第04話 黒曜同盟の苦労人
「本当にご迷惑をお掛けしました。お嬢様にはよく言い聞かせておきますので……」
俺とアルキスの目の前で、十代後半くらいに見える男の子が腰を九十度に折って頭を下げている。
黒髪黒瞳、ついでに黒い燕尾服を着た執事っぽい彼は、ヴァレット・パーライト。
種族は只人で、〈黒曜同盟〉のまとめ役……らしい。この若さで。
〈黒曜同盟〉の建物内は、お世辞も込みで小綺麗程度の形容詞が精一杯の有り様だ。
相対的に来客用と分かるソファに腰掛けて、俺たちはヴァレットくんと向かい合っている。
メイプルは退屈そうにしていたので、石製の知恵の輪を与えておいた。拳大の石ころをいくつか斬り徹して作った代物だ。
しばらくは静かになるだろう。
一向に頭を上げようとしないヴァレットくんの頭頂を、俺は無心で見つめている。
およそ三十分前。シズカが〈黒曜同盟〉の一員だということでここを訪れた俺たちを出迎えたのが、ヴァレットくんだった。
なんで同盟の所属なんぞ知ってるのかと思ったら、シズカがアルキスに身体をこすりつけるのに夢中になっている間に――つまり、俺が眼福がどうのと物思いに耽っている間に――持ち物を漁って確認しておいたそうだ。完全に盗賊の手管である。
しかしお陰でこんなに素早くシズカを監督者の元に突き出せたのだから、アルキスの盗賊技能様々である。
ちなみに同盟というのは、パーティよりも一回り大きなチームのことだ。といっても同盟単位で動くのは入念な準備が必要なので、普段は思い思いに動くほうが多いのだとか。
……なんだか高校のクラスみたいだな。活動内容が命懸けの一攫千金ってことを除けば。
なお、当事者たるシズカは現在――
「嫌ですわ!! お離しなさい! 私は、私はぁ! お姉様とめくるめく人体の迷宮探索を――!!」
……あっちで、同盟の他の面子に取り押さえられている。
いかがわしい言葉を言わないと死ぬ病気なんだろうか? 彼女は。
それにしても、〈黒曜同盟〉の人たちが協力的で本当に良かった。
ヴァレットくんには申し訳ないが、いつ暴走するか分からないシズカをアルキスの傍に置いておくのはちょっと、というかかなり心配だからな。
ところで――
「あれはいいのか? 仮にもお嬢様なんだろ」
堅牢そうな鉄扉の向こうへ引きずり込まれるシズカを見送りつつ、俺は訊ねた。
シズカ・レーゼインはミレーティア王国の貴族――レーゼイン公爵家のお嬢様である。
そして、引きずっていったのは屈強な男衆。
未婚の令嬢を運ぶには不適な連中だろう。
「それは心配ありません。既にこの同盟の半分は公爵家から遣わされた使用人で埋めていますから」
半分!?
「居心地悪いわ!! むしろ残りの半分はなんで残ってんだよ!」
「残りの半分はお嬢様の器量に当てられて、自ら残ることを選択した者です」
じゃあ実質全員シズカのシンパじゃねーか!
