第2章 勇敢で優しい人から死ぬ世界
クラン"聖女の騎士"は既に2人の騎士が死んだ。
リーダーのマリエルとビアンカだ。
ドゥ・ランダとトロール2体を相手に、マーニ・エミリア・ユーレスカでは手に余る。ビアンカの頭部を飛ばしたトロールは、今度はユーレスカを殺すつもりだ。
リュカはアミラをクロエに任せてユーレスカの加勢に入る。先程ビアンカを殺したトロールが下卑た笑みを浮かべ走って来るのを確認し、錬金術で"岩の投槍"を錬成する。
『錬成"Earth Javelin"岩投槍!』
黒竜と戦った際に、リュカは新しく"星槍"の術を身に付けている。訳はない。ビアンカの頭を吹き飛ばしたトロールは、今度は自分が頭を吹き飛ばされて絶命する事になった。
「ユーレスカ、君怪我をしてるだろ。アミラの所迄下がって治療して貰ってくれ。こいつは僕が殺る」
周りを見渡すとゴブリン・ボブゴブリン・オークが集中して来ている。やはり北門が開かない所為で南門に敵戦力が集中して来ている様だ。
リュカはユーレスカを、制圧済みの南門に待機させているアミラの所まで下がらせると、再度錬金術で金貨1枚分2000本の"岩の矢"を錬成し、集まりつつある魔物の軍勢に浴びせ、次に目の前のトロールに一気に詰めて右手の"ウンネフェルのナイフ"でリッパーを浴びせ首を落とした。格下のユーレスカ相手に余裕を見せていたトロールなど背後を取るまでも無かった。
ーさっさと片付けてマーニの援護をしないと
"岩の矢"の用途は牽制し魔物を寄せないだけのつもりだったが、小型のゴブリンやボブゴブリンの殆どはリュカの錬成した矢の餌食になって絶命した。
確かに多数対多数の混戦なら、味方に被害が及ぶ可能性のある攻撃は封じる必要があるし、今回の攻城戦の様に制圧後施設を再利用するなら、悪魔の炎で焼き尽くす訳にもいかない。でも、先頭に立てば話は別だ。目の前には魔物しか居ないなら物量を叩きつけるだけだ。
再度"岩の矢"を錬成し、魔物の軍勢に執拗に矢を浴びせ掛け無力化する。200体程居た魔物は2回の一斉射撃を受けて動く物は無かった。リュカは止まらずマーニの援護に入る。
マーニが"聖女の騎士"の戦闘に介入したのは、マリエルが負傷したビアンカを庇って火だるまにされた直後だった。マーニは仲間を危険に晒すと理解はしていたが、身を挺して仲間と助け合える彼女達を見殺しに出来なかったのだ。
マリエルを焼かれて逆上したエミリアがドゥ・ランダに斬り掛かると、ドゥ・ランダは少しニヤけて杖で凌ぎ、そのままエミリアを横薙ぎに払った。止めの詠唱を始めた瞬間にマーニが切り結んだ形だ。
ドゥ・ランダはニヤけていた顔を締まらせてマーニの袈裟斬りの剣をつもりだった受けると、横薙ぎに払いに掛かるがマーニはバックステップで躱し、剣を構え直し胸への刺突に切り替えた。慌てたドゥ・ランダは身を捩り胸への刺突を躱したが、肩にマーニの剣を受け低い声で唸りを上げた。
「痛がっているのか私には分からないが、貴様にはここで死んで貰う」
青い肌が紫に見える程に顔を怒りで染めたドゥ・ランダが杖を右手に持ち替え、マーニを撲殺しようと杖を振りかぶった時、周囲に異変が起こった。
妙に辺りが暗くなった。先程夜が明けて"明るくなったばかり"なのにだ。一瞬で危険を察知したドゥ・ランダが空を見上げると、無数の何かが太陽を覆い隠している。次の瞬間にはこちらに向かっていた200を超える同族に"無数の何か"が降り注ぎ、無差別攻撃が始まった。その中に無傷で立っている"黒いローブの男"がいた。
ドゥ・ランダの紫に染まっていた顔がみるみる元の青肌に戻っていく。立っている同族は殆ど居なかったが、それでも半数以上は生きている。ドゥ・ランダが"早くあの危険な黒いローブの男を始末しなければ"と考えた時には2回の一斉射撃が始まった。
