ワンダフル・ベジタブル
きゅうり? と俺と相棒は顔を見合わせてしまった。相棒と目が合う事なんて実はあんまり無かったりするのだけど、この時ばかりは相棒も不思議そうにこちらを見つめていて――動物であるこの子にも、俺の幼なじみが手にしている物がいかにこの場にそぐわないか、を理解できるんだなあと何となく思ってしまう。
もともと俺の相棒はちょっとびっくりするくらい強いし賢いから、人の言葉が解っていても不思議じゃないのかもしれない。今までに幾度となくそれっぽいところも見てきたし、俺の呼びかけに答えてくれるかのようにひっぱたいてくれることもある。ううん、思い出しただけでもイイ! あの痛みは格別だよなあ……。おっと、よだれが。まだ早い、まだ悦ぶ時間じゃないな!
さて、俺の目の前でスイカをハンマーでぶっ潰した強盗だが――正直、強盗云々に関しては俺も相棒も驚きはしなかった。
北国に店を構えた割には頑張っている俺の幼なじみのこの店だけど、稼ぎは中々良いわけで。特に治安が悪いわけでも良いわけでもないこの集落だから、たまに野盗とか強盗にも出くわす。……あれ、よく考えたらそれって治安が悪いのか?
花屋を営んでる俺の家にも、たまに売り上げ目当ての強盗が押し入ったりもするけれど、そのときは母親が嬉々として対応するからあまり問題はないし、俺は幼い頃に、父と母相手に強盗団が土下座して命乞いをしている場面を何度か見ている――今から考えると子供の情操教育には良くなかった光景だと思うんだけど。
そもそも命乞いをさせる花屋というのが一般的にみたら恐ろしいのかもしれないが、花屋はわりと重労働なのだ。見知らぬ迷宮から珍しい花を摘んでくるのもそうだし、その花の世話だってしなくちゃいけない。しかも親父もお袋も有名な冒険者だったって話だから――まあ、普通の強盗がどうにか出来る相手ではない。
俺が生まれるよりも前、“魔王”との戦いで相棒を失ったまま、新しい相棒を得ることもしなかった両親でも、一般人よりは遥かに強いのだ。親父は素手で熊をひねることも可能だし、お袋は極寒の海に魚を求めて飛び込むことだってある。
つまりは昔とった杵柄ってヤツだ。
しかしまあ――なんというか、俺の幼なじみはある意味で俺の両親より凄いかもしれない。
人参が砕け飛び、カブが宙を舞う。
まるでミキサーの中にいるようだった。俺の両親の夫婦喧嘩でもここまでは派手にぶちかまさないだろう。うちの夫婦喧嘩はせいぜい鞭と拳が飛び交うくらいだから。お互いに容赦しない両親は、相手が女だろうが男だろうがお構いなしに殴り合うので――まさしく“戦士”が戦場で拳をかわしあうような光景だったりする。
俺の目の前でトマトはつぶれて、血のような赤い滴をまき散らしていた。飛んできたキュウリをナイスなタイミングで嘴の先の方でキャッチした相棒は、ビール片手にコロッセオで戦う戦士を見ているかのようにのんびりとしている。
俺たちはそんな風に見せ物気分でその場に佇んでいたけれど、店はといえば散々な有様だ。普通ならハンマーを持った大男が店先にやってきたら、おびえながらお金を渡すのが普通と言えば普通なのだけれども。
飛び交う野菜の中、俺の目の前では――売り物の野菜や果物を駆使しながら、着実に強盗を痛めつけている捻り鉢巻きの店主がいた。
人ん家の壷を壊しては家捜しを繰り返した俺の幼なじみは、この集落にいたずら小僧として広く認識されていた。タンスを開けるわ壷を壊すわ、目に入ったならごみ箱でも漁って、箱を見つければとりあえずぶっ壊す。そんなスタンスで生きていた“勇者”は当然、箱やタンス、壷の持ち主に追っかけられることも多かった。
それから逃げ回ったがゆえに鍛えられた素早さと言ったら盗賊並だし、相手の隙を見ては壷を壊し回っていたせいなのか、観察眼が俺と比べても段違いに良い。だから、ただでさえのろまそうな大男が大振りなハンマーを振り回したところで、俺の幼なじみは「このへんのおばさんたちのがこえーぞ!」なんて茶々を飛ばすことが出来ている。
最初に手にしていた取れたてと思わしきキュウリは、取れたてゆえのちくちくしたところを活かして投擲武器にされていた。幼なじみが指に三本挟み込んで持っていたキュウリは、まるで投げナイフかのように強盗めがけて飛んでいったし、キュウリのトゲトゲとしたところは強盗の頬を擦り切っていった。
結局キュウリは壁にぶつかって砕けたが、強盗の頬には肉食獣に引っかかれたのかと思うくらいのひっかき傷が出来ている――あれ、キュウリだったよな……?
