第十七話 第一の任務完了
30分前。
赤川連子は会場関係者の利用する通用路の扉の前にいた。
「ここ・・・だな。・・・うっし・・・行くぜ。」
連子は周囲の人の目を気にしながら、すばやく扉の中に入り込む。
「ふぅぃ〜。・・・よっしゃ、急ぐぜ。」
彼は会場の音響管理のブースを目指していた。
薄暗い通路をできるだけ足音をたてないように進んでいた連子は
作戦を説明されたときの青山雄三との会話を思い出していた。
「お前には少しヤバイことをやってもらう。」
雄三は頭を指でかきながら、少し言いずらそうに言った。
「はぁ?や、やばいことぉ?お、俺が?」連子は戸惑いの声をあげる。
「あぁ。お前は最後の最後で関口がとるであろう行動の為の『保険』になってもらいたい。俺の考えでは、関口は追い込まれると十中八九バックについている『国』の権力に頼る。まさか俺ら学生ごときにやられるなんて思ってはいないだろうが、あいつにとって今はとても大事な時期。絶対に失敗することはできないはずだ。だからおそらく負けるくらいなら最終手段として『国』のお偉いさんの力も借りるのも惜しまないだろう。・・・お前にはその時の為の『保険』、つまり対抗策になってもらう。」
「く、国ぃ!!お、俺に国と戦えってか?む、むちゃ言うなよぉ!」
「『戦う』必要はない。『逃げる』。」
「に、逃げる!?・・・それじゃダメじゃないか。」連子は顔をしかめる。
「ダメじゃないんだ。それでいいんだよ。俺の『作戦』の真意もそこに通じている。皆誤解しちまってるんだ、そう関口までも。俺たちは『逃げるが勝ち』なんだ。『戦う』必要なんてないんだ。」
「逃げるが・・・勝ち?」さらにわけがわからなくなる連子。
「あぁ。まぁ・・・とりあえず今はお前にやってもらうことを説明する。お前には会場の内部にある音響ブースのPAシステムのスイッチを切って、舞台上すべてのマイクを使えなくしてもらいたい。『国』のお偉いさんの発言は脅威だ。たとえ俺らがどれだけ会場の人たちに関口の研究内容に疑惑を芽生えさせてもそいつの一言で全てパーだ。無駄になる。そんなのどうすることもできない。だったら・・・そんなことさせなきゃいい。マイクを切る。そうすればその『脅威の一言』は会場には届かないからな。」
「マイクを・・・切ればいいのか?・・・でも勝手に侵入して勝手にいじっちゃ犯罪だろ。」
「いや。そんな法に触れることはしない。それじゃ関口と変わらねぇからな。俺らは正々堂々あいつに勝つ。・・・だが、実際きれいごとだけじゃ勝てない。そりゃ向こうにはその法に守られてる『国』がバックについてるんだからな。・・・だから、犯罪ギリギリの危ないことをする。」
「犯罪ぎりぎり!?ま、まじかよ。」
「あぁ、ホールの音響システムを勝手にいじって会に支障を出しちゃ、そりゃ犯罪だ。だからお前は機械には『触らない』。『触らずに』スイッチを切る。」
「触らずに・・・。」
「そう・・・どうすればいいと思う?」
雄三はそう言うとニヤリと笑みを浮かべ、連子の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・!?そうか!『スイッチを切らせる』だ!その音響システムPA卓に座る音響スタッフに『スイッチを切らせる』!」
「正解。」
連子は音響ブースの扉の前に到着する。
音響ブースはちょうど会場の最上部に設けられていて、ガラス越しに会場全体を見下ろせるようになっている。
(着いた!よっしゃ。あとは・・・)
「おい、君!そこで何をしている?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」
(!?うぉ!!)
