短編 とある人狼の(抜け)毛事情
フォンテスクは、人狼だ。
つまり狼男だ。
完全に狼の姿にもなれる。
そして、今、一つの重大にして、人(狼)生の危機たる重大な問題に直面している。
それは・・・ストレス性の円形脱毛症。
人狼というのは、普段は人の姿だが、狼の姿に近い四つ足、二足歩行になれる。
ともかく、狼でも人狼姿でも、全身が毛だらけの毛まみれの、ボッサボサの姿になる。
なれるのだ!
だ、だが、今。
彼は、鏡に映った自分の姿に愕然としていた。
・・・嘘だ!!と。
フォンテスクの年齢は三十八。
この年まで、出会いに恵まれずに未だ独り身だが、ブサイクではない(つもりだ)。
とりあえず、デブでもない(つもりだ)。
だが!
加齢と共に世の男性と同じように腹が出てきて、そろそろ頭髪が気になる・・なんてよくある事になりかけていた。
しかし、彼は人狼。
人の姿の時の頭髪はともかく、人狼や狼の時はボッサボサなのだ。
モッサモサで毛がぼうぼう。
由緒正しい(?)天然物だ。
どこぞの飼い犬のように、トリマーなんぞに体を触らせはしない。
クマちゃんカット?でモテモテ?
それを選ぶのは負け犬だ!
もふもふではない、子狼のような柔らかい毛などない。
針金のように硬いゴワゴワ被毛だ。
ずっと、そう思って、人狼としてのプライドを大切に生きてきた。
しかし、この頃、抜け毛が多い・・・らしい。
週に一回の日雇いで来てくれる、掃除屋に苦情を言われた。
頼むから外で人の姿に戻ってから、家に入ってきてください、と。
掃除機が壊れるんですよ、と汚らしいものを見るような目で言われた。
人狼が狼の姿になるのは、性であり本能だ。
その時は、人の姿の裸で徘徊する変態的趣味はない!と言ったし思ったが・・・抜け毛?
・・・人の姿に戻る時は、被毛って、どうなっているんだ?
人から狼になる時はもさもさと伸びていく毛。
狼から人になる時は?
抜けている?
それとも皮膚の中に引っ込んでいくのか?
これまでにそれを考えたことはない。
人の姿も人狼の姿も、狼の姿も等しく全て自分であり。
姿を変えた時の体毛の増減など、当たり前だと思っていた。
怖くなったフォンテスクは、恐る恐る狼の姿で姿見の前に立ってみた。
「・・・ぎゃあああああああああっっっ」
魂消るおっさんの悲鳴に、周辺住民が驚いたとか、驚かなかったとか。
・・・嘘だ!!と。
フォンテスクは狼の姿のまま丸まっていた。
カーペットの上で。
ベッドは、抜け毛を見てしまいそうで、怖かった。
自慢の黒に近いほど密に生え揃っていた被毛が、灰色狼の自慢の毛皮が。
・・・円形脱毛症になっている!!!
正確には、ところどころが丸く毛がなくなり、地肌が透けている。
こんな姿、人に見られたら恥ずか死ぬ!
確かに最近はストレスが多かった。
対人ストレスに、環境の変化。
上司も変わったし、仕事の内容も負担が増えて、責任が重くなって、部下がいうことを聞かないし。
人の姿では体毛がないので、気がつかなかった。
いや、もしかしたら頭髪も同じことになっているのでは?という恐怖が襲ってくる。
フォンテスクは、狼の姿のまますすり泣いた。
人狼としての誇りも何もかも投げ捨てて、男として慟哭した。
そして、心に決めた。
必ず健康を取り戻してみせる。
まずは日頃のストレス発散に山を走り込み、腹回りも絞ろう。
生肉と血液、内臓も取り入れた、(人狼的)健康的な食生活への改善。
それから恥を忍んで皮膚科の医者にも見てもらおう。
被毛の手入れも、マッサージ師か美容師を探そう。
彼の抜け毛対策は、始まったばかりだ!