売場に並んでいたおいしそうな大根は遠慮なく鈍器に流用された。バキャッ、と奇妙な音がして、大男の頭に叩きつけられた大根が、半分に砕けた挙げ句に俺たちの目の前で吹っ飛んでいく。品物を手荒に扱って良いものなのだろうか。どう見ても良くはないが。
「オイオイオイオイ! ハンマーより大根の方が強いって、俺に証明させる気かよ!」
「くっそ、お前八百屋だろ! なのに何で……ッ! 身のこなしが八百屋じゃねえんだよォ!」
「バカヤロー、八百屋だから野菜の扱いに長けてんだよ!」
野菜の扱いってそういうことじゃねえよ! と突っ込みたくなるのは俺だけじゃないはずだ。少なくとも、普通の八百屋は野菜で戦ったりしない。
「てめえ、舐めやがって……!」
「野菜でボコボコにされてるやつを舐めずに誰を舐めろって話だよなァ?」
幼なじみはニヤリと笑ったかと思えば、ハンマーを捨てた大男のパンチをパイナップルで防御する。――ああ、あれは痛そうだ。というか捨てるくらいなら何で持ってきたんだハンマー。
大男の渾身の一撃はパイナップルをぐちゃりとへこませることに成功はしていたが、それと同時に男自身の拳にもダメージを与えていた。
パイナップルという果物は見た目から解るようにでこぼこしている。それでもって堅いから、男の手の甲はパイナップルの皮で擦り傷を作り、血が滲んでいた。あれはもう食べられないなとちょっと残念に思いながら、俺と相棒はおいてきぼりにされたのを良いことに、完全に高みの見物を決め込むことにする。
渾身の一撃をパイナップルで防がれたのが精神的にキてしまったのか、それとも野菜で滅多打ちされている状況に参ってしまったのか、大男からは徐々に抵抗の意志というか、攻撃の意志が失われていたのだけれども。
俺の幼なじみはそんなこと、これっぽっちも気にしちゃいなかった。
手で握りつぶして砕いた玉ねぎを男の顔に叩きつければ、男は涙を流しながら鼻のあたりについた玉ねぎを拭う。
ちなみに、玉ねぎの催涙成分は目ではなく鼻から作用するものなので――玉ねぎを切るときは目を覆うものをつけるより、鼻に何か詰めた方がいいんだそうだ。俺のお袋は「近くで火をつけておくのも効果的」と言っていたが。
玉ねぎの、玉ねぎによる自然由来の催涙攻撃はやっぱり大人の男にも辛いものなのだろう。“目がいたい!”と子供がぐずるのは少し可愛いかもしれないが、大の男にやられても気持ち悪いだけだった。
「ヘイヘイヘイヘイ! 泣きっ面かよおっさんよォ! 蜂はいないから同じ黄色ってことでこいつで我慢してくれよ!」
泣きっ面に蜂――というか、煽るだけ煽っておいて、ついでと言わんばかりにレモンの絞り汁を顔面に浴びせかけ始めた俺の幼なじみは、俺の見てきた中でも三本の指に入るほどの下衆といって問題はないだろうな!
