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里帰り


 ボタン連打で名付けされた勇者のような呼び方で、私を【(あね)さん】と呼んだのは、よく知った顔の私の配下だった。

 まだ幼い少年だった頃のマゾヒストに、私が拉致されたときに――さらわれていく私の姿を見送ったあの角狼である。

 角狼は私の姿を見つけるなり一目散に私に向かって飛びついてこようとしたが――やめろその角が私に刺さるッ!


 太った鳥には似つかわしくない軽快なステップを踏み、闘牛士よろしくひらりとその突進をかわした私。

 雪に頭から突っ込んでいった角狼を生暖かい目で見守りつつ、ヤツが雪から頭を引き抜くのを待った。


《姐さぁぁん……!! 再会のハグぐらいさせて欲しいっす……!》

《再会のハグで串刺しになれと?》

《あっ》


 そもそも四足歩行にハグなんて出来るのか?

 角のことなどすっかり忘れていたらしい角狼は、そういやそうッスねと頷いている。誇っている角なんじゃないのか。忘れ去って良いものなのか。


 一方、私に対してヤンキー丸出しで近づいてきていたあの角狼は、あ、姐さん……!? と私を見てガタガタ震えだした。その姿はさながら、マジもんのヤの付く自営業の方を見てしまった一般人である。失礼な。もっとふるえたまえ。私は皇帝なのだから!

 

《あ、姐さんって……あの、》

 

 先ほどまでの威勢は本当にどこに行ったのか。

 泡でも吹きそうな勢いのヤンキー狼に、くるしゅうない、くるしゅうない――とわたしは声をかけてみた。誰にだって間違いはある。寛大な皇帝である私は、一度くらいなら間違いだってゆるそうじゃないか。仏ではないから二度目も三度目もないけど。二度目からは問答無用でフリッパーである。


《あの……》


 泡でも吹きそうだった角狼が、一転してもじもじと恋する乙女のように身をくねらせ始めた。気持ち悪い。

 くねるのはクラーケンの触手だけで十分だ。骨がなくなったような動きで身をくねらせるんじゃない。


《伝説のフリッパーを一発……お願いできませんかね……!》


 ぽっ、と頬を染めながら話たれた言葉に、私は一つ確信を持った。


 ――こいつもマゾだ。



***



 フリッパーをせびる角狼(元ヤン)にはくちばしでのつっこみをプレゼントし――ヤンキーかと思っていたらマゾかったので元ヤンで十分な気がした――、私の名を呼ばわりながらやってきた角狼(配下)に何があったのか、と聞いた。

 この猛吹雪の中、選挙カーの応援文句よろしく大音量で私の名を呼んで近寄ってきたのだ。何かあったに違いないと思った。


《姐さん――帰ってきてくれてよかったっす。もしかして、何か聞いてたりしますか》

《まだ何も。帰ってきたばかりだから、そっちにも顔だそうかなと思っていたくらいで。何かあったんでしょう。いいよ、帰ってきたついでだし、あんた達の面倒を見るのも主としての役目だから》

《そうっすか……帰ってきて早々申し訳ねえっす……》


 野生の獣だから当然なのだけれど、姐さん姐さんと私を慕う彼らでも私に頼り切り、というわけではない。自分たちで出来ることはやっているし、彼らがどうにも出来なくなったときにやってくるのが私の元、というだけだ。

 ちなみに、今までに『どうにも出来なくなったとき』は何度かあったが――それはすべてうちのマゾ青年関連だった。


 じゃれあいと称して角狼や熊と戯れていた彼が、怪我を負いながらも恍惚として「もっと痛みを!!」と叫び、その異様な気迫――煩悩とでも言うべきか――に恐れをなした彼らが私を呼んだことが何度かあるのである。

 そのたびに私はマゾヒストの頭にフリッパーを一発ぶち込み、意識を飛ばしたマゾヒストをくちばしで引きずりながらヤツの家へと連れ帰ったものだ。何度頭を叩かれてもぴんぴんしているあたりが規格外で恐ろしい。本物のマゾヒストというか、マゾヒストになるために産まれてきたような気すらする。


