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名探偵コロン誕生

作者: 五百井飛鳥

★プロローグ


私、コロン。

ベトナム生まれ。

ジャック・ラッセル・テリアと何かのミックス犬で、今2歳と6カ月。

生後1カ月の時に、ママの所に来たの。

そして、ホーチミン市内の今の家に引っ越してきて、早1年半。

ここに来てからの1年半は、早朝のお散歩が、私とママの日課なのよ。

近くの公園やサイゴン川沿いの道を、のんびり散策。

今日も楽しく1時間程の日課を済ませて、1日のスタート。

この日の午後、ママは用事で日本領事館に行くの。

しばらくお留守番、でも我慢して待ってるよ。


その1週間前、とある第3国の情報組織、会議室。

なぜ、あの情報が漏えいしたんだ。

他国に知られてはならない核開発の極秘指令だぞ。

不幸中の幸いは、早急に判明したため、全てのデーターを抹消できたことだ。

これで、他国で我が国仕様の武器を作ることはできなくなったのだが。

いったい、どうして我が国の誇る情報室の手前まで侵入できたのか。

すぐにその組織を探し出し、流出の流れを調べるのだ。

我が国への侵入者がコンテナ船を利用して、ベトナムのホーチミンに脱出するルートは分かっている。

その後、ベトナムで他国のエージェントにコンタクトする仲間がいるはずだ。

その人物を確保し、繋がりのある敵国を調べ上げ、コネクションを壊滅せよ。

ベトナムで滞在している人間の国籍と名前は、情報部で探り当てた。

国籍は日本、名前はヤマナ・ショウゴ・・・・




★Ⅰ、拉致

 ・スパイはどこに


ホーチミン市内のとあるカフェに3人の男の姿。

日本人だということだが、見てみろ歩いているアジア人の多いこと。

俺には、日本人に中国人、韓国人、それにシンガポール、見わけが付かないぞ。

ホーチミンにいるのは分かっているのだが、どこをさがせばいいのか。

名前を聞いていても、顔も分からない。

まして、偽名を使っていれば、その情報も役に立たないぞ。

我が国とベトナムとの国交はないので、公的機関に応援も頼めないし。

とりあえず、我が国を脱出したエージェントは船だから、ホーチミン着が3日後だ。

必ず、その者とヤマナという者が接触するはず、我が国からの荷を運ぶ船をマークしよう。

我が国から逃亡した人間はどうするんだ、始末するのか?

そいつはまだ、今の状況を知らない。

ヤマナと接触した後、また我が国に戻るはずだ。

その時、別部署でかたずけてくれる。

我々は、ヤマナを全力で追うんだ。

しかし、その探索が厄介だな

まず、日本語で本名を呼ばれる場所を探すんだ。

パスポートを使用する施設や場所で張っていれば、運よく会えるかもしれん。

フゥ、運よくか。

たとえば、ホテルに滞在している可能性も高い。

外国のホテルではパスポートが必要だから、偽名は使えまい。

調べてみても損はないかもしれんな。

しかし、いったいいくつホテルがあるんだ、こっちは3人だぞ、雲を掴むような話だな。

後、そのヤマナを確保するまでに、アジトを作らないと。

その人間をさらって、ホテルにも行けまい。

すぐに白状もしないだろうから、時間がかかることも想定しておかないと。

その方は、任せてくれ。

俺にアテがある。

我が国と関係のある人間が港の近くの商社にコネがあるそうだ。

倉庫も数多く所有しているし、空き倉庫もあるようだ。

情報を漏らさないことを前提に、交渉してみる。

うむ、じゃあ、その方は任せたぞ。

後は、ヤマナなる人物か・・・


翌翌日午後、同じカフェ。

どうだ、アジトの方は、うまくいったか?

ああ、上々だ。

コンテナセンター近くの倉庫を確保した。

そこなら、表の門を閉めてしまえが、周囲に不振に思われずに自由に倉庫を使える。

よし、お前はどうだ、ホテルに当ってみたか?

昨日1日中回ってみたが、全くの空振りだった。

そうか、そうだろうな。

とにかく、明日朝に船が着く。

コンテナセンターに潜入して、下船してくる人物を見張れる場所を探そう。



 ・途切れた接点


3日後午前5時、サイゴンコンテナセンターにメイスカイ号入港。

コンテナの集積場の脇に3人の人影があった。

船から大勢が下船してきたらどうする?

3人じゃ追い切れないぞ。

大丈夫だ、最近のコンテナ船は乗組員も少ない。

メイスカイ号で15人、この乗組員達は、着岸と同時に作業に追われる。

終了と同時に次の港に向かうため、乗組員の一時上陸の可能性は無い。

だから、陸に上がって、外部に出る人間はいない。

エージェントも密航のはず、密かに下船するはずだ。

そして、脱出したエージェントも正規の門からでることはできないだろう。

我々と同じに、密かに外部に抜けるはずだ。

恐らくこれから下船する人間も1人だけ、そいつの後を追えばいいんだ。


その30分後に、メイスカイ号が着岸した。

じっと待つ3人、その視界の中に、甲板から1本のロープが投げられた。

奴だ、来るぞ。

1人の男が、ロープ伝いに下りてくる。

静かに陸に伏せ、辺りをうかがう。

3人の視線には気付かず、男はそのまま積んであるコンテナの影に。

3人も後を追う。

しかし、3人の他にも男を追う視線があった。

男が塀に近づき、乗り越えようとした瞬間、懐中電灯の光が当てられ、ベトナム語で止まれの掛け声。

セキュリテイーの面々が、ロープで下船する男を見つけたのだった。

慌てた男が、急いで塀を乗り越え、道路の横断に掛かったその時、走ってきた大型のトラックが男を跳ねた。

即死である。

誰にも気づかれず、外部に出た3人は茫然とした。

トラックに巻き込まれた男が、体の一部だけになって潰れていた。

コンテナセンターから通報を受けたポリス達が、間もなく駆け付けた。

遺体の状況を見て、顔をしかめるポリス。

センターのセキュリテイー数人とトラックの運転手に状況を聞いている。

センターの面々とポリスの検証を遠目に見て、3人の中の1人が呟いた。

これで、ヤマナとの接点が途切れた。

死んだエージェントとヤマナとの合流に唯一の希望を持っていたのに。



 ・在ホーチミン日本領事館


お昼前、なんだか近所が騒がしいの。

ママがロイ兄ちゃんに聞いたんだけど、近くの道路で交通事故があったんだって。

ああ、ロイ兄ちゃんは、ママがホーチミンにきて直ぐに知り合った、ベトナム人の青年。

今では、ママの弟みたいで、私達の家族同然の人。

話によると、人がトラックに轢かれてひどい事になちゃったって。

ママが怖いねって言ってた。

コロンも道路に飛び出しちゃダメよって。

私はお利口だから、飛び出したりしないもんね。

ママ、領事館へのお出かけはいつ?

そうね、2時くらいに出ようかな。

ロイにも言っとかないとね。


その日の午前、いつものカフェに3人の姿。

ヤマナは男の死をいつ知るだろうか。

もし、それを知ったら、そいつも姿を消すだろう。

ただ、外国の密航者がセキュリテイーを突破して事故死。

警察も、詳しく調べないと、情報を開示しないだろう。

特にベトナムは社会主義国、他国の干渉には敏感なはずだ。

だとして、しばらく時間の猶予はあるな。

さてどうする、どこから調べるか。


考えて、リーダーらしき男が答える。

ミスターA、お前は空港を見張れ。

出国ゲート付近で、日本人を探すんだ。

警備員のふりをして、パスポートのチェックをするんだ。

全てをする必要は無い。

1人で来ている人間だけでいい。

観光地でグループで来る人、夫婦やカップル、仕事でも海外へは複数が多い。

1人で動くのは、さほど多くない。

もし遭遇したら、行き先だけ確認すればいい。

当局に連絡して、すぐに手配をしてもらう。

ミスターB、お前は日本領事館に行け。

日本のことで、調べたい事があるという理由で中に入り、ベンチで張っていろ。

ここなら、窓口で名前を呼ぶはずだ。

ずっと、耳を澄ませているんだぞ。

その時、必ずバイクタクシーを外に待たせておけ。

もし、ヤマナが現れたら、後をつけて居場所を確認するんだ、いいな。

我々とすれば、仲間の死を知って、海外へ出て欲しいものだな。

そうすれば、こちらでの任務も終了する。

これから、早いランチでも取って、行動に移るとしよう。


コロン、行ってくるね。

すぐに帰ってくるから、待っててね。

ママ、行ってらっしゃ~い。

ロイのバイクの後ろに乗って、在ホーチミン日本領事館に。

多分15分位だと思う。

了解、ここで待ってるよ。

領事館の入り口でパスポート見せて中へ。

手荷物のチェック受けて、ホールに。

番号札取って、ベンチ。

21○○番の方~。

あっ、今日は早いね。

在留届の変更ですね、インターネットでできませんでした?

