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第一話  始まりを告げるサイン

あとは赤だけだった。


二つの校舎を結ぶ渡り廊下の冷たい壁に

青山雄三あおやまゆうぞう緑川法子みどりかわのりこが背をついた。


「もう時間ねぇぞホウコ。」雄三はため息混じりにつぶやく。


「わかってるわよ。」


焦りを隠せない口調でそう応えた法子は

「あと、いいかげんホウコはやめてよね。」と、思い出したようにつけたした。


「いいあだ名じゃねぇか。」


「あんたが最初にただ読み間違えただけじゃない。」


法子はあきれ顔を雄三に向けた。

そしてまた法子もため息をつく。


「赤・・・」


二人は曖昧な表情を浮かべた空を仰ぎ見ながら、そう同時につぶやいた。


「だいたいお前のせいだぞホウコ!」


雄三は数秒の沈黙をそう打ち破ると、それを皮切りに言葉を羅列した。


「お前があのときエテコーのあんな無茶な提案に乗らなきゃよかったんだよ。

おかげでどうだ、見てみろ。俺はこんなパッとしない日曜日に、

これまたパッとしないお前なんかとこうやってあっちこっち歩き回らなきゃならん。

俺はなぁ、日曜はゆっくり家で昼過ぎまで寝てだなぁ・・・」


「あぁ・・・っもう!うるさい!」


法子はマシンガンと化した雄三の口から放たれる無数の言葉の弾を大声で遮った。


「今更そんなこと言ったってしょうがないじゃない。

ただでさえもう期限の時間は目の前なのよ。

それに今は江口教授に従うほかに方法はないなってあんたも認めたじゃない。」


先ほど雄三が口にした『エテコー』とは、

雄三らが通う大学の教授、江口徹えぐちとおるのことである。

あだ名としては初めの文字『え』しかあってないが、何よりサルあがりな顔をしているのが最大の理由だった。


「だからってなぁ。なんでこんな面倒くせぇことやんなきゃいけねぇんだよ。

それに、これだけ探したのに見つからないんだぞ?もう無理だろ。」


「・・・たしかに。いったい、どこにいるの・・・。」


雄三は小さく舌打ちをすると、ふてぶてしく廊下に腰をついた。


法子もヘタヘタと半ば崩れ落ちるように座り込む。


「・・・あとは由美ちゃんと桃田君が見つけてくれていることを祈りましょう・・・」

















その時、桃田順平ももたじゅんぺいも空を見つめていた。


「由美ちゃ〜ん。」桃田は間の抜けた声を出して隣を並んで歩く少女を呼んだ。


「なに、桃田君?」


黒崎由美くろさきゆみは、いきなり声をかけられて少し驚いたように身体をびくっとさせると、

その声の主の方をゆっくり振り返りながら答えた。


「ん〜。曇っていつもは白いのにさぁ。

今日みたいに曇りの日とかの曇って何で黒いのかな?」


「え?」由美はいきなりの訳のわからない問いかけに戸惑った声を出した。


「え?雲だよ雲。なんで〜?」


桃田はそう言いながら歯を出してニィと笑顔で由美の方を向けた。


「え・・・っと。それは、たぶん雲の厚さや内部の雲粒の密度とか光の当たり具合のせいじゃなかったかな。」


由美はたどたどしくそう答えた。

頬が声を発すたびに桃色に染まっていく。


「ふ〜ん。そうなんだ〜。由美ちゃんは物知りだね〜。」


桃田は満足気にそう言いながら、両手を頭の後ろに回して軽やかに歩を進める。


「ぅうん。ち、ちがうよぉ。

私もたまたまちょっと前に同じこと思って気になったから図書館で調べたんだよ。

私も不思議だな〜って思ったから。どうしても気になっちゃって。」


由美はあわてて謙遜するようにブルブルと首を振った。

頬の赤みは顔全体にまで及んでいる。


桃田と由美は、今、大学内のカフェの前の大きな通りを歩いている。


周りには、建物のガラスを鏡代わりに、自分の姿を映しながら、

軽やかに踊っている、ダンスサークルのメンバーと思しき人や


二本の長縄の間を縄すれすれで飛びかう、十名弱の団体が見えた。


「皆、休みの日なのにすっごいね〜。」


桃田がそれらの人々を見て、本当に関心してそうな顔をしながら由美に言った。


「ホント。みんなすっごくいきいきしてるね。かっこいい。」


由美も汗を額に浮かべながら身体を動かす目の前の人たちに輝いた目を向けて、

心の底から思ったであろう純粋な言葉を発した。


