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拉致監禁、のちの換金



 不気味なクラーケン(巨大タコ)に護衛されながら進む船は、北から南へと進む。もう流氷は欠片も見あたらないし、私のフリッパーを撫でる風はかの地より随分と暖かい。私はゆったりと揺れる船の甲板でいつもの通りにごろりと寝そべっていた。魚の群にカモメがぎゃあぎゃあと群がっている。大陸棚が近いのか。


「なァー。足くれ」

《はいよろこんでぇぇ!》


 私の隣ではタコの足に飢えた男が自分の従えるクラーケン(巨大タコ)に足を強請っている。クラーケンは悦んで足をもいだ。居酒屋のかけ声なみの威勢のいい声があがる。


 ここで注目すべきは、“喜んで”足をもいだことじゃない。“悦んで”足をもいだのである。ここである。悦んでいるのである。

 つまり、このクラーケンはあの女帝の茨鞭(被虐趣味者生成鞭)によって立派な被虐趣味となっていた。あの鞭でバシバシやられると魅了されるというのは本当だったらしい。


 ――私の周りはマゾばっかりか!


 やめてくれよという私の叫びは青い空へと消えていき、青年はいそいそと貰った足を茹でてもらいに行っていた。クラーケンは時折、船に近づくホオジロザメをばりばりもしゃもしゃと豪快に頭からかじりついていたし、平和なものである。


 足をもいでも復活する足は便利だ。食料になるし気まぐれにスパスパ切るのもよい。最近はクラーケンがいるから必然的に船に近寄る無謀な奴も現れず、ゆえに私が暴れることもなく、少々欲求不満気味だ。


 空を飛ぶカモメをじっと見つめて、私は鳥になりたかったことを思い出した。いやまあ、ペンギンも鳥ですけども。

 ペンギンはとぶことを許されなかった鳥だけれど、今ではこの姿にも愛着がわいている。何よりフリッパーが気に入っている。


 数々の猛者を手に掛けてなお疼くことをやめない破壊力抜群のフリッパーである。はやく大陸の猛者を手に掛けてやりたいッ!

 私はそんなことを考えながら微睡んでいたのである……むにゃ。



***



 次に目覚めたのは魚臭い船室だった。

 船は南にいい加減進み、だんだんと気温も高まる中、魚臭いのは致命的だ。というか、生臭いのが致命的だ。鼻に痛い。辛い。もともとやたら魚臭くはあったし、漁船だとか何だったかとは聞き及んでいたけれども、この臭いはあんまりにもアレである……。イカ臭くないだけましなのかもしれない。いろんな意味で。


《お?》


 私の口から出てきたのは、ゲギョッ? という不可思議な声だったが勘違いしないでほしい。実際にいるペンギンの鳴き声を忠実に表したら誰だってこうなる。こうなるんだよ! 別に蛙の鳴き真似を失敗したわけではないのだ。見た目ほど可愛くないのがペンギンの鳴き声である。


 私は周りをきょろきょろと見渡す。見たことのない船室だ。


 私は夜の間だけ、あのマゾヒストと同じ船室にて睡眠をとることを強要されたが、この船室はあのマゾヒストの部屋とは違う。


 やたら広く、やたら暗く、やたら水の音が近い。それでもって魚臭い。なんだここは――と私は体を動かそうとして、自分の体が動かないことに気が付いた。忌々しいことに革のベルトのようなものがぐるぐると私を簀巻きにしていたのである。東京湾に捨てる気か! ここに東京はないが!


