第十話 宣戦布告
江口の研究室に呼び出された翌日の月曜の朝
法子たちは大学の正門前に集合していた。
集合時間10分前に、目が早く覚めてしまった法子が、
5分前に由美、時間ちょうどに桃田、そして連子、最後に5分ほど遅れて雄三が到着した。
「よし、皆そろったわね。早く関口教授の研究室に行きましょう。」
法子は遅れてきた雄三の顔を見つめながらわざとらしくそう口を開くと、
皆をせかす様に自らが先頭に立って大学側へと歩を進めようとした。
「ちょっと待てホウコ。」雄三がそれを止める。
「何よ?誰かさんのせいで予定より5分も遅れてるんですけど、
まだ何か遅れさせる気なのかしら?」
法子は嫌味っぽい表情を浮かべ振り向くと雄三に向ってそう尋ねた。
「ったく。別に5分くらいいいじゃねぇか、細かいやつだな。
それより、俺が昨日言ってた作戦をみんなに話すからちょっと待て。」
「作戦って・・・昨日言ってた『質問コーナーでの指名率を上げる』って、あれ?」
桃田が訊く。
「あぁそれだ。皆、集まってくれ。
ほら、ホウコ!お前も早く来い。」
法子はじれったそうに顔を歪めていたが、、
結局は、しぶしぶといった感じに4人のもとに集まる。
「何なのよ、その作戦って?」
「まぁ聞けって。いいか、まず・・・」
「失礼します」
ノックのあとにドアの中から入室を促す返事があったので
法子、雄三の順に二人は関口の部屋に入った。
「こんにちは。緑川さん、・・・それと・・・」
「青山雄三です。こんにちは関口教授。」雄三は軽く会釈をしながら名乗る。
「あぁ、君があの青山君ですか!
とても優秀だと評判は聞いていますよ。よろしく。」
関口はそう、うれしそうな声をあげると、自ら雄三に歩み寄り握手を求める手を差し出した。
雄三も「よろしくおねがいします」と応えながらその手を握る。
「それで、今日、お二人がお話したいこととは何でしょうか?
昨日緑川さんは電話で用件は明日話すとおっしゃってましたが。」
雄三との挨拶をすませると、関口は来客用のソファーに雄三と法子を座るように手で促して、自らも向かい合ったソファーに腰を下ろしながら二人に尋ねた。
「・・・はい。実は関口教授がなさってる研究内容のことで・・・」
法子は関口の顔を出来るだけ見ないようにうつむきながら歯切れ悪くそう言った。
「あぁ、研究内容のことですか。それならちょうど4日後に発表会が・・・」
「そ、それは知っています。・・・そうじゃなくて・・・その・・・えっと・・・」
「あんたが国とグルになって環境問題をでっち上げてる件の話をしに来たんですよ。」
法子が言いよどんでいると、雄三が少し身を乗り出すようにしながらそう言った。
「ちょ、ちょっと!雄三!」法子は慌てて雄三の肩を掴む。
「お前、じれったいんだよ。早く用件話せばいいじゃねぇかよ。」
「そ、それでも他に言い方ってもんがあるでしょうが。」
そう声にならないような声で文句を言っても雄三は平然とした顔をしている。
法子は何を考えているのかわからない雄三から目を離すと、
恐る恐る目の前に座る関口の方に向きなおした。
関口は法子と雄三の口論中じっと口をつぐんでいた。
目線は少し落とし気味で、それは何かを頭の中で冷静に考えているしぐさのようにも見え、また、目の前に置かれているガラス板のテーブルの表面についている埃が、ただ気になって眺めているだけのようにも見えた。
法子が関口の顔を神妙な顔つきで覗き込むと、関口は静かに前を向いた。
「僕が・・・ですか?」関口は取ってつけたような笑顔を浮かべながら言う。
「そうだよ。あんた、国から金もらって、あいつらの都合のいいように研究結果を発表して、国が国民から税金搾り取る手伝いしてるんだろ?」
雄三は単刀直入にそう言った。
目の前のテーブルに両手をつくほどに身を乗り出している。
関口はまた少しうつむいた。
そして、間もなく肩を震わせて笑い出した。
「ははは。いきなり訪問して来たと思ったら。おもしろいことを言いますね青山君。」
そこまで言うと関口はまた声を出して笑った。
「とぼけんなよ。もうこっちはわかってんだ。」
「はは。誰がそんな根も葉もないようなことを言ったのですか?