「ところで、なんで僕たち日曜なのにこんなとこ歩いてるんだっけ?」


桃田は視線を彼らに釘付けにしたまま、思い出したようにつぶやいた。


「え?」


同様に彼らを見入っていた由美は、また間の抜けた声で応えた。


「え?今だよ今〜。僕らこんな風に学校歩いてるの〜。なんで〜?」


そこで我に返った由美は、見る見る間に顔を赤面させ言った。


「きゃ〜。忘れてちゃってたよ〜。桃田君、私たち探さなきゃ。」



















「たぶん、桃田たちじゃむりだろ。」


雄三は桃田のアホ丸出しの顔と、どこか抜けてるような由美を目に浮かべながら言った。


「だよね。」法子も同意する。


自分達でもお手上げのこの状況をあの天然コンビが打破しているとは考えにくかった。


「ったく、エテコーの野郎。なんだってこんな命令だしたんだ。」


「わからない。でも、私達は従わなきゃ。

じゃなきゃ・・・」


法子は今にも泣きそうな顔を浮かべながら頭を抱えた。


「じゃなきゃ単位がもらえないわ!!」












あれは一週間前の放課後のことだった。


法子達は前期の期末試験の結果を確認するために学校の掲示板前に来ていた。


「え?」法子は思わず声をあげてしまった。


「私が不可?」信じられなかった。試験の出来にはかなりの自信があった。


そんなはずない。そう思った法子は掲示板に張り出された紙をもう一度見直した。


やっぱりない。そんなはずは・・・。

法子はこれまで単位を落としたことはない。

それ以前に、常に成績は学科のトップクラスだったのだ。


「そんな・・・。」


最後の希望をかけ、もう一度紙をのぞく。

しかし何度見ても結果は変わらない。


その時、法子は悲しき結果を告げる紙の下に、赤文字で書かれた一文を見つけた。


《自分の学籍番号の横に※がある人は本日中に私の研究室まで来なさい。 (江口)》 


法子は自分の学籍番号をもう一度見た。



※  06K0603U   緑川 法子




















江口教授の研究室に呼び出しをくらったのは、法子の他に3人だった。


ひとりは法子と同じ学科で、たまに口をきくが、そのたび悪態をつきあう仲の青山雄三。

残りの二人の男女は話したことはなかったが、江口教授の授業で何度か見かけた覚えがある顔だった。

二人は知り合いなのか、男の方が仲良さげに女の子に喋りかけている。



「お前も落としたのか。」雄三が法子に声をかけてきた。


「違うわよ。たぶん間違いよ。だからそれを教授に聞きにきたのよ。」


そうよ、絶対何かの間違いよ。


「俺も納得いかねぇ。

たしかに授業には出てなかったけど、試験は完璧だったはずだ。」

雄三は偉そうに腕を組んだ。


「ふん。授業も来てない、いいかげんなあんたは落ちるのが当然の報いよ。」


雄三は滅多に大学にこない。

それも何か重要な用事があるわけでもないただのサボり魔だ。


それなのに試験だけころっと顔を出して、ちゃっかり単位をとっていく雄三を、

実は法子はおもしろく思ってなかった。


「いや、俺はちゃんと出席とる授業はきてるからそれが原因じゃ絶対ない。

この授業も試験が出来てりゃ単位はくれる授業のはずだ。

そして試験は完璧だったから、俺が落ちてることはまずありえない。」


雄三はそう自信に満ちた声で言うと、さらに威張ったように胸を張った。



「君達も、今回のことに不満なのぉ?」



雄三にどう嫌味をぶつけてやろうと考えていた法子は、

いきなりそう声をかけられたので、口をあけたまま声の主の方を振り返ることになった。


声の主はさっきまでそこで女の子と話をしていた男だった。


「実は、僕達もなんだぁ。僕、桃田順平。よろしくぅ〜。

んで、こっちの女の子は、今さっき仲良くなった黒崎由美ちゃん。」


そう桃田に勝手に紹介された由美は、すこしびっくりしながら

みるみるまに頬を染め、あわてて頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします。」


「よろしく・・・。」一応あいさつを返す法子。


「おぉ・・・。」雄三も少し戸惑ってる様子だ。


「なんで僕ら呼び出しされたんだろう。ねぇ、なんでぇ?」

桃田は何だか愉快そうに笑顔でそう法子たちに訊ねた。


「しらねぇよ。まぁとりあえず、エテコーが現れたらいっちょ文句言ってやる。」


