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《うーん、久しぶりだわこの空気! ナイス極寒! 吹き荒れろエターナルなブリサード!》

《相手は死ぬ、みたいな呪文ですね!》

《案外冷凍保存されてコールドスリープ状態になるかもよ》


 舞い踊る雪!

 重苦しい濃紺の水面!

 そして浮かぶ流氷!


 私は浮かぶ流氷の一つにごろりと転がって、クラーケンとともに氷の冷たさを楽しんでいた。

 クラーケンはインスタントに復活済み――つまり塩水(海水)に残りのゲソをつっこんでみた――で、私と同じく流氷にぺたぺたと張り付いて揺れる水面をのんびりと見つめている。


《いやあ、やっぱり寒いとこ、いいですねえ》

《暑いとやる気なくなるしね。新鮮な魚食べられるのも嬉しいし》

《南国とかだと魚、なかなか無いですもんね》


 小さく復活したクラーケンは、それでも足の部分を長く伸ばし、その足を海水の中につっこんで遊ばせている。たまに近寄ってきた魚をからめ取っては私に寄越してくれるので――こやつ、なかなか出来る!


 この世界ではモノの流通があまり重要視されていないのか、北国以外で新鮮な魚を口にすることはあまりなかった。そこが漁港のある場所なら話は別なのだけれど、少しでも水辺から遠のいてしまえば、あるのはせいぜい干物が良いところだろう。その干物だってちょっと怪しいと思わなくはない出来だったりするから、こうして雪国に帰ってきた今――私のしたいことと言えば、魚を食べることだったりして。


 八百屋で盛り上がっていたマゾヒストと、勇者なのか疑わしいゲス店長の二人をおいて私は慣れ親しんだ海へとやってきた。

 あのマゾな青年に拾われるまでは私はいつもこうして流氷の上でのんびりしていたり、たまに森に行って狩りを行ったり――北国の恐怖政治に精を出したりしたものだ。


《なんか懐かしいな、こうやって流氷の上でごろごろするの》

《僕も北国、懐かしいんですよねえ。昔、あそこの洞窟にすんでたので》

《洞窟って言うと、あの洞窟?》

《そうなんですよあの洞窟。何でしたっけ? ほっかむりの迷宮?》


 いやそれは【北海の迷宮】だと思うよと私は突っ込みを入れざるを得なかった。

 ほっかむりの迷宮なんて愉快な迷宮があったら、私はぜひ行ってみたい。いろんな意味で迷宮だということを認めなくてはならなくなる予感がする……!!


 出てくるモンスターはきっとみな、ほっかむりをしているのだろう……


 そうしてはぎ取ってやるのだ……一枚一枚、貴様らのほっかむりをなぁ!


《魔物からはぎ取るのは毛皮にしておいてくださいよ》

《毛皮は良いんだ》

《ほっかむりするくらい隠したい何かが顔にはあるんですよ、さながらすっぴんの女の子のように》

《あー……》


 分からないでもない。

 化粧には二つ意味合いがあることをご存じだろうか。


 美人にとっては“より美しくなる行為”だが、不細工にとっては“ブスを隠すための行為”なのだ。

 前者はすっぴんなど気にもしないだろうが――後者はダメだ!


 ――目を合わせるな! 石にされるぞ!


 まるでメドゥーサのような扱いをうけるのが不細工のすっぴんなのだ。私も人だった頃は、鏡を見てよく絶望したものである。同じタンパク質で構成されているというのに、なぜこうも造作に差が出てしまうのか。神に丁寧に作られた美人のあとに自分が作られたのではないか――。美人を作るのに気合いを入れすぎたから、次に作った私の顔は福笑いレベルで適当なのでは、と。


 私はよくそんなことを考えたりもしたものだ。が、その三秒後には鳥の方へと思考がシフトチェンジすることもままあったので――鳥とは偉大である。カワイイ。あのふんわりしたシマエナガのお尻が良い。案外つぶらなカラスの目が良い。ヒクイドリなんて世界で一番危険な鳥だと認定されたくらいだ。


 天使系(シマエナガ)からちょいワル(カラス)、はては極悪人(ヒクイドリ)まで揃うのが鳥の良いところだ。よりどりみどり。でも鶏肉ならぼんじりイチ押し。そんな感じである。