ええ、パソコンの不具合なのか、何度しても受理にならなくて。

わかりました、この用紙に変更項目だけ書いてください。

これでいいですか?

はい、では、もう少しお待ちくださいね。

そばらくして。

ヤマダショウコさ~ん。

はい。

では、これで結構ですよ、御苦労さまでした。


えっ、ヤマ・ショウ・

ヤマナショウゴ、やった、見つけたぞ!

しかも、こんなに早く、俺たちはついてる。

しかし、女だったのか。



 ・尾行


3時間程前。

ホーチミン近郊の安ホテルの一室。

ふぅ~、結局エージェント5号からの連絡はなかったか。

すでに消されたか、ならば俺も危ないな。

仕方ない、プラン3に変更しなくては。

まず、本部にメールを。

・・・ミッションJは失敗、これよりプラン3に移行、ホーチミンを出国する。

この後、通信機器は全て破壊する・・・

パソコンのデーターを抹消して、部屋を出る。

フロント。

急ですまないが、チェックアウトを頼む。

そして、空港までのタクシーを呼んでくれ。

急いでタクシーに乗り込み、空港の国際線ゲートに向かう。

周囲を注意深く見ているが、今のところ追手はないようだ。

そう、この男こそがヤマナショウゴなのである。


ホーチミン、タンソン・ニャット国際空港、ベトナム航空カウンター。

バンコク行き1名様、フライトチケットでございます。

出国ゲートはこの奥になっております。

ありがとう。

お気をつけていってらっしゃいませ、ヤマナ様。

出国ゲートの手前。

すみません、空港セキュリティーです、パスポートを拝見します。

(敵国の者か・・)とにかく平静を装い、パスポートを出す。

拝見します・・ヤマ、ピピピ、その時携帯電話が。

すみません、少し失礼します。

ミスターA、ターゲットを発見した、今、ミスターBが尾行している。

すぐに、合流してくれ、以上。

あっ、了解しました。

急いで振り向いて、すみません、ありがとうございました、よいフライトを。


その頃、ホーチミン市内中心部近く。

前を行くバイクの少し後ろを走るもう1台のバイク。

その、バイク・タクシーに乗るミスターBが呟いた。

しかし、無防備な奴だな、まったく警戒なんかしていない。

これなら、簡単に潜伏先がわかりそうだ。


中心地1区、大型商業ビル、ビンコムセンター前。

じゃあ、ちょっと待っててね、ロイ。

と言って、女が中に入る。

女が話したのは英語だが、ミスターBに聞こえるはずもなく、ここに何かあるのではと、急いで後を追う。

女はエスカレーターで地下2階に。

ホールの奥で、日本風のシュークリームを買っている。

えっ、ただのお菓子か・・・

次に、エスカレーター前の店舗に。

これは、もちスイーツ? これもただの菓子・・・

これから、誰かと落ち合うのか、それとも、ここに隠れ家があるのか。

あれこれ考えてるうちに、女は1階に戻り、そのまま出入り口に。

また、バイクの後ろに乗って、走り出す。

なんだ、本当に買物するだけだったのか。

女を乗せたバイクは1区を抜け、ダウンタウンに向かう。

そろそろ、アジトか・・・と思った瞬間、バイクは急に右折し極端に狭い路地に入った。

急げ、見失うんじゃないと、運転手をつつく。

しばらく細い路地を右に左に曲がりながら、川沿いの道に出る。

そして、止まったのが、ローカルのスーパーマーケット。

ここの店舗は、そう広くない。

この格好で入ったら、目立ち過ぎる。

都合のいいことに、ガラス張りで中がよく見える。

外から覗いていると、1人の男が近づいてくる、あっ、あのロイという男だ。

気付かれたかとおもった時、英語で火あるか?。

えっ、火?

ああ、ライターのことか、貸してやると、タバコに火をつけサンキュー、そして行ってしまった。

まったく、警戒心もないし、気づいてもいない様子だな。

女はスーパー袋を2つ抱えて出てきた。

まるで、普通の主婦じゃないか。

その後、まっすぐに自宅と思われる家に帰ったのだが・・・


下町の中心辺りで、ここもやっぱり路地の中である。

なるほど、狭い路地の上、近所の住人が多すぎる。

隠れるような隙間もないし、張りこむことなどできない。

普通の家の家のようだが、裏側と左側はほとんど隣戸と接している。

右側も奥の家への通路で、外部の者が入るとすぐにわかる。

まして、道路面に背の高い鉄扉だ。

外部から、密かに侵入は無理だな。

うろうろしていると、近所の住人であろう、数人の女性が俺を見ている。

これ以上いるのは、危険だな。

とにかく、場所は分かった、仲間の合流場所に向かうか。



 ・日課


日が落ちた夜の入り、いつものカフェに3人の姿。

遅かったな、ミスターB。

ああ、領事館からいろいろ寄ったからな。

なんか、振り回された感じがする。

気付かれたんじゃないのか?

いや、何故か全くの無防備なんだ。

途中、バイクの運転をしていた男から、火を貸してくれとも言われた。

えっ、顔を見られたのか!

しかし、その男からも全く警戒心が見られなくて・・・

ターゲットの写真は、撮れたのか?

ちょっと待ってくれ、携帯のモニターでいいな、これだ。

ええ、女なのか?

そうだった。

確かに、最初から男とは言われていないな。

俺達には、日本人の名前から男女の別は分からんし。

アジトは確認したのか。

した、しかし、この家から連れ出すのは無理だ。

家の周りでの張りこみもかなり厄介だぞ。

なんせ、下町で周りはベトナム人しかいない。

外国人はヤマナとかいう女1人だけだ。

我々がいたら、目立ち過ぎるぞ。

うーん、どうする・・・


しょうがない、2,3人ベトナム人を雇うか。

しかし、そこから足がつかないか。

大丈夫だ、ただ、女の数日間の動きを見張らせるだけだ。

その中で、何か日課にでもしていることがあれば、そこを狙う。

それを何とか見つけないと、この地での拉致はできない。


ロイ、最近、お散歩の時も買物してる時も、誰かに見られてる気がする。

翔子の気のせいじゃないの。

だといいんだけど、なんか気持ち悪いよ。

なんでもないと思うけど、気をつけて、先月もひったくりに合ったばかりだしね。

僕も注意しておくよ。

うん、ありがとう。


どうだ、女の動きは?

この1週間、調べさせた。

どうだった?

ほとんど、家から出ていない。

ただ、毎朝早朝に犬の散歩に出かけるらしい。

近くの公園の周囲に1時間ほどいるようだ。

早朝って、何時頃だ?

ほとんど4時半~6時前位だ。

よし、明日、その時間に行ってみよう。

その時間だと、人も少ないし、都合がいいぞ。



 ・決行


ホーチミン中心地近くに広がるダウンタウン。


午前4時半か、まだ夜だな、この暗さは。

しかしベトナム人は、何故こんなに朝が早いんだ。

俺達の国だと、まだ誰も歩いてないぞ。

ウォーキングの人間が集まってくるな。

ベトナムって、こんなに健康志向が強いのか?

しっ、来たぞ。

おい見ろ、飼犬のリードを外しているぞ。

犬が戻ってくるまでの間、女が一人になる。

やっかいな犬がいなくなれば、やりやすいな。

よし、明日も同じ場所で犬を離したら、その時が決行だ!

ここから、アジトの倉庫までは近い。

うまく車に引きずり込んだら、後は楽に進みそうだな。


翌日午前4時。

来たぞ、油断するな。

犬が遠ざかったら、車を横付けするからな。

ミスターAが当て身で気絶させたら、ミスターBが引きずり込むんだぞ。

いいなっ。


コロン、離すよ、はいっ、トイレに行っておいで。

OK、ママ。


今だ!

行くぞ!

コロンを見ている翔子の脇に、静かにワゴンタイプの車が停車する。

その時、側面のドアが開いて、振り向いた翔子の脇腹に1人の男の一撃が。

更に、もう一人の男が、クロロフォルムが充分にしみ込んだ布で翔子の口を覆う。

崩れ落ちる翔子を受け止め、2人の男が車に引き込んでいく。

振り返ったコロンの目に入ったのが、崩れ落ちる翔子の姿。

慌てて翔子に向かって全力疾走。

車に乗り込む男の1人の足に、噛り付いたが、振り払われた。

待って、と思った瞬間ドアが閉まって、車が急発進した。


ママ!ママ!

