第06話 祈祷師シズカ
この世には単純な武力や財力といった、地球にもあるものの他に、三つの系統立てられた超自然的な力が存在する。
魔法。
奇跡。
そして儀霊。
魔法は世界に散りばみ循環する魔力を介した、世界を侵す力。
奇跡は己が器に満ちる神々の権能を介した、世界に干渉する力。
儀霊は世界に取り残された、あるいは自ら残ることを選んだ魂――祖霊を介した、世界と呼応する力。
儀霊。
あるいは祈祷とも呼ばれる御業。
シズカ・レーゼインという少女は、その使い手だった。
彼女の言にによれば、祖霊というのは単に先祖の霊だとか地縛霊に限らず、生き霊なんかも含む――らしい。
要は、親御さんの生き霊を呼び出して話を聞こうということだ。
「そんなに簡単に、霊って呼べるのか? 第一、生き霊って強い執着がないと生まれないとか、そういうのはないのか」
日本式の知識だとそういう感じなんだけど、やはり魔法とか存在する世界だと違うんだろうか。
「失敬な。私クラスの祈祷師になれば、並の親が我が子を探す執念の感知から己が身に向けられる劣情の探査まで、まるきり造作もございませんわ」
「アルキス。本当のところは?」
右側で変態が「私の言うことが信じられませんの!?」とか喚いているが、構わずアルキスのほうに視線を向けた。
「……シズカの言ってることは本当よ」
アルキスは絞り出すような声でそう言った。
先程の黒陣の風が効いているらしい。
なにせ酒場の壁の修繕費を要求されるほどの一撃だ。魔法のレザー・アーマー越しでも痛かったのだろう。
「でも今回は、本気でやってもらうから――」
「――生きているなら感知できる、というレベルになりますわね。親御さんとやらがまだ迷宮都市にいらっしゃるなら、の話ですけれど」
正確には二十四時間前までなら残留思念であっても知り得る。というのは、アルキスが小声で補足してくれた話だ。
「では、テーブルの上をお借りしますわね」
シズカが言う。
同時に、ヴァレットくんがどこからともなく幾何学模様の刺繍されたクロスを広げる。四方に重石代わりだろうか、三角形を繋ぎ合わせたような透き通った石を置いた。
「なんか占いっぽいな」
中心に配されるのは一抱えほどもある水晶球。その周りに十三枚のカードが伏せられた。
完全に街角の占い師だこれ。
一面のテーブルクロス。四隅の透明な三角錐。円を描く裏伏せ十三枚のカードに、大きな水晶球。
目を閉じてふっと息を吐いた後、シズカが言った。
「――始めます」
祝詞の始まりとともにカードが浮き上がる。
表面には期待したような抽象的偶像はなく、すべてが白紙だった。
それらがくるりくるりと回転し、さらに水晶の周りを回る。
薄っぺらくなった地球のように、カードは自転と公転を並行している。
やがて四隅の三角錐が光を帯びて、祝詞の抑揚に合わせて脈動を始める。
どくりと脈打つ度に、光は目に見えて強くなっていった。
しばらくの間、三角錐の光は寄せて返す波のように明滅を続けて。
気付けば十三枚のカードは、水晶球と三角錐の間に浮かぶ三枚一組の四組と、水晶球の上空に浮かぶ一枚に分かれていた。
そうと気付いた次の瞬間。
――三角錐の帯びた光が、一層眩くなって水晶球へと迸った。
「っ――」
咄嗟に、目を閉じる。
けれど予想していた爆光は、瞼の上から目を焼くほどの光は、いつまで経っても現れなかった。
目を開いて俺が見たのは、一つの光景。
三角錐から照射された光線が、それぞれ三枚のカードで『濾過』されて水晶球に届き。
その水晶から四つの光を束ねた一筋の光が、上空に浮かんだ一枚の白紙に絵を描いている光景だった。
……めっちゃ仰々しいけどレーザー刻印だこれ!?
「なんですの。人の儀霊をただで見ておいて、その驚きと不満が入り交じったような顔は」
「驚きと不満が入り交じってんだよ!!」
もっと水晶に映像が映る的なファンタジックなの想像してたんだよ!!