「私も。私が落ちてるわけないもん。」


雄三と法子がそう言いきると、それとタイミングを合わせたかのように、

部屋のドアが微かな音を立てて開いた。



「うむ。全員集まってるようだね。」



江口教授がそういいながら部屋に入ってきた。


「エテコー!てめぇ・・・」


江口の姿を見るや否や雄三は声を出した。


しかし江口はそれを笑顔で受け流す。


「まぁまぁ。」


しかしそれで引き下がる雄三ではない。

悪態の言葉の弾を銃口に取り込み、得意のマシンガンをぶち放つかのごとく

加速するように言葉を続けようとする。


「まぁまぁじゃねぇよ。なんでこの俺が落ちるんだ。納得いかねぇな。

だいたい・・・。」


「まぁ、聞きなさい。」


そこで江口は雄三の方に片手をゆっくりと上げると

落ち着いた口調でそう雄三の言葉をさえぎった。



「これからいうことに質問はいっさい受けつけません。文句もです。

もし、そのことを守っていただけないならば・・・

残念ですが、あの授業の単位を永遠に剥奪します。」


「な!?」雄三は思わず声をあげた。


「あの授業はあなた方の学部では必修授業。

つまりあの単位が手に入らないとなると、どうやっても大学を卒業できません。

そのことはみなさんご存知ですね?」


たしかにそうだった。

だからこそ、この授業の試験勉強は他の授業にも増して勉強したのだ。

法子は心の中でそう思った。


「どういうこと〜?」


桃田が顔を渋らせながら尋ねた。

本当に何が何のことだかわかってないようだ。


「質問はなし。先ほどそう申したはずですが・・・桃田君。

まぁいいでしょう。質問は受け付けませんが、もう少しわかりやすく話を進めましょう。」


そう言うと江口は雄三たちの前を通って自分の机の前のイスに腰を下ろした。


「ずばり言いましょう。

あなたたちには、やってもらいたいことがあります。」


「やってもらいたいこと?」雄三が聞き返す。


「そう。そのことをあなた達が為すことが出来たら

この授業の単位を全員に与えます。しかも『秀』を。」


「秀!」桃田がうれしそうな声をあげた。

秀はこの大学では最高評価だ。


「ただし。」


江口が少し大きな声でそう言った。

そして意味深な間をおくとこう続ける。


「もし、それを為すことができなかったら・・・。

あなたたちからこの授業の単位を、永遠に剥奪します。」


「な?」


「そんな!」


「え〜」


「ぇ・・・」


4人は全員各々に声をあげた。


「ふざけんな!」


雄三が叫ぶ。


ばっと手を掲げる江口。


「二度目です。青山君。次はないですよ。」


「ぐ・・・。」さすがに口をつぐむ雄三。




「な・・・・何をやればいいんですか?」


法子が出来るだけ抑揚を抑えながら言った。


「うむ。さすが緑川さん。聞き分けがよい。」

江口は満足そうに笑顔でそう法子に言った。


雄三が無言でするどい視線を法子に向ける。


しょうがないじゃない。まずはその用件を聞くのが先でしょ。



「その、君達にやってもらいたいこととは・・・」


江口はゆっくりとそこまで言うと、

4人の顔を一人一人見渡してから、少し声のトーンを上げて言った。





「レンジャーを結成してもらいます。」






「れんじゃ〜?」桃田が首をかしげる。


「あ、あの・・・レンジャー・・・ですか?」法子もわけがわからない。


「そうです。レンジャーです。」


「おいおい。俺達に子供のヒーローにでもなって世界を救えってか?」

雄三が馬鹿にしたような笑みを含みながらそう言った。


「違います。まぁ・・・何をやってもらうかは後ほど。

まずメンバーを集めなければ。」


「メンバーって・・・私達だけじゃないんですか?」法子が思わず訊ねる。



「えぇ。」江口は静かにうなずく。




「あとは・・・・レッドが必要です。」

























































「ふぁあわわわ。」



法子たちが一週間前の記憶をたどっているその頃。


一人の男が屋上で人知れずあくびをしていた。



「もちっと寝るかぁ。」




第二話につづく

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