「い、いやぁ、ち、違うんです違うんです!!僕、関口教授の研究室の生徒でして。教授に頼まれて、伝言を伝えに来たんです!!ほ、ほら学生証もあります。」
連子は学生証を見せる。
もちろん、確認させるとすぐにしまって名前などの情報を相手に与えるようなことはしない。
「ふむ・・・。伝言ね・・・。で、その伝言ってのはなんだい?」
(しまった!何も考えてなかった〜・・・やばい・・・なんか言わなきゃ!!)
「じ、実は教授が『舞台から僕が一度降りたら、マイクを全部切ってくれ』って言ってました。また何分かすると戻ってくると思うけどマイクはつかわないからって。もし『僕がマイクを掴んで何か喋ろうとしていてもそれはただの演出だから気にしないで』とも言ってました。」
(そんなアホなで伝言あるわけね〜!ばればれだ!!)
「はぁ・・・。演出って・・・それなんのだい?」
(うげ!やっぱダメか!!)
「さ、さぁ〜なんでしょうね〜ぼ、僕はただ教授から伝言を受け取っただけだからわかんないっす。ははは。」
(だぁやばいぞ〜!!あぁ〜やっぱなんて言ってスイッチ切らせるか雄三の知恵を借りればよかった〜。)
連子は再び雄三との会話を思い出す。
「正解。・・・で、それでどうやって切ればいいかと言うと・・・あ、それは別に俺が教えなくても自分で考え付くか。・・・くっくっく。それともなんだ?そこまで俺に教えて欲しい?」
雄三は連子に馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。
「ば、ばかにすんなよこんにゃろ!!はん!俺だってお前なんかに聞かなくてもそんぐらい考え付くっての!!てかお前なんかよりすっげぇ案を思いつくっての!!」
「くっく。わかった、わかった。じゃ、よろしくな。」
(あぁ〜やばいぞ〜・・・ばれたら俺・・・どうなんのかな?)
連子はおそるおそる顔をあげた。
「・・・わかった。音響のやつらに伝えとくよ。伝言ごくろうさん。」
「へ?・・・・あ、は、はい。おねがいします!!」
(だ、だまされとる〜〜〜〜〜〜!!!!!!!ま、まぁいいや、とりあえず逃げろ!!)
連子はその場を急いで立ち去った。
「連子がうまくやったみたいだな。よしホウコ、俺らもさっさと帰ろうぜ!」
会場はもう半分ほどしか人が残っていなかった。
「えぇ。終わったわね。」
(関口教授・・・・)
二人は会場の出口に向う。
「よっし!うまくいったね由美ちゃん!僕らも出ようか!」
桃田が隣で崩れている由美をやさしく支えながら言った。
「う、うまく・・・いったの・・・?わたし、ちゃんとできたの?」
由美は緊張から解放されてどっと疲れがきたようだった。
へとへとな表情をうかべながらもなんとかそう言葉を発した。
「うん。由美ちゃん、よく頑張ったね!かっこよかったよぉ!」
「・・・えへへ・・・ありがとぅ。」
由美は笑顔で言った。
(なぜだ!なぜだ!なぜだ!!!!!!なぜ僕があんな子供たちに負けたんだ??)
関口は会場から次々に帰りいく人の波をただ呆然と眺めながら、未だに混乱の中にいた。
(僕が負けるわけ・・・負けるわけ・・・・。そうだ、そうだ!だってそうじゃないか!杉原さんに一言でも、一言でも発言をさせれば僕の勝ちだったんだ!!負けてなかったんだ!!僕が・・・・勝ってたんだ!!)
関口は悔しさで震えながら、下唇をかみ締めた。
(!!!)