「……まあよろしいですわ。お姉様、これがご依頼の品です」
シズカは水晶球からレーザー刻印を受けた一枚のカードを差し出した。もう既に白紙ではない。
「ありがと。お代は後でヴァレットくんに渡しておくから」
「まあそんな。私とお姉様の仲じゃありませんか。お金など――」
「嫌よ。あんた『ツケは身体で払ってもらおうか』って言いそうだし」
「……その読心も翻訳の奇跡の御力ですの?」
何!? 翻訳の奇跡にはそんな効果もあったのか。道理で最近アルキスに心を読まれ――
「違うわよ。あんたたちの顔が分かりやす過ぎるだけ」
視界の隅でヴァレットくんが「ブフォッ」と吹き出した。後でお話を聞かせてもらおう……。
だが今はそれどころじゃない。
「アルキス。本当に翻訳の奇跡で読心はできないんだな?」
「できないわよ。精々が発した言葉から意図を読むくらいだし。そもそもあんた、今日まで散々掛けられてきたでしょうが。それであたしの心の裡を読めた例があるなら別だけど」
……ごもっとも。
確かにそんな経験はないな。
横でシズカがまた「羨ましい」だの「破廉恥」だのとのたまっているが、無視してアルキスの掌中にあるカードを覗き込む。
「顔が近いから離れて」
「えっ? でもこうしないと文字が小さくて読めな――」
「いいから! 後で読ませてあげるから!」
ぐいぐいと押しやられて、俺は元の席に戻らされてしまった。
……はあ。
仕方がない。
暇潰しにメイプルの頬でもつついていよう。
「ふぎゅ。……しゅーちゅーできないの。やめてなの」
可愛い。
結婚したら俺もこんな娘が欲しい。
まったく、こんな娘さんがいるなんて、この子の両親は幸せ者だ――
「この都市に、メイプルの親はいないのね」
「えぇ!? なんで!!」
「ひゃんっ!? ちょ、ちょっとジンっ! いきなり叫ばないでよ!」
「ああ、ごめん。驚いたからつい……」
って、それどころじゃなくて。
「親がいないってどういうことだ」
「どうもこうもないわ。迷宮都市全域でここ二十四時間、この子のことを心配するとか捜索しようとかいう意志が検知できなかったってことよ」
死んだのか別の場所にいるのかはともかく、ここにはいないわねと、アルキスは小さな声で付け足す。
沈黙が落ちたさなか、ヴァレットくんが手を上げた。
「ええと、それなんですけど。迷宮都市周辺の村は当たってみましたか?」
俺とアルキスは揃って首を横に振る。
けれど親探しをレイレンツィカに限定したのは理由があってのことだ。
「それがな、ヴァレットくん。メイプルが元々住んでた場所は大きな壁があったっていうんだよ。地平線が見えないくらいの」
「なるほど。それなら確かに、五大都市のどれかに絞られますね」
「んで学術都市は城壁がないってんで除外して、迷宮都市だって絞ったわけなんだけど――」
「あてが外れた、と」
頷いて見せる。
アルキスが何故か不機嫌そうな顔になっていたが、ヴァレットくんは気付かずにメイプルのほうを見ている。
……と思ったら、いきなりハンカチを取り出して目元を拭い始めたぞ。
「痛ましいことです。幼くして身寄りなく生きてゆかねばならないなど」
「いきなりどうしたヴァレットくん」
「彼女はきっと、これからの人生を母の温もりを知らぬまま……ううっ……ぐすっ……」
「シズカ。ヴァレットくんが壊れた」
何もしてないのに壊れた。
「仕様ですわ。ヴァレットは可哀想な境遇の、特に子どもを見ると感情移入して妄想たくましくしてしまうのですわ」
「普段のお前より?」
「私ほどでは……ってなんですの? その言い分だと私が酷い妄想狂いのようではないですか」
自覚ないのかよ。
白い目を向けられたのに気付いたのか否か、彼女はこほんと一つ咳払いをしてからヴァレットの襟首を掴んだ。
「ともかくこうなったら、この子は使い物になりませんから。そして私自身も、お役には立てそうもありませんから――そちらのジンさんより役立つ自信は、もちろんございますけれど――私たちは退散させて頂きますわ」
「あ、おい。運ぶなら俺が――」
「結構ですわ。大の男の一人や二人、運べるように鍛えています。ただ……」
「ただ?」
首を傾げていると、シズカは俺の耳元にそっと唇を近付けて囁く。
その言葉に――
「もしお姉様と『進展』なさったりしたら……あなたを殺します……よろしいですわね……」
背筋が凍る、音がした。