はは。バカバカしい。大体、私がそんなことに参加しているという確たる証拠はあるんですか?」
関口は少しずつ笑いを押し殺すように声のトーンを下げると
少し、睨むように雄三を見つめながらそう訊ねた。
法子は目をぎゅっとつむると、思わず顔をうつむかせてしまう。
まだ関口教授の研究の矛盾、悪行の確たる証拠は見つかっていないのだ。
わかってはいたことだけど、と法子はこの無謀な説得の失敗を確信した。
しかし、その時。
「証拠?あるよ。」
雄三が自信に満ちた声でそう応えたのだ。
『え?』法子は思わず声をあげそうになりながら隣の雄三を見た。
雄三は意味深な笑みを関口に向けている。
「それを今度の発表会で曝されたくなければ、
大人しく今までの悪行を自白し、この研究から手を引け。」
「ほう。僕を脅す気ですか?」
「そうだ。恥を大勢の前でかきたくなければ、今のうちに認めろ。」
雄三はなおも敵意に満ちた顔を浮かべ腕を組み関口と対峙している。
「やってもないことを認めることはできませんよ。
・・・いいでしょう。おもしろい。受けてたちますよ。」
関口も挑発的な笑みを浮かべ雄三と真っ直ぐ向かい合って応えた。
「・・・そっちをとるか。まぁいいや。
あとで泣き言言うんじゃねぇぞ、教授。」
「そちらこそ。もし、君達が負けたときは・・・どうなっても文句は言えないですよ?
名誉毀損・・・それに・・・」
「わかってる。」
雄三が関口の言葉を途中で遮る。
「あんたも、やってないって自信があるなら、絶対逃げたり汚い手は使うんじゃねぇぞ。」
雄三が関口に向けて人差し指を突き出しながら言う。
「当然です。なぜ、僕が逃げる必要があるんですか。」
「絶対だな。」
「ええ。発表会・・・君達がどう立ち向かってくるか楽しみにしてますよ。」
それを聞くと雄三は、関口と無言で笑み浮かべながら視線を交わすと、
いきなり「よし」と言って立ち上がった。
「それだけだ。俺らは帰るわ。そんじゃ4日後に。」
「ええ。発表会で。」
関口は笑顔で言う。
法子は真っ直ぐ扉まで歩いていく雄三を見て慌てて席を立ちあがって雄三を追った。
すると、関口が法子の背中に声をかける。
「緑川さん。あなたみたいな優秀で真面目な生徒はいないと思っていたのですが・・・。
失望しましたよ。こんな馬鹿げた話をもってくるなんてね。残念です。」
法子は泣き出しそうになるのを抑え「失礼します」とだけなんとか声を出すと。
彼の言葉から逃げ出すように扉を閉めた。
しかし、その彼の失望の言葉は、その後いつまでも法子の耳の奥で響き続けた。
「ふぅ。やれやれ。」
二人が部屋から退出して数分間ソファーに座り続けていた関口は
先ほどの雄三の言葉を最初から思い出して考察をし終えると、重々しいため息をついた。
いきなり、あんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
発表会、そして何より学長選挙を控えているこの大事な時期に・・・。
関口はソファーから立ち上がると、窓際に置かれた自分の机に向う。
緑川法子と青山雄三・・・か。
関口は机に置かれた電話の受話器を静かに持ち上げる。
手を打っておくに越したことはあるまい。
その時。
コンコン。
ノックの乾いた音が部屋に響いた。
また来客者?何なんだ、この忙しいときに。
「はい。どうぞ、お入りください。」
関口はそう返事をしながら受話器を置く。
「失礼しま〜す。」
第十一話につづく