コロンが必死で車の後を追ったが、どんどん距離が開いていく。

川沿いの道を走って、左にカーブした先に車の姿は無かった。

ママ・・・

そのまま走って、コンテナセンターの門を横切り、大通りに尽き当たる。

大通りは一歩通行、そのまま市内の中心部に向かっている。

コロンは大通りまで出て、道の先を見た。

バイクばかりで、車は走っていない。

どうしよう、何故ママがさらわれたの?



★Ⅱ、探索


 ・コロンの決意


途方に暮れながら、コロンは拉致現場に戻った。

誘拐を見ていた、ウォーキング中の人が集まっている。

戻ったコロンを見て、抱きとめてくれた。

この時間にウォーキングをしている人たちは、翔子&コロンとも仲良しである。

翔子のすぐ近くに住んでいる人も多く、翔子の家も分かっていた。

誰が連絡したのか、数人のポリスが来て、目撃者に状況を聴き始めた。

しばらくして、2人のポリスと近所に住んでいる人たちと一緒に、コロンも家に。

騒ぎを聞きつけたお向かいの人が、翔子&コロンの家族同様のロイに連絡をした。

慌てて、ロイが駆け付け、ポリスから事情を聴いている。

その時、横にいるコロンを見つけて、コロンだけでも無事でよかったって、抱きしめてくれる。


どうしよう。

犯人の顔を見てるの私だけだし。

ポリスは犯人の人数が3人だって、わかってないようだし。

それに、3人共ベトナム人じゃなかったんだよ。

車が去った道は大通りに出るしかない、しかも市内方向にしか行かないし。

どこかでUターンしたのなら別だけど、しばらく通りで見てたからなぁ。

分離帯が切れてるとこは少し先だから、そこでUターンして走ってきたら、私の前を走るから、絶対に分かる。

川沿いの道を左に曲がる所までは見てたんだよね。

いくら私が言っても、人間には理解してもらえないし・・・


こうなったら、私がママを見つけるんだ。

犯人のズボンの匂いはしっかり覚えてる。

それと、もう一つ、何か以前に嗅いだ事のある匂いが・・・

あの匂い、なんだったのかなぁ。

今、思い出せないよぉ。


ロイに身代金の電話があるかもしれないと、数人のポリスが家に待機を始めた。

でも、コロンは、普通の誘拐なら、こんな下町でしないって分かっていた。

ママは日本人だけど、誘拐するなら中心地のお金持ちが住んでいる所の人を狙うはず。

それに、ここ数日、ずっと誰かが見張っていたのを、私もママも感じていたし。

これは絶対にお金目的じゃないよ。

でも、それなら、どんな理由なんだろう。

早く見つけないと、ママが危ない!

ママ、待ってて、絶対に私が助けてあげるから。

頑張って、待っててね・・・



 ・必死の探索


その日の午後、コロンはそっと家を出た。

とにかく現場から、車が走ったと考えられる後を辿ってみようね。

公園から川添の道に出て、左カーブのところ。

ここまでは、犯人の車を見ていたんだよ。

曲がってからかぁ。

ここから大通りまでは、抜け道なんてないよね・・・

大通りからはずっと向こうの信号まで、右側はコンテナセンターで入るとこない。

左側も分離帯かぁ。

分離帯を左折して入れる小道は5本あるけど。

信号までは、何度かお散歩で来てるんだよね。

その時の記憶だと、道は全部行き止まりのはず。

でも、一応探してみよう、どこかに、隠れるところがあるかもしれないしね。


1本目はこの道。

教会の横は随分細いなぁ。

それに、左側は住宅が10件ほどあるだけ。

車止めることできないね。

右側は会社の塀だけだから、入れる場所はないか。


2本目は、ちょっと広いよ。

奥行きも100mほどあるし。

道に面してるの、お店や住宅ばかりかなぁ。

車庫なんてないよね。

右側・・・あっ、倉庫見たいのがある。

ここなら、車ごと入れるよ。

中に入れるかなぁ。

ドアが少し開いてる、隙間から入れるかな。

そっと、そっと、中はがらんどうかぁ、何も無いねぇ。

こらっ!

犬なんか入るんじゃない!

出て行け!

キャン!

あ~、怖かったぁ、あの棒でたたかれると思ったよぉ。

あそこじゃないみたいだね。

じゃあ、この道もないかぁ。


残りの道も、車が隠せるようなとこ無かった。

やっぱり、もっと先に行っちゃたのかな。

信号まで来ちゃった。

この信号からだよね、左折して北上したのか、直進して市内に入ったのか。

とにかく、市内に行ってみようか。



 ・ホーチミン市内


この橋歩いて渡るの、初めて。

何度か市内にも来たけど、いつもはロイ兄ちゃんのバイクでママと3人乗り。

ママは大丈夫かなぁ。

犯人にひどいことされてないのか心配。

それにしても、人もバイクも多いなぁ。

この広い道路、怖くて横断できないよ。

でも、渡らないと前に行けないし。

ピピピッ!キャー危ない、また来たぁ。

右からも左からも、バイクが突っ込んでくる~。

あ~あ、戻ちゃったぁ、でも、引かれるかと思ったよ。

そうだ、人が渡ってる時に付いていけばいいんだよね。

これで、何とか道路の横断は大丈夫。


ずっと歩いてるけど、こんな中心街じゃ潜伏先なんてないんじゃないかな。

なんたって、ママを拉致してなんて目立っちゃうものね。

多分、あまり目立たなくて、車も止められるとこって、人目の少ない所だよね。

でも、随分遠くまで来たなぁ。

帰り道、大丈夫かな、それに疲れたぁ。

今朝の事件以来、何も食べて無いし、喉も乾いた。

家出てから、ずっと歩き通しだし。


あっ、あそこに大きな公園があるよ。

お水飲めるところ、あるかなぁ。

この公園、見たことある・・・そうだ、今の家に引っ越す前に、ママと来たことある。

ああ、ママごめんね。

ただ歩きまわってても、何も分からないよぉ。


そろそろ暗くなってきたよね。

とりあえず、一度帰って一休みしようかな。

その時、空からポツポツ・・・

えっ、雨?

急いで帰らないと。

ウワー、すごく降ってきたぁ。

ああ、もうびしょびしょ、ママのことで悲しいし、疲れたし、もうどうしたらいいのぉ!



 ・収穫のない1日


辛くて、悲しくて、雨の中、うつむいてとぼとぼと家に向かってた。

もうすぐかなぁ、もうちょっと・・・

お腹も空いて、フラフラになってるね。

その時、コロン、コロンちゃん!

えっ、誰かが私の名前を読んでる。

振り向いたら、お散歩でよく合う、若い女性のお2人。

こっちへおいでって、呼んでくれてる。

どうしたの、コロンちゃん、びしょびしょじゃないの!

そうかぁ、ママのこと探してたんだよね。

お姉さん家、すぐそこだから、いらっしゃい。

きっと、このまま帰っても、ご飯もないかも知れないのものね。


きれいに体を拭いて貰って、お水にご飯までいただいたよ。

お陰様で、元気が出てきたぁ。

本当に、有難うございました。

私が、帰りたそうにしてたら、もう帰る?

お腹がすいたら、いつでもおいでねって。

ママ、きっと無事に帰ってくるから、頑張ってねって。

嬉しかったなぁ。


雨も上がったし、家も近いし、走って帰ってきたぁ。

家の様子は、朝のままかぁ。

やっぱり、犯人からの電話もなかったみたいね。

ロイ兄ちゃんも疲れ果ててる。

あっ、コロン、こんな時間までどこに行ってたんだ?

