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マゾの本望



「……おかしいわね」


 私のとなりにいる【獣使い】の女性がぼそりと呟く。彼女の言いたいことは私にも理解できていた。無数の生き物の気配を感じながら歩く洞窟は、ひどく広く感じられる。


「本当ならここにはいないはずの生き物まで……? 何か起こっているのかしら」


 角の生えた狼が、私たちのとなりを走っていく。こちらには目もくれない。魔物(モンスター)にしては珍しいことのように私には思える。もしここが彼らの縄張りの範囲内ならば、襲われても不思議ではないからだ。


 私たちは、【覇過多の死王(はかたのしおう)】が消えてしまった泉をあとに、とりあえず洞窟から出よう――という結論を出した。考えていてもどうにもならない問題だし、それに対処できる人間がいるとも思えない。私の隣の【獣使い】の女性は一線から退いてしまったのだろうし、あの痛いのが大好きな変わり者の青年が対処できるとも……思えない。


「角狼は……本来なら、森にいるはずなのよ。ここに来る前にすこし見えたかしら? 針葉樹の、あの森よ」

「ああ……雪で大分埋まってしまったように見えましたけど、あそこですか」

「そうなの。……本当なら、あそこで……熊や他の動物と共に暮らしているはずなのよ」


 野性動物にしては珍しいことかもしれないけれど、と女性は口にした。


「この地の動物は珍しいの。お互いに助け合って狩りもするし、種族を違えてもじゃれあったりね。息子の相棒を知っているでしょう?」


 あのぷっくりした鳥か、と私は頷く。見たこともないかたちの、飛べない鳥だ。珍しいからと、何度も密猟者に狙われていたことはあの青年から聞いている。が、それがこの地の動物とどう関わってくるのだろう。洞窟のなかをひたひたと歩きながら、女性は穏やかな笑みを口許に浮かべた。


「あの子がね、この地の動物の一番上にいたみたいなの。要するにボスね。……息子があの子を家に連れ帰っても、たまに動物たちの様子を見に行っていたみたい。森にいくたびにあの子が他の動物に囲まれていたのを、私は忘れないわ。きっと慕われているのよ……最初は良い獲物に思われているのかと焦ったけれど」


 ぽろっとこぼされた本音にそれはそうだなと私も頷く。あれはどうみても捕食者ではなく、捕食される側の動物にしか見えない。あの見た目であれほど暴れまわり、暴虐の限りを尽くす動物を私はあの鳥しか知らない。もはや鳥なのかどうかも疑わしい。


「だからこそ、こんなに動物が焦ったように、統率を欠いて森からこちらに来るなんておかしくて仕方がないのよ……あの【おでぶちゃん】がいなくても、彼らは一定の統率を保っていた。貴女、森までついてきてくれるかしら?」


 あそこに何かがあるはずなの、と女性は口にする。覇過多の死王は良いんですかと聞いたわたしに、女性は自信ありげに笑みを浮かべた。


「私ね、勘は良いのよ」


 森にいけばすべてが丸く収まる気がしているのだと、そのひとはどんどんと洞窟のなかを進んでいく。外へ出ようとする私たちの隣を、狼がまた走っていった。



***



 ドラゴンは未だに俺の相棒に首をがっつりやられている。手の出し方に悩むなこれ!


 なかば見守ることしかできない俺の目の前で、相棒は怒濤の猛攻をドラゴンの首に仕掛けている。嘴がこんなにも危ないものだったなんて俺はしらなかった。もっと早く教えてくれていたらその痛みを堪能できたろうに……。残念である。

 その話は置いておくとしても、こんなにアグレッシブな鳥類と出会うなんて、さしものドラゴンも思ってはいなかっただろう。運が悪いといってしまえばそれまでだが、それにしたって運が悪すぎる。

 もしかしてこれ放っておいても丸く収まるんじゃね? などと考えてしまいそうになるが、さすがにそうは問屋が卸さないだろう。ぶんぶんと頭を降りたくるドラゴンは必死だ。相棒がまだ地面に落ちていないのが不思議なくらいで。手にした鞭を強く握り、俺はドラゴンを睨みあげる。やっぱデカいな!