思えばこいつは唐揚げを食べるときにも周りの了承を得ずにレモンをかけ始めるヤツだった。俺はレモンをかけられるのがひどく嫌いでな! よく殴り合いをした覚えがある。
もはや悠然と、この場に君臨する魔王かのように強盗の男の目の前に立った俺の幼なじみは。
ひょい、とその辺にあったドリアンを手にとって。
「“王”の前で頭が高いんだよ!」
――何の躊躇いも何の遠慮もなく、ドリアンを頭に叩きつけた。
哀れな強盗はよりによって、強烈な臭いをまき散らす果物を頭から叩きつけられ――あえなくその場に倒れることとなったのだ。この惨状だけ見てしまえば、どちらが強盗なのかわかったものじゃないだろう。
ウワッ、ドリアンってほんとに臭いな!
***
間の前で一方的かつ個性的な残虐行為が行われている中、私は砕け散った野菜に舌鼓をうっていた。調理や食事以外のことに食べ物を使ったら、スタッフはそれを美味しく頂かねばならないのである。皇帝たる私がそんなことをしてやる義理はないのだけども、久しぶりに食べた苺はなかなかの美味である。え? 苺は武器にはされていなかった? そんなことは気にしたら負けだ。戦場の後始末ついでに略奪行為を行うのもある意味では皇帝の役目なのだから。――ええい! イチゴがおいしいのが悪いッ!
しかし酷い有様だな――と私はふとあたりを見回した。床には砕けたり潰れたりした野菜と果物がべっちょりとしているし、トマトが潰れて壁に張り付いている。店主の青年は食べられようもなくなってしまった砕けたタマネギを強盗の鼻に詰め始めていたし、タマネギやら潰れた野菜やらで強盗の顔はぐちゃぐちゃだ。鼻になおもタマネギをつめる店主を、ゲスを極めた行いだな……と私は遠巻きに見守りつつ、落ちたキュウリをばりぼりと貪ることに熱中していた。もろみ味噌がほしいところだ。
「よし、あとは身ぐるみ引っ剥がして換金すればいいか。品物の補填になるかどうかは怪しいけどな」
「たぶんこの人が被害を与えたのってスイカだけだと思うんだけど」
気絶した強盗に強奪行為を行おうとしていた店主に、マゾヒストは顔をしかめながら近づく。あたりにふんわりと漂うドリアンの臭気は鼻が曲がりそうだった。私も出来たら近づきたくない。なんだ、この腐ったタマネギのような刺激臭は……涙が出ちゃいそうである。だって女の子だもん! というのは昔どこかでみたスポ根アニメのワンフレーズだったけれど、この臭いには涙を流すのに女も男も関係ないだろう。この刺激臭は敏感な鼻にはキツいったらない。
「でも俺がこいつをぶっ倒すのに結構野菜使っただろ。良いんだよ、強盗やってる身分なんだ。盗るやつには盗られる覚悟がなきゃな」
鼻にタマネギを詰めるというゲスな行いをやめようとしない店主は、良い笑顔でそう言い放った。
「野菜でボコボコにしておいてそれか……普通の人はそんなこと言えないぞ」
「人に出来ないことをやってみせるのが“勇者”だろ?」
ぱちん、と音がしそうなほどに気さくにウィンクをした勇者の青年だが――それはどう考えても絶対違うだろう。
分かっていたことではあるが、マゾヒストが突き抜けたマゾヒストだけあって、その友人も変わり者ばかりだった。こんな人間がこの界隈にあと五人はいるから――この集落は恐ろしい。
「チッ、シケてやがんな」
「仮にも勇者だろお前……」
身ぐるみを引っ剥がして換金するような者を――この世界では勇者と言うらしい。勇ましさが別のベクトルに全振りされているのに、私は突っ込まずにはいられなかった。
「相変わらずこの鳥のビンタ、めっちゃいてえな!」
私の突っ込みフリッパーを腕に受けつつ――それでもほとんどダメージ無しにケラケラ笑っているこの頑強さだけが、この店主を勇者らしく見せる唯一の点と言っていい。
でなきゃ、八百屋に君臨する魔王である。