そうかぁ、翔子を探しに行ってたんだよなぁ。

そこに、さっきのお姉さんが、心配して様子を見に。

ロイ兄ちゃんに、私を見つけた時のこと、離してるみたい。

そしたら、ロイ兄ちゃんが体を撫でてくれて、そうかぁ、ずっと歩きまわってたんだよなって言ってくれた。

そして、疲れただろう、部屋に戻って、今日はゆっくり休みなさいって。

そうだよね、一度、部屋に戻ろうね。

明日の朝、いつもの散歩の時間にもう一度、同じように探してみようかぁ。

この部屋、昨日まで、ずっとママが一緒だったのに。

コロンは、悲しみで一杯のまま、眠りに就いた。



 ・有力情報


次の日の早朝、コロンはそっと家を抜け出した。

ママが拉致されたのは、ここ、時間も今頃だよね。

よし!、行くよ。

コロンは、昨日と同じように車を追いかけた。

川沿いの道の左カーブ、そこで見えなくなったんだよね。

コロンが左に曲がった時、丁度、コンテナセンターから車が出て来た。

コロンはそのまま走って、大通りに。

そこで、大通りを見通すと、さっきの車の後ろが近くに見えてる。

ん・・・昨日は、もう犯人の車の姿は見えなかった・・・

でも、早朝だけどバイクの数も多いし、そんなに猛スピードでは走れないよね。

ということは、犯人の車の後ろ姿は、離れていても見えたはず。

これって、どういうこと。

昨日、路地は全部調べたし・・・


そうだ、コンテナセンターの向かいにいるクロちゃんに聞いてみようか。

クロちゃんは、幼稚園で飼われている真っ黒なワンワン。

ママがクロちゃんって、勝手に名前つけちゃったんだよね。

あの時間、クロちゃんはもう起きてたはずだし、目の前を走った犯人の車を見てるかも。


幼稚園、よかった、もう灯り付いてる。

クロちゃんいるかなぁ・・・いたいた、クロちゃん!

おはよう~。

コロンちゃん、今日はどうして1人だけなの?

ママは?

ということで、コロンはざっと説明。

え~、ママが拉致された!

それ大変じゃんかぁ。

うん、だから、昨日からママ探して歩いてるの。

あのね、クロちゃん、昨日の今頃、スピード出して走っていったワゴンタイプの車、見なかった?

昨日は、少し前からこの道見てたけど、コンテナセンターから出てくるトラックしか、通らなかったよ。

えっ、通らなかった?

そう、間違いないよ。

それって、どういうことなの。

川沿いの左カーブから、コンテナセンターの出入口の間に、消えちゃったの・・・

か、その間に、隠れ家があるのか。

もしそうなら、公園から直ぐ近くじゃないの。



 ・匂いの記憶


クロちゃんの情報が、一気にコロンの頭の中を動かし始めた。

焦らないでね、もう一度、よ~く思い出すのよ。

自分に言い聞かせるようにしながら、公園に戻った。

ママが拉致された現場に座って、ゆっくりと考えていった。

ここに来る前から、順番に思い出していくのよ。

コロンは自分に言い聞かせて、思い出していった。


いつもの時間に家を出て、公園に来た。

ここまで、普通に歩いてきたのよね。

その時、確かに目の前に、あの犯人の車が止まってた。

ママにリードを外してもらって、私がここまで来た時に変な音がしたのよね。

それは、ママが当て身をされた音。

その前には、車の側面の横に引くタイプのドアが開く音も。

ママを車に引っ張りこもうとした2人の男の姿も見た。

私が急いでママの所に戻って、犯人のズボンの裾に噛みついたんだよね。

振り払われちゃったけど、その時に運転してる3人目の男の顔も見た。


そして、車を追いかけて、川沿いの道。

前を行く車が道なりに左に曲がって。

その後、私が曲がった時は、もう車は見えなかったのよね。

そのまま大通りに出て、車の姿を追ったけど、消えてしまったみたいに・・

よく考えると、車の後を追って私が左に曲がった時に、もう車の姿はなかった。

でも、こんな私でも猟犬のはしくれ、走るスピードは遅くないし。

車が猛スピードだったから、その時にはもう、大通りに出てしまったと思い込んだみたい。

車が大通りに出るより早く、私の方がコンテナセンター前の道に出たはず。

それに、クロちゃんはトラック以外の車を見ていない。

と云うことは・・・

うん、間違いないね。

コンテナセンター前の通り、それもセンターの入り口までに、犯人の隠れ家があるんだ。

車ごと入れる場所、そこを見つければ、ママがいる!


それにしても、噛みついた時に気付いた匂い。

あの匂い、なんだったのかなぁ。

前にも嗅いだ事のある匂い・・・

それと、私が噛みついた犯人の匂い、しっかり覚えてるよ。

今度会ったら、絶対に逃がさないから。



★Ⅲ、大きな間違い


 ・女スパイ


乗せたか?

行くぞ!

車を急発進させた。

大丈夫か、犬に噛まれたのか?

大丈夫だ、ズボンの裾を噛まれただけだ。

あっ、犬が・・・

どうしたんだ?

犬が追いかけてくる!

もっとスピードを上げるんだ!

よし、振り払ってやる。


門は開いたままだったな。

左に曲がったら、門の中に飛び込むから、直ぐに閉めるんだ!

分かった!

カーブの前で少しスピードを落として曲がり、道路右側の隠れ家に入った。

直ぐに、1人の男が飛び降り、門を閉める。

その少し後であった、コロンが気付かずに走り抜けたのは。

よし、犬はやり過ごしたぞ。


うまく行った。

女を中に入れるんだ。

2人の男が、翔子を抱えて、部屋の中に運び込んだ。

さるぐつわをした後、手足をしばって、そこに転がしておけ。

気がついたら、ゆっくりと聞きだしてやる。

クロロフォルムもたっぷり吸いこんだから、半日はこのままだろう。

しかし、我が国に潜入したエージェントが事故死した時は、どうなることかと思ったな。

まさか、こんなにうまく領事館で発見できて、身柄を確保できるとは、本当についてた。

ただ、仲間が死んだのにも気づかず、普通に生活していたと言うのが気になるが・・・

まぁいい、それも目が覚めたら、聞きだしてやる。


ほっとしたら、腹が減ってきたな。

おい、あそこの屋台でいつもの買って来いよ。

あっ、ちょっと待ってからだ。

少し時間を置いて、犬がいないのを確認してから行くんだぞ。

ああ、分かった。



 ・尋問


おい、目が覚めたようだ。

こっちの椅子に座らせるんだ。

何が起こったのか分からない翔子は、混乱している。

さるぐつわを解いてやれ。

あなた達は一体誰なんです?

何故、私を?

早口の日本語で叫ぶ翔子の言葉は、3人には理解できなかった。

男の1人が、ゆっくりとした英語で話しかけた。

おとなしく俺の質問に答えるんだ。

そうしたら、直ぐに解放してやる。

簡単なことだろう。

質問って、何ですか?

知ってることは何でも離しますから、この綱を解いてください。

それは、全部話し終わってからだ。


まずは、組織の関係からだ。

お前は、どの国の何と言う組織の者だ?

えっ、組織?

いったい何のことなんです。

私は、ただベトナムに住んでいるだけです。

おいおい、今更しらばっくれるなよ。

素直に、4つの質問に答えてくれるだけでいいんだよ。

そしたら、すぐに家に帰れるんだぜ。

2つ目は、どうやって、我が国の中核にまで侵入したか。

3つ目が、いったい、何人のエージェントが潜入しているのか。

最後が、国も組織も、全ての取引先を話てくれれば、終りだ。

すっと話してしまって、そのまま家に帰れよ。

愛犬も抱っこしてやれるだろ。


翔子は、まったく意味が分からず、戸惑うばかりである。

おいっ!

なんで黙っているんだ!

早く話すんだ!

もう一人の音が、横から怒鳴ってくる。

で、でも、何のことだかわからないです・・・

ほう、いい根性してるじゃないか。

今更、わからないで済むはずないだろっ!

まぁ、話したくないなら、それでもいいさ。

嫌でも自分から話したくなるようになるからな。

えっ?



 ・拷問


ミスターB、あのトランクを取ってくれ。

フフフ、この中には、いろんな拷問用の道具が入っているんだよ。

何からいこうか。

ご婦人は、何がお好みかな?

このドリルで舌に穴を開けようか、それとも眼球を潰すこともいいしな。

これは、爪を剥がす道具さ。

この帽子の用な物は、頭を締め付けて、最後は頭がい骨を砕いてしまうんだ。

どれも、痛い物ばかりだが、まぁ、拷問の道具だからな、仕方ない。

翔子の目が、恐怖におののいている。

もう一度聞くぞ、質問に答えるんだ。

なにも知らないんです、本当です。

そうこないとな、簡単にはいてもらっても、気が抜けるというものだ。

では、これを使おうか。


俺は、こう見えても紳士なんだ。

こんな道具で、ご婦人をいたぶるのは趣味じゃない。

それに、そんなにのんびりもしていられないのでね。

そう言って男は、注射器と薬の入った小瓶を取り出した。

おい、右でも左でもいい、しっかりと腕を押さえるんだ。

そう言いながら、注射器に薬を装填する。

少し痛いが、すぐに終わるからな。

そう言って、暴れる翔子の左腕を抑えつけ、注射器を腕に刺し、薬全てを注入した。

しばらくしたら、気持ちよくなって、我々とも静かに話をしてくれるようになるさ。

翔子は、頭がもうろうとなってきて、次第に意識が遠のいていった。


そろそろいいだろう、始めようか。

お前の所属する組織について話すんだ。

そ・し・き・・・何のこと?