 なんだよー! ふざけんなよチクショー! と私は叫んだ。口から出てくるのはグエグエいうペンギンのやかましい声だけれども。


 わたしは縛られる趣味など持ち合わせていない。縛るなら私と同室の北国の純朴そうに見えてド変態な獣使いにしてやってほしい。あいつ喜ぶから。涎垂らして喜ぶから。尻尾あったら尻尾振るレベルだから。


 チッと舌を打つ代わりに私は思いきり嘴をならした。カツーン、ともの悲しい音が船室に木霊する。その音で部屋の様子がだいたいわかった。


 ペンギン――というか、海に生きる生物達の恐ろしいほどの力を知っているものは案外少ない。

 鯨やイルカ、そういった生き物に代表される能力として、“エコロケーション”なるものがある。自分で超音波を出し、出した超音波が何かにぶつかってかえってくると、返ってきた超音波で目標物まで後どれくらいの距離があるだとか、大体どんな形状をしているものなのかだとか、わりと詳しく分かるものなのである。


 ペンギンもその例に漏れていない。恐らくは(・・・・)


 ――私が断定しないのは、私のいた世界でペンギンの研究がほかの動物のそれよりあまり進んでいなかったからだ。さっきの例からするとペンギンは少し逸れてしまうが、ペンギン自体が超音波を出すことはなくても、何かの拍子に出来た音、あるいは自然に存在する電磁波? か何かで餌となる魚などを捕捉しているらしい、という研究結果までは残っていたはずだ――たぶん。

 なにしろ、人だったのは随分前だし、私が前世で蓄えていた知識も随分と野性的に消滅しているのだ。忘れただけだろとか言うヤツにはフリッパーを食らわせてやる!


 蓄えていた知識は、この体を持つことで知識ではなく能力として私の身についている。その中には当然のことながら、「持っていると思われていたが、実際には持ち得ていなかった能力」もあるし、「持っていないと思われていたが実際には有していた能力」もある。この場合は私の“エコロケーション”だろう。


 エコロケーション――つまり、自分で音を発し――まあ嘴をカツカツ鳴らすくらいが関の山だが――、その音が返ってくることであたりの様子を知る力を、私は得ていた。

 もしかしたらそれは元の世界のペンギンにはないもので、この世界に生まれついたペンギンにはあるものなのかもしれないが、私はややこしい話は嫌いだ! 出来るものは出来る! 出来ないものは出来ない! こっちにきてもペンギンは飛べないッ! 以上ッ!

 

 ということで、私はあたりが真っ暗でもそこがどんな船室なのかを詳細に把握できていた。ペンギンなめるなよ!


 ちなみに、こんな目に遭うのも初めてではない。私はまたかと革のベルトを引きちぎり、あたりに漂う異臭に顔をしかめた。

 魚臭い――と思っていたが、どうやら違う。魚臭いのは最後にこの部屋に入れられたものが魚だったからだろう。よく鼻をひくつかせれば、魚臭さの中に獣臭さを感じることも出来る。


 私は今の下僕――あのマゾヒストのことだが――に出会うまでは、しょっちゅう拉致監禁の憂き目にあっていた。拉致監禁、のちの換金である。換金される前にフリッパーの犠牲者を出すことしかしなかったけれども。珍しい鳥という認識だから仕方ないのかも知れないが、金に目のくらんだ人間とは愚かだ。私はそういう輩をこのフリッパーでボッコボコにしてきたのだ。今回もやってやるつもりである。


 ――さて、ここで必要なのは犯人推理だ――などと、きわめて人間的な思考をわたしがするとでも?


 否! 否である! 私のフリッパーが求めるのは破壊行為! それ即ちこの船に乗った人間すべてを叩き潰す行為!


 どうせしょっちゅう甲板にいた私にはこの閉じこめ事件の真犯人なんぞわかろうもない。いや、まともに考えればこの船の所有者、またはそれに近い人物であることは想像に難くないし――所有者くらいしかこの船室の存在など知らないだろう――やろうと思えばこの船室にかすかにただよう匂いで判別することも難しくない。だけど、そんなまどろっこしいことなど求めていないのである。


 私は皇帝ペンギンだ。皇帝とは常に傍若無人であらねばならない。


 ようするに、片っ端からボコってしまえば、いずれは私をこんな目に遭わせたヤツをボコることが出来るのである。罪のない人間? 知るかそんなもの! 私が慈しむのは鳥だけだ! そして今私は鳥類だ! 故に! 私は私を優先させる!




 ――そうして今、船室の扉をフリッパーで叩き壊した一匹のペンギンが、犠牲者を求めて船内をうろつき始めるのである。

 

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