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第1章 神様と冒険者とステータス

 グランツァーレ市は、歴代シュヴァルツヴァイト伯爵が王国史において多大な功績を挙げ、マグノリア王国より自治を許された領地内で、最大の都市である。


 『迷い森地下大迷宮』からほど近い土地柄、多くの冒険者達が行き交う街でありながら、豊かな自然が農業、林業、牧畜業、狩猟業等の一次産業雇用を創出し、その豊富な資源に支えられた衣料・家具・鍛治などの二次産業、そして増加する人口が飲食業・卸売業・小売業などの三次産業を支えている。


 また、マグノリア王国としても隣国ブルボン聖王国と領土を隣接する重要な戦略拠点でもあり、国内の様々な騎士団の支部を、グランツァーレ市に構えさせている。


 そういった騎士団には、多くの貴族である子息が名誉の為に参加しており、騎士団の運営資金は主に貴族家からの、潤沢な寄付金によって賄われている。

 そして騎士団が寄付金の資金運用の一環として行っている『貸付業務』は、地元産業の維持発展に大きく寄与していた。



 この日、リュカはクロエと幾つかの用事を熟す為に、グランツァーレ市街へ出向く事になっていた。


 先日『アレス騎士団』に屋敷の査定を依頼し、屋敷を抵当に入れ、金貨の貸付を打診していた件が上手く話が進み、金貨の受け取れる事になっているのだ。

 そして屋敷に残っていた売却可能な家財道具・貴重品は、マンハイム商会に引き取って貰えたので、その買取金の受け取りと、冒険者ギルドへ向かいギルドに預けていた、資金の引き下ろしにも赴く事になっている。


 少年は父親である、前・シュヴァルツヴァイト伯爵、ヨハン・シュヴァルツヴァイトから伯爵家の財産を相続してから、父親が遺した屋敷と屋敷にある家財以外の資産については、伯爵家が運営していた"フラメル社"の資財を含め、シュヴァルツヴァイト領の運営の為に一切手を付けない事にしている。


 街へ出かける少し前に、居間で朝食を二人で食べていると、クロエが右手の小指に付けていた指輪を外してリュカに手渡した。大きめの『青い石』を中央に嵌め、綺麗な細工の施された美しい指輪だ。


「これ、リュカが付けていて。母が私にくれたお守りの指輪」


「それはリーデンハルトの家宝じゃないか、どうして!」


「リュカはすぐ自分を犠牲にする。私にとって、あなたは最後の家族だから。お願い」


 リュカはしばらく受け取るか考え込んで、クロエの想いを汲み受け取る事にし、代わりに日頃からリュカが帯刀している、シュヴァルツヴァイト家の家宝である『レーヴァティン』をクロエに渡す事にした。


「ありがとう。では、クロエはこれを代わりに持っていてくれ。僕が父さんから貰った剣で、昔シュヴァルツヴァイト家が王国から下賜された物なんだ。これからの旅できっとクロエを守ってくれる」


「でも……ありがとう。大切にする」


 先日錬成した『シャルの石』は、ピアスとして加工してリュカが身に付けている。今は眠っている様子だが『いつシャルが起きて話し掛けても分かる様に』との配慮だ。

 リュカは右手の薬指にニコラスの指輪を、小指にリーデンハルトの指輪を着け、クロエを連れて屋敷を後にした。



「ようこそお越し下さいました。わざわざ伯爵様に御足労頂き申し訳ありません 」


「いえ、グランツァーレには他にも用事が有りましたし構いませんよ。それに、ご無理を聞いて頂いているのは私の方ですから」


 グランツァーレ市街の一角、貴族の屋敷が立ち並ぶ立地に『アレス騎士団 グランツァーレ本部』があった。

 リュカはつい先程本部邸に到着し、歓待を受けた後、本題の金の貸付について貸付業務担当者である、ニコルと言う女性騎士の方と話をしていた。


「貸付可能額なのですが金貨で八千枚御用意致します。収益物件ではありませんので、騎士団貸付規定では利子は五%、貸付期間は六ヶ月となりますが、日頃よりお世話になっている伯爵様の御用向きでご座いますので、利子は三.五%、貸付期間は十二ヶ月とさせて頂きます。如何でしょうか?」


