何故のぼるのか――。そこに龍がいるからだ。
突っ込んでくる雪山を真ん前に見据え、私はしばし呆然としていた。
誰だって呆然とすると思う。トラックなんぞとは訳が違う。まず大きい。とんでもなく大きいし、第一――。
《ほんとに埋まってる……!》
雪山の中腹、たとえて言うなら四合目あたりに――大きな人の体が半分ほど埋まっていた。
角狼たちからそんな報告は聞いていたけれど、実際に見てみるとその異形さに身が震える。
たぶん、と私は心の中だけでつぶやいていた。
角狼たちはさらりと「ちょっと変」、などと口にしていたが、それは魔物から見て「ちょっと変」だっただけだ。
私のように少しでも人間になじんでいればわかる。私の価値感を基準にものをいうなら、あれはもう間違いなく「すっごく変」だ。
人の手がほとんど入っていないアフリカの広大なサバンナを、ゴスロリでキめた三十代半ばのおっさんが人力車で爆走するくらい変だ。
漠然と、この世のものではないことを理解した。
三十を過ぎたゴスロリ人力車なおっさんはこの世のものであっちゃいけない……。あの世のお使いに違いない。
雪山のように見えていたそれだが、近づいてくるごとにその詳細が否応なしに視覚へと叩き込まれていく。
白い翅、うろこに覆われたからだ、そして大きな龍の頭。
人の体は龍の胸あたりに埋め込まれていて、二日酔いの後のサラリーマンのようにぐったりとうなだれている。
《うわ、思ってたよりも大きいですね》
《龍ってこんなに大きいものなんだ。初めて見るけど、すごく目立つね》
雪に溶け込むようにうろこは白いけれど、この規格外の大きさだと、すぐにほかの生き物に見つかってしまうだろうし――こんなものを、あのマゾヒストの両親が見過ごしているとは思えない。
あのツッパリリーゼントもどきの角狼の言う通り、どこかから湧いてきたのだろうか。
《踏みつぶされたら死んじゃいますね、この大きさだと》
《タコ煎餅にならないようにね!》
その昔、私が人だったころに一歳年上の友人と関東の方にある観光地に行ったことがあるのだが――。
そこで見た『タコ煎餅』はえぐかった。
生きたタコを熱した鉄板の上にぽいと放り――その上からまた鉄板をのせてプレスするのだ。
鉄板から少し出ていた足がうにょうにょと動くのを、その足が少しずつ勢いをなくしていくのを、次に鉄板を持ち上げたときにはぺったんこになったタコがいたのを――私は忘れない。大変おいしゅうございました。
友人はそれに少々ショックを受けていたようだったが、おいしいものなんてそんなものだ。
ハンバーグだって牛をミンチにするところから始まるし、あんなにおいしい鳥のぼんじりも、鳥をしめるところから始まる。
私の野望だって、犠牲という名の決定事項から始まるのだ。
目の前に立ちふさがる雪山だのドラゴンだの、そんなのはどうだっていい!
