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刃の転界者  作者: 利々 利々
第二章 祈祷師は愛の咎人
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第02話 メイプル・リーティア

 視線の先で、炎が跳ねる。


 あれから、俺たちはすぐに山賊の(アジト)を後にした。

 かっぱらったものは少ない。

 持ち運びやすそうなもの、持ち主探しのしやすそうなものをいくつか、俺の小さな魔法袋(マジック・バッグ)にも収まる程度の量だ。


 気絶した頭目は放置した。縄はつけたままで。

 下っ端どもには知らせてやったから、すぐに解放されるだろう。


 連中の殲滅までは俺たちの仕事じゃない。

 そういうのは迷宮都市(レイレンツィカ)冒険者(トレイラー)なり憲兵団なり、それを生業にした人間がやるべきことだ。

 と、アルキスは言っていた。


 そして、現在。


 俺とアルキスと幼女の三人は、街道からほど近い場所で火を起こして昼食を作っている。

 今日はアルキスが撃ち落とした鳥と、俺が獲った魚がメインだ。街にいない間はこういう料理が常である。


 それよりも戦利品の幼女について、話をしよう。


 彼女――メイプル・リーティアの年齢は見たところ二桁に達していないくらい。

 金髪を短めの姫カットにした幼女は、ぽけーっとした橙の眼差しで俺たちを見ている。

 不安というより、状況が分かっていない感じだ。のほほんとした雰囲気には大物の風格を感じるが……。


「お嬢ちゃん、どこに住んでたか言えるかい?」


「みれいてぃあ、なの」


「範囲が広過ぎるわね……」


 江戸っ子くらいの返事が返ってくるのを期待したんだが、残念ながら答えは「日ノ本」だった。そんな感じだ。

 もう少し限定されないと、探しようがない。


 ちらっとアルキスのほうを見る。


「あたしに頼られても困るわよ。奇跡だって万能じゃないんだし」


「毒とか秘密を暴いたりとか、そういうのが得意だって聞いたんだけど」


 主にユミナから。


「知らないことを調べるのは無理よ。嘘をついたり、情報を隠してるなら分かるけど」


 密偵(スパイ)の鑑みたいな神様だな……。


「何? 言いたいことがあるの?」


「いやなんもねーよ。なんでもないなんでもない」


 アルキスはじとりとした疑惑の視線をアッパーカットで差し込んできた。


 しかし。

 しかしである。


 そうやると鎧の隙間から柔肌とか、あるいは胸と鎧に――弾力的で豊満なそれと、硬くて無骨なそれに――挟まれて皺になった服とかが眩しいのでやめて頂きたい。

 やめて頂きたい。

 やめて頂きたい。


 心臓に関わること(だいじなこと)なので三回ぐらい()ったけど、適正な回数だと(おも)う。


 視線を万有引力(グラヴィテーション)重量加速度(グラヴィテーション)されながら、俺は御鈴流刃術の教えたる平常心を発動し、身体を仰け反らせて顔をアルキスから離した。

