人だと思うと気持ちの良いものではございませんでしょうから」
「じゃあそう思っとくことにするよ。ご忠告どーも」
「どういたしまして。……さて、本題ですわ。この魚はあなたにとっての魔法や奇跡。斬るべき対象と心得なさい」
シズカの言葉に応えるように、『大』の字の右下が落ちて、片仮名の『ナ』のようになってしまった。
切り離された一欠片は、はらりと舞って石床に落ちる。
「魚とは不思議なものですわね。肉を失っても泳ぎ続ける。泳ぎ続けられる。とても不思議ですわ」
はらり。
もう一つ、切り離された。
「そういう料理も、私は食べたことがありますの。あなたのような庶民はどうだか存じませんけれど」
思い出したように毒を挟んでくるんじゃねえ。
「俺だってあるさ。活け作りに……骨泳がしだってやったことはある」
後者はまあ、あんまり好きじゃないが。
「ふふふ。では最初から、こう伝えたほうが良かったのかもしれませんね」
鍋蓋しか残らなかった人形が、力なく地に落ちる。
もったいぶるように、シズカはそれを待ってから再び口を開いた。
「あなたがやっていたのはまさしく、『奇跡の活け作り』なのですわ。奇跡の維持に必要な部分だけを的確に避けて、それ以外の箇所を斬る。骨も臓腑も残して肉だけを断つ。魚と違って、魔法や奇跡は瞬く間に再生しますから無意味な所業ですが」
「つまり、なんだ。俺が意識して肉じゃなく、骨を断つようにできれば――」
「今すぐにでも、魔を祓う力が得られる、ということになりますわね」
なんてことだ。
……なんてことだ。
一番近くにある杭――鋲の一部を見る。
視界は相変わらず現実と、追加の薄明で照らされていて。
だから俺は。
今までと同じように。
けれど俺が。
少しだけ今までと違うところを。
突き刺すだけで、杭は崩れた。
俺はもう、それを見ても驚かなかった。
代わりにアルキスが目を瞠る。
「……斬れてる、わね」
そしてシズカが嘆息する。
「とんだ茶番でしたわね」
嗚呼、その通りだ。
この突発迷宮を支えているのは、四つに別たれた杭状の鋲。
逃げることも防ぐこともしない、格好の的が四つ。
終幕は、たった四本の細剣で事足りた。




