第十三話 15分間
「では、そうですね・・・では、そこのお二人から。
とは言え、実は二人とも僕とは面識がある方々なんですけれども。
さぁ、質問をお願いします。」
関口は緑川法子と青山雄三を微笑みかけながら指名した。
会場の隅から関口研究室の生徒が法子たちに近づき、マイクを手渡す。
マイクを受け取った法子は小さく深呼吸をすると、関口の方を向き口を開いた。
「質問です。」
「はい。なんでしょう。」関口は笑顔で先を促す。
(さて、どうくるか?)
「関口教授は地球温暖化の研究をしていらっしゃいます。
そして、常々それがもたらす弊害の危険性を示唆する警告をおこなっていらっしゃいます。」
「はい。たしかにしていますよ。それがどうかしましたか?」
(なんだ?何を出してくる?)
「地球温暖化は本当に起こっているのでしょうか?」
ざわざわざわ・・・。
場内が法子の質問にざわめきをあげた。
(・・・なるほどそうくるか・・・。)
関口は顔の表情を崩さないようにしながらマイクに向う。
「なるほど。なかなかいい質問ですね。
・・・でも、まぁ先ほどの僕の研究の発表・・・
それ以前にその事実は現在世界中で問題視され、対策が行われています。
そのことがその質問の応えとなりませんか?緑川さん。」
「地球誕生からの歴史的見解から見ると
今が『寒冷期』だと唱える世界的に著名な学者もいらっしゃいますが?」
「まぁ地球温暖化に対し様々な懐疑的な意見が出ていることは僕も知っています。
しかし、そのほとんどが根拠に乏しい。再見の余地はないと思います。」
(ふん。そのような質問は今まで何度かわしてきたことか。
緑川法子・・・どうやら君は僕の買いかぶりすぎていたようだね。)
「では、地球温暖化がもたらす弊害について。
いくつか挙げていらっしゃいますが・・・海水面の上昇、これは本当ですか?」
緑川法子からマイクを受け取ると続いて青山雄三が質問を投げかけてきた。
その表情からはどこか余裕のようなものを感じる。
(・・・これは・・・こいつまさか知ってるな。)
「ははは。それも今や世界中で問題視されてる有名な問題のひとつでしょう。それに、このことは国際的な専門家でつくる、地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための政府間機構である『IPCC』が発表しています。海水面は世界的権威たちの見解、研究からも『上昇』というデータが出ている。これについては先ほどの僕の研究内容の論文にも引用した箇所があります。え〜と、・・・あ、これです。ご覧下さい。」
(ふふ。時間をかせぐぞ。15分だ。
もう一組質問者がいるから質問コーナーの持ち時間30分を二等分ずつ振り分ける。
ほら、もう君たちの時間は残されていないぞ。
それに・・・もう一組の質問者・・・これは全く心配がないしな。)
「・・・とまぁ。要するに海水面は年々上昇の一途をたどっているというわけです。
わかりましたね。」
「じゃあなんで・・・」
「おっと。すいません青山君。あなたたちばかりに時間をとるのは不公平ですので。
まだ質問者もいらっしゃったみたいですし。ここで質問者を交代しようと思います。
よい質問をどうもありがとうございました。研究発表内容のよい復習になりました。」
「おいまっ・・・」
(終わりだ。)
関口は会場の生徒にさりげなく指示を出し、青山雄三からマイクを取り上げさせる。
「では、次の質問者ですね。
えっとどちらさんでしたっけ?」
関口は抗議しようとする青山雄三を尻目に会場を見回す。
「あ、は〜い。こっちです!!」
両手を大きく上げる陽気な男と、その横で恥ずかしそうにうつむく少女の姿があった。
(ふふふふ。彼らは問題ない。僕の勝ちだ。)
関口は数日前のことを思い出し、心の中で勝利を確信する。
−四日前−
コンコン。
また来客者?誰だこの忙しいときに。
「はい。どうぞ、お入りください。」
青山雄三、緑川法子からのいきなりの宣戦布告を受け取ったあとで、
関口はまたも訪れた訪問者に少々不快感を抱きながらもノックに応えた。
「失礼しま〜す。」
ドアの向こうにいたのは陽気で何も考えていなさそうな男と、
その横でもじもじしている少女だった。
「どちら様ですか?」
「あ、僕桃田順平って言います。そんで、この娘は黒崎由美ちゃんです。」
「桃田君と、黒崎さん・・・ですね。よろしくお願いします。
今日はどういった用件でしょうか?実は僕は4日後の研究発表会の準備で少々立て込んでまして、あまり時間をとれないのですが。」
実のところそこまで時間的猶予がないわけではなかったが関口は適当にウソをついた。
どう見ても賢そうには見えない目の前の生徒たち。
それよりも、早く先ほどの訪問者たちへの対策の手はずを整えたかったからだ。
「あ、時間はかからないですよ〜。
僕たち実は先生の大ファンでして、その研究発表会にも行くんです。
それで、今日はちょっとその協力をしたくてきたんですけど・・・。
忙しいなら応援だけにしときます!4日後がんばってくださいね!」
「あぁ、・・・それはわざわざありがとう。」
関口は満面の笑みを向けてくる少年に少したじろきながらも一応そう応えた。
「あ、それでは失礼しました〜。」
本当にそれだけを言い残して立ち去ろうとドアに向う二人。
それを見ていた関口はあることを思いついた。
「あ、ちょっと君たち!待ちなさい!」
「え?なんですか?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど・・・いいかい?」
(こいつら・・・使えるかもしれない。)
「ええ!いいですよ!なんでもします!」
(ふふ。いいぞ。緑川法子と青山雄三が仕掛けてくるのは質問コーナー。
おそらく彼女らのほかに質問者は出ないだろう。それなら・・・)
「実は、4日後の発表会に質問コーナーってのがあるんだ。
でも、おそらくそういうコーナーって誰も手を挙げてくれないんだよね。
それじゃあそのコーナーが盛り上がらない。それじゃつまらないよね。
だから、君たちに手を挙げて質問をして欲しいんだ。いいかな?」
関口の考えたこと。時間稼ぎ。
相手に与える反乱のチャンス時間は短いに越したことはない。
「もちろんです!僕たち質問しますよ〜!!」
(ふ、ホントに単純だな。でもまぁこれで緑川法子と青山雄三の持ち時間は半分。)
「じゃぁ本番はよろしくお願いするよ。質問内容はなんでもいいからさ。」
「は〜い。」
関口は会場で手を挙げる桃田順平と黒崎由美を指名する。
さぁ、あとは時間を消化するだけ。
緑川法子と青山雄三に反抗の余地はない。
それに・・・。
関口はさらに笑みを深める。
まだ究極の奥の手も残ってるしな。
勝った。
まぁ当然であるがな。
関口は勝利を確信する。
しかし、そのとき関口は青山雄三が浮かべる笑みに気がついていない。
第十四話につづく