わからない・・・

見かけによらず、しぶとい女だな。

もう一度聞くぞ、お前はどこの組織の人間なんだ?

知らない・・・

薬の量が足りないのか。

おい、もう一度打つんだ。

2本目の自白剤を打たれて、翔子の頭は更にもうろうとして、自分の意志の制御はできなくなっていた。

かなりきてるようだな。

もう、これで抑えることは完全に無理だな。

さあ、再開だ。

お前が所属している組織は何だ?

私がいる組織・・・・・そんなのない・・・

???

どういうことだ、まさか、本当に知らないのか。

では、組織に所属していないのなら、お前の雇い主と取引の相手は?

雇い主・・・いない。

取引・・・わからない。

これは、この女、お前間違ったんじゃないのか?

そんなはずは・・・

女、名前は何と言う?

私の名前はヤマダショウコ・・・

日本語が理解できない3人、消えていくような声で話す翔子の言葉をきちんと判読できなかった。

ただ、しっかりとヤマとショウは聞きとれた。

ヤマナショウゴと思い込んでいるだけに、そう聞こえてしまう。

自白剤をもう一本打ったらどうなる?

無理だ、発狂するか、さもなくば死んでしまう。

う~ん。

しかし、同じ名前の違う人間を拉致したのか、それか、よほど薬に対する訓練を受けているのか。



 ・本国から


しょうがない、とりあえず本部に連絡するか。

我が国に連れて帰れば、更に強力な自白用の機械もあるしな。

ただ、上の連中が何と言うか・・・


本国から専門の人間が来るそうだ。

明日の午後、こちらに着く。

しょうがない、それまで交代で見張ることにしよう。

ミスターB、夜まで見張りを頼むぞ。


その夜遅く、アジトの倉庫に3人が集まった。

皆、浮かない顔である。

3人の考えは同じであった。

この女は、エージェントとは別人ではないのか?

もしそうなら、我々自身はどうなってしまう・・・

3人は顔を見合わせるだけで、このことを口に出せないでいた。

2本の自白剤はかなりの負担である。

翔子は、まだ気を失ったままで、ぐったりとしている。


翌日の昼過ぎに、本部から2人の応援エージェントが到着した。

1人の見張りを置いて、リーダー格の男とミスターAが空港まで迎えに出た。

入国ゲートに仲間の姿。

ごくろうさん、どう、女の様子は?

出る頃はまだ意識がなかったが、我々がアジトに着く頃には、戻ってるだろう。

とにかく行こうか。

そのしぶとい女性に早く会いたいからね。


朝方に目を覚ませた翔子は、放心状態で口もきけない。

空港を発った1台のタクシーが、コンテナセンターの前の道に入ってきた。

その時、周辺を探索中のコロンとすれ違った。

コロンが覚えているのは、昨日の拉致の際に使った車なので、タクシーが走っていても気がつかなかった。

タクシーはアジトの前に停車して、4人の男はすぐに下車して倉庫の中に入った。

この倉庫の門は、両隣の外壁と同じ仕上げになっていた。

3m以上の高さがあって、コロンの視線からでは、隣と連続した壁に見えてしまうであろう。


到着した新たなエージェントは、まじまじ翔子の顔を見た。

この人ですか、自白剤にも抵抗しているというのは。

見る限り、ごく普通の御婦人なのに、なかなかのお方なのですね。



 ・誤認拉致


では、今度は私が質問させてもらいますよ。

この男は、日本語が話せるようで、流暢な日本語で質問をした。

あなたは今の状況が分かっていますよね?

突如の日本語で驚いたが、翔子は、黙って首を縦に振る。

あっ、いいですね。

では、我が国を探っていた男を知っていますか?

今度は、何度も首を横に振った。

そうですか・・・

昨日使った自白剤は、これかな?

そう、組織で使っている標準品だ。

注射したのは、昨日の何時頃だ?

15時前後だった。

では、もう大丈夫だな。

ちょっと、ちくっとしますけど、我慢してくださいね。

おい、お前、ご婦人の腕を抑えていてくれ。

翔子は抵抗しても無駄だと思い、おとなしくしていた。

これで1時間程したら、大丈夫だろう。

機内食しか食べてないから腹が減ったな。

この辺りで、何か食いものはあるのか?

ああ、そこそこ食えるベトナムの屋台がある。

それを買ってくるよ。

遅い昼食を取ってから、尋問を始めるとするか。


コロンは幼稚園の前にいた。

何気なく、川沿いの方に目を向けると、ベトナム・フォーを持ち帰る男が。

あっ、あの男・・・犯人の1人だ!

追いかけようとした時、その男は、建物の中に入ってしまった。

あれ、あっちはコンテナセンターの通用口しかないはず。

まさか、コンテナセンターの中にいるの?

急いで通用口の前に行ったが、しっかりと閉まっている。

ここに入ったのかなぁ・・・


なかなか美味しいじゃないか。

ベトナムフードは口に合いそうだな。

さて、質問を再開しましょうか。

翔子は、目の視点が定まっていない、夢遊病者のようである。

では、始めますね。

あなたの所属する組織について教えてください。

組織・・・何のこと・・・

えっ、何故だ。

あなたは何人ですか?

日本人です。

あなたが得た情報を流しているのは、どんなところですか?

情報・・・分からない・・・

うーん、こんなはずは。

あっ、あなたの名前を教えてください。

名前・・・ヤマダショウコ。

え、何と言いました?

もう一度、ゆっくりと。

ヤ・マ・ダ・ショ・ウ・コ・・・

ヤマナショウゴではないですか?

違います・・・


いくら自白剤を使ってもはかないはずだ。

どういうことだ。

お前さんら、いったい、3人で何をしていたんだ。

別人じゃないか!

えっ・・・・まさか。

うーん・・・・やっぱりか。

さて、どうする?

とにかく本部に連絡して指示を受ける。

お前らも、覚悟しておかないとな。


どうだった?

ご婦人には気の毒だが、始末をしろとのことだ。

しかし、絶対に足がつかない方法でな。

そして、明日のフライトで帰国しろとさ。

俺たちは、ホテルに移動するぞ。

後は、お前達の責任で終らせろよ。

分かった。

2人の男が出て行った。

しかし、どう始末する?

しょうがない、今晩睡眠薬で眠らせて、重しを付けて川にほり込もう。


ピピピ・・・

おい、電話だぞ。

何だ、この倉庫の持ち主からだ。

今日の荷入れで、この倉庫を使うから、夕方までに空けて欲しいと。

では、今晩どうするんだ。

大丈夫、少し狭いが、1日だけならすぐ近くで代わりの場所を用意すると言ってる。

そうか、では、退去の準備をするか。

しかし、この女性には、気の毒な事をしたな。

ミスターA、眠らせる前に謝っておけよ。

謝っても、どうなるものじゃないが。



★Ⅳ、僅かな記憶


 ・コンテナセンター


その日の午前中、コロンはコンテナセンター付近を調べていた。

川からセンターの正門までの間を、何度も何度も往復した。

センター入り口から川沿いの道のカーブまでの間が怪しい。

絶対にこの範囲に犯人の隠れ家があると確信していた。

センターの前から川の方を見て、左側はずっとコンテナセンターの敷地。

川の手前にいくつか港湾関係の会社のビルがあるけど、早朝はシャッターが下りてるし。

あるのはコンテナセンターの通用口だけ。

でも、この通用口は使ってない感じなんだよね。

ドアも錆てるし、下側の隙間には砂が詰まって、最近開け閉めした様子もないし。


ということは、道路右側のどこかかぁ。

いくつも会社が並んでるから、その中のどこかなの。

センター入り口のほぼ正面に50m程入る行き止まりの狭い道があるんだけどねぇ。

でも、ここに入ったのなら、幼稚園のすぐ脇だし、クロちゃんが見てるはず。

間違いないよ、この路地には入ってない。


そこしか、入れる路地はないから・・・

残るは、門があって、車が入れる建物。

範囲内で、こんな場所は3か所だけ。

この中の、どこかにママがいるの?

