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処女

作者: 鳴瀬七瀬

 ユニコーンを知ってる? 

 角の生えた馬。空想の産物。物語のスパイス。

 私はユニコーンに会ったことがある。


 あれは小学生の時だった。

 入ってはいけないと、きつく言われていた山に一人で登り、愚か子供だった私は見事に迷子になったのだ。

 遠くから私を探す声がする。でも何処からかわからない。大きな声も底を尽きていた。

 このままここで死ぬのかな。

 そう思った時だった。


 暗闇にしか見えなかった森がふわりと明るくなり、その中心にいたのだ。

 白く輝く、一角獣が。


 私はしばらく呆然とその馬を見つめていた。

 祖母がよく言っていたように、狐か狸に化かされているのかと思った。

 だけれど頭の中にやさしい声が聞こえた。


「私の背に乗りなさい」




 私はほんの少し迷った。

 帰れなくなったらどうしようかと恐れたのだ。

 けれど馬を包む光は暖かく、安心感を覚えさせた。


 私は馬の背に乗った。

 不思議なことだけど、馬はかなり大きかったのに、小学生の私が一人で跨ぐことが出来たのだ。

 

 そこで意識を失った。

 そして、次に見たのは涙する家族の顔だった。


 話によると、私は家の前で倒れていたらしい。

 もちろんこっぴどい叱られ方をしたが、同時に家族の愛情も感じた。


 その後で、あの生き物がユニコーンという名前だということを知った。


 そんな不思議な体験を語ることも今は無くなった。

 語る相手がいないのだ。

 

 中学卒業と同時期に祖父母が亡くなって、私達家族は街に引っ越しをした。

 田舎に慣れていた私にとっては大きな変化だった。

 人の多さに気持ちが悪くなる。

 酸素が薄い気がする。

 よく倒れる私を、同級生がいじめのターゲットにするのに時間はかからなかった。

一番しつこいのは隣の組の田中という男子を中心としたグループだった。


 無視は勿論、ノートを破られたり、わざと水をかけられたりしたが、私は何故か何とも思わなかった。

 その態度が裏目に出たのか、いじめは激しくなっていった。

 

 上履きが無くなったりするのは毎日のことだったが、ひとつ嫌だったのは上履きに精液をかけられていることだった。

 致命的に汚れているわけではないから、洗えば履ける。

 でも、何だか足元からじわじわとけがされているような気がしていた。


 ある日、また倒れて保健室から帰る道すがら、何となく人気のない美術室を覗いてみた。


 胸がどきりとした。


 引き戸に手をかける。鍵はかかっておらず、するすると戸は横に開いた。


 後ろ手に錠を落とし、私はそれに近付いた。


 それは大きなユニコーンの絵だった。まるで今にも飛び出してきそうな迫力を持った、躍動感に溢れる絵だった。


  ああ、と思う。

 私はこれがあることを知らず知らずに感じていたから耐えられたんだ。


 絵に手を触れる。

 指先から光が漏れ出し、灯は強くなっていった。


 ついには教室全体に満ち溢れるほどの光のなか、ユニコーンは立っていた。

 昔と変わらずに艶やかな毛並みを靡かせながら。


 私は何も考えずに乗ろうとした。

 だけれど、ユニコーンに近付けない。

 普通の教室なのに、歩いても歩いても馬に近付かないのだ。


 はっと思い出す。

 以前読んだ本に書いてあった、ユニコーンの習性。





 柔らかなたてがみに顔を埋める。

 意識をなくす私の足に、上履きは、なかった。






「ねえ、またあの女、倒れたらしいよ」

「また? いつもの通り体育で?」

「や、今回は美術室。なんか田中が描いた絵を握りしめてたらしいけど」

「なにそれ。めっちゃ迷惑」

「やめてほしいよね」








2014.8.18

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