 だから、今回も里帰りしたマゾヒストがはっちゃけたのかと思ったが。

 この様子を見る限りではそうではなさそうなのがわかる。

 マゾヒストの時はイヤだイヤだと言いながらも、何となく遊んでいる節があった角狼達だ。けれど、今回はどこかピリピリした雰囲気すらある。

 角狼に連れられながら足を踏み入れた針葉樹の森は、懐かしくもどこか――私の知らない森のにおいがした。


《姐さんが旅立って早々っすよ。この森に“アイツ”が来たんです》

《アイツ?》

《……ドラゴンですよ。白くてでっかい、ヤツでした》


 羽根もこんなでかくて、と身振り手振りで伝えてくれるのはありがたい気がしなくもないが、四足歩行がそれをやったらバランスを崩して雪に突っ伏すのは明白だ。ふぎゅ、と妙な鳴き声をあげて雪に顔をつっこんだ配下の角狼を立たせて、私は短いペンギンの首を振った。


《身振りはもう良いから》

《っすね……》


 私が出て行ってからすぐに森に住み着いたドラゴンは、私の配下に無体を強いたそうだ。従わないなら森から出て行け――。そう口にしたドラゴンは、角狼達や究極熊、そのほかの北国の動物達が抵抗してもそれをものともしなかったらしく。


《悔しかったっす……でも、どうにも出来なくて!》

《ドラゴン相手じゃ、確かにね》


 私も実物を見たことはない。

 ただ、マゾヒストの家にある猛獣図鑑にはちゃんと載っていた。この世界ではない世界にいたことのある私からすれば、ドラゴンなんてものは空想状の生き物でしかないのだが。


 こちらの世界のドラゴンは実際に空を飛び、火を吐いたりするそうだ。その鱗は高値で取り引きされたり、牙には魔力が宿るとかなんとか。実際にそれらが流通しているところを見かけたこともないし、“存在している”という話はあちらこちらで聞けるが、やっぱり生のドラゴンを見られる人間は少ないと言っていい。私の読んだ図鑑には“一生に一度でも会えたらラッキー!”などといった文章が添えられていた。何というか、図鑑にあるまじき軽さだ。

 図鑑の軽さはおいておくとして、「希少さはあるけれど、完全な空想状の生き物というわけではない」ドラゴンの珍しさと言えばそんなところだろうか。


《ドラゴンね。でも、このあたりの集落の人たちはドラゴンに気付いてないの?》

《気付いてねえっす……というか、変な話なんですが》


 何と言えばよいのか、といった様子でウンウンと唸った私の配下の言葉を引き継ぐように、元ヤンの方の角狼が口を開いた。


《アレは、森に訪れたというか――森に沸いた(・・・)っつー方が正しいスわ》

《沸いた?》

《ウィッス。いつの間にかいたんです。普通はドラゴンみたいなでかいヤツが森に来たら、誰だって分かります。いくら白くて周りの風景にとけ込んでたって空飛んでたら一発ですね》