リュカの蹂躙劇を見てドゥ・ランダが戦意を喪失した時、ドゥ・ランダの左肩に刺さったマーニの剣に力が込められる。青色のトロールが肩の骨を砕かれ身を引いて剣を引き抜き、怒りに任せて振り上げた右手の杖を振り下ろす。
しかしその右手の杖がマーニに届く事は無く、ドゥ・ランダは膝を着いて倒れ込んだ。魔物の軍勢を始末したリュカがドゥランダの足の筋を切断したのだ。足が前に出ず膝を着いたドゥ・ランダが、"足の筋を切断された"と理解した時には、マーニの剣がドゥ・ランダの首を落としていた。
「すまないリュカ君。助かったよ。」
「構わないよ。それより彼女達のフォローをしてやってくれないかな。仲間を2人失ってる」
「ああ、すまない」とマーニはリュカに一言謝ると"聖女の騎士"の生き残った2人の元へ駆けつけた。
2日前、リュカ達が部屋へ引き揚げた後も語り合っていたのだろう。無残な姿に成り果てたマリエルとビアンカを見て、マーニが沈痛な面持ちで声を掛けている。リュカはその姿を見ていられなかった。
「これからどうする?」とリュカが切り出し、南門制圧後のパーティーの行動を決める事にした。
「私はまだ戦える」
「今日は特に何もしてない」
「アミラは大丈夫ですからっ!」
「じゃあ、北門に向かおう。まだ北門の狼煙が上がっていないから、北門の冒険者は恐らく全滅してるだろう。あっちを開けないと南門に敵戦力が集まり過ぎる」
リュカの言葉に各々に返事をして移動を開始する事になった。
「申し訳無いけど"聖女の騎士"にはここで離脱して貰おう。今の彼女達の精神状態じゃ戦えない」
「そうだな。私から話して来よう」
"聖女の騎士"は同行を願い出たらしいが、リュカは彼女達の仇討ちに仲間を巻き込むつもりは無い。
マーニが説得して彼女達は仲間の遺体と一緒に、取り敢えず先にクラヨーヴァへ帰る事になった。
北門へ向かう途中リュカは正直早く帰りたかった。
無性に苛立ち憤りを感じている。あの日の自分の姿が重なって見えた事もあるが、この世界では"仲間を思い遣る勇敢で優しい人"から死んで行く。
リュカは"勇敢で優しい人"があまり好きにはなれなかったのだ。それは一歩間違えて死んでしまえば"蛮勇"でしか無いからだ。「きっと騎士であるマーニには分からないだろう」とリュカが考えながら北門を目指し進んでいると、北門制圧隊の冒険者達が頭部を砕かれたり、臓物を引き摺り出されて死んでいるのが目に入ってきた。
「正直僕は限界だよ。腹が立って仕方ない」
「ああ、私もだ。早く終わらせよう」
「彼女達が死んだ時点で僕等に気持ちの良い勝利はもう無いんだ。早く終わらせて帰ろう」
リュカが効果の切れた補助魔法を掛け直し、マーニと2人で北門の守護に就いている魔物に斬り掛かる。魔物はボブゴブリン4体、ゴブリン2体、オーク3体だ。北門の外で大きな戦闘音がしているから、北門制圧隊を屠った魔物は外に居るのだろう。
リュカとマーニが北門の制圧している時、クロエは壁上に上がり南門と同様、遠距離攻撃型のゴブリンとメイジゴブリンを相手取っている。悪魔召喚をしても良いとリュカに言われていたので、クロエにとって敵では無い。
リュカがミスリルのロングソードでオーク1体の首を落としている間に、マーニがもう1体のオークを右手のアイゼンリーゼで袈裟斬りにする。オークが怯んだ隙に左手のヴォルフスファングで首を中程まで斬り付け、3体目のオークに取り掛かる。