 アレス騎士団からの貸付金を、金貨五千枚〜六千枚と見積もっていたリュカは、思わぬ高額の貸付枠を貰えた事、低金利で仮受け出来た事にホッとして胸を少し撫で下ろした。


「ええ、もちろん結構です。ありがとうございます。それで、金貨はいつ頃の受け取りになりそうですか?」


「金貨はしばらくお待ち頂ければ、すぐに御用意致します。それでは此方にサインと捺印をお願い致します」



 リュカは暫くニコラと歓談した後本部邸を発ち、マンハイム商会の事務所で買取金を受け取り、昼過ぎにグランツァーレ冒険者ギルドへ到着した。

 マンハイム商会のガンツ氏と商談をしたかったのだが不在だった為、言伝だけ頼む事にした。


「リュカさんお久しぶりです!今日はどうされましたか?」


 ギルドに着き応接室で待つ事三分程、すぐにリュカの担当受付嬢であるラウラ・ゼッケンドルフが入室してくる。

 ラウラはリュカが冒険者を始めた頃からの担当者で、二十代半ばの面持ちに品があり、他の冒険者にも人気のあるギルド受付嬢である。


 今日のラウラの髪は肩の少し上で少し内巻きにした栗色で綺麗に纏まっていた。

 明るくハキハキした女性で、話していると自然と笑みが零れて元気になれる女性だ。


「今日はステータスの更新と、ギルドに預けている資金を幾らか引き出しに来たんです。あと、少し依頼の状況を見たくて」


「そうですね。最近お二人とも更新されてませんでしたから。では直ぐに御用意しますね。それと、金貨は何枚程引き出されますか?」


「お願いします。あぁ、確か二千二百枚位だったと思うので、冒険の資金を千枚と端数残して、今回は千枚で大丈夫です」


 「畏まりました!」と、元気に返事をしてくれたラウラ嬢が一度部屋を出て行く。

 上品で愛想の良い美人は何処にいても人気がある。

 付け加えラウラ嬢は頭も良い。リュカが聞かれたくない事や、一般には秘匿したい情報には触れず、リュカの社会的立場も、他の冒険者には漏れない様に配慮してくれていた。


 冒険者ギルドには数多くの役割があるが、それを一からリュカに教えてくれたのもラウラ嬢だった。

 そして『冒険者ギルドを説明する時に、この世界を見守る偉大な神の存在を忘れてはならない』と大切な事を教えてくれた。



 ーー神ガイア


 人が住む大地・空・海を作り出した原初の神であり、神ガイアは有であり無の存在。神ガイアは世界を創造し見守るだけの存在で、神ハデスの様に人間達の前には決して現れたりしない。

 しかし、神ガイアの存在を前提に組織されているのが『冒険者ギルド』である。



 ーー冒険者ギルド


 冒険者ギルドの最も大切なギルドの存在意義。

 それは冒険者を導き『ステータスとして冒険者の能力値を示す事』だ。


 冒険者ギルドの主神は神ヘルメスが担っている。

神ヘルメスは旅人の守護者であり、あらゆる仕事を司る神だ。

 冒険者ギルドの『冒険者に能力を示す』とは、神ガイアが持つ『世界を見る』神意に、神ヘルメスが干渉し、神ヘルメスが持つ『冒険者に道を示す』神意として、ギルドが冒険者に対し数値化された能力を示す事だ。


 つまり、世界を見守る神ガイアの下に神ヘルメスが居て、神ヘルメスの下に冒険者ギルドという組織がある。

 その三者の連携があって初めて、冒険者は自分の能力を客観的に認識し、無理なく冒険の予定を組む事が出来る。

 また、その冒険者の能力も神ガイアの恩恵により、魔物を倒す事で『エナ』と呼ばれる『エネルギー』を吸収し上昇する。


 こういった冒険者に多大な恩恵があり、ギルドは荒くれ者である冒険者達を、一重に纏める事が出来ている。


 冒険者は冒険者ギルドの規約を順守しなければならず、規約を犯した者は冒険者ランク降格、罰金、取引停止などの措置が取られ、著しく犯した者は資格剥奪処分となる。

 資格を剥奪された者は神ヘルメスの恩恵を受けることが出来なくなり、ステータスを更新出来なくなる。


 暫く経った後、ラウラ嬢が2枚の羊皮紙と金貨を重そうに抱えて部屋に戻って来た。


 ラウラ嬢が持っている羊皮紙は、ギルド職員のみ使用が許されている魔法を織り込んだ、『ディオラシス』と呼ばれるマジックアイテムで、使用者の血液を少量落とす事で、ステータスの数値が浮かび上がってくる。


 ーーダンタリオスの黙示書に似た形式だ。


 ディオラシスの評価項目は、力/耐久/敏捷/知力/器用のフィジカル評価と、魔力評価、発現している『アビリティ』が表示される。

 アビリティの発現は稀で評価対象者の個性に依る部分が大きいとされる。


 他には『称号』と言う項目もあり、冒険者は新たな称号を得る事で、ステータスに僅かながら恩恵がある。


「それでは、お先にこちら金貨をお渡ししますね。では、リュカさんからステータスの更新をお願い致します」


「分かりました。じゃあ、いきます」


 リュカがナイフで親指を傷付け一滴血液を落とすと、ディオラシスの表面が鈍く発光し、やがて光が収まるとリュカのステータスが現れる。



リュカ・シュヴァルツヴァイト

職業:錬金術師

力834/耐久458/敏捷680/知力287/魔力30

器用342/アビリティ:可能性/称号:愚者



「相変わらず凄いステータスですね。魔力以外の全項目で他の一般的な冒険者の方々の能力値を上回ってます。力に関しては不思議な程上がりましたね。アビリティ・称号は共に公表しない方が賢明です」


