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超えてしまったライン


「ええ、監視です」


 最近大変なんですよ、と少女はため息をつく。まるで中間管理職のような疲れっぷりだった。俺の知り合いの生産者組合の窓口のお姉さんがこんな感じだったな、と何となく思った。この疲れぶりを隠し抜いてあの「無害ですし相棒の動物のために頑張ってますっ」みたいな少女を演じきったのはすごいと思った。いや、相棒の虎のために頑張ってたっぽいのは多分本当だと思うけど。


「貴方みたいな“越境者と越境者の子供”なんてケースはまず有り得ないですし、私が知ってる中では貴方しかいないのでその辺は良いんですけど。さっきの女みたいな、こっち側にきて悪さをしようって越境者が増えちゃって増えちゃって」

「エッキョウシャ?」

「――ああ、すみません。私や貴方のご両親のように、世界の境を越えてきた人のことです。こちらで勝手につけた名称ですけれど、まあいいでしょう?」


 問題はそんなことじゃないんですから、と少女はまくし立てる。やっと愚痴をぶちまけられる相手を見つけたかのように饒舌だった。こういう時に――女性が愚痴をぶちまけているときに――話を中断するとろくなことにならないのは母親との生活でよくわかっているから、俺は黙っておくことにする。口は災いの元、ってやつだ。


「――もと居た世界からこちら側に飛ばされると、やっぱりテンションが上がっちゃったり変なスイッチが入っちゃったりするんでしょうね……唐突に世界征服を企んでみたり、さっきの女みたいに悪行三昧だったり」


 ギャッ、と俺の足下で相棒が鳴いた。世界征服、のあたりで鳴いたのはどうしてだろうか。何かあったのかと思ったけれど、相棒は少し居心地悪そうに地面を足の爪でひっかいて――ハッ、これはもしかして嫉妬ってやつなのか。俺がこの子と仲良く話してるから嫉妬してるのか!?

 可愛いやつめ! と頭をわしわし撫でたらうざったそうに手をはたかれる。痛いッ! でもご褒美です!


「……聞いてますか?」

「はあ……流石俺の相棒……ッ――あ、うん、聞いてるよ。聞いてる聞いてる」

「……はあ。ええと、とにかく私の仕事について話すと、私の仕事は“越境者”を見つけ次第、その動向を調査し、この世界のルールに従っていないと判断され次第、始末――というものです」

「俺、その“越境者”じゃないけど」


 彼女の言葉を信じるなら、俺は“越境者”と“越境者”の間に生まれた子、ってことらしいが、俺自身は“越境者”じゃないはずだ。生まれも育ちも北国だし。


「ええ。だから困ってるんです。でも、一応“越境者”の血を濃く引いていますし――というか、育ちがこの世界というだけで、貴方自身は“越境者”と変わらないんですよ。だから私が監視につけられたんです」

「ふーん……それで、俺が悪さをしたらさっきの女性みたいに始末されんのか」

「ええ」


 何のためらいもなく少女は頷いた。


「“越境者”、ってつまりはここじゃない世界から来た人なんだろ? 君も“越境者”ってことだよな」


 少し前に少女は“この世界の人間じゃない”と明言している。だからこそ気になった。


「――君、同じ“越境者”を殺して回ってるってことで、合ってるか」

「――ええ」


 少し間を空けて少女はうなずく。その顔に表情はない。風に揺られた少女の前髪が、少女の顔に影を作った。

 強い目つきのその眼は、俺の目をまっすぐに見つめてくる。俺はこんな顔をするときの動物をよく知ってる。捕食前の角狼とか、ホッキョクグマとか、肉食獣の“邪魔したら殺す”って顔だ。


「同じ“越境者”、ですか――そうですね、立場としては同じです」


 この世界に飛ばされてきてるんですから、とその子は淡泊に紡いだ。


「でも、飛ばされる前の世界が違うんですよ――。貴方のように北国出身の方がいれば、南国出身の人が居るように。この世界とは違った世界が無数にあって、一つ一つの違う世界からこちらの世界に飛ばされてきてるんですよ、“越境者”は」

「世界ってそんなに沢山あるんだ?」

「ええ。……私が知っている世界には魔法なんてありませんでしたよ。人以外の動物もいなくて――だから、初めてこの世界で出会ったこの子(暴君虎)が可愛くてたまらなかった」


 少女は慈愛にあふれた顔で暴君虎を見つめている。動物のいない世界、と俺は思わず呟いてしまった。俺には想像も出来ないし、きっと暮らしていけない世界だ。


「でも、別の“越境者”は植物を知りませんでした。……そういうものなんです。立場は同じでも経歴は違う。経歴が違えば、……殺すのに躊躇いなんていりませんでした。いいえ。経歴が一緒でも構いません。私のいた世界ではそれが普通だから」

「それは――人と人が殺し合うってことか」

「ただ殺すんじゃないですよ。“弱肉強食”です」


 自然界の摂理だ、と俺は察した。彼女の言葉そのものが彼女の住んできた世界なのだと。弱いものは“喰われる(・・・・)”世界なんだと。


「そんなところから飛ばされてきたものですから。こちら側の平和な……のんびりした雰囲気には驚きました」

「そのままのんびりした生活に馴染めば良かったろ? なんで人なんか狩ってんだよ、“越境者”が悪さをしたってさ、君にはあんまり関係ないんじゃないか?」


 俺だって今悪さをする“越境者”がいる、と知ったくらいだ。彼女が放っておいても誰も彼女をせめないし、それが“越境者”のせいだなんてわからないだろう。


 彼女はそれに首を振った。それは違う、と。


「“越境者”は。――いずれ、魔王となります。何故、“魔王”の姿が一般に知られていないのがわかりますか?」


 誰も見たことがないからじゃないのかと俺は首を傾げる。

 いつも同じ姿をしているとは限らないからです、と少女は息を吐いた。


「越境者と魔王のかけら……この世に産まれた破壊衝動が混じり合い、一つになったときに“魔王”は誕生するんです。私はそれを未然に防ぐために、私をここに連れてきた神様に越境者の監視を任されたんです」

「神様ァ?」

「ええ。馬鹿みたいな話ですが、本当のことですよ――」


 少女の話はそれでお仕舞いらしい。それでさっきの女の死体が消えているのは何故なのだと聞けば、「それが越境者だからです」とあまりにも雑な説明をされた。


「死体の始末をしなくていいのがとても良いですね」


 さらりと物騒な笑顔でそういった少女に俺は確信する。

 母親の“変なものが集まってくる体質”は俺にもしっかり受け継がれているのだと。

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