リュカは1体目のオークの首を落とした次の瞬間には黒い霧となって消え、ボブゴブリン1体に"ウンネフェルのナイフ"でバックスタブを打ち込み無力化した。ナイフを抜くとボブゴブリン2体目の頸動脈を切断し、寄って来たゴブリンを前蹴りで蹴り倒し、心臓に刺突を打ち込んだ。
マーニが3体のオークの右脚をアイゼンリーゼで刎ね飛ばした時、壁上で明らかにオーバーキルな豪炎が空を焼いていた。クロエの悪魔召喚に間違いない。この砦に居る魔物で、アレを喰らって姿形が残る魔物など居ないのは明らかだ。
右脚を落とされ、醜く喚いているオークにマーニが止めを刺した頃、リュカが更に2体のボブゴブリンの首を落としていた。黒竜と斬り合い、打ち勝ち"エナ"を得てステータスが上昇した2人にとって、ゴブリンやボブゴブリン、オークなど全く敵では無い。
最後のゴブリンをマーニが両断して北門制圧の戦闘は終了した。リュカは壁上に上がり、北門外で公国正規軍を迎え撃つ魔物の軍勢約200〜230体と、約100m離れてそれと睨み合う正規軍兵士を確認していた。リュカはクロエに新しく契約した悪魔"ベリアル"を用意させる。
ベリアルはソロモン72柱の魔神の1柱で、80の軍団を率いる序列68番目の地獄の王だ。ルシフェルの次に創造された2番目の天使とされるが、堕天し悪魔に堕ちた。"ベリアル"の名は「無価値な」「邪悪」を意味する。燃え盛る戦車に乗った美しい二人の天使の姿をしており、その魔力は強大でベリアルの能力は広範囲に地獄の炎を展開する。
今回リュカはベリアルの召喚時間を3秒に限定した。あまり長過ぎると正規軍の兵士を焼いてしまう可能性があり、またリュカには1つ熱を使ったアイデアがあった。ベリアルの炎を受けて生き残るのはあの赤肌の大剣を持ったトロールだけだろう。
「あれがグ・マンか。あのトロール以外は大した魔物は居ないね」
クロエが首肯し、リュカは錬金術で金貨3枚分の"氷の矢"を用意する。約6,000本の"氷の矢"がカルカラ砦の北門上空に展開された。魔物達が気付き振り返っているがもう遅い。
「クロエ、矢が全部落ちたらベリアルを頼む」
「ん。3秒で良い?」
「大丈夫」
短い会話の後、リュカが矢を放った。6,000本の矢が氷の絨毯を創る様に、地面に群がる魔物達に向かい降り注ぐ。既に立っているのは赤いトロールと数体の魔物だけだ。全ての矢が落ちた後、クロエがベリアルを召喚する。
「来て、ソロモンの書序列68番目の悪魔 原初の天使にして堕天した邪悪なる地獄の王 ベリアル」
空間が焼かれるように顕現したベリアルの"1体の天使"が右手を差し出しすと、魔物の軍勢の上空に巨大な火球が発生し、やがてゆっくりと高度を下げると魔物達を飲み込んだ。
時間が経ちクロエが召喚を解除すると、魔物達を炙っていた炎が消えていく。辺り一帯は"白い霧"に包まれていた。リュカが放った氷の矢が溶けて、熱により蒸発し霧を作り出したのだ。
リュカは壁上から飛び降りると一直線にグ・マンに駆け出した。何度かのリュカのスキル"霧化"を使い距離を詰めると、ほぼ意識の無い状態のグ・マンの首を右手の"ウンネフェルのナイフ"で一気に切り落とした。
城門を開けたマーニが狼煙を上げる。
南門と北門を制圧し今度こそリュカ達"黒の旅団"は責任を果たした。これ以上戦う理由も無い。
リュカは仲間全員を集めて無事を確認し、大きく安堵の溜息を吐いた後、クラヨーヴァへ帰る事を仲間に告げた。
リュカがスレイプニルを召喚して跨った頃、砦で大きな歓声が響いていた。グ・ギランの首も取れたのだろう。リュカは思い残す事無くクラヨーヴァへ帰還した。クラヨーヴァ市へ戻ると直ぐにリュカ達は冒険者ギルドへ直行する。
今回の戦闘参加での報酬は、
・城門開放報酬 1,334枚(南は三等分)
・グ・マンの討伐報酬 700枚