そして
ここでやっと関口は青山雄三の本当の『作戦』のその真意に気がつく。
(勝・・・ち!?違う!!そうじゃない!!そこじゃなかったんだ!!・・・なんてことだ!!あいつらと僕、その『立場の違い』、これを使ったのか!!このことなら僕も最初から考えていた。でも・・・僕が圧倒的に優位だと思っていた。・・・それが間違っていたのか!!僕が優位なのは『争議の上』。つまり、研究内容について、どんなに言い争おうと、僕の教授という『立場』がある限り、絶対的に僕が有利!僕はそう考えていた。でも・・・そうじゃなかった。そう僕に考えさせることがあいつの『作戦』!!そうだ、あいつらは『皆に僕に対する疑惑を植えつけるだけ』でよかったんだ!!僕の今の選挙出馬者としての『立場』、この『立場』は人びとに疑心感をもたれたら終わりなのだから。・・・だからあいつらは不利な勝負は『戦う』必要はない。言いたいだけ言って、みんなの僕に対する疑心感をさんざん煽るだけ煽ったら『逃げて』いいんだ。くっそ・・・なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだ!?僕は・・・ばかか・・・。)
関口は自分の愚かさを嘆いた。
しかし、数秒後、また気づく。
いや、そうではない、と。
そして、青山雄三の作戦の全貌に気がつき絶句する。
(違う・・・僕がばかだったんじゃない・・・。これは全部青山雄三にそう『考えさせられていた』んだ!!あいつが行った『宣戦布告』、まずこれで僕に『質問コーナーで勝負を仕掛けてくる』という意識を植え付け、意識、警戒をさせた。そして『わざとバレバレにした二組に別れての質問攻め』など、その全ての意味深な行動で、僕に『なにかを企み、仕掛けてくる』とさらなる警戒心を高めさせた。でも、その行動の全ては・・・僕を『質疑応答のやり取りの勝敗』へ意識を完全にくくりつけるための、根本的な『立場の違い』に気がつかせないための、ミスリードだったんだ!!!)
「ぐぅ・・・」
関口はひざをおって崩れ落ちた。
(・・・・・現に僕は4人以外に協力者がいることを疑うことすらしなかった・・・。僕が完全に質問でのみの勝負にしか頭が回ってなかった証拠・・・。ぼ、僕の・・・・・完敗だ・・・。)
「青山・・・雄三・・・・なんて・・・なんてやつだ・・・。」
「終わったな・・・。」
雄三たちは会場から駅へと向う道を歩いている。
「おうよ!俺たちの勝ちだ!!」連子が意気揚々と応える。
「なんか・・・私は複雑だな・・・関口教授・・・どうなっちゃうんだろう。」法子は面持ちは暗い。
「・・・でも、法子さんは、何もわるいことはしてないんだし。・・・あの・・・その・・・うまく言えないけど・・・」由美が法子に言う。
「うん・・・そうだね。ありがとう由美ちゃん。たしかに・・・関口教授の為にも・・・こうすることがよかったんだよね。・・・うん!これでよかったんだよ!」
法子はそう言うと、早足で前にでて、4人を振り返った。
「みんな!今回はなんか・・・わたしが勝手に沈んだり、みんなを急かしたり・・・本当にごめんなさい!わたし、ちょっと混乱してた。本当にごめん。そして・・・ありがとう。みんながいなかったらきっとこんなにうまくはいかなかった。関口教授を止めることができなかった。・・・本当にありがとう。」
法子はそう言うと深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと何言ってるんですか法子さん!頭あげてくださいよ!」慌てる連子。
「そうだよ〜法子ちゃん!」桃田も言う。
「たっく・・・。ホウコ、おまえ何勘違いしてんだよ。別に俺らはお前の恩師の為に力を貸したわけじゃないんだぜ?・・・これは俺ら5人に与えられた指令だったからやったまでだ。そうじゃなきゃ皆、単位がもらえないんだからな。」
「雄三・・・。」
