プロローグ 魔物の集団と王国の大商人
ーー『迷いの森地下大迷宮』の地下三十階層の階層主デュラハンを討伐したリュカとクロエは『低位階:瞬間移動』の魔法石でダンジョンの入口まで戻り迷宮にほど近いカナン村まで戻って来ていた。
二人は行きに屋敷から村まで走らせた馬を預けていた宿に引取りに来ている。
「久しぶりの外だし移動する前に食事だけでもして行かない?」と、リュカがクロエに配慮し、二人は宿の食堂で食事を頂く事にした。
カナンの村はダンジョンに近い事もあるが、グランツァーレ市とカールスルーエ市を繋ぐ街道沿いにあり、ストラスブール市からも近い事で小さい集落ながらいつも人で賑わっている。
二人がダンジョンから戻って来たこの日も例に違わず、食堂は満席に近く活気に満ちていた。
「凄い活気。さっきまでダンジョンに居たのが嘘のようね。……ねぇ、私汗で臭ったりしない?」
「大丈夫だよ。僕らダンジョンの中でも錬金術と魔法を使って、セーフティでお風呂に入ってるし。気になる様なら先に宿でお湯を借りてくる?」
「じゃあ大丈夫」と、安心したクロエは空いていた席に先に座ってメニューを見始める。少し遅れてリュカが席に着き、辺りを見渡していた。
ややあってリュカが食堂の給仕を呼ぶと注文を始めた。
「しかし凄い人だね。席が空いていて良かったよ。あ、僕はチキンの香草焼きにするよ。それとライ麦のパン。それと、飲み物は炭酸の無いミネラルを。クロエは?」
「じゃあ私も同じミネラルと、このニジマスの白ワイン蒸しにする。それとソーセージも食べたいのだけれど、リュカも一緒に食べない?」
「うん、大丈夫だよ。それじゃあ、パンは僕とクロエで半分ずつにしてソーセージも頼もう。ーーあ、この羊と牛肉のソーセージのグリルも追加でお願いします」
一通りの注文が終わって料理が用意されている間、ディラハンとの戦いでの『ロールアウト』のタイミングがどうだとか、「あの場合はノックバックで後ろに凌いでからスイッチしても良かったね」みたいな戦闘の話題で二人は盛り上がっていた。
ロールアウトとは敵の攻撃を左右に身体を転がして回避し離脱する体術で、ノックバックは敵の攻撃を武器や盾で受けながら衝撃を背後へ流す防御の技だ。
質素ながらも重厚な木材で誂えた店内が、先程にも増して昼食を求める食事客で埋まり、熱気が最高潮に達した頃二人の注文した料理が運ばれて来た。
料理を運んで来たのは褐色の肌が健康的な二十歳前後の女性の給仕さんだった。
「待たせしてしまってすまなかったねぇ。飲み物追加サービスしとくから許しておくれよ。最近特に忙しくてね。もう、目が回っちまうよぉ!」
「あはは。大丈夫ですよ。僕らは急ぎませんから。それより、いつもより人が多い気がするんですけど、何かあったんですか?」
「そうなんだ、お兄さん良く知ってるね。あんた、冒険者だろ。だから知らないんだと思うんだけど、先月西の方の領地で小さい小競り合いがあったんだ」
褐色肌の健康的な店員さんが声を潜めて教えてくれた。何でもストラスブールのずっと西の方でまた戦争があったらしい。
「また戦争ですか。巻き込まれる人は堪らないですよね」
「そうなんだよ。まぁ何でも、それで薬やら何やらが足りなくなって、グランツァーレやカールスルーエ、辺りの商人が挙って商売に行ってるのさ。街道でもたまに魔物が出るだろ? 商隊の奴らや、そいつらの警護の依頼を受けた冒険者達でごった返しさ」
「ちょっと、ハ〜ンナ。何してるんだい、料理上がってるよ!」
騒々しい店内の奥の方から、凄まじい声量でハンナと呼ばれた呼ばれた女性は「やべっ、じゃあゆっくりしておくれよっ」と、舌を出して奥に戻って行った。
◇
食堂の料理はどれもボリュームがしっかりあって、味付けも良く、二人は大満足で料理を平らげ宿を後にして馬を引き取った。
外の季節は夏だけれどこの辺りは涼しい気候だから馬に揺られて風に当たると心地が良い。
それほど急ぐ旅路でも無かったから、リュカは馬に揺られながら次に契約したい悪魔をクロエに聞いていた。
