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箱の中の猫


「マフィアとして大切なもの……? あんたがそれ聞いてどうしようってのよお!」

「どうしましょうか。どうされたいですか?」


 取り乱す美女とは裏腹に、少女の方はどんどん冷静になっていく。年若い少女がするとは思えないような冷たい瞳をして、少女はどんどん美女を私たちが先ほどまで隠れていた小屋の方へと追いつめていく。

 美女は凶暴な虎におそわれたネコのような顔をして、少女の思惑通りに小屋の中へと後ずさる。袋の鼠になるのだなあ、とわたしは遠巻きながらそれを見守った。


「答えて下さい」


 少女が懐からとりだしたのは拳銃だ。脅すように一発、倉庫のような小屋のような建物の中にあった小麦粉の袋へぶちこんだ。

 小麦粉が舞い、白く女が煙る。むせそうだなと私が思っているうちに女はむせていた。まあ、当然である。

 私の後ろでは緊張感もなく虎と青年が戯れているが、青年の顔は少々堅い。舌がない虎のことを考えているのは丸わかりだった。


「私はねえ! 好き勝手やることに決めてるの! マフィアは略奪するのが仕事! あんたみたいな乳臭いガキにもそれくらいわかるでしょ!」


 なるほど――と少女は恐ろしいほどに美しく笑い、続けて三発ほど別の小麦粉の袋に銃弾をぶち込む。袋に鉛玉が接吻をするたびに小麦粉は舞い上がり、小屋の中は小麦粉で真っ白になった。肝心の女が見えなくなってしまうほどだ。


「じゃあ、私も好き勝手することに決めましょう」


 少女は手にしていた銃を倉庫へと放り込み、倉庫の扉を閉める。それに気づいた美女が扉をこじ開けようとする前に倉庫の扉を凍り付かせてしまった。

 魔法使いってやつか。私もマゾヒストについて旅をしているから、たまに魔法使いみたいな、魔法を使う人たちを見てきたりした。こういう超状現象みたいなことをさらっとやられると、異世界とやらにきたのだなあとやはり思ってしまう。

 ファンタジー万歳である。私が魔法を使えるようになったら、隕石を呼び出す呪文とかを是非とも使ってみたい。大地に大穴を開ける人生というのもなかなかにダイナミックではないか。


「あけなさいよお!」


 凍り付いた扉をダンダンと美女は叩いているようだった。少女はそれを大人しく聞きながら、私と獣使いの青年に目配せをする。下がって、出来るだけ遠くに――と少女は声を出すことなく唇を動かした。


「引き金を引くかどうかは貴女次第(・・・・)


 謎めいた呟きを少女は残し、虎に悼むような目を向けて――にっこりと笑った。


()が開くまで中にいる猫は死んでいるか否かわかりはしない――死んでいる状態と生きている状態は同時に存在する、だったかしら。でも、貴方は“死んでいる”でしょう――?」


 その呟きは私にしか聞こえなかった。

 だからこそ、私はこの少女が私と同じ立場に(転生して)いることに気づいたのだ。


 ――シュレーディンガーの猫。


 気づいた瞬間に起こったのは鼓膜を直接殴りつけるような爆発音。爆風は人より遙かに軽い私の体を宙へと押し上げ、私は空を舞う。別にこんな形で飛びたくはなかったのだけども!


 少女は爆発が起こることを前もって知っていたかのように、自らは氷で生成した壁のようなもので爆風から身を護っていたし、マゾヒストの目の前にも同じものを作り上げていた。虎はまるで慣れているかのように爆風の及ばないところまで逃げていたから――私だけが逃げ遅れたような形だ。


 ペンギンの歩幅の狭さを鑑みてくれればこんなことにはならなかったと思うのだが、マゾヒストが宙を舞う私を見事にキャッチしたので、この件はとりあえずおいておこう。お礼代わりにマゾヒストをフリッパーで叩いてみたが、恩を仇で返したわけではないので勘違いしないでほしい。彼にとってこれは紛れもないご褒美である。


「――すみません、あなたたちがいることをころっと忘れてました……」

「いや……まあそれはいいや。それより何で爆発したんだ? 魔法を使ったようには見えなかった、けど」


 申し訳なさそうな表情の少女は、念のためにとマゾヒストから治癒魔法をかけられている私を見てしょんぼりする。さっきまで存在していたあの雰囲気はかききえていたけれど、私がこの少女に抱いた疑念はかききえることはない。

 律儀にも少女はマゾヒストの質問に答える。


「小麦粉に火がついたんですよ。それで爆発したんです」

「小麦粉に火?」


 粉塵爆発か、と私はぼんやり思う。

 可燃性の細かい粒子が、空間の至る所に散らばっている(舞っている)としたら、それはガスと同じ効果を発揮するわけで。だからこそ、あの少女はわざわざあの古くなった小麦粉の袋を撃ち抜いて小麦粉を舞わせ、その後迅速に扉を閉めたわけだ。


 そこで美女が少女に投げ入れられた銃で扉を撃ち抜きぶち破ろうとして――小麦粉に着火し、爆発が起こったと。そこまで見越して銃を倉庫に投げ入れた少女には天晴れと言いたいが、()()()()()()()()()()引き金を引かせたというのは――“少女”のするような行いだろうか?


 私には、少女らしからぬ存在に見えてならない。

 もっと別の何か――おぞましい存在なのではないか?

 

 先ほどの呟きもそうだ。

 私の専門ではないし、そもそも名前がうっすらと出る程度の知識しかないが、あれは間違いなく“シュレーディンガーの猫”で間違いない。量子力学だか分子力学だか、難しいことを私は全く知らないが、その思考実験の名ぐらいは知っている。かっこいいから覚えていたとも言う。理解は全く出来ていない。女子高生に理解しろと言うのがまず無理である。ムリムリ。女子高生は友達とその彼氏の関係、周囲の人間関係を理解さえしていればだいたいうまくやっていけるのである。


 さて、話を元に戻すが――“シュレーディンガーの猫”なんて思考実験は“この世界”では存在していない。私がいた世界に数多存在していた幻想小説のように、私の転生してしまったこの世界には科学なんて大それたものはないからだ。シュレーディンガーの猫が出てきたついでにエヴェレットの多世界解釈でもしてやりたいところだが、こちらも私は薄ぼんやりとしかしらない。私の専門はあくまで鳥である。


 さらっとこの説明を投げるなら、この世界は“科学のかわりに魔法の発展を選んだ世界”ということになる。きっと私がいた世界は“魔法の変わりに科学の発展を選んだ世界”であり、それは猫が(この世界で)死んでいる(魔法が発展した)”か、“生きている(科学が発展した)”かの違いだ。あらゆる選択の元に生まれ出る無限の世界。それが“多数の世界が同時に存在している可能性を指摘する”――多世界解釈――なのだろう、と私は理解している。合っているかどうかはしらない。理解の方法は人それぞれだし、正しく理解するのも間違った方向へ理解するのも、同じ“理解”であることに変わりはないのだ。


 要するにこの世界で生まれ育ったものに“シュレーディンガーの猫”の話など出来るわけがないのだ。アレは科学的な話であったと記憶しているし、その“科学”はこの世界には存在しない。存在しないものは話しようがない。


 そこから導き出される答えは一つ。


 ――少女は私と同じ、“転生者”であるということ。





 

区切りが良かったので、今回は短めです。

無事にお仕事決まりました!ので、少しずつ進めていけたらなと思っています~。

現在は神を喰うことに情熱を費やしています。

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