偉大なアルピニストはこういったというじゃないか。
《そこに山があるならッ! 登るッ!》
……なんだかいろいろ間違えた感じはする。
***
吐く息は途方もなく白く、同じように白い雪景色の中に溶けていく。
冷え切りすぎて耳が取れてしまいそうな寒さの中で、俺は相棒の姿を探していた。
八百屋のやくざ店主――じゃなくて勇者店主の八百屋から、よちよちと外に出ていったのはちゃんと見ていたし、特に気になることでもなかったんだけれど――。
(なァんか、やな予感がするんだよなあ)
どう形容していいのかはわからないが、何とも言えない胸騒ぎのようなものがさっきからしてならない。
母さんがあの子を引き連れての洞窟に行ったっていうのも気になるし。
それから、親父に聞かされたあの話もやたら胸に突っかかった。
魔王が何だったのか。
親父やおふくろが何をしたのか。
どうしてこんな辺鄙な場所に、わざわざ【隠居】したのか。
――聞くべきじゃなかったのかもしれない。知るべきではなかったのかもしれない。
聞いてしまったからには、俺は行動しなきゃいけないだろう。あいつの友人として。
親父が口にしたのは、俺みたいな青二才の餓鬼にはちょっと受け止めづらい話だった。
それを知っていて話すのが親父の悪いところだし、同時に優しいところでもあるのだと思う。
【罪】を話さえしなければ、親父たちは英雄でいられるはずだ。
少なくとも、何も知らなかった頃の俺にとっては英雄だった。
俺は世界を救った英雄の子供としてこの世に産まれたし、英雄の子供として生きてきた――というわけではなかったかもしれない。きっと、どこにでもいる少年だったはずだ。
ただ、両親と同じように動物を好きになった少年として、地域の皆様には生暖かく見守ってもらっていた……はずだ。おそらく。多分。トドと一緒に寒中水泳をしようとしたら止められたりもしたけど。
俺が自由に自然を駆け巡っていられたのは親譲りの頑健さがあったからこそだし、動物と親しくなれたのも親のおかげの部分がある。
だから、俺にとっては――どんな親でも英雄だった。
酒をたらふく飲んだ挙句、全裸で外に飛び出し凍死しかかってた親父でも、鞭を持たせてハイヒールを履かせたら誰よりも女王様な母親でも。
――『結果的に言えば、殺人だ。……いや、何を言おうとあれは殺人だった。俺たちは仲間を殺した』。
魔王となった友人を、この地に封じたことを――親父は『人殺しだった』と語った。
自分の仲間を手にかけたあの瞬間のことは忘れられないと。
『越境者』としての立場を、運命をどれほど憎んだかしれないと。
――『俺たちがあいつを封じ込めたとき、あいつには息子がいたんだよ』。
聞きたくもない話だった。聞かなきゃよかった。
それが誰を指すのかなんて、言われなくてもわかってしまったから。
あいつは、自分の父親がなぜ死んだのかなんて知らないんだろう。
だから「魔王になってみるのも楽しいんじゃねえか」と俺に言えたし、「なんなら手伝ってやるよ」とも言えたんだ。
以前魔王になりかけたのはあいつの親父で。
親父と母さんはその人を封じていて。
こんな辺鄙なところに住んでいるのは、友人の忘れ形見のあいつの成長を見守るためで。
繰り返すのだろうか、と漠然と思った。
“この世に産まれた破壊衝動”として、あいつの父親が魔王となりかけたなら、あいつもまた【越境者】の血を引いているのだろう。
“この世に産まれた破壊衝動”と成りうるのは【越境者】しかいないと親父が言っていたから。
もし、それが本当なら――俺はもちろん、あいつだって魔王になる可能性があるわけで。
そんなことにはなっちゃいけないと思った。
繰り返すわけにはいかないと思った。
あんなに破天荒だし、人んちの箪笥を勝手に開けたりツボを割ったりするようなやつだ。
でも、俺にとっては友人だ。
友人を手にかけた、という言葉の意味は、俺には受け止めきれないほど重かった。
受け止めきれないなら――受け止めるような状況を作らなければいい。
俺は一介の獣使いであって、英雄になる気もない。
獣使いにとってなくてはならないのは――相棒だ。
相棒を見つけてから、俺は洞窟に向かおうと決めていた。
魔王となりうるエネルギー、【覇過多の死王】を一度目に焼き付けておこうと思った。
それが何であるのか、どんなものであるのか――。
動物を理解するときにも必要なことだ。
理解なくして力の行使はできない。
相棒なら森にいるはずだ。
そう思って森にきた俺の判断は正しかったんだと思う、けど。
「冗談はデカさだけにしろって……!」
俺が森に足を踏み入れたとき、森ではとんでもないことが起こっていた。
とりあえず今の俺の視界に映っているのは――。
何やら馬鹿でかくて白い生き物と――。
それによじのぼって翼もどきを叩き付けている、俺の相棒の姿だった。