《……久しぶりに森にでも行ってみようかな》


 マゾだらけの動物がひしめき合っているあの森だけれど、何となく懐かしいものがある。せっかく帰ってきたのだし、顔を見せるくらいはいいだろう。


《森ですか?》

《私にとっては庭みたいなもんよ》


 金色の眼をぱちぱちとさせたクラーケンは、海から足を引き抜いた。

 引き抜いた足には魚が三匹ほど絡まっていて、ぴちぴちと跳ねている。そのうちの二匹を私に献上したクラーケンを適当に誉めて、私は森へ向かうことにした。


 ――魚を食べてちょっと大きくなった、クラーケンの頭に乗って。



***



《テメェ、ここじゃ見ねえ面だな。どっからきた? 余所者かアァン?》

《庭なのに絡まれてますよ》

《蚊に刺されることくらいあるでしょ、庭でだって。そんなもんよ》

《そんなもんなんですか》

《誰が蚊だよ、アァン?》


 森に足を踏み入れたとたんに絡んできたのは――見ず知らずの角狼だ。お前の方が見ない顔だと私は思ったが――しばらくこいつの言い分を聞くのもいいだろうかと、くちばしをフリッパーで擦りながら命知らずの角狼の次の言葉を待った。


 しばらく姿を現していないと、こんなことになるのだなあとぼんやりと思う。

 

 マゾ故に私を慕っていたあの動物たちは元気だろうか。いや、あの動物たちはまあ良いとしても、近隣の住民のみなさまは大丈夫だったろうか。動物に襲われると思いきやむしろ襲って下さいとばかりにすりつかれたりしなかっただろうか。北極熊だの恐ろしそうな魔物だのが腹を見せてハアハアしているような光景は、深く考えなくても精神的にキツい。私からすればその辺はもう心配である。そんなマゾたちの上に立っているとは思われたくない。まるで私がねじ曲がった性癖の根元みたいじゃないか!


 心配であるが余りに、私が旅にでる前の日に“迷惑になるようなことはするなよ”と一人一人に出立のビンタを与えてきたりもしたが、それで大丈夫だったとも思いにくい。むしろ今から考えると中途半端に刺激して出てきた感がハンパない。……すごく不安になってきたぞ……!?


《おいそこの太った鳥、話聞いてんのかよ》


 アァン? と何かにつけやたら煽ってくるこの角狼だが、どことなく一昔前のツッパリを思い出す。額からにょっきりとでている太い角がまるでリーゼントみたいで何ともいえない。


 もともとリーゼント自体が黒いフランスパンに見えて仕方がない私としては、なぜあんなに邪魔そうなものを頭に着けるのかが謎で仕方なかった。マラソンをしたり走ったりしたら、びょんびょんと頭の上で上下しそうで非常に間抜けな気がするのだけれども。あっでもそこまでのばさないのか? ツッパリとは不思議な生き物である。


《聞いてんのかよ!》

《吹雪の音凄いよね》

《そっちじゃねえよ!》


 北国ではよくある光景だしよくあることだけれど、猛吹雪の音ったらない。空気清浄機をめちゃくちゃ強力にしたような音で北の地を駆けめぐるのだ。ドラゴンの咆哮と言っても疑えないレベルで物々しい。

 だが、私はこの物々しい音が大好きだ! 物騒で良い! なにより吹雪に向かって日頃の鬱憤を叫んでもすべてかき消してくれるッ!


《王様の耳はロバの耳――ッ!!》

《なっ……なんだよいきなり……!?》


 ふと思いついた言葉を叫んだ私に、角狼はびくっとその身を震わせた。それはそうだろう。私だって目の前の奴が急に叫び始めたらビビる。いきなりのおっさんのくしゃみくらいビビる。


《狼の角はリーゼント――ッ!》

《角バカにすんな! これ結構高値で売れるんだぞ!》


 角狼が自分たちの角を誇りにしているのは知っていたが――売れるものなのか。そうかそうか。

 売れるんだ……と私はじっと角を見つめる。フリッパーで砕けそうな代物だ。プライドと共に打ち砕いてやろう。


 じり、とにじりよれば、何だよ……!? と少し焦ったような声を返される。先ほどまでの威勢はどうしたァ!

 フリッパーを高く振り上げたところで――邪魔が入った。



《あああああ姐さァァァん!! お帰りをお待ちしてたっす!!》


 ――私はそんなボタン連打で名付けされた勇者みたいな名前じゃない。


 

 

 

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