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ペンギンとしての自覚



 こんな風景をどこかで見たな、と私は思った。真っ白くて、他に何にもなくて。ひたすらに暇で、でも何もやることがない。気が狂いそうだと思いながら私はマイコドリの求愛ダンスなどを試みてみたりもしたんだった。しかし人間の体ではあの俊敏な動きは無理がある。

 あのとき、私は転んだりしながらも何時間そんなことしていたのだろう。もしかしたら何日もそんなことをしていたのかもしれない。時間感覚は完全に狂っていた。頭も狂っていた。

 なんで死んだのかとか、せめてアンデスフラミンゴに会いたかったとか、そういうことを考えていたらあのとち狂った髪型の少年に出会ったんだった。赤モヒカンは無さすぎでしょ。


「……あれっ?」


 頭にふわふわと浮かぶとりとめのない思考。あんなこともあったな~、こんなこともあったな~、と考えるうちに、私はハッとした。


 もしかしてこれ、死後の世界なのでは!?


 龍の口のなかに突っ込んだとき、なんか妙に懐かしいなとか思ってしまったわけだけど──。今のこの状況を鑑みるにあのときとそっくりだ。多分また死んでしまったんじゃなかろうか。色々思い出して何だか思い出に浸ってしまったが、死んだあとのこれは走馬灯と言えるのだろうか。死んだあとに走馬灯を見たものの話は残ってないから、この現象に名前がつくことはこれからもずっとないんだろうけど。


「えええ……あれだけかっこつけて飛び込んだのに死んじゃう? 自ら食われにいったようなもんじゃん」


 ペンギンなら仲間に押されてシャチ辺りにぱくりと食べられる生涯を送ってみたかったな、と考えてから「シャチはもう私の下僕だったわ」と一人で呟いてしまった。食べてくれそうにはない。いや、逆に頼み込んだら食べてくれるのか?


 くそー! と私は地団駄を踏む。結局転生してもアンデスフラミンゴちゃんには会えなかったじゃないか! 何のために生まれ直したんだ! しかも飛びたくて鳥に転生希望したのに飛べない鳥に転生しちゃうし! ペンギンとして生きるのも楽しかったけど!


 ないわー、と赤ん坊のように五体を倒置しごろごろと転がる。【ママー、お菓子買ってよお!】のポーズだ。お菓子をねだる相手もこんなところにはいないんだけど。


 私が一人むなしく転がっていれば、見覚えのある鶏冠が視界をちらついた。真っ赤な鶏冠だ。それでもって──めちゃめちゃ凶悪な面構えだ。鳥に興味のない人なら「滅茶苦茶顔の怖いダチョウ」とでも言うかという顔。


「ヒクイドリ?」


 それにしては──と私は【ヒクイドリ】を見上げる。ヒクイドリにしては奇妙な配色だ。鶏冠は赤いし、顔と首回りの皮膚の色は鶏のような落ち着いたベージュ。私が知っているヒクイドリはその辺りの皮膚は青かったし、鶏冠のほうがベージュだった。

 珍しいヒクイドリだな……と私がその子を見つめていると、ヒクイドリは居心地悪そうに頭を振ったあと──。


「『もうこっちくんじゃねえよ』って言ったじゃんかよお……!!」


 一瞬の間をおいてあの──特徴的なあの真っ赤なモヒカンの少年の姿となった。ヒクイドリがでろんと溶けてから鶏少年の姿に再構成されたのはさすがの私もびびる。その上、何故か少年は泣きそうな顔でこっちを見ているのだ。いったい何があったんだと首をかしげてしまった。死んだことを嘆かれるほど深い付き合いはしていなかったはずである。ぼんじりを要求し、ぼんじりを搾取されるだけの関係だったはずだ。


「お前みたいな! 面倒なやつ! あれっきりだと思ってたのに!!!」


 先ほどのわたしなんか目じゃない勢いで鶏少年は地団駄を踏む。死んだことを嘆いてはいたが、私が予想していたような理由ではなかったらしい。あえて言うなら浅い付き合いだったからこそ、私の死を嘆いていたわけだ。『あれっきりだと思ってたのに!!!』という勢いのよさに彼の魂の叫びを感じる。

 ぼんじりを要求し、ぼんじりを搾取されるだけの関係だったからこそ嘆いているのだろう。失礼な少年である。


「また『死後の旅』?」

「──いいや。今回はもうちょっとめんどくさい! 前回は適当に送り出せば良かったのにな! まさかこんなめんどくさいことになるとは思ってなかったよ!」


 フン! と鶏少年はほっぺたを膨らましてそっぽを向いた。


「お前がこんなに無茶苦茶な生き物にならなかったら、俺だってケツ拭かされるようなことにならなかったんだからな!」

「どういうこと?」


 無茶苦茶な生き物──とはどういうことだろう。私はいたって普通のペンギンとして生きてきたというのに。熊を従え、狼を従え、普通の『皇帝ペンギン』として君臨してきただけなのに。