 だが当の彼女(アルキス)はぐいぐいと近付いてくる。

 本人は俺を追い詰めているつもりなのだろう。


 追い詰められている。まあ確かに。

 追い詰められてはいるのだが、多分それはアルキスの望んだ方向にではない。


 救世主が現れたのはそのときだった。


 必死に視線を逸らす俺と、詰め寄るアルキス。二人の仲を険悪と見てとったのだろう。


「メイ、じゃまなの……?」


 メイプル――彼女は、自分のことをメイと呼んでいる――は不安そうに、俺たちを見上げてそう言った。


「いやそういうわけじゃないよ! ただメイちゃんのお父さんお母さんはどこにいるのかなーって、このアルキスお姉ちゃんと話してただけだから!」


「あんたにお姉ちゃん呼ばわりされるとぞっとするわね」


「せめて話合わせて!」


 メイプルが俺の服をきゅっと握って、アルキスから隠れるように肩を縮こませた。


「アルキスおねえちゃん、こわいの」


「ほらみたことか。怒ってばかりだと子供にも嫌われるんだぞ」


 それに得意気な顔のほうが似合う。

 ドヤ顔をしてるときが一番魅力的なのだ、アルキスは。


「きらいなわけじゃないの」


 アルキスの表情について脳内品評していると、メイプルが頬を膨らませていた。

 どうやら俺の翻訳が気に入らなかったらしい。


「嫌いなわけじゃないらしいぞ」


「あたしはあんたのほうが心配ね。ユミナに鼻の下伸ばしてるときも思ったけど、もしかしてロリコ――」


「違わい! ただの父性だよ!」


 平伏した身体つきが好みなわけじゃないわい。

 どっちかというとアルキスみたいに……げふん。ちょっと頭が高い感じのスタイルが好きだ。


「ジンおにいちゃん……メイのおとうさん、なの?」


 こてりとメイプルが首を傾げた。庇護欲をそそられる可愛らしさだ。


 しかしその愛くるしい幼女に向かって、アルキスが悪魔(デヴィル)のように囁く。


「大丈夫よ、ただの自称だから。メイプルの親はちゃんと探してあげる」


「おいアルキス――」


 そもそも自称すらしてねえよと、食ってかかろうとして。


 俺の言葉は、それ以上の衝撃に遮られた。


「じゃあ――アルキスおねえちゃんが、おかあさんなの」


 断定形。


「おとうさんと、おかあさんは、ふうふ、なの!」


 断定形。


 にっこりと。難しい問題を解き明かしたように笑うメイプルの言葉に、顔が熱くなる。ふと見ればアルキスも顔を真っ赤にしていた。


 びゅうと風が吹いて、炎が揺れる。

 炎以上に暑くなった空気が、後に残る。

 三人の間に、沈黙が落ちた。


「と、とりあえず食べましょうか! ね!」


「そうだな! そろそろいい焼き加減だ!」


 我らながら下手な逃げだ。しかしメイプルも思い付いたことを言っただけのようで、すぐに興味は食事に移った。


「おいしいの!」


 そう言って頬を緩ませる様は、さながら天使のよう。


「緩んでるのはあんただけどね」


「おいおい。心読むとか、ユミナみたいな真似すんなよ――次にお前は、『あたしがいつ、あの陰険魔道士の真似をしたっていうのよ』と、言う」


「はぁ!? あたしがいつ、あの陰険魔道士の真似したっていうのよ! ……はっ!?」


 ぐぬぬと悔しげな表情のアルキスに、ドヤ顔をくれてやる。

 意趣返しだ、意趣返し。


「二人とも、ケンカは、めっ、なの!」


「うぐっ……ご、ごめんな、メイプル」


「むう……悪かったわよ、メイプル」


 気付けば最初の魚を食べ終えていたメイプルに、俺とアルキスは叱られてしまった。


「メイにじゃないの!」


 ついでにもう一つおまけだ。


 荒ぶるメイプル神を鎮めるために、俺は魚を一匹、アルキスは焼き鳥を二串、捧げる羽目になった。

 ちゃっかりした子である。

 きっと将来、大物になるだろう。



  ◆◆◆



 迷宮都市(レイレンツィカ)の街並みは整然としていた。

 マキネシアと比べると石造りの建物が多く、木造はほとんどない。驚いたことに足元まで石畳ばかりで、行き交う人々はどこか足早だった。


「すごいの……! 人がいっぱいなの!」


 そして俺たちは、予想を外したメイの反応に顔を見合わせていた。

 金髪を振り振り、橙の目を忙しなく動かして街並み・人波を見ている。


「アルキス。これはどうやら」


 ここの生まれじゃないらしい、と言おうとした俺の言葉は遮られた。


「ま、まだ分かんないわよ。この都市(まち)は外街と内街に別れてるから。内街の生まれなのかもしれないし」


 ああ、それはつまり――


「……その内街とやらに住んでる人さらいが、まあ、偽装した馬車なんか使って外街を素通りしたってか?」


「そうよ。だからまだ分からないわ」


 うきうきわくわく状態のメイプルを誘導して、俺たちは市街地を歩いていく。

 行き先はもちろん内街だ。

 アルキスがいつも利用する斡旋所(ギルド)――〈迷宮(ダンジョン)観光局(・アドロイト)〉もそちらにあるということで、俺たちは外街には長居しなかった。


「にしても、内街の人さらいねぇ……普通はそういうのってさ、街の外側で仕事をするもんじゃないのか?」


 いるのかは知らないが――国として成立してるんだから、代官くらいはいるだろうが――貴族とかが目を光らせていそうな中心街で動く理由が分からない。


「この街はちょっと特別なのよ」


 そこでアルキスは足を止めて、道を変えた。


「ダンジョンのせいにすればいいって馬鹿がたくさん湧いて、内街のほうが危ないからね」


「……そりゃあ、絶好の言い訳だな」


 でもって、胸糞が悪くなる言い訳だ。


「まあ、安心しなさい。あんたに勝てるような奴はそうそういないし、いてもあたしが片付けてあげるから」


「余計なお世話だな。俺がさらわれる心配をしてたわけじゃない」


「あら、そうだったの? 不安そうな顔してたから、分かんなかったわ」


「……俺が心配してたのは、メイプルのことだよ」


 声を潜めて言った。

 苦い顔になっていたというのなら、そのせいだ。

 俺たちがメイプルを親元に戻した後、再び悪漢の手が伸びないとも限らないのだから。


「それこそ余計なお世話よね。あたしたちの仕事は行方不明の子供をギルドに届けて、報酬を貰うところまでよ」


 アルキスの言葉に、メイプルを見た。幼女は小さな手を元気に振りながら、俺たちの三歩先を歩いている。


「そういうところはドライなんだな」


 夜の森で『冒険者マキシム』を心配していたアルキスを思い出して、からかうように言った。


「……ただの切り替えの問題よ。依頼の中か、外か。それだけはできないと死ぬって……ユミナに言われたから」


 つまりあのとき、マクスウェルの心配をしていたのは単に――パーティ・メンバーの安全は依頼遂行の範疇だと、そう認識していたからか。


「……じゃあ、俺は?」


 ふと気になって、アルキスに訊ねた。


 俺と出会ってからこちら、元は単独(ソロ)だったはずのアルキスはずっと、俺を引き連れている。


 それは果たして、どういう理由(わけ)なのか――俺はふと、それを知りたくなったのだ。


「馬鹿ね」


 声につられるように、視線を向ける。

 アルキスは、その長い耳を先端まで真っ赤に染めて、優しい笑みを浮かべていた。


「そんなの、決まって」


「――お姉様あああああ!!!!!」


「――へぶんっ!?」


 そして次の瞬間。

 甲高い声とともに現れた、一陣の黒い影が目にも止まらぬ速度で俺の視界の端から端までを通り過ぎて、アルキスはその影にさらわれた。


 ……外街にも出るじゃないか。人さらい。

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