「それに法子さんが一番がんばってたんだし。こっちがお礼を言いたいくらいだよぉ。法子さん、ありがとう。」由美が笑顔で言った。
「由美ちゃん・・・。」
「ははは!みんななんか仲良くなってきたね〜!なんか僕ら本当の『仲間』になってきたって感じだぁ〜」桃田がうれしそうにそう言った。
「だなぁ〜なんか俺ら青春してね?」連子もうれしそうだ。
「は?だれがお前らなんかと。」雄三がそんな二人を冷たくあしらう。
「あ?なんだと〜!!俺もお前なんかとは仲間じゃねぇ!あぁもう仲間なんかじゃない!」連子が雄三に舌を出す。
「当然だ!ば〜か。」
そういうと雄三はうれしそうに笑った。
「ホウコ」
雄三が隣にいる法子にだけ聞こえるような声で言った。
「・・・なによ?」
他の三人は少し前を歩いている。
「・・・お前さっき言ったよな?・・・私は努力しかない・・・天才のあんたにはわかんないって。」
「うん・・・。」
「言っとくけど・・・俺は今まで一度もお前にテストで勝ったことがない。いかに頭がよかろうが、『努力』するものには誰も勝てねぇんだよ。今回の件もそうだ。いかに俺が作戦を立てようが、お前の『努力』がなきゃ俺たちは負けてた。・・・お前の『努力』のおかげだよ。・・・だから・・・私は努力だけだなんて簡単に言うなよ!努力できるってすごい才能なんだよ。・・・お前はもっとちゃんと自分自身を正当に評価してやってもいいんじゃねぇか?俺は・・・お前のそういうとこは・・・すげぇって思ってるんだからな。・・・とりあえず・・・それだけは言っておく・・・・そんだけだ。」
そう言うと、雄三は足を速めて法子から離れていった。
「雄三・・・」
法子は雄三の言葉をかみ締めた。
そして、雄三の背中を笑顔で見つめてつぶやいた。
「ありがと・・・。」
(わたし・・・ちゃんとみんなの役に・・・たてたのかな・・・)
由美は歩きながらもそのことに未だに自信を持てずにいた。
(みんなの役に立ちたいって思ってわたし一生懸命頑張ったつもりだけど・・・わたし・・・ちゃんとできたの・・・かな・・・)
そう考え出すとどんどん足取りが重くなってくる。
「由美ちゃ〜ん!!」
「も、桃田くん。」
桃田が笑顔で由美の隣に並んだ。
「どうしたの?なんか暗いね?まだちょっと疲れてるのぉ?」
桃田は由美の顔を覗き込んで心配そうに言った。
「うぅん。違うの・・・ただ・・・」
「ただ・・・どうかしたの?」
「・・・うん。・・・わたし・・・みんなの役に立てたのかなぁって思っちゃって・・・。」
「役に?」
「う、うん。だってわたし、みんなに信頼してもらって。わたし・・・初めてだったからすごくうれしくって・・・。だからその・・・ちゃんとその恩返しできたか不安で・・・。」
「そんなのあたりまえじゃ〜ん。」
「え?」
「由美ちゃんはすごかった!すごくみんなの役にたったんだよ!みんな由美ちゃんに助けられたんだ!みんな絶対そう思ってるよ!由美ちゃん本当にありがとね!」
「桃田くん・・・。」
由美の目に涙がにじんできた。
ありがとうの言葉がこんなにうれしいなんて・・・今まで知らなかった。
誰かに感謝されることが・・・こんなにうれしいなんて。
由美は瞳にたまった涙を拭くと、顔一杯に笑顔を浮かべた。
「えへへ。ありがとぅ桃田くん。」
「さぁ〜!!第一の任務完了だ!!」
連子が両手をあげ叫びだす。
「次の任務もこの調子でみんなでちゃちゃっと終わらせちゃおうぜ!!」
「当然だろ。単位を早く奪い返すぞ。」雄三が言う。
「そうよ!私の単位!さっさと全部の指令終わらせるわよ。」法子も元気にそう言う。
「次はどんな指令だろうね〜楽しみ〜」桃田はなぜか楽しそうだ。
「・・・また難しいのかなぁ・・・」由美は少し心配そうに言う。
「大丈夫ですよぉ!俺がなんとかします由美さん!」連子が由美に自慢げに言う。
「僕も〜!」桃田が手を挙げる。
「お前らうるせ〜よ」雄三がクールに二人につっこむ。
あたりは笑い声に満たされる。
第一の任務完了。
第十八話につづく