「あのな、普通の『ペンギン』は猛獣を従えたりしねえの! ペンギンとしての自覚が無さすぎるんだよ!」


 相変わらずの読心術だ。ひとの心を覗き見るなんて全くマナーがなっていない。親の顔を見てみたい。


「──むしろ俺たちが親みたいなもんなんだけど……」


 ぼそっと鶏少年が呟いた言葉は私には聞こえなかった。


「少年が文句を言うならこっちだって言いたいことたくさんあるんですけど!」


 傍若無人な鶏少年に私はヘドバンしながら近づく。「怖いからそれはやめて」と少年が一歩後ずさったので、私は譲歩の姿勢を見せた。足だけつついて終わりにしてやる。本当だったら胴を蜂の巣にしてやろうと思ってたとこだったんだけど。


「いってー!! 何なんだよ! ほんと何なんだよ! 『神』をつつくやつがあるか!? 罰当たりめ!」

「『神』は信じていないので……」


 『神』という存在を信じるものならば罰当たりだと思ったかもしれないが、あいにく私が信じるのは鳥と私自身のみだ。ぶっちゃけ赤いモヒカン少年を神などとは思えない。世紀末でヒャッハーしてる人ですと言われたら疑うことなく信じるけど。見た目って大事である


「『鳥にしてください!』って頼んでペンギンにする神があります? 鳥といったら普通飛べるものにしません!? しかもその上『ペンギンとしての自覚がない』って何!? ペンギンとして生きたのなんて今回が初めてだわ!! しかもこの世界で唯一のペンギンとかもう自覚なんか得られるわけなくない!? せめて仲間を作ってから言おうよ! 生徒が奇数しかいないのわかってて『ペア作ろうね~』って言う教師並みに無能!!!!」

「うるせえ!!! ペンギンが流暢に喋るんじゃない!!!」


 『神』などと言ったくせに論理的でもなんでもないただの暴言で私の言葉を一蹴し、そのうえまた無茶苦茶なことをいってくる。しゃべれるものは仕方ないだろう。そういうペンギンなんだから。


「くそっ……くそっ、お前たちがなんかよくわからんタコを食べさえしなきゃこんなことには……!」

「タコ?」


 クラーケンのことだろうか。そう聞く前に「そうだよ!」と少年はキレ倒した。あんまりキレるとその立派なとさかが抜け落ちるから気を付けた方が──と思っただけで「誰のせいだと思ってんだ!」と涙目で睨まれた。ひとに責任転嫁するのはよくないと思う。すべては私をペンギンに生まれ変わらせた自分の問題なのでは?


「ペンギンだって鳥だろうが……! くそっ、【破壊衝動】、【越境者】に【魔王の死(因果)】が揃っちまったじゃんかよ……監視役までつけてクソみたいな事態を防ごうとしてたのに……くっそー、本当にどうすんだよクソッタレ!」


 見た目通りのパンキッシュな暴言をはきまくり──こんなに滑らかに発言の隙間に『クソ』を滑り込ませてくる人間を私はしらない──鶏少年は「お陰でこの世界まで監視しなくちゃいけなくなったんだからな!」とやっぱり涙目だ。真っ赤なモヒカンの少年が涙目になってキレ倒すというのは少々シュールだ。


「折角封じ込められてたってのに……一回目覚めた以上、今回はもうケリ着けないとどうにもなんないしな……今回はどっち(・・・)を選んでも後々めんどくさいぞ……」


 うんうんと悩んだ少年は、しばらく考え込んだあとに「腹くくるしかないな」と私の方を向き直る。

 目が死んでる。


「とりあえず──」


 少年が何かを口にしかけたとき、まさしくそのタイミングで虎と見覚えのある青年が上から降ってきた。──暴君虎とマゾヒストだ。


「相棒────ッ!」


 マゾヒストが叫びながら落ちてくるのにビビったのだろう。うわーッ、と鶏少年が叫んだ。無理もない。鶏少年はビビりながらも降ってきた暴君虎とマゾヒストを避ける。危ないな! とマゾヒストにこぼしてから一緒に降ってきた暴君虎に「あれっ」と声を漏らした。


「お前もまた(・・)来たのか」

「──息子を助けるためにね」


 暴君虎はちらりとマゾヒストの方を伺ってから言葉を発した。えっ俺? などと間抜けな声が聞こえる。私もそっち? と口にしそうになってしまったが──。とうぜんのことながらそんなわけはない。


「ははあん。お前、【勇者】の母親だったのか。だから獣の姿となっても蘇りたかったんだな?」

「そうよ。だから私はあの少女と一緒に旅をすると決めたの。あの子が貴方の指令を受けたのを知っていたから。──『魔王復活の阻止』のことよ」


 マゾヒストはきょとんとした顔で話の行く先を見守っている。「やっぱりおばさんだったんだ」と口にしたのは私にしか聞こえていないはずだ。それから思い出したように「虎がしゃべってる……」などと呆然とし始めた。その反応遅くない? というか知ってるおばさんが虎になってた方がびっくりしない?