もっとしっかり探さないと。

一番川に近いとこの門は、あっ下に大きな隙間があるから、中が見える。

中庭みたいになってて、周囲に建物があるね。

ああ、でも、あの時の車は止まってないなぁ。

もうどっかに持って行ってしまったのかもしれないけど・・・

ここの会社は、格子状の門だから、中が丸見え。

この会社に入ったのなら、追いかけてる時にでも、見つけられたよね。

もし、ここが犯人の隠れ家なら、車を隠すスペースないよね。

うん、ここは違う。

一番コテナセンターの入り口に近い会社。

ここ、一番怪しいかも。

中が全然見えないし、敷地内に会社の建物と倉庫なんかもありそうな感じ。

よし、ここを主に見張ってみようか。


センターの入り口の周囲に屋台が集まり始めた。

早朝に1度店を開いて、再度仕込んで、お昼前にまたオープン。

美味しそうだなぁ。

朝から何も食べてないしねぇ。

お腹空いたぁ。



 ・コロンの臭覚


コロンがセンターから出てきたトレーラーを避けて、歩道の上がった。

その時、コロンちゃ~ん!

聞き覚えのある声が、コロンの耳に入った。

えっ、あっ、裏のおばちゃんだ!

毎朝に、我が家の裏のお家で仕込んで、ここでお店開いてるんだ。

私がおばちゃんに会うのって、積み上げた荷車押してく時。

でも、その時いつも、お肉や豚レバーの塊くれるんだよ。

コロンちゃん、ママはまだ?

そうだよね、心配だよね。

そうか、犯人捜してるんだね。

お腹空いたでしょ、これをお食べ。

私の大好きな豚レバーの塊、ありがとう。

言葉は分からないけど、コロンの感謝の気持ちは、おばちゃんも分かったみたい。


今日は何も食べてなかったから、ホント助かったぁ。

いつもだけど、おばちゃんのレバー、美味しいよね。

うん・・・・・うん?

この匂い・・・

これだ、これだよ、犯人のズボンについてた匂い。

そうかぁ、フォーのスープの匂いだったんだ。

隠れ家がこの辺りのはずだし、食事するのってこの辺りの屋台しかないからかぁ。

きっと、ママがつかまっているから、見張りで動けないんだよ。

だから、ここいらの屋台でご飯してるんだ。

確か、あの時の匂いは・・・

おばちゃんのスープの匂いとは少し違うから、ここに出てる屋台のどこかのスープだよ。

センターの入り口辺りに店出してるどこかの屋台に犯人が買いに来るんだ、きっと!



 ・屋台の捜索


え~と、大通りのとこまで入れたら、屋台は全部で11店舗。

おばちゃんのとこは違うから、残りは10軒かぁ。

あっ、でも、フォーしてるのは6つだけじゃん。

じゃあ、5つのお店だけだよ。

そっと、近寄って匂いを確認して回ろうね。


う~ん、どこも同じような匂いなんだよねぇ。

でも、このお店は、鶏のお肉の匂いがする。

そうか、微妙にお店でスープが違うんだよ。

使ってる材料で、変化があるんだね。

犯人が付けてたのは豚肉系のスープの匂いだったよ。

一番テーブルやイスをたくさん置いてあるのは、センター出入り口のすぐ横のお店。

センターの人も、テイクアウトで買いに来てる。

近づいてみようか。

フォーを作ってるすぐ横に近づいて、クンクン・・・

うん、この匂い、たぶんここだと思うけど。

第一候補がこのお店だよね。

でも、全部確認だよ。

残りは、道路の向かいのお店と大通り側の2つ。

向かいのお店は、ここはちょっと違う。

スパイスの匂いが強いよ。

大通り側の1軒のお店は、随分薄味の匂い。

もう1軒は、豚肉に何かお魚系の匂いも混じってる。

間違いないね、出入り口の横のお店だ。

川に近い側にあるしね。



 ・張り込み


これで、手がかりができた。

犯人が買いに来るお店が分かったし、隠れ家らしき会社も見つけた。

とにかく、夜まで張り込んで、犯人が来るのを待たないと。

屋台と怪しい会社がよく見える場所は・・・・

屋台の少し川側に行った、歩道からなら両方とも良く見えるね。

丁度、ドラム缶が置いてあるから、隠れることもできるし。

よし、決まった。

ちょっと、クロちゃんにこのこと話して、犯人らしき人が通ったら呼んでもらえるように頼んでおこう。

コロンは、幼稚園のクロちゃんのところに向かった。


その時であった。

一時、くろちゃんと話して、さて張り込み場所に移動と思って、何気なく道路を見た瞬間。

フォーを買って、今まさに建物の中に入ろうとしていた犯人の1人の後ろ姿を見たのである。

あっ、犯人の1人だ!

でも、犯人は出入り口の無いコンテナセンターの敷地側に入っていったのだ。

急いで、その辺りに向かったが、出入りできるのは、センターの通用口だけであった。

それも、隙間の砂の詰まりからみて、今、開け閉めした様子はなかった。

どこに消えたの?

コロンは焦った。

ついに犯人の姿を見つけたのに、壁の中に消えてしまったのであろ。

いったい、どこに入ったの?



★Ⅴ、発見


 ・コンテナセンターの通用口


コロンは必死だった。

確かに、この辺りから犯人は中に入った。

少しだけ川側に行った隠れ家の門は、ちょっと見たところ外壁としか見えなかった。

そして、ここにある通用口。

コロンは、この通用口から入ったとしか思えなかった。

しかし、何度確かめても、このドアが開いた様子がないのだ。

途方に暮れかけたその時、コロンがひらめいた。

この並びの川に突き当たった所にある港湾の会社。

そこにもコロンの仲良しがいたのである。

テリア系の兄弟犬だった。

コロンは彼らの元に走った。

2匹は、いつものように門の前で寝そべっていた。

慌てて来たコロンにびっくりして、一体どうした?

あのね、教えて欲しいの。

あそこにコンテナセンターに入るドアがあるでしょ。

その手前に、中に入るとこがあるの?

うん、あるよ~。

ええ~!

どこ、どこにあるの?

すぐ横だよ。

この歩道を行っても、コロンちゃんの大きさなら見えにくいけど、向かいの歩道から見てごらん。

門と中の建物が見えるよ。

そうだったんだ、しまったぁ、うっかりしてたよぉ~。

ありがとう、助かったよ。

コロンちゃん、どうしたの?

うん、また今度、一緒に遊ぶ時に説明するね。


コロンは急いで、向かいの歩道から、その辺りを見た。

ああ、分かった。

あの、低くなってるところが門なんだ。

ついに見つけたぁ。

ママ、もうすぐ助けるからね、待っててね。



 ・体当たり


その時、2人の男が中から出てきた。

その内の1人が人が充分に入れる位のスーツケースを引っ張っている。

コロンは歩道の向かい側から、付いて行った。

あの2人は、あの時の犯人の中にいなかった、まだ仲間がいたんだ。

でも、まさか、あの中にママが・・・

何故こんなに大きなスーツケースを持ってきたのか。

そう、もし、エージェントと判明して自白が得られなかった時に、コンテナ船を使って、本国に連れて帰るつもりだったのだ。

今は、あの拷問道具が入っているだけである。

コロンは考えた。

スーツケースの中を確認したい。

ママが入れられていたら、何としても奪還しないと、また連れ去られてしまう。

男たちは、大通りに向かって歩いている。

そうか、タクシーを拾うつもりなんだ。

もう、大通りだよ。

タクシーに乗るまでに、なんとか調べないと・・・


そう、それしかないね。

あの人たちは、私のことも知らないから、きっと大丈夫。

コロンは突如、向かいの歩道から男たちに向かって走り出した。

スーツケースに体当たりするつもりなのである。

もし、人が入っていれば、重いからその場に倒れるだろう。

でも、軽かったらスーツケースを弾き飛ばすことになる。

コロンの速度が全速力になった。

そして、体調1m弱のコロンが宙を飛んでスーツケースに体当たりした。

スーツケースはコンテナセンターの壁まで弾き飛んだ。

その瞬間、ママじゃない!

コロンは、急ぎ隠れ家に向かった。

2人の男はあっけにとられていた。

何だあの犬は、驚いたな。

コロンの事を知らされていなかった2人は、変な犬がぶつかったくらいにしか思わなかった。



 ・倉庫


急ぎ戻ったコロン。

あっ、門が開いてる。

確か、さっきの人達は閉めて行ったよね。

不審に思ったコロンだったが、そっと中を見た。

充分に車が止まれるスペースがあり、その側面に、倉庫が3連で並んでいた。

中に入って、まず一番道路側の倉庫に近づいた。

かなり大きい。

シャッターが途中まで開いていた。

中に入ったが何もない、壁があるだけだった。

ただ、奥に部屋らしきものがあった。

ドアが閉まっている。

横に窓があるよ!