 ドラゴンの胸の辺りに埋まっている、ひとのようなものをじっと見つめた。やっぱりあれは気になる。あれは何なのだろうか。


「あとで考えるか……」


 今はこのバカでかいのをどうにかすることを考えなくちゃいけないだろう。鞭の有効範囲と相手の攻撃範囲とを考慮しつつ、俺は出来るだけ迅速にそのドラゴンへと近づく。見れば見るほどでかくて、何で今まで気づかなかったんだろうかという感じだ。こんなのが森にいたなら、絶対気づく。どこから湧いて出たんだよお前――というのが本音だ。


 もう一度、鞭をぎゅっと握りしめた。久しぶりに帰ってきた故郷はやっぱり寒くて、雪の降り積もる大地は動きにくいけれど、それがいい。寒さは頭を冷やすのにちょうどいいし、柔らかい雪のなかなら、倒れこんでも受け止めてくれるのを俺は知ってる。


「まあとりあえず……」


 血のように真っ赤な鞭を振るって、俺はにんまりと唇がつり上がるのを感じている。

 ここまで大きな生き物に出会うのは初めてだし、相棒にガツガツやられてまだ動いている生き物も珍しい。狙いを定めて、俺は鞭の先端をドラゴンの腹部――正確には、埋まっている人らしきものの顔面にぶち当てた。


 形容しがたい禍々しさのある呻き声が上がって、俺は思わず顔をしかめる。どんだけ禍々しいかっていうと、二日酔いのあとのおっさんどもの呻き声を数倍でかくした感じだろうか。恐ろしさより吐き気とか頭痛とか、そういったものを喚起させる呻き声だった。まあ簡単にいうと貰いゲロ寸前って感じ。呻き声半端ねえな!


 呻き声だけで吐き気を催すドラゴンがいるとはつゆほども思わなかったけど、昔、噂話に聞いたドラゴンは鳴き声だけで相手を動けなくさせたとかいうし、身体の自由を奪われないだけまだまだましだろう。それにほら、不快感もなれれば快感になってくるし。目が回りそうなほどの頭痛もなかなかに気持ちいいな。クセになりそうだ。


 続けて二度三度と鞭でひっぱたく。鱗のある部分は当然のように堅く、鞭でも引き裂けることはなかったが、埋まってる人っぽい部分は別だった。弱点なのかなんなのか知らないが、弱いところを丸出しで生きているところにこいつの間抜けさを垣間見る。

 しかし、一向にドラゴンが倒れる気配はなかった。相棒もクラーケンも相変わらず背中の上で健闘しているというのに、ドラゴンは呻き声をあげてこちらの貰いゲロを誘うのみだ。なんだこいつ。もっと本気でかかってこいよ!


 おかしいと思いながらも攻撃を続け、通算にして十三回目の鞭によるビンタが人っぽい部分の面にぶち当たったときだった。


 ――ヴェェェェェ!!!


 ついに怒ったのか何なのか、ドラゴンが大きく呻きだす。きったねー鳴き声だなと思いながら後ろへと下がり、ドラゴンの次の動きを待った。その間も俺の相棒は首筋をカツカツしている。流石すぎた。動じていない。


 きったねー声で鳴いたわりには変化もない……と、俺が油断したときだった。


「……な、んだ……これ……?」


 自分の意に反して、膝ががくりと崩れていく。身体中から力が抜けていったのか、握りしめていたはずの鞭が地面に落ちた。真っ白な雪に真っ赤な鞭が、どこか血のようにすら見えてくる。こんなところで膝をつくわけにはいかないと、足を踏ん張っても意味はなかった。


 白く、大きく、平たい龍の足が眼前に迫る。このまま潰れたら俺はどうなるのだろう? 八百屋でのあの一幕を思いだし、俺は知らずに口許に笑みを浮かべていた。あの八百屋で床に広がっていたのは、つぶれた野菜たちだ。ぐちゃりと踏みしめられたそれらからは、びちゃびちゃと汁が飛び散って。


「せめて頭は潰してくれるなよ……」


 一生に一度の激痛を味わう機会なのだから。感覚だけは残しておいてくれ、と迫る龍の足に願った。










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