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どちらにしろアウト


 さて。

 私もマゾヒストの青年も、ついでに異世界からキちゃった系女子であるこの少女も――すっかりと忘れ去ってしまっていたことがひとつある。


 青年が怪訝そうな、どこか納得行かないような顔をしながらも少女の“越境者”云々の話を聞いている中、私は何となく居心地が悪かった。別に居心地悪く思う必要もなかったのだけれども、少女の話からすれば見つけ次第始末――サーチアンドデストロイなわけで。見つからないように大陸を統一してしまうにはどうすればいいか、とか、もう少しペンギンらしく振る舞う必要があるかもしれない――などと考えていたわけである。


 もっとも、少女の話からは少女のいた世界には動物がいなかったそうだから、あんまり人間らしい行動をとりさえしなければ問題はなさそうだし、そもそも人が今やこんな、鳥なのか魚なのかちょっとはっきりしない生命体になっているなどとは思いもしないだろう。


 私だって水族館に展示されているペンギンが「実はすべて人間です」などといわれても信用しないし、それなら“自動販売機には小さなおじさんが入っていて、彼がジュースの缶を取り出し口に投げている”と言ってくれた方がまだ信じられる。自動販売機は控えめに見てもすばらしいと思うのだけど、残念ながらこの世界にはない。人間だった頃、あたりつきの自動販売機をよく利用していたのを覚えている。当たるとラッキーだと思ったものだ。まあなかなか当たらなかったんだけども。


 そんなことをつらつらと考えていた私の体が、ふいにひょいと持ち上げられた。

 またどうせあの青年だろうと思ったのだが、持ち上げ方が乱暴である。私の片足を鷲掴みにしてぶら下げて持つようなやり方を、あの青年は好まない。どんな動物にだって乱暴なやり方をしないのがあのマゾヒストである。ただし人は除く。

 それならばあの異世界系女子かとも思ったが、その少女は私の目の前で逆さになっているから、それは違う――いや、持ち上げられて逆さになっているのは私の方だから、彼女は普通に地に立っているのか。


 それでは――と足をつかんでいる手を目で追っていくと、先程まで地に倒れていた筋骨隆々のマゾども、つまりはあの美女の取り巻きだった男の一人と目があった。

 私の足をつかんでいたのはその男だったのである。

 目があったというのに微笑んでもくれないのが切なかった。微笑まれても気持ち悪いが。


 なんだこの男! 無礼ものめ! と私はカカカカと嘴を何度も男に突き刺したのだが、全くびくともしないのである。それどころか、私を高くぶら下げて、その口を大きく開けて私を頭から食べようとしている。皇帝ペンギンと言えばそこそこ重いはずなのだが、片腕でそこまで持ち上げられるなんてすごいなあ、と思うと同時に足がちぎれそうだった。やめてほしい。

 為す術もなく片足だけ持ち上げられた今の格好は、人の姿ならさぞかしセクシーな格好だったのだろうけども、残念ながら今の私はペンギンである。おなかの脂肪がぽにょんと揺れるだけに留まった。


 ――と、まあ余裕を装ってはいるが、私とてどこぞの筋骨隆々のマゾに大人しく食べられてやる気はないし、私を食べていいのはアンデスフラミンゴちゃん以下鳥類に限る。誰が決めたんだと言われたら私が決めたのだ――と私は胸を張って答えよう。自分の最期くらいは自分に決めさせて欲しい。


 しかし、鳥を生で食べる人間がいるとは思いがたかった。なおかつ私はこの世界においてはかなり珍しい存在のはずだ。そんなに得体の知れない動物をほいほいと口に含む馬鹿はいないだろう。おかしいと本能が告げた瞬間に、マゾヒストの青年が素晴らしい勢いで腕を振った。エッなに? 何してんの? と思った瞬間には私の体は地面に墜落していたし、男の頭と腕は胴体から切り離されていた。


「こっち来い、相棒!」

《切り離しやがった! ついにやりやがったー!》


 青年が振ったのは正しくは腕ではなくてあの女王の茨鞭(マイ・フェア・レディ)。散った鮮血に勝るとも劣らない赤に染め抜かれたその鞭には、まるで茨のような棘が沢山ついている。鞭の振るい方によっては“皮膚をさく”どころか、“皮膚を切る”ことも可能な代物だ。青年は器用に鞭を操り、私を鷲掴みにしていた腕を切り離した後にあの筋骨隆々なマゾの頭を切り離したわけだ。こっちこいと言いつつも、青年は私を抱え込み、男たちから距離をとった。


 人に対して容赦ないとは知っていたが、まさかここまでやるとは――と感心しかけたところで異世界から来ちゃった系女子の悲鳴が上がる。


「――もしかして、この人たちアンデッド!?」

「さっきの女は死霊使いか!」


 通りで叩いてもオチないわけだ! と青年は納得していたが、この状況はどうしたものかと思う。察するにこの屈強なマゾたちは、あの女がいなくなったことで暴走し始めた、というところなのだろうが。


「死んでるんなら関係ないな! 頭を潰せ!」

《容赦ないな! 知ってたけど!》


 死んでいるならこれ以上“殺せない”からと、青年はとても冷静に鞭を振るい始めた。先程まで遠慮なく鞭を振るっているように見えていたが、一応あれで加減はしていたらしい。

 ばちばちと鞭と人の体が当たる音と共に、肉を切り裂く音も混じっている。まるで麦でも刈り取るような勢いで人の頭が転がっていった。脳と体を切り離してしまえば、人の体は簡単に動かなくなる。


「もー! どうすんだこれ! 俺、人殺しにはなりたくないぞ!」

「まだ死体損壊で済んでますよ! セーフです!」

《いや、アウト……》


 ごろごろとリンゴが転がるように落ちていく生首をみる辺り、セーフではなくアウトだろう。

 正当防衛なのかもしれないが、目の前に広がる光景は心臓に悪い。


 転がっていった生首に、念押しかのように攻撃を加えているのは異世界系女子だ。容赦ない二人の攻撃に屈強なマゾたちはどんどんと土へと還っていった。南無南無と一応拝んでおいたが――アンデッドは成仏するものなのだろうか。動き回る死体になったことはないから私には全く見当もつけられない。


「とんでもない目に遭っちまったなあ」


 ――どちらかというと、とんでもない目に遭わせたんだろうが、と言いたくなってしまうが、マゾヒストの青年は一仕事終えた、というような満足げな顔で額の汗を拭っている。


「監視とか越境者とか――訳わかんないけど、俺がすごく悪いことをしなきゃいいんだろ、要するに」

「ものすごくざっくばらんにまとめられましたけど――そういうことになりますね」


 青年は雪のような銀髪を揺らすと、まあそれなら良いかな、と二度ほど縦に首を振った。異世界系少女のすぐ近くで行儀良くお座りをしている暴君虎(タイラント・タイガー)に近寄って、虎の顎の辺りを撫でている。

 虎は何とも気持ちよさそうにのどを鳴らしていた。


「君はともかく、こっちの暴君虎にはすごく興味があるんだよな。この牙! 是非一度刺し抜かれたい!」


 うふふ、と奇妙な笑い声を漏らす青年に少女はどん引きし――想像通りだったそれに私はため息をつく。


「とりあえず、これから仲良くやっていこうぜ!」

「は、はあ……」


 あなたが仲良くしたいのは虎とでしょう――そんな少女の戸惑いが、何となく私には伝わってきた。


 

 

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