丁度、木箱が積んであり、コロンは飛び上がった。

箱の上に立ち、室内を見たが、何も無かった。

倉庫と同じく、がらんどうだった。

隣の倉庫もシャッターが半分開いていたので中を確認する。

最初の倉庫を同じだぁ。

部屋の中は、いくつかの段ボール箱が積んであるだけであった。

そして、一番奥の倉庫に入った。

この倉庫も奥に部屋の様なスペースがある。

コロンは用心しながら部屋に近づいた。

ドアが開けっ放しになっている。

用心しながら部屋の中に入ったが、誰もいない。

でも、ここにはフォーのテイクアウト用の器が捨ててあった。

間違いないよ、ここだったんだ。

でも、ママは・・・



 ・ママの痕跡


落ち着いて、部屋の中を捜索した。

ゴミになってるフォーの器に、ロープの切れはし。

これでママ、縛られてたんだ。

ゴミの中には、さるぐつわにしていたタオル。

コロンはしっかりとママの匂いを嗅ぎ分けていた。

変な匂いのする針もあった。

何だろう、ママ、変な薬の注射でもされたのかな。

大丈夫なの?

無事でいてね、ママ。


更に、うす暗い部屋を探す。

その時、コロンは部屋の隅に転がっている物に気付いた。

ボタンのところが、かなりバラバラに壊されていたが電話の様であった。

あっ、これ、ママの携帯電話だよ!

壊されてはいたけど、間違いなくママのものだった。

ここにママがいたんだよ、それもさっきまで。

この辺りにママの匂いが残ってる。

ああ、もっと早く見つけていたら・・・


室内を調べてる最中、外からトラックの停車する音と同時に、賑やかな人の声。

部屋から倉庫に出て、外をのぞいた。

大勢の人が敷地内に入ってきた。

トラックから、たくさんの荷物を運びこんでくる。

この倉庫に、荷物が入るんだ。

そうか!

だから、犯人たちは場所を移動したんだ。

一体どこに移動したの?

コロンが考えている時、作業の人が近寄ってきて、こらこら出ていくんだと、コロンを追いだした。


コロンは、道路を渡って、じっと倉庫を見つめていた。

視点は全く定まっていなかった。

どうしたらいいんだろう。

これで、また最初に戻っちゃった・・・・・



 ・急展開


歩道に座って、動けなくなったコロンに、さっきの兄弟犬が近づいてきた。

コロンちゃん、どうしたの?

そんなに悲しそうな顔、見たことないよ。

泣きそうになりながら、ここまでのことを2匹に話した。

そうかぁ、それで今朝から1人で走り回ってたんだね。


この倉庫の持ち主、ほら、はす向かいの住宅建材の会社だよ。

その倉庫に荷物入れる理由で、場所を移動するのなら、同じ会社の倉庫か何かだよねぇ。

あっ、停止していたコロンの思考回路が、また動きだした。

そうだよね。

さっきのスーツケースにママは入っていなかった。

と言うことは、また車に乗って移動したんだ。

でも、大通り近くに私はいたけど、そんな車は通って無い。

じゃあ、川の方に向かうしかないよね。

なら・・・

ねえ、さっきまで門の前にいたんでしょ。

7人乗りの車が前を通らなかった?

さっき、コロンちゃんと話した後だよね。

うん、トラック以外の車は1台だけ通った。

その車、どこに行った?

川沿いに公園の方に走っていったかな。

なぁ、そうだったよな。

そう、でも公園の手前で止まったような気がするよ。


そうか、公園のこっち側の橋の手前まで、ずっと同じ住宅建材の会社だよね。

中ほどと端の方の2か所に出入りできるとこあるけど、どっち辺りで止まったの?

え~と、橋の横の方だった。

そうか、その入り口のすぐ左側に、事務所のような建物あるよね。

あの建物は使ってるの?

良く分からないけど、今は空き家同然のはずだったかな・・・



★Ⅵ、救出


 ・新たな監禁場所  


ありがとう、私、確かめに行ってくる。

俺たちも一緒に行こうか?

ううん、今は大丈夫。

もし助けが必要になったら、お願いね。

OK、遠慮しないで言ってこいよ。


コロンは住宅建材の会社の敷地沿いに、捜索を始めた。

時間は午後5時。

ママが今夜に殺害されることを、コロンは知らない。

コロン! 急いで!


公園側の入り口だよね。

閉まってるね、あたりまえかぁ。

この建物の奥に車が止まってるみたい。

ここからじゃ、よく見えない。

門も塀も高いなぁ。

それに、上に忍び返しも付いてるし・・・

どっかから入れないの。


目の前の事務所、ここにママいるかもしれないのに。

入り口は中2階になってる。

1階は倉庫なのかな。

窓はいくつかあるけど、道路から見えるところの窓には明かりも無い。


ここの入り口は、コンテナセンター側の道路沿いだよね。

行ってみようか。

大きな門だなぁ。

中に車がいっぱい止まってる。

門番さんもいるんだねぇ。

でも、それなら頻繁に開け閉めあるかも。

なら、見つからないように、隙間から入れるかな。


しばらく、門の前で待機していると、中から車がでてきそうな気配。

門が開くよ・・・

その時、自動開閉の門が開いた。

今よ! 

コロンが中に入ろうとした瞬間、目の前に真っ黒い大型犬が睨んでいる。

それも、3匹も・・・

コロンは慌てて、外に避難。

ああ怖かった、あんなのがいたら、門からは入れないよぉ。



 ・潜入


いい考えが浮かばないまま、コロンは公園側の出入口に戻った。

側面に回り込んでみようかな。

敷地の塀は、道路面と同じ高さで通っている。

そろそろ暗くなってくる中、コロンは塀を見つめていた。

部分的に塀に控の壁がある。

なんで、こっちだけ控があるのかな。

あっそうか、道路はコンクリートの壁の壁の高さは1m位で、その上は格子のフェンスになってるんだ。

側面から裏側は道路面と違って、上までコンクリートだからだね。

建物の屋根が塀から少し出てるし、もし控壁の上まで上げれたら、屋根まで飛び上がれるんじゃ・・・

何か荷台がないと上げれないなぁ。

そうかぁ。


コロンは急いで港湾の会社の兄弟犬の所に向かった。

慌てて走ってきたコロンに、お兄ちゃんの方がどうしたと尋ねた?

お願いがあるの!

何々?

弟の方も飛んできた。

あのね、ちょっと一緒に来てくれる。

OK、行こう!

3匹は控壁の前で相談した。

私、この壁の上に上がりたいの。

そしたら、ほら、あの屋根に飛び上がれそうでしょ。

わかった、俺たちが馬になればいいんだ。

俺達が壁の前に立つから、コロンちゃんは思いっきり走ってきて、俺たちの頭を踏み台にしてジャンプすればいい。

その勢いのまま、屋根まで飛び上げるんだ。

コロンちゃん、大丈夫?

飛び上がるタイミング間違うと、あの忍び返しにささっちゃうよ。

うん、気を付ける。

よし、じゃあ、準備だ。

2匹は、控の壁に向かって、2本足で立ってコロンを待った。

いい?

行くよ!

そう言って、コロンは全力疾走で壁に向かった。

最初のジャンプで2匹の頭を蹴って、2度目のジャンプ。

そのまま控壁の上部を思いっきり蹴って、見事屋根に飛び上がった。


ありがとう。

じゃあ、中を見てくるね。

そう言ってコロンは屋根伝いに裏側に回った。



 ・ママだ!


裏に回ると、建物に沿って車が止まっていた。

車の屋根に飛び降りて、まず、その車を確かめる。

間違いないよ、ママをさらった時の車だ。

この建物だよ、絶対にママがいる。


まずコロンは、家の周囲を探索した。

2階の窓はどこも灯りが点いていない。

さらったママを中2階の玄関から中に入れたのなら、道路から丸見えになる。

そんな危ないことはしないよね。

じゃあ、1階にあるドアから入ったはず。

裏と側面に1つずつドアがある。

でも、側面も道路から見える。

この裏側のドアから入ったんだ、車を降りてすぐだしね。

1階には窓ないし、ドアも閉まってるし、どうしたら中に入れるの?


建物の周りを回って、玄関の下に。

あれ、なんだ?