「ええ、少し色々な事がありまして……」


「じゃあ、次は私がやる」


 リュカが乾いた笑いを浮かべていると、クロエも同じく親指を傷付け赤い血を落とした。

 美しい黒髪を肩まで伸ばし、人形の様に整った顔立ちの少女は少し痛そうに顔を顰め、親指を咥えている。

 ディオラシスが輝きステータスが現れた。



クロエ・シュヴァルツヴァイト

職業:悪魔召喚師

力486/耐久347/敏捷460/知力327/魔力868

器用268/アビリティ:起死回生/称号:魔導書の契約者



「……ひっ」


 小さい悲鳴を上げ、ラウラ嬢の顔が一瞬で凍り付いたのは、恐らく職業の悪魔召喚師の項目だろう。

 リュカが「ラウラさん」と、声を掛けるとラウラ嬢が頭を整理し、意識をテーブルへ戻した。


「は、はい。全ての情報について、私以外には秘匿致しますね。とても軽はずみに話せる内容ではありませんので」


「こほんっ」と一つ咳払いをして、ラウラ嬢がアドバイザーとしての意見を話し始めた。


「アドバイザーとしてお話致します。力と耐久性に関しては、一般的な冒険者の方々と然程変わりありませんが、敏捷性・知力・魔力に関しては並外れた素質が見受けられます。召喚師と言う職業になっていますが、魔術書等で魔法を勉強し、修練すれば必ず魔術師としても、相応の能力が備わるかと思われます」


「分かりました。一度考えてみます」


「クロエ、アビリティを見て。やっぱり君は呪われてなんか無かったんだ。起死回生、悪い事があったとしても立ち直る事が出来る、最後には勝てるって事だよ」


 自分の事の様に嬉しくなったリュカは、隣に座っている少女に手を重ね力強く握った。



 応接室を出たリュカとクロエは、ギルド会館の一階に併設されている酒場で紅茶を注文して、今日一通り回って分かった、現在の資金の確認をしていた。


 まだお昼のお菓子を食べるくらいの時間だ。


「こないだ話した通り、手持ちの金貨は三千五百枚、騎士団から八千枚、商会に私財を売却して三千百枚、ギルドの預金から千枚。合計一万五千六百枚だ。思った以上に集まったね。後の四千四百枚は僕が何とかするよ。ふふ」


 「大丈夫そう?」と、クロエが心配そうな顔をしていたがリュカには確信があった。

 それにリュカとしては、たった千枚の金貨をアテにして、目の前に居る女の子を連れて旅に出る訳にはいかない。


 冒険者には衣食住以外にも、装備の調達や整備、移動手段の確保、入市税、戦闘用の魔石の確保に非常に多額の資金が必要になる。

 リュカの錬金術も金貨を素にしているしクロエの悪魔召喚費用も必要だ。


 「後は状態の良い素材だけなんだよなぁ」と、リュカは立ち上がり、掲示板の冒険者ギルドから公示されている依頼票を眺めている。

 クロエも後を追いかけ興味深そうに見ていた。


「何の依頼を探してるの?」


「こんな感じの依頼だよ」


"薬草:エルダーフラワーの採取 期限:無し 村近郊の野生のエルダーフラワーの採取をお願いします。 レーヌ村"


「よくある毒消し薬の素材採取の依頼ね。初心者の冒険者の人がよく受けるタイプの依頼の様だけど」


「正解。でも、僕が欲しいのはエルダーフラワーじゃなくて、コイツの近くに群生するマトリカリアなんだ。普通のマトリカリアとは全然見た目が違うから誰も採取しないんだけど、そのマトリカリアを精製すると青い液体が取れるんだ。僕が錬金術で作るポーションの素材だよ」


「なるほど、他にもエルダーフラワーの採取依頼は沢山あるみたい」



 クロエが依頼票を再度見直していると、ギルド受付カウンターからラウラ嬢が、足早に駆け寄って来た。


「あぁ、此方でしたか。実は今リュカさんに会いたいと仰る、男性の騎士風の方がカウンターまで来られてまして。もし、お時間があればお会い頂けませんか?」



 ーーリュカがカウンターの方を見やると、確かに騎士風の男がそこに立っていて、興味を惹かれたリュカは彼に会ってみる事にした。

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