「あんたらの組織の内情はどうでもいいけど、それ、あたしたちに話して大丈夫な話なんでしょうね?」
「それは大丈夫です。アルキス様に対しては僕の知り得るいかなる情報も開示して良いと、お嬢様から仰せつかっていますから」
怖ッ。なんだそれ。
「もう狂信だな」
「信頼が厚過ぎて怖いわ……ジン、助けて?」
「流石にちょっと専門外かなあ……」
というかヴァレットくんが口にした理屈だと、俺とメイプルは聞いちゃいけないんじゃなかろうか。
……席を外せとか言われても困るし、黙っておこう。そして話を逸らそう。
「ところでさ。きみはシズカの側近か何かなのか? この同盟のまとめ役になってることといい、随分と重要な情報まで任されてるようだけど」
「ああ、それは――」
「それはあたしが教えてあげるわ」
なんでお前が教えるんだよ。
教えたがりか。いや森人だからその通りなのか。
「ヴァレットとシズカはねえ――身体の相性がイイのよ!!」
「奇跡ィ!!」
思わず振るった拳が、目の前のボロ机からみしりと嫌な音を引き出す。
驚いた表情でこちらを見る三人に、俺は「なんでもない」と身振りして先を促した。
「ジンが聞き取れなかったみたいだからもう一度言うわね。ヴァレットの身体はシズカの能力と相性がいいのよ。つまり優秀ってことなんだけど」
翻訳の奇跡を解除して、今度こそアルキスの言葉が俺に届く。
つまりヴァレットくんは有能なのに、御令嬢がアンポンタンだったせいでこんなところにいるわけか。
「それはなんというか、ご愁傷様?」
「ははは。でも最後の我が儘ですからね、お嬢様の。聞いて差し上げたいという思いはありますよ。きっとお館様も、同じことをお思いでしょうし」
「……最後の我が儘?」
不治の病に侵されているとか、そういうのだろうか。
気になって鸚鵡返すと、ヴァレットくんは目を伏せた。
「ええ。今はまだ婚約の段階ですが、忌み歳を越えたら正式に結婚するのが貴族のしきたりですから」
ちらりとアルキスのほうを見ると、「六面世界では十三が忌み数だから、同じように十三歳も忌み歳ということで忌避されるのよ」と教えてくれた。
なるほどなあ。
……。
「シズカってまだ十三歳なのか!?」
「えっ。そうですけど……」
驚きのあまり立ち上がった俺を、ヴァレットくんが不思議そうな顔で見ている。
そうか。まだ十三歳だったのか。
……正直、アルキスと同い歳くらいにしか見えなかった。
大人びているというか、ませているというか。
「なんでこっち見てるのか大体想像はつくけど、あたしも十三歳だからね?」
「マジで!?」
「ちなみに何歳くらいに見えてたのかしら」
「十五歳くらい」
「へえ……」
アルキスはにっこりと笑っている。きっと大人びているように見られて嬉しかったに違いないな、うん。
異世界の人間はみんな若いんだろうか。
「……一応聞いておくと、ユミナは?」
「知らないわよ。あたしが冒険者になる前から神銅級だったし、初めてあたしが王都に行ったときにはもう神銀級だったし」
そうだったのか。
つまりユミナは憧れの冒険者ってわけだ。
「……なんか不愉快なこと考えてない?」
「考えてない考えてない」
「そういうジンさんは十四、五歳くらいに見えますけど、もしかして違うんですか?」
「俺は十七歳――」
「「じゅっ、じゅうなな!?」」
アルキスとヴァレットくんが同時に声を上げた。
大声に驚いたメイプルが知恵の輪を取り落としていたので拾ってやり、ついでに小さい頭を撫でながら訊ねる。
「俺のことは若く見えるのか。……ちなみにメイプルは?」
「「六歳くらいに見えるわね」」
やっぱり俺の目には大人びて見えるようだ。今度から男女問わず、この世界で年齢を推測するときは外見からマイナス二、三歳くらいで答えたほうが良いだろう。
「大事な話ももうないみたいだし、そろそろお暇しようかしらね」
腰を上げたアルキスにならって、俺も立ち上がる。
「ああ。あんまり長居すると、メイプルの親探しに支障が出るだろうし――メイプル? ちょっと知恵の輪は休憩な」
歩きながらだと危ないし。
「やりながらあるくの」
「それは駄目だ。人にぶつかるぞ」
「大丈夫なの。メイは平気なの」
知恵の輪を注視しながらメイプルは立ち上がった。絶対ぶつかるなあ……これは。
「ジンさんは、あの子のことを気にする余裕はないと思いますけどね」
「へっ?」
どういうことかと訊ねる前に、俺の右腕にそっと圧力が掛かる。
「あんたはまだ大事な話があるのよ。……あたしの見た目年齢について、とか」
「ひっ」
振り返ると、とびきり魅力的なエガオのアルキスがいた。
ジュッサイクライニミエルネ!
そうして俺は、アルキスに連行されるようにして〈黒曜同盟〉の建物を後にした。
……なお、メイプルは当然のように物にぶつかったので、きちんと説教しておいた。