「今契約してるのは、神ハデス様から戴いたアモンと、追加契約したクロセル・キリマス・アムドゥシアス・ダンタリオンの合計五体。今後の事を考えると、フェニクスかデカラビアが持つ回復能力、もしくはマルコシアスの火力も捨て難い」
「そうだね、一日一体につき一回限りの使役制限があるからね。アモンの火力は申し分無いけど普通の魔物には過剰火力だし、キリマス・アムドゥシアスは戦闘補助系、ダンタリオンとクロセルは情報系の悪魔だもんね」
「ん。広域殲滅能力は魅力的よね。私達は人数が少ないし数で押されると厳しいから」
「後は、やっぱり回復は欲しいよね。ニコラスのポーションは通常のポーションより二倍位の効能があるけど、それも限界があるしね。フェニクスの仲間全員を同時回復させる能力は凄く魅力的だな」
「そうね、怪我をした時の事を考えると……ねぇ、あれ、あの商隊襲われてない?」
よく見れば街道の先、少し草原に入った辺りで逃げた隊列が魔物に追い付かれて襲われていた。
見える限りでは大きいオークが二体と小さいのが五体ほど。プラスα加味して合計十体前後か……
「助けに行こう。今日クロエは既にアモンとキリマスを召喚してるから剣で対応して。アンデッド系が居たら最期の『火葬』は任せる」
「ええ、了解」
少し離れた場所に馬を止めて、リュカとクロエが足早に走りながら敵戦力を確認する。
「敵はオーク二体ーー片方は手傷を負ってる。あと、ゴブリンが五……六体、ハウンドドッグが三体。オークは後回しにして、脚の速い奴から仕留める。クロエは商隊に取り付いてるゴブリン二体を引き離して!」
「了解。リュカ気をつけて」
「分かった。クロエも怪我しないで」
ーーリュカはクロエと別れてハウンドドッグ三体に走り寄り、気付かれない様に背後から距離を詰めると、まずは一体『バックリッパー』で首を落とす。
右にロールアウトした所で残り二体がこちらに気付いた。向かって右側のハウンドドッグに投擲ナイフで牽制し、左側の個体へ一気に詰める。
「……くそっ、速いよ!」
しなやかな流線型の体躯で、素早く駆け寄って来たハウンドドッグの牙をサイドステップで躱し、すれ違い様に首へスタブを撃ち込むーーくそっ、外した!
(的が小さいんだよ……とりあえずは手傷は負わせたから後回しにしてーー先にもう一体の奴を!)
さっき投擲で牽制を入れた個体が体勢を戻して飛びかかって来た。ノックバックの要領でハウンドドッグの牙を左のナイフで引き付け、右に持ったナイフの『スローター』で頸動脈を断ち切ると大量の血が噴き出した。
先程スタブで手傷を負わせた個体はかなり弱っていたので直ぐに片付いた。
「ゴブは……よし、こっちに気付いてない!」
リュカはすぐに商隊から離れていたゴブリン四体を相手取る。
戦闘方針は、スタブとリッパーで一撃に仕留め切れない敵は中途半端に手傷を負わせ行動不能にし、スピード重視でまずは敵戦力を減らす事。
一体の群れから離れたゴブリンに『アルバーの構え(両手をだらりと下げた状態)』で駆け寄り、右のスラッシュアップで手傷を負わせる。
リュカはすぐに離脱しゴブリン三体に近付き、うち一体の頭部にナイフを投擲、もう一体の背後からバックスタブを入れる。
「ハウンドドッグよりはマシかな……って、オークっ! デカイのは後に回したかったのになぁ」
ーー愚痴を言っても寄って来たモノは仕方ない。
リュカはゴブリン一体・オーク一体に対し、戦況が変わる中一旦距離を置く。左手にナイフと金貨を持ち、右手ナイフを鞘に戻すと地面に手を着き錬成する。
(錬成『Earth Javelin』岩投槍)
約十三m程離れた所から錬成したジャベリンをオークの胸へ投擲し、同時にゴブリンに駆け寄り棍棒の攻撃を『ロールアップ(前方に転がりながら距離を詰める)』で避け、すかさず左手のナイフでスローターを決める。
ジャベリンを抜こうとしているオークの背後に回り込みバックリッパーで首を落とした。
「後は…クロエの二体とオークが一体っ!」
ーー今度は商隊の方へ方向転換し状況確認。
クロエはゴブリン一体を倒し、怪我をした青年の盾になりゴブリンと斬り結んで……えっ、ハウンドドッグ!?