《影が出来るしね。羽ばたきの音は吹雪に紛れたら分からないけど……それでも目立ちそうな気はする。あんた達は鼻が利くから、ニオイもするだろうし》

《ッス》


 妙な話だと私でも思う。確かに実物を見たことはないが、巨体だということは知っているし、何よりこの集落の人間がドラゴンに気付かないというのは納得がいかない。

 この集落には凄腕の冒険者であるマゾヒストの両親がいるし、ゲスとはいえ八百屋を営む“勇者”の青年だっている。

 マゾヒストの両親は獣使いだからドラゴンに気付いても放っておく、自由にさせておく、という可能性があるが。


 あの八百屋のゲスはそうじゃないだろう。一人でも嬉々としてドラゴンを狩りにきそうだ。お金になるから。


《あ、それから》


 思い出したように角狼の配下が口を開いた。


《それから?》

《そのドラゴン、ちょっと変なんすよね。なんていうか、胸のあたりにこう……人が埋まってる、みたいな?》

《人が埋まってる?》

《はい。上半身と顔だけが外にさらされてる状態で……腕とか下半身はドラゴンと一体化してて。宿り木みたいな状態ですかねえ。多分全裸ですよ。寒くないんすかね、あれ》

《……ほんとに人なの?》


 この寒空の下、ほぼ全裸でいられる人間がいるとすればマゾヒストの青年くらいだろうと思う。しかもドラゴンと一体化しているとは……。

 この世には彼以上の“苦痛を追い求めし者”がいるのかもしれない。


《ところで、森から追い出されたのはどれくらい? 追い出されたのは今どこに棲んでるの》


 追い出された挙げ句に棲む場所もないんじゃ、私の配下としてあんまりすぎる。せめて私がドラゴンをぶちのめすまで、棲む場所くらいは確保してやりたい。私の配下なのだ、私ほどとはいわずとも、自由で気ままな生活をしてもらわなくては私の皇帝としての沽券に関わる!


 そんな気持ちで発した言葉に、角狼はひどくあっさりと口にした。


《俺たち、姐さんについてた奴らはみんな森を出てってますよ。俺たちが従うのは姐さんだけって決めましたもん。今は――【北海の迷宮】の浅いとこで生活してます》

《そうなんだ……》


 ドラゴンなのに誰一人ついてこず、一人で森の中にいるのだと思うとなんとなく哀れにも思えてくる。人望がないとでもいうのか……ドラゴンとは言え、皇帝たる私には人望の面でも勝てないということだろう。


 バカめ、こちとらマゾの扱いにはなれているのである。無体を強いるのはマゾ的にはオーケーに見えるが、マゾにも種類があるのだ。肉体的な苦痛を求めるマゾと、精神的なものを求めるマゾと。たまにその複合型――青年のことだ――もいたりするが、この森の動物達は肉体的な苦痛を求めるタイプだ。長期間に渡って無体を強いるのは、精神的マゾにすべきだったな!


《俺たちは姐さんだから従ってるんす。別に、フリッパーが好きとかくちばしでつつかれるのが良くっている訳じゃないんすよ……ほんとっすよ?》


 前半の言葉にはうるっとしてしまったが、後半の理由を持ち出されると素直に頷けないのが悲しいところだ。思わず疑ってしまった私に、まじっすよと角狼は重ねて口にする。


《俺たちは姐さんが好きっすよ。あの日、俺たちを助けてくれたときから着いてくって決めてました。忘れたとは言わせませんぜ。姐さんはいつでも“(与えたもの)”を忘れちまう。でも、俺たちは“(貰ったもの)”を忘れません》

《私はいつでもやりたいようにしてきただけ。あんた達を助けた訳じゃない。たまたま助かっただけだよ》

《それでも恩人っすよ。そんな姐さんだからみんなついて行く》

《大げさじゃない?》


 私が角狼達を救ったのは、もう何年も前のことだ。

 究極熊に住処を奪われつつあった狼達と究極熊の抗争を見て、漁夫の利とばかりにその抗争に突っ込んだのが懐かしい。


 フリッパーを閃かせてはぶっ叩き、嘴を血に濡らしたあの頃。結局、本能の赴くまま、破壊衝動に身を任せた結果――抗争の後にできあがったのは私の前に頭を垂れる動物達だったというわけだ。

 どちらにしても私の配下に下るなら、争いは控えよと言いおいた。二つのグループがぶつかり合うから面倒くさいのであり、そのグループの上に立つ者を作ってしまえばお互いのグループは同等である。


 お互い力いっぱい拳で語り合ったのも良かったのかなんなのか、すぐに角狼と究極熊たちは和解した。今やお互いに助け合って狩りをするくらいだから、仲は悪くないだろう。もともと狩り場で揉めていたようだったし、狩ったものを共有できるなら問題はなかったのだということだろうか。


《だから、俺たちは姐さん以外には従いたくねえっす。俺たちの頭は姐さん、あなただけだ》

《よく言った。それなら、私も皇帝としての……この地を治めたものとして、責任を果たさなきゃいけないね》


 見てなよ、と私はにやりと笑ってみせる。

 こんなに私のことを信頼してくれる配下たちの期待を裏切るわけにはいかないし――もうそろそろ、フリッパーで何かをぶっ叩きたい気分だったから。

 



 

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