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監視とオウム返し


 私が呆然とするなか、少女はどこか手慣れた様子で鎮火作業を終わらせた。焼け跡からはあの美女の死体は出てこなかった。おかしい。


「さて」


 少女は一度言葉を切って、マゾヒストの青年へと向き直る。その少女に寄り添うように【暴君虎】が立っている。動物に嫌われる呪いとやらは、どうやら美女を始末することでとけたらしい。

 舌を切り取られたその虎を、少女は優しい手つきで撫でている。


「お願いと――それから、話したいことが二つほどあるのですが、よろしいでしょうか」

「構わないけど、さっきの女は――?」

「それは後々。不躾ながら、まずはお願いの方を叶えては貰えませんか」


 塩をお持ちですよね、と少女は確信を持ってマゾヒストに問いかけたが、その質問の意味は分かっても、何が言いたいのかはわからない。私とマゾヒストはふたりして首を傾げてしまったが――とりあえず、とマゾヒストは背負っていた袋から塩のかたまりをとりだす。頂けませんかという少女の手のひらにそれを乗せて、どうするのかとマゾヒストは彼女に尋ねた。


「こうします」


 彼女はそういうなり――問答無用で虎の口に塩の塊をつっこんだ。

 いやちょっとまてその虎はあんたの相棒じゃないのか――と呆気にとられた私たちの目の前で、少女は口の中で塩を転がし始めた虎に何事かを呟いている。

 クレイジーだぜ……と思わず口にしてしまう。傷口に塩をつっこむとは――しかもつっこまれた方は悠長にそれをなめているとは――クレイジーだぜ。そのひとことにかぎる。


「――と、これで元通りです」


 少女の言葉にあわせるようにかぱりと虎が口を開く。血のように赤い口の中には白く鋭い牙がきれいに整列していて、そのなかに弾力のある舌がぺろんと収まっている。焼いて食べたら美味しそう。そんなことを考えた。


「……塩ってそんな効力あったか?」


 怪我まで治せたっけかなあ、とマゾヒストの青年は首を傾げているが――断言しよう、そんな力は塩にはない。血迷ってもない。そんなものあってたまるか、といったところだ。傷口に塩を塗り込む行為を何度もしているくせに、青年は一瞬それを信じかけたようだった。目の前で披露されては信じかける気持ちも分からなくはないが――いくら塩が偉大でもナイスミネラルでも、そんなことはない。だから、この一幕はおかしいのだ。塩で肉は甦らない。それはこっちの世界もあっちの世界も共通だったわけで。


「それに関してもお話ししなきゃいけないんですが、まず私がここにいることへの説明から始めます」


 少女は至って当たり前かのようにそう話し始めたが、そもそも少女が「ここにいる」のは彼女がマゾヒストについてきたからである。説明も何もないだろうと私は少女の動向をうかがうことにした。なにせ、私と同類――転生した人――だろうから。


 少女は少し考えたような素振りを見せた後、


「端的に申し上げましょう。わたし、この世界の人じゃないんです」



 ――頭からずっこけたのは人生初である。



***



「はあ?」


 俺は思わず目の前の少女に間抜けな声をあげてしまった。何を言っているのかよくわからないし――いや、何を言っていたのかはよくわかるんだけれども、どういう意味なのか理解できない。

 少女はそんな様子の俺を見て「まあそうでしょうねえ」と当たり前かのように頷く。誰だって、こんなことを言われたら一度は相手の頭を案ずるだろう。

 さて、「この世界の人じゃない」とはどういう意味なのか。


「当然、信じられないでしょうね。――私だって信じてませんでしたから。まさか“飛ばされる”なんて。非常識です」

「――何を言っているんだ?」

「信じなくても結構ですが、結構貴方に関わってくることですから――聞いておいた方が良いと思いますよ。信じるか否かはまた別の話になりますけど、聞いても損はしないでしょう」


 俺についてくるまでは少し寂しそうな、どこか弱そうな――なんとなく“女の子っぽい”感じだった子が、どこか開き直ったようなヤケクソさを漂わせながら口にしていくことは、俺からすればまさに目から鱗、って話だった。彼女の態度にはどこか、老人じみた潔さがあるというか――見た目と中身に差異があるような。そんな感じの、自棄になるような口調だった。


 ――それで、彼女からその話を聞いた時さ、産まれる世界を間違ったなって思ったんだ。


「あなたのお父様とお母様、この世界の人ではないことをご存じ?」


 さらりと口に出されたそれの非常識さというか、異常さというか、俺に与えた衝撃のデカさといったらなかった。そうだな、初恋の近所のお姉さんが実はニューハーフだった、とか。そんなたぐいの衝撃だった。信じられないと言うよりは“信じたくない”。


