マッシュドラゴン
雪に紛れ込みそうな白い体、それから大きなその姿。胸の辺りに人のような形をした何かが埋もれていたけれど、あれは何だろうか。あんなのは俺の知ってる図鑑には載ってなかったし、新種のドラゴンかな――などと思いながら、ドラゴンの背に乗った相棒を見上げる。すげえ。ドラゴンの上に君臨してる。しかもめっちゃ嘴でカツカツしてるー!!
べりべり鱗むいてるのもいるし! 何なんだ! ドラゴン相手に遠慮なさすぎないか!? しかも地道だ! というかドラゴンの鱗ってあんなに簡単に剥がれていいものなのか!? 親父のカツラより簡単に剥がれてるぞ!
しかし、生まれてはじめて見たドラゴンが新種かもしれないなんて凄くないか。しかもそのドラゴンの上に俺の相棒が乗っかってるなんてさらに凄くないか。飛べもしないのにどうやってあそこまでたどり着いたというんだ。登ったのか。まさかとは思うけど登ったのか。凄いな。さすが相棒。
近くにいる……見た目は熊っぽいけど、イカみたいにうねうねした腕で鱗を投げているのはおそらくあのクラーケンだろう。よくわからないが、あのクラーケンは体を変えることができていた。生命の神秘ってこういうことをいうのかもしれない。あんな変な生き物は、正直見たことがなかった。ダントツで変なのっていまのところ、ぶっちぎりで俺の相棒だけども。
俺が食べたはずなのに、ジャングルでちゃっかり生き返ってきてたりしたから……ほんとに何なんだろうか。疑問はつきないが、まあそういう生き物なのだろう。世の中には飛べないくせにメチャクチャ強い鳥もいるわけだし、気にしてたらキリが無さそうだ。
――というか、ぶっちゃけた話、こんな状況でそんなことは気にしていられない。
目の前にいる白いドラゴンは、俺が今まで見てきた生き物の中で一番大きい。上に乗っている相棒が、まるで麦の粒のようだった。一目見て不味いなと思った。
俺は心配を込めた眼差しで相棒を見上げ――。
狂ったように嘴を叩き付け続ける相棒に、思わず無言になってしまう。蟻がライオンを襲っている。そんな気分だった。いや、蟻ならまだましかもしれない……。う、うーん……?
なんというか、場所取りが完璧すぎる。いくらドラゴンと言えど、自分の背中に乗られてしまっては為す術もないだろう。頑張って首を伸ばして噛みつこうとしてるのがかわいそうに見えてくる。ドラゴンも結構大変なんだな……。
身体を揺らすことで振り落としにかかるくらいしか手だてがなさそうだけれど、揺れるドラゴンの上でもなぜだか相棒はエクセレントなバランス感覚で頭を垂直に振り下ろし続けている。どっかで見たことあるぞあの動き……。あれだな、母さんがゆでたジャガイモをひたすら無心で潰しているときの手の動きに似ている。「ずいぶん力を入れて潰してるんだね」と聞いたときに「お父さんの顔を思い浮かべるのがコツよ」と言われたのを、俺は多分忘れない。
繰り返される上下運動!
潰れゆく対象物!!
破壊することだけを目的とした動き!!!
新種っぽいドラゴンがマッシュなポテトと同類になる前に止めとこう……と俺は思った。どうみても不味い。相棒とタコではなく、このドラゴンの方が。新種をここで潰すのはどうなんだろうか。それはさすがに止めておきたい。ドラゴンはミンチにしてハンバーグにしても、あんまり美味しそうには思えないし。
「俺も混ぜろよ!」
声をできるだけ張り上げて、相棒たちの注意を引いた。
――おおっと、ドラゴンの注意もバッチリ引いてしまった。モテるって辛いな!
見上げたドラゴンはやはりでかくて、胸辺りに埋まる人の姿に嫌でも目がいく。アレは何なのか、と考える前に眼前にでかい足か迫った。あぶねえな! と思いながら後ろへと跳ねる。
危うくスタンプされるところだった……。
踏まれるのはそりゃ大好きだけど、即死判定がつきかねないのとアザがつきかねないのとじゃ全然違う。アザの方がいいに決まってる。青く残ったアザをぐりぐりして、何とも言えない痛みにちょっとにやっとしちゃったりして、だんだんと薄まっていくアザと痛みに寂寥感を覚えるのがマゾのたしなみじゃないのか。
一瞬で終わる痛みは痛みにあらず。痛め付けるなら生涯保証で半永久的に与えてほしいものだ。
「……混ぜる気はなさそうだな?」
俺だって相棒につつかれたい! 嘴で抉られたい! 痛みに体を震わせながらあの体を抱き締めたいッ!
なのに相棒の嘴を独り占めするなんて。そんなのはあんまりじゃないか。そこを変わってくれ。
そういう下心とか欲望とか、その他たくさんの思いと願いと煩悩をこめてドラゴンを見上げたけれど、ドラゴンには俺の気持ちは通じなかったようだ。
ならば、仕方ない。
混ぜてもくれないなら、こっちにだって考えがある。
振り向いてもくれないのなら、振り向かせるのが男ってもんだ。
「……こんなところで暴れやがって」
俺がここへ来る間に何本もの木が倒れていたのは、きっとこの大きなドラゴンのせいだろう。ドラゴンがこんなところに現れたせいかどうかはしらないが、森のなかに住んでいるはずの動物たちがごっそりいなくなっていたのは心配だった。究極熊も、角狼も、トナカイも。俺が小さいときに遊んでもらっていた動物たちが消えてしまった森のなかは、いつもよりずっと静かでつまらない。
「居座ってるショバ代は払ってもらうからな……!」
ここは、俺の相棒が育った場所でもある。だから、滅茶苦茶にさせるわけにはいかないのだ。――【相棒】として。




