笑い袋
「さてと、着いたぞぉぉ〜」
エンジンを止め、車から降りるなりタクヤはわざと声を震わせて言った。
「ばか、まだここじゃ全然雰囲気でねーよ」
すかさずヨウスケが答える
「でも、こ…ここってガチでやばそうじゃない」
辺りの様子を伺いながらヒロシもそろそろと車から降りる。
タクヤとヨウスケとヒロシは皆大学で知り合った同級生であったが、いくつか同じ講義を受けていく内に妙にウマが合い、今では夏休みになると3人で近所の心霊スポットに行くのが恒例になっていた。
「よし、2人とも懐中電灯は持ったか?」
タクヤは背中に背負った小さなバックパックから懐中電灯を取り出した。
ヨウスケは既に片手に持っていた懐中電灯をタクヤの方に向ける。
「あ、あれ?ちょっと…俺の懐中電灯点かないんだけど」
ヒロシが困惑しながら何度もスイッチを押す。
「ったく、何やってんだよ。ほら貸してみ」
タクヤがヒロシの懐中電灯を半ばひったくる様に掴むと、手のひらで力強く叩いた。
するとヒロシの懐中電灯から一筋の光が伸びた。
「な?安っぽい電化製品は叩きゃだいたい直るんだよ」
「またその持論かよ。お前のせいで部室のテレビぶっ壊れたの忘れたのか」
ヨウスケが呆れたように口を挟む
「う、うるせーな!あれはもう寿命だったんだよ。だいたい今時ブラウン管のテレビにアンテナくっつけてまで地デジ見る方がおかしいっての。」
タクヤは早口でまくし立てた。
3人は1年生の時に観光研究会というサークルに所属した。
観光研究会とは読んで字の如く、観光地を巡ってその土地の文化や歴史を学ぶことを目的として設立されたが、タクヤ達を初め他の部員達は遊びに行く口実作りに利用している。
「まぁまぁ、2人ともこんなとこで揉めないでよ。俺の懐中電灯が点いたんだからいいじゃん。」
ヒロシが2人の肩を叩き困った様な顔をした。ヒロシは目が細く顔もふっくらとしており、遠目にはいつもニコニコしている様に見えることからサークル内では大仏の名前をとって《ぶっさん》と呼ばれていた。
3人は気を取り直し、目の前に佇む廃墟に目をやった。
3人で心霊スポット探索をするのはこれで3年目になる。
2年目まではコンビニなどで売っている雑誌を元に近所にあるスポットを片っ端から巡っていたのだが、今年は就活前の最後の思い出づくりということでタクヤがネットで調べた3人の住む街から車で1時間程離れた郊外の丘の上にある、ひとつの廃病院に決まった。
「で、俺この場所のこと全然聞いてないんだけど…ここって病院…?」
ヒロシがタクヤに向き直って聞いた
「そう、しかもここ結構ガチでやばそうなんだよね。肝試しでここに来た高校生が行方不明になったり、帰って来たやつも頭がおかしくなっちゃったりとかしたらしいぜぇ。」
ひっとヒロシは小さな悲鳴をあげた。
「気にするなぶっさん。ネットなんてのは根も葉もない噂がつくもんだ。」
ヨウスケがヒロシの腰を軽く叩いた
「ま、そこは俺もヨウスケに賛成なんだけどね。だってほら見てみろよ」
タクヤはそういうと懐中電灯を向け入口付近を照らした。
「…ん?」
ヒロシは細い目をこらして入口付近を見た
「空き缶、ポテチの袋、タバコの吸い殻…まだまだあるな。つまりここも結構色んな人が来てるってこと。」
タクヤはつまらなさそうに言った。それは今まで行って来たスポットと何も変わらない光景であったためである。
「さて、そろそろ入ろうぜ。ずっと外でダベるために来た訳じゃねーし。」
ヨウスケが腕組みしながら歩き始めた
そうだな、と2人も続いて中へ入った。
・・・・・・・・・・・
中へ入ると、ひんやりとした空気が伝わってきた。
廃業してからかなりの時間が経過しているらしく、壁やテーブルなどが朽ちかけており、およそ病院としての面影はとどめていなかった。
「お、俺、廃病院なんて初めて入ったよ。」
ヒロシが不安げにつぶやく。
「多分、ここに来たやつ全員ぶっさんと同じ事思ってるはずだよ。」
ヨウスケはヒロシに向かってニヤッと笑った
「お、階段はっけ〜ん。」
タクヤは階段を見つけると2人を呼んだ。
「先に2階から見ちゃおうぜ。」
2人は頷き、3人は階段を上った。
廃病院は2階建てで、2階は主に入院患者の病室で埋め尽くされていた。
病室にはベッドや椅子など何も置いてない所がほとんどで、どこもガランとした印象であった。
「…ほら、見てよこれ。」
タクヤは憎々しげに病室の壁を照らした
壁には《○○参上!》や《呪われろ》といった、おそらく赤いスプレー缶の塗料で書いたであろう文字が描かれていた。
「こういうのって、ほんと萎えるからやめて欲しいんだよね〜。雰囲気ぶち壊しじゃん。あからさまにここは何も怖く無かったぜ!みたいな感じだし。」
タクヤは自分が苦労して調べた場所が期待はずれだったことが気に入らないらしく口を尖らせて言った。
「あのなぁ、今時誰も来たことない心霊スポットなんて無いって。まぁここにこうやって書くのは俺もいい気はしないけどな。」
ヨウスケは大きく息をはいた。
「そ、そうだよ。第一ほんとに怖い場所だったらやばいじゃん。」
ヒロシは初めて少し安堵した表情を浮かべた
「ほんとに怖い場所に行かなきゃ今までと同じじゃん。はぁ〜期待してたんだけどなぁ。」
タクヤは肩を落とし、次は1階を見ようと言った。
病院とはいうものの、規模はそこまで大きなものではなく1階の探索も残すは診察室のみとなっていた。
「ここが…診察室ね。」
タクヤは扉の横に貼ってあるプレートを見た
扉を開けると、診察室は思いのほか小綺麗で机や椅子、問診用のベッドなどがそのまま残されていた。
「へぇ、見てみろよレントゲンの写真まで貼ってあるぜ」
ヨウスケは物珍しそうに写真を手に取った
ヒロシが机の引き出しを調べると、引き出しの中央に小さな赤い巾着袋の様な物が置かれていた。
「ねぇ、これ何かな?」
「お守り…にしては質素過ぎるし。小銭入れとか?」
タクヤは小袋をしげしげと見つめる
「……これってさ。もしかしたら。」
そう言うとヨウスケは小袋を手に取り親指で袋の中心を押した。すると
ギャーーッハッハッハ!
