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雪の舞い散る森の中

 家に帰った俺を出迎えたのは、虎相手にでれでれとしたしまりのない顔を見せる親父だった。

 赤ちゃんに話しかけるような口調で虎の喉をわしゃわしゃとなでている親父は端から見れば不気味だが、この家では普通である。ただ、気位の高い暴君虎にそんなことが出来てしまうあたり、親父の獣使いとしてのスキルが伺える。

 本来なら、頭をまるっと噛まれてもおかしくないような行為だが――虎の方も、親父に撫でられているのが気持ちいいのだろう。大きな猫のようにごろごろとのどを鳴らしていた――虎の威厳はどこへ。カムバック威厳。


「親父、あの子と母さんは?」

「ん? ……ああ、洞窟に行ったぜ。――あの子、魔王退治に躍起になってるらしいじゃねえか」

「あ、何。聞いたんだ」

「どっちかってーと、“聞かれた”だな」


 ほほう。

 つまりあの女の子は母さんや親父に面と向かって魔王退治のコツでも聞いたのか。

 幼い頃、寝物語に俺がそんな話を持ち出したときは、母さんも親父も、二人とも何も答えてくれなかったというのに。

 歳を取ると色々としまりが無くなってくるというが、口もゆるみ始めるのか? まずい、これは戸を建てねば。このまま口が緩み始めたら俺の幼き日のあんなことやこんなことがばらされてしまうのでは――と思う前にもうばらされてるんだよな、こういうのって。

 昔片想いしてた白い狐の目の前で「この子あんたに惚れてるんだってぇ」などと母親にばらされたときの屈辱といったら……。あれからあの白い狐は俺に寄り付かなくなったんだ。今から思えば懐かしい思い出だけど。


「いやあ、こんなに毛並みの良い虎を撫でさせてくれるとあっちゃあ……なあ?」


 ほほう。

 歳のせいではなかったか。そんな理由でぽろっと話してよかったものなのか。それで良いのか俺の親。

 もう少し重々しい理由で話してほしかったです!


「――と、まあ……ふざけた話はおいておくとして、だな。お前、何でこっちに戻ってきたんだ? やっぱりあの子か。何か、話でも聞いたんだな?」

「うん……まあ、そんなところかな」

「だと思ったぜ。――こんな日が、いつかは来んだろうなと思ってたけどよ。母さんがあの子をつれて洞窟に入った理由はな、俺たちが昔犯した罪を償う為さ」

「えっ」


 重々しい理由でといったけど、そんな重さは求めてなかった!!

 俺は熊がのしかかってくる程度の重さを求めていたのに、うっかりふくよかなおばさんに全力のボディプレスを食らったような気分だ。死ぬ。息が詰まる。


 聞かされたものは思っていたよりも重々しくて――開いた口がふさがらなかった。昔犯した罪ってなんだそれ。きいてないぞ。なにをしたんだ二人とも。犯罪者の息子だったのか俺は。犯罪者はあの幼なじみだけにとどめておいてほしかった!


「昔犯した罪――って」

「もうそろそろ、お前にも話しておくべきかと思ってな――お前があの子から“越境者”の話を聞いたなら、なおさら」


 静かに語り出した親父の傍ら、あの女の子の虎がじっと俺を見ている。

 心配そうに、どこか張りつめた雰囲気で。

 その頭を撫でながら、俺はぼんやりと思った。

 ――そういえば、俺の相棒はどこに行ったのだろう。




***




 見渡す限り真っ白だ。いや、分かり切ってはいたんだけども。

 森に入った私とクラーケンは、のろのろと森を歩いて回った。私には懐かしく、クラーケンには初めてのはずの景色。視線の遥か先には降り積もった雪が山のように積もっていて、なんだか壮大だ。

 この地では雪が山のように積もるのが冬の風物詩ではあるのだけれど、ここまで降るとなると風情だの風物詩だのを置いてきぼりにして【風物死】と言ったって良さそうだ。寒さと雪の量で死ぬ。私ですら少し寒いと思うほど気温は低いし、なんだか例年に比べて雪の量も多い気がする。

 まさかこんな森の中を歩くような人間はいやしないだろうが、いたら遭難確定だろう。そして雪にまみれて永遠の眠りに直行だ。雪国の冬とはかくも残酷なのである。


 雪が重くのし掛かり、たわむ木の枝や、木であったかどうかすらわからないほど白い雪に覆われてしまった針葉樹。まるで前衛的なオブジェのようで――。


《とりゃっ》


 私たちはそんな前衛的オブジェに全力で突きを入れていた。もう一度言おう。全力で突きを入れていた。


何故かと問われれば、「炙り出し」のためだ、と私は答えよう。


これだけ大騒ぎをしているのだ、森を一時的にでも支配しているドラゴンとやらが気づかないはずがない。出来るだけ大きい音をたてて木を倒さねば。

使いなれたフリッパーも絶好調だ。今ならサラリーマンの腕なんてケチなことは言わない。電信柱も折れそうな勢いである。残念ながらこの世界には電信柱はないけれど。


 舞い散るどころかぶっとぶ雪、折れて飛んでいく枝。環境破壊だと怒られかねない状況だが、どうかわかっていただきたい! これはこの土地の生態系を守るための行動なのだとッ! 決してストレス発散のための行動ではないのである。繰り返す、これはストレス発散ではないのである! 大事なことは二回繰り返すッ!


 わたしの世界の暴走ブルドーザーもかくや、というような勢いで木をなぎ倒せば、だんだんと気分が高揚してくるのがわかる。早くこのフリッパーに、木ではなくもっと別のものを当ててやりたい。さあ! はやく!

 気分は完全に妖刀に飲まれちゃった系の危ない人だが、残念ながらわたしにはまだ理性が残っている。さらにいうなら素面である。未成年だったので酒に酔ったことはない。自分に酔ったことはあったけどね!


 さあ、素面でも酔ったようなテンションのやつの恐ろしさを思い知らせてやろう……!


 とはいえ、これ以上森にダメージを与えるわけには、とあたりを見回す。この土地の生態系を守るために環境を破壊するのは忍びない。たとえ、それがあまり動物を見かけない雪国であってもだ。そしてそこにすむ動物たちが軒並みマゾであったとしてもだ……!! 


 他になにか大暴れできるものはないか――。


 きょろきょろとあたりを見渡し、私はある異変に気がついた。


《……見間違いだったら遠慮なく言ってほしいんだけど》

《ええ? なにかあったんですか?》

《あそこの……雪の山みたいなやつ、こっちに向かってきてない?》


 私が指差したのは、視界の遥か先にあったあの雪山だ。木をぶち倒すのに気を取られていたせいで今の今まで気づかなかったが――どうみても、近づいてきている。


《……ううん、確かに言われてみれば近づいているような気も……いやでも雪が動くなんて。そんなのタコが熊に変身するくらいありえないですよ》

《……じゃあ、やっぱり動いてるんだろうなあ》


 自分のことを棚どころか屋根にあげるような勢いでそう言ったクラーケンに私は白い目を向けることしかできなかった。

 何でですかとクラーケンは妙に食い下がったが、今の自分をよく考えてほしいと思う。まさしくもって今のお前だよと鏡を突きつけてやりたいところだが、あいにく冬の森に鏡などはない。


《まって、あの雪すごい勢いでこっちに近づいてない!?》


 私とクラーケンがどうしようもない話をしている間に、雪の山みたいな固まりはぐんぐんと速度をあげてこちらに近づいていた。





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