「どういう意味だよ……」

「そのままの意味です。あなたのお父様とお母様は別世界の人。住む世界が違ったんですよ。だからあんなにも(・・・・・)お強くていらっしゃる」


 当然貴方もその血を引いているから周りの人より特殊でしょう、と少女はあっけらかんと笑った。住む世界が違うってそういうことよ、と。


「獣への親和性。これはきっと両親から授かったものでしょうね。――戦闘能力の高さ。これはきっと、お父様からいただいたもの。妙な物を引きつけてくるのは――お母様譲りといったところかしら」

「妙な物……?」


 そんな妙な物を引きつける力なんて俺にはなかったはず。ここ最近一番妙だったものと言えば。

 そこまで考えて俺は眼前の少女に見入ってしまった。


「……一番妙だ」

「――なにか?」

「あ、いや。何でもない」


 ぼそっと呟いたそれは少女には聞こえずに済んだみたいだけれど、一番妙な物って言ったらこの少女だろう。別世界からきたとか言ってるし、塩で傷が治る虎なんか引き連れてるし。やっぱり妙だ。

 それを考えるとこの少女の話もあながち間違ってはいないのかもしれないが、妙な少女の妙な話を信じて良いものかどうかもよくわからない。俺に分かることは動物の特性とかどこまで痛かったら死にかけるかとかそのへんだ。


 ――しかし、確かに俺の母親は変な物に縁がある人だった。知人には吸血鬼退治をしない吸血鬼ハンターがいたはずだし、効果は覿面(てきめん)だが飲んだらあまりのまずさに死にかける“秘薬”なんてものを持っていたりもした。母親自身、変わった物を集めるのが好きで、呪われた指輪だの、魔女の血がついたとされる曰く付きのナイフだのを買い集めていたりもして、幼い頃に俺は子供心にドン引きした記憶もある。頭の良さとは裏腹に、まるでどこの酒場のねーちゃんだよ、と思うほど派手な美人だったから、その辺も変だと言えば変だろう。要するに、外見と中身が一致していないのだ。詐欺レベルで。


 父親はと言えば、母親を遙かにしのぐ腕っ節の強さを身につけていて、親父が昔に世界中を旅していたときは龍と殴り合いをしたとか、友人の狼男と取っ組み合いの喧嘩をしたとか、いろいろ聞いた気がする。寝物語にと口にするにはいささか刺激的すぎる話だった気もするが、腕っ節と反比例して頭は残念な方向に寄っていた父親のことだからまあ仕方ない。頭の良さだけは母親似で良かったなと俺はたびたび思うし、割と狡猾な部類の母親が何であんなバカな親父と結婚したのかも分からないけど、お互いにベタぼれだしそこに打算はなかったと信じたい。母親は確かに面食いで、親父は確かに凛々しい顔つきではあったけれど、顔だけで結婚したとは思いたくないし打算の末に生まれたのが俺――だなんて話もごめんだ。


 そして確かに、二人とも獣に愛され、獣を愛していた。目の前の少女は「親和性」なんて無機質な言葉を使ったけれど、あの二人と獣の間にある絆はそんなに簡単に口にできるようなものじゃない。二人とも同じように旅をして、旅の途中でお互いを見初めたと俺は聞いているけれど、二人のしてきた旅がお見合い旅行程度の軽いものではなかったことは――両親が冒険者を引退直後、すぐにあの人のいない北国に引きこもったことから明らかだ。旅の途中のありとあらゆる話を根ほり葉ほり聞きたがる世俗を嫌ったのだ。


 俺の母さんと父さんは、旅する中でたくさんの相棒を失い、それでもこの世に平穏をもたらすために戦った、と言う話が曖昧に、漠然と、されど広く伝わっている。いくら話が誇張されても、また実際の話よりいささか粗末な尾ひれが付いていたとしても、二人がその詳しい話を俺にすることは全くなかったし、俺もその話をするように二人に強請ったことはない。ただひとこと、二人が“多くの相棒を犠牲にしなきゃいけなかった”と悲しげに呟いたのだけはよくおぼえている。両親があの旅について俺に語ったのは、その一言だけだった。


 獣使いになったから分かる。相棒を失ったときの悲しさや喪失感は、思い出したくもないほど大きいものだ。父さんと母さんの旅の話には相棒の喪失は付き物。二人とも、それを思い出したくないんだろう。そう思っているし、きっとそれは当たっている。


 だから俺は旅にでるときに、復活直前らしい魔王も倒さないと決めたし、ましてや世界をすくうなんて大それたことは考えないと誓った。俺がしたかったのは世界をみて、新しい動物を知ることと、俺の相棒と外にでて、同じ景色を共有することだけ。そのついでに密猟者たちをシメていけば、動物の平和は保たれるかなと思っているからそうしているけれど、俺には動物で手一杯だというだけの話だ。両親と同じような旅にでて、同じように相棒を失うのだけはごめんだ。


「で、それでどうしたいんだ? 異世界とか何とか言ってるけど、俺にどう関わってくる?」

「端的に言えば監視」

「監視?」


 オウム返しの俺の言葉に、少女はしっかり頷いた。




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