ギャーーッハッハッハ!
まるで、これまでの静寂を打ち消すかの様に機械的で、それでいて乾いた高笑いが響き渡った。
「うわわっ!何これっ!」
ヒロシは突然の出来事に狼狽した
「おいっ、ヨウスケ!早く止めろよ!」
タクヤも余りにも突飛なことにやや冷静さを失っていた
「わりぃ、これ1回鳴らしたら終わるまで止めらんないんだった」
ヨウスケは申し訳なさそうに頭をかいた
少しの間、3人共押し黙ったまま袋が笑い疲れるのを待ち、やがて袋は唐突に笑うことをやめた。
「…で?これなんなの?」
タクヤはぶっきらぼうにヨウスケに言った
「笑い袋って知らねぇの?まぁ、俺も小さい時ばあちゃん家で見たっきりだけどさ。でもまさかまだ電池が生きてるとは思わなかったわ」
ヨウスケは手に持った笑い袋を指先でつまんだ
「でも、なんでこんなところにそんなおもちゃが置いてあったの?」
ヒロシが引き出しを指差しながら言った
「さあね、どうせ壁に落書きしたやつが後から来たやつをビビらそうとして置いてったんじゃねえの?」
タクヤはふんっと鼻をならす
「何にせよ俺らを驚かす作戦だったとしたらまんまと引っ掛かったって訳だ。」
ヨウスケは大袈裟に両手を広げると、引き出しに笑い袋を戻して閉めた。
「まぁ、最後のオチとしちゃちょうどいいんじゃないか?」
ヨウスケは振り返ると2人にそう問いかけた
「だね、残りの部屋も全部回ったし」
そういうとヒロシは同意を求めるようにタクヤを見た
「なーんか、消化不良な感じもするけど…まぁいいか。じゃあ、そろそろ帰ろうぜ」
タクヤも渋々といった感じで2人と共に病院を後にした。
・・・・・・・・・・・
外に出ると、夏の夜特有の土と青臭さの入り混じった様な湿っぽい匂いが3人を包んだ。
「さて、と。何か腹減ったな。帰りにファミレスでも寄ってかね?」
タクヤの提案に2人は喜んで賛成し、行きと同様にタクヤの運転で車は走り出した。
この病院は緑の多い郊外の中でも特にひと気の少ない丘の上にあったため、帰路についてもしばらくは他の車ともすれ違うことがなさそうな程真っ暗な道だった。
「でもさぁ、やっぱり期待はずれ感はあったよな〜。」
眉をひそめタクヤは悔しげに言った
「ま、俺は最初からそんなもんだと思ってたけど。」
ヨウスケは助手席から窓の外を眺めながら呟いた
「でも、あの笑い袋にはびっくりしたよ。ほんと誰が置いてったんだろ?!」
ちょうどヨウスケの真後ろにあたる後部座席に座っていたヒロシはやや興奮気味に言った
「さてね。そもそも引き出し開けなきゃ知らなかった訳だし、驚かすつもりにしちゃ消極的な感じじゃね?」
ハンドルを握るタクヤは前を見ながら言葉を返した。
「…くくっ。とか言いながらお前だって結構テンパってたじゃねえか。なぁぶっさん。」
小さく笑いをこぼしながらヨウスケはヒロシに振った
「そうそう、あの時のタクヤの顔凄い面白く…て…ぷっ…あはははは!」
ヒロシは口元に手を当て笑いを堪えようとしたがついには大声で笑い出した。
「だろ、笑えるよな?アッハッハッハ!」
普段滅多に感情を表に出さないヨウスケでさえ大声をあげて笑い出した事にタクヤは少し驚きながらも
「は!?ヨウスケはともかくぶっさんだってビビってただろ!」
と、視線はそのまま真っ直ぐ前に向けながらもムキになって2人に反論した
車内は2人の笑い声で充満した。
もちろん、タクヤは冗談でからかわれていることはわかっていたが一行に途切れる気配の無い2人の笑い声は徐々にタクヤを苛立たせ、それは怒りへと変わっていった。
そして…
「っるせぇな!いい加減黙れよ!!」
と、左を向いた瞬間タクヤは戦慄した…
カッと大きく見開かれた目は異常な程血走っており、首から上だけをタクヤの方に向けた2人が口元だけ満面の笑みを浮かべ笑い続けていた。
車内の笑い声はいつからか、病院で聞いた笑い袋の声へと変わっていた…
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