「まだ居たのかよっ。クロエ、アムドゥシアスでオークの足止め頼むっ!」
リュカはスピードを上げて突然現れた四体目のハウンドドッグに近寄り、地に手を着き錬成する。
「錬成『Marsh』泥沼」
「来て、ソロモンの書序列六十七番目ユニコーンの悪魔 音と樹木を司る者 アムドゥシアス」
クロエに駆け寄っていたハウンドドッグを泥沼に沈め、残りの一体のゴブリンを『ネックスタブ(首の急所にスタブを打ち込む技)』で仕留めると、同時に辺りの草木が生きているかの様に蠢き、色を深め騒つき始める。
辺りの騒めきが最高潮に達すると、急激に質量を増した草木が緑色の濁流になりオークに絡みつき、押し流し、やがてオークは見えなくなった……。
「何だよあれ……いちいち過剰なんだよ」
リュカはオークの『過剰な』足止めが成功して辺りが静かになったのを確認し、倒れてまだ息のあるゴブリンと、泥沼で動けなくなっているハウンドドッグに止めを刺した。
「クロエ。後は、ーーあれに埋もれたオークだけだし僕がやっとくから、クロエは商隊の人の治療をしてあげてよ。ポーションはこれを使って」
「ん。了解。……悪魔達はいつもやり過ぎる」
クロエは過剰過ぎた足止めが恥ずかしかったみたいで、悪魔のせいにしながら足早に商隊の方へ去って行った。
(うん、恥ずかしいよな。オークみたいな魔物相手に、あんな最終奥義みたいな派手な術を使う所を見られてしまったら。……クロエどんまい)
激しく巻き付く草木に埋もれて、瀕死だったオークを片付け商隊の方に戻ると、クロエは既に粗方の怪我人の治療を終えていた。
リュカが合流して治療を手伝っていると、腕に包帯を巻いた恰幅の良い、仕立ての良い商人風の格好をした壮年の男性が歩いて来た。
白いシャツを内側に着込み、若草色の鮮やかなベストとズボンに茶色いブーツを履き、銀糸や金糸で細やかな細工を施した黒地のローブを纏っている。
彼は上品に仕上げられ両端が「クルッ」とカールした口髭が印象的で温和そうな面持ちをしていた。
「これは冒険者様方、私共の商隊をお助け頂き誠にありがとう御座いました。護衛の者も連れていたのですが、生憎突然襲われてしまって対応が後手に回ってしまいましてな。本当にありがとうございます!」
「いえいえ、先程位の戦闘であれば何の問題ありません。それよりも貴方がた商隊に大きな被害も無く、救助に間に合って良かったです」
「お若いのにあれ程腕が立つとは!ーー先程のオークを一撃で捉えた木の魔法は初めて見ましたが、いやはや威力も凄まじく素晴らしかったですな。あの凄い魔法は此方の女性の術でございますかな?」
「いえ、あれは『兄の』樹木に干渉する魔法で……」
「あはは。大した事はないですよ」
(おい、なんでだよ……)
チラチラとクロエに視線を送るが、クロエは断固として目を合わせない。明後日の方向を見て遠い目をしている……ずるいよ。
「おお、左様で御座いましたか。私はグランツァーレで商いを営んでいる、マンハイム商会のアルベルト・ガンツと申します。今は旅の途中で御座いますが、此の度の御礼は街で是非させて頂きたい。貴方のお名前をお伺いしても良いでしょうか?」
「これはマンハイム商会の。存じ上げております。私はリュカ・シュヴァルツヴァイトで、こちらは妹のクロエ・シュヴァルツヴァイトです。どうぞお見知りおきを」
マンハイム商会はマグノリア王国でも有数の商会で傘下に幾つもの商会を抱えていて、アルベルト・ガンツはその商会を束ねる凄腕の豪商人だ。
『地獄の悪魔も金を置いて逃げ出す大商人』とも言われている彼は、父ヨハンが懇意にしている事もあって、リュカも話は聞いていたが……うん、聞いていたイメージとは大分違ってはいる。だが、気にしないでおこう。
「なんと。シュヴァルツの伯爵様の御子息でしたか。これは素晴らしい!ーー伯爵様も大層な魔法の腕をお持ちだが、御子息に至ってはこの若さであれ程……いやぁ、感服しましたわい。伯爵様には平素よりお世話なっておりましてな。グランツァーレに戻りましたら是非私の屋敷までお立ち寄り下され!」
「ありがとうございます。ええ、父から話は伺っております。でも、先の事は大した事ではありませんので、もし何かあれば寄らせて頂く事に致します。それでは家族が待っておりますので、私達はこれにて失礼します」
リュカは最後の方照れ臭くなって早く帰りたくなっていたが、相変わらずクロエは我関せずの方針を貫いている。
アルベルト・ガンツは二人と別れると、商隊を引き連れてグランツァーレ市街の方へと帰って行った。
ーーそうして漸くリュカとクロエは二週間ぶりの我が家へと帰る事になった。
第6話でプロローグが終わりました。
次回、1章から急転回があり仲間を集めながら主人公達が旅を始めます。
なにぶん、文章力が無く伝える為に文字数が嵩張り
読みにくい内容ではありますが、
出来る限り、戦った勝った強くなったチートしたみたいな転回にならない様、細かい模写を頑張りたいと思います。
後書きまでお読み下さりありがとうございます。