「この子とそこの鳥を元のあの場所に返して。夫の不始末は私がつけるわ。……私なら【越境者】ではないし、これ以上この世界に恨みを持つこともない。魔王にはならない」

「無理だね」


 鶏少年はきっぱりと言い切った。


「獣になってまで息子を助けようとした……そんな執着を持ったお前が、夫を手にかけてまともでいられるはずはない。確かに今回は(・・・・)お前には魔王に為る条件のうち一つが欠けているから、【魔王にはならない】という点においては正しいけれど」

「どういう意味……!」

「……残念だが、【魔王】はこの世から消すことはできないんだ。お前が自分の夫を手にかけたとして、絶対に次が生まれる。お前が魔王を倒した場合、恐らく次はお前の息子だろうよ。母親が父親を殺すなんて最悪の悪夢だろ」


 この世を恨むなんてもんじゃないだろうなと鶏少年は語る。


「だから俺は監視し続けてたんだよ。ベストな【共存方法】が『無効化して監視役を立てる』或いは『破壊衝動から為る自我の忘却を防ぐ』だから……。後者は無理と言っていい。破壊衝動を抱えたまま正気でいられるやつなんかいない」


 だからこそ現状維持(封印)していたかったんだよ! と鶏少年はマゾヒストと私を睨み付ける。が、ガンの付け方だったら私とマゾヒストの方がずっと上だ。

 現に、急に難癖をつけられた形となったマゾヒストが「あ?」と睨み付けたところ──鶏少年はそっと目をそらした。猿には有効だが、そんなもので雪国の誇るマゾヒストは引いてくれたりはしない。人間は猿から進化したのだ。目をそらしたくらいで引くほど賢くない。


「なんでそんな偉そうなこと言ってんだよこのモヒカンは」

「『神』にガンをつけるなっ」

「こんなファンキーな髪型した神がいるもんか」


 とりあえずここから出せ──早く出せ──とマゾヒストは自称神を掴みあげ、チンピラのようにがくがくと揺さぶった。


「俺を魔王にしろ。それが一番うまく収まる」

「現時点でひとを脅してるやつの言葉なんか信用できねえよ!!!」

「自称神の方が信用できねえよ」


 マゾヒストに比べればずっと短い手足をばたばたとさせて、鶏少年は何とか逃げようと試みるものの──すばしっこい生き物を相手に相撲やら寒中水泳やらを嗜んできたマゾヒストがそんな抵抗でどうにかなるわけもない。少年の虚しい抵抗をサディスティックに眺めながら、「モヒカン引っこ抜いても良いんだぞ」などといい始めた。何をいっているのかよくわからない。


「わかったっ、わかったから! 出せばいいんだろ!」

「そうだよ。それでもって俺が魔王になれるように協力しろ」

「それは無理だ!」

「やってみなきゃわかんねえだろうが」

「俺がどうこうできるようなことじゃない! お前たちはあのタコを食べたろ。この場合、【覇過多の死王(クラーケン)】のかけらを宿したお前たち二人のどっち(・・・)がとどめをさしたか。それによって変わってくるんだよ。お前たちが今のところ一番魔王に近いんだから! とどめを刺した方が【魔王】になるんだっての!」


 鶏少年の必死の叫びに、「どっち(・・・)か?」とマゾヒストが引っ掛かった顔をした。


「お前、それは俺と誰をさす言葉だ?」

「お前の他にタコ食ったやつを思い出せよ! このマゾ!」


 ここぞとばかりに少年が煽る。悪口に捻りがない。

 マゾヒストは無言で少年に頭突きした。


「クソッ……マゾヒストが頭突きするとか聞いてねえよ……される方側だろ……!」


 マゾヒストは人間をシャチに食わせようとしたこともあるのだ。頭突きくらい朝飯前だろう。

 マゾヒストは今まで見せたこともないような顔で尻餅をついた鶏少年を見下ろす。


「相棒もその枠(・・・)に──」


 バチッ。


 マゾヒストがその続きを口にする前に私はマゾヒストの脛を打った。痛みに悶えるマゾヒストは普段通りにうっとりとしている。自称神の鶏少年はそれを見て「手遅れだ……」と呟いて引いていた。今度からマゾヒストを『神に見放された男』と呼んでもいいかもしれない。手遅れなのはもう重々承知の上だ。


 ──良いからもう、ここから出してよ。あとは私が叩きのめすから。


 読心術を使えるのならと私は鶏少年にそう心の中で呟いた。マゾヒストの前では人語を操りたくなかったのだ。意思疏通ができるなどと知られたら面倒なことこの上ない。

 鶏少年は迷ったように私とマゾヒストを交互に見て、「博打打つしかねえな」と諦めたように呟いた。


「マゾの魔王が爆誕するか、太った怪鳥が君臨するか……どっちに転んでも格好つかないな……」


 ──格好の問題じゃなくない?


 私のそんなツッコミが聞こえていたのかどうか。鶏少年は疲れきったため息を吐くと、「うまくやれよ」と小さく呟いた。






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