・グ・マンの魂晶売却 360枚
・ドゥ・ランダの討伐報酬 700枚
・ドゥ・ランダの魂晶売却 420枚
・戦闘参加報酬 40枚
以上、合計で金貨3,554枚の報酬となった。
報酬の金貨を受取ったリュカは、やり切れない気持ちを胸に抱いて宿へ足早に引き返した。早く休みたかったリュカがクロエに頼み、報酬の受取り手続きをしている間に宿を取っておいて貰っていた。
リュカは風呂に入って汗を流し、ベッドに潜り込み少し休む事にした。何故かクロエが部屋をリュカと同室にしていたが彼女なりに思う事があったのだろう。
「大丈夫だから。生きてる」
クロエがベッドに潜り込んで来て抱き締めてくれた。彼女の暖かな心臓の音が聞こえている。
トクン…トクン…トクン…
気が付くとリュカは安心感に包まれていた。
そのまま目を閉じてクロエの音を聞いていると、全身から力が抜けてリュカは意識を手放した。
暫くして少年は頭を撫でられる感触で目が覚めた。
「ありがとう。心配させてごめん」
「いいよ。リュカ小さい時みたいな顔で寝てた」
「やめてよ」リュカは無性に恥ずかしくなりクロエの頭を手繰り寄せる。
「だからっ!リュカ様は何なんですかっ!起きた瞬間に甘々ですかっ!アミラもお願いして良いですかっ!」
いつもの甲高い声で現実に引き戻されると、アミラが真っ赤な顔で仁王立ちしている。思いっきり胸を張っているが平坦だ。リュカが乾笑をすると、「うがぁっ」と少女が馬乗りになって、甘えさせろと暴れていた。アミラも心配してくれていたのだろう。
リュカは固まってコリコリになっていた気持ちが解れて、やっと心から笑う事が出来た。
その日、夕食の時間になってリュカとクロエ、アミラが食堂に顔を出すと、先にマーニが待っていてエミリアとユーレスカが同席していた。
「リュカ君、少し話を聞いてくれないか?」
「うん、構わないけど。どうしたの?」
マーニは硬い表情を崩さずエミリアを一別すると意を決して口を開いた。
「マリエルとビアンカの埋葬を済ませた後に話をしたんだが、彼女達のクラン"聖女の騎士"は元々4人だったらしく、仲間を失い解散する事になったんだ。彼女達も私と同じ様に、目的を持って旅をしている。だからこのまま家に帰る訳にもいかないらしい」
リュカがエミリアとユーレスカを見やると2人が頷く。マーニを見ると本気の顔だ。どうやら彼は引く気は無いらしい。
「我々"黒の旅団"の目的を変える必要も無いし、私も違える気はない。だから、彼女達を私達の旅へ同行させてやれないだろうか?」
リュカは真剣に悩んだ。騎士として結果を残したい気持ちは十分に分かるけれど、もう目の前で誰かに死なれるのは懲り懲りだ。まして仲間になって深く知りあってから死なれたら最低だ。暫く目を閉じて考えを整理する。
「分かった。同行を許可する。だけど、2人には約束して欲しい。勝手に死なないでくれ。それが仲間の為であっても。他人を助けたいなら、助けられるだけの力を付けてからやって欲しい。今回みたいに誰を助けて自分が死んでしまっては、元も子もないだろう。残された人間が苦しむだけだ。厳しい事を言うけど、僕は仲間を死なせたくないんだ」
エミリアとユーレスカはよっぽど苦しんだのだろう。赤く腫らした目を少し滲ませて深く頷いた。
「じゃあ、僕は君達を仲間に迎える事にするよ。2人も良いかい?あぁ、本当にお腹がぺこぺこだ!早く御飯にしよう!」
2人の話は聞いて居ないがマーニは聞いた上で旅に同行を求めたのだろうし、これ以上今話をしても息が詰まるだけだ。旅はまだまだ始まったばかりだしこれから聞く事も出来る。
リュカは仲間に迎えると決めた以上、2人が早く笑える様に努めて明るく振る舞う事にした。