30cm×50cm程の換気口がある。

格子になってるけど、強く押したら、枠ごと動きそうかな。

コロンは、試しに鼻で押してみた。

これ、グラグラだよ、外れそう!

次は、体ごとぶつかってみた。

換気口が半回転して、入れる隙間ができた。

やった!

よしっ、ママを探すぞ!


コロンは静かに中に入った。

1階は全部が倉庫になっていて、2つに仕切られている。

コロンの入った正面側は真っ暗で、何も無かった。

そして、奥にあるドアの隙間から、灯りが漏れていた。

ドアの下の隙間は20cm程あったので、コロンは中を覗き込めた。

そこには、あの時の3人の犯人がいた。

その奥に、縛られたまま床に座らされているママの姿。

ママだ! 見つけた! 見つけたよ!



 ・どうしよう


この後、どうしたらいいの?

私1人だけじゃ、助けられない。

コロンは必死に考えた。


そして、換気口に戻り外にでて、階段を上がり中2階の玄関に。

玄関ポーチ前の手すりに飛び上がり、その勢いで塀を飛び越え、道路に飛び出した。

高い処からのジャンプで、着地の際に地面に大きく体をぶつけてしまった。

いたたた・・・

でも、痛がっている時間もない。

直ぐに立ち上がり、全速力で、さっきまで犯人がいた倉庫に戻った。

思った通りだわ、あのごみ袋が道路に出されている。

コロンはそっと中から、携帯電話の残骸を探し出た。

そのまま、川沿いの道を全力疾走で走り、公園のメイン通りを抜け、ロータリーに。

そこから、路上のマーケットを走り抜け、一目散に自分の家に向かった。


家の前には、翔子の無事を心配する人が集まっていた。

人で中に入れないよぉ。

家の中にはロイ兄ちゃんと2人のポリスがいるはず。

コロンは、息を切りながらも人の垣根の外から、咥えていた携帯電話を丁寧に置いて、そして思いっきりに吠えた。

びっくりして振り返る人も無視して、とにかく吠え続けた。

中からロイが飛び出してきて、コロンの前にしゃがんだ。

コロンはロイ兄ちゃんの顔を見て、休まず吠える。

そして、必死で咥えてきた携帯電話をロイに見せた。

最初は静かにしなさいと言っていたロイが、ぎょっとした。

ロイはその携帯電話を受け取り、コロンの頭を撫でて、ちょっと待てのようなポーズをして、中のポリスに電話を見せ、何かを告げた。

犯人の隠れ家に戻ろうとするコロン。

出てきたロイとポリスがバイクに乗る。

それを確認したコロンは、後ろのバイクを注意しながら、とにかく走る。

マーケットを抜け、公園を抜け、隠れ家の前に来た。

ここでは、コロンは吠えなかった。

中の犯人に気付かれないためである。

ロイに知らせるため、また敷地の側面に周った。

港湾の兄弟は、まだ待っていてくれている。

もう一度、前と同じように屋根に飛び上がり、下に降りた。

路上のロイとポリスに知らせるように、ロイの顔を見つめながら、隠れ家の倉庫の前をぐるぐる回った。


3人は少し相談して、ポリスの1人が、バイクでこの敷地の入り口に向かった。

15分ほどの後、ポリスが戻ってきて、ロイともう1人のポリスに何やら説明をしている。

その直後、そのポリスが無線で警察署に連絡を取った。

この間、コロンは気が気でなかった。

早くして!

ママにもしものことがあったらと、心配で心配で、胸が張り裂けそうだった。

20分経っただろうか、ロイの前に5台のパトカーが到着。

もちろんサイレンを鳴らさず、速やかな行動である。

コロンの前にも、入り口から入ってきたパトカーが3台も。

走ってきた、会社の門番が、そこの門の鍵を開けて、ロイ達も中に入った。

この会社は、ただ取引先から空いている場所を貸してくれと頼まれただけで、警察から事情を聞いて驚き、慌てふためいていた。

ついに、大勢のポリスが建物を包囲したのである。




 ・突入


そして、側面のドアを開き、犯人がいる隣室の倉庫に、静かに10人程のポリスが入っていく。

監禁部屋のドアの付近も、既に大勢のポリスが取り囲んでいる。

時間は、すでに午後10時を過ぎていた。


中にいる犯人と翔子。

3人の犯人は、出ていく準備を進めていた。

後で某国のスパイだと分からぬよう、全ての痕跡を残さないようにするためであった。

10分程前に翔子は睡眠薬を注射されて、眠りこんでいた。

11時にはここを出るぞ。

そのまま、橋を渡る。

中央に来たら車を止めるから、直ぐに女を川にほり込むんだ。

おもりは車に用意してあるから、乗ったら女にくくりつけておけよ。

分かった。

これで、明日は国に帰れるな。


ポリスの態勢が整った午後10時半、隊長からの指令が下りた。

突入!

その瞬間を、コロンとロイはじっと見つめていた。

2人のポリスが鍵のかかったドアを、大きなハンマーで一気にたたき壊した。

ぎょっとした3人に、隣の部屋からのポリスもなだれ込む。

3人の犯人は、何も抵抗ができないまま、あっさりと取り押さえられた。


翔子も直ぐに助け出されたが、意識がないままであった。

待機していた救急車から、すぐに救急隊が中に入る。

生きていることを確認して、担架で救急車に運び込んだ。

担架の翔子にロイとコロンが駆け寄った。

救急隊員から状態を聞いたロイがコロンに、大丈夫、ママは寝ているだけだよと優しく話す。

ああ、よかったぁ。

ママ、助かったんだね。

病院に向かって救急車が動きだした。

コロンは救急車に乗れないので、ロイと一緒にパトカーで後を追った。


パトカーの中で、ロイがコロンに話した。

コロン、大手柄だよ。

家から出て行って、ずっとママを探していたんだね。

しかし、よく、見つけたなぁ。

名探偵だよ。

同乗のポリスも驚いていた。

警察が手掛かり一つ見つけることができなかったのに、1匹の犬が探索して犯人を探し当てたとは。

本当に名探偵だよ、今度は別な事件の時もお願いしようかな。

皆に褒められて、コロンは嬉しくてしょうがなかった。

褒められたのもそうであるが、ママを助けられたということが、本当に嬉しかった。



★エピローグ


翔子が目を覚ましたのが、翌日のお昼前であった。

一晩中、付き添っていたコロンとロイ。

本来は病室に犬は入れられないのだが、コロンは特別に許可された。

目覚めた翔子を、担当医が診察して、コロンに言った。

コロンちゃん、もう大丈夫だよ。

それまでずっと我慢していたコロンだったが、堰を切ったようにベッドに飛び上がった。

ママ、ママ、ママ、よかった、心配したぁ~。

嬉しくて、いつものようにママの顔をいっぱいいっぱいペロペロした。

ママもしっかりとコロンを抱きしめていた。


その日は用心のため1日病院で安静にしていた。

その間、ロイがコロンの活躍を翔子に話した。

話を聞いて翔子は涙をいっぱい溜めて、ベッドの上に一緒にいるコロンを抱いて話をした。

コロン、ありがとう。

ママの命の恩人だね。

でも、2日間も、私を探し回って・・・・・

もう、涙を止めることはできなかった。

コロンは嬉しそうにママの涙をペロペロして拭き取っていた。

ううん、気にしなくていいんだよ、ママ。

こうやって、またママと一緒にいられるようになったから、とっても嬉しいよ。

コロン・・・ありがとうね。


翌日は、警察の事情聴取で忙しかった。

でも、その間も、ずっとコロンはママの横から離れなかった。

スパイに間違われて拉致され、殺される寸前に愛犬の活躍で救出された話は、あっという間にベトナムはおろか、日本にも伝わった。

ここに名探偵コロンが誕生したのであった。


ママ、やっぱり朝のお散歩は気持ちいいね。

この数日間は慌ただしくて、夢を見ているみたいだったなぁ。

ホント、私じゃなくて、コロンへの取材がいっぱいだったものね。

今じゃコロンはすっかり有名人だね。

昨日ネット見ていたら、今世界で一番有名なワンワンでコロンが紹介されていたよ。

こりゃ本当に名探偵に捜査依頼なんてね。

もう、ママ、からかわないでよ。

ゆっくり一回りしてから、帰ろうね。

しばらく、ママのご飯も食べられてなかったなぁ。

今日は、いつもの美味しい朝ごはん、お願いね。

了解です、コロン先生。

もう・・・

2人にあるのは、笑顔と笑い声だけだった。

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