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しゅとっと手刀

 いきなりだが、私たちのいた小屋のような倉庫のような建物はもう跡形もない。私たちの目の前にあるのは赤く燃えている倉庫だった何かと、それをかこむ火の海で――ローブ姿の少女がそれに向かって水を淡々とかけ続けている。水をかけたところでもう倉庫には何の意味もないだろうが、周りに火が移るのは防げる。水は魔法で出したものらしい。魔法使えるんだ、やるなあ――などといいながらマゾヒストはその光景を眺めている。


 私はといえば、少女を横目でみながら少女に関しての考察をかさねはじめていた。

 これは私の勘であり、或いは憶測であり、推測の結果の確信にも近い何かであるが――彼女は私と同類なのではないだろうか。



***


 さて、時は数刻前にさかのぼる。



 倉庫から飛び出た青年は、見事に大立ち回りをして見せた。いつもどおりあの被虐趣味者生成鞭の女王の茨鞭(マイ・フェア・レディ)を手にとって、取り巻きの男たちを自分と同じ性癖に落とそうとしていた――改めて考えてみるとまったくもって嫌な響きである。


 風切り音をあげながら縦横無尽に振るわれる鞭。赤い一閃は何度も何度も蛇のように男たちに襲いかかっている。

 鞭は狙いを違えることなく確実に、そして迅速に敵をとらえてはマゾへと堕としていく。なかなかの地獄絵図だった。がたいの良い男たちが鞭を振るわれる度に、心地良さそうな顔でそれを受け入れるのだ。ここはマッサージ店でもなければ温泉でもないというのに――わたしはぞっとした。


 まだ獣使いの青年の恍惚とした顔の方がましである。もちろん、青年が世間一般に言うイケメンだから――だとかそう言う理由ではない。イケメンでも許されざる所行というのはあるし、“まだましだ”というのは見慣れているからだ。つまり、恍惚としたときの獣使いの顔に私は見慣れているのである。見慣れさせられてしまったのだ。不本意なことに。しかし、見慣れぬ顔面凶器より見慣れた顔面凶器の方がまだ精神的に余裕がある。


 さて、顔面凶器といえば。


 青年の顔はいつものマゾ的なものではなく、密猟者向けの顔になっていた。早い話、チンピラと化していた。その青年に影響されたのか嬉々として戦闘に加わっていくローブの少女。影響されるなら歴史上の偉人にしてくれ! この世界の偉人を私は知らないが! 少なくともそこのマゾよりましだッ!


 私はそんな二人を止める間もなく、全く別の意味で地獄と化したその場を見つめていた。少女に蹴り飛ばされて喜んでいる奴もいれば、鞭に当たりにいくチャレンジャーもいる。見た目には絶対に痛いだろうに、本人たちは喜んでそれを受けに行っているのだから恐ろしい。


 ――少なくとも、屈強な男達が恍惚とした顔で鞭や蹴りを受け止めているという姿は、高みの見物をしている私としては精神的拷問に近い。シュールだとか何だとかを通り越して、悪夢だ。よだれを垂らしかねない奴までいる。きたねえなと思ってしまう。


「――あっ、アンタ達なにしてんのよぉ!」


 鞭にわざと当たりにいく取り巻きに、肉感的な美女が半泣きになっている。無理もない。血と涙とでぐちゃぐちゃになった顔は……その、色々と凄みがあった。美人だからとかそう言うのではなくて、なんかちょっと悪いことしちゃったかなあと思うくらいのすごみ――ぼろぼろさだ。でも鼻水垂らして泣いているわけでもないので、まだ余裕はあるんじゃないかなとも思っている。人が本気で泣くときは鼻水も垂れるわ涎も出るときはあるし、もう少し見られない顔になっているはず――と思ったが、鼻血を出している時点で結構見られない顔だったことを忘れていた。まあ、そんなのはどうでもいい。


 一方、意気揚々と倉庫を出て現在猛威を振るっている特殊性癖二人組を見る。すごく楽しそうだった。何よりだと思うが、その一方で子供のように地面に座り泣きじゃくっている血塗れ――鼻から下だけ――の美女が不憫でならない。彼女が何をしたのか、私は詳しいことを全く知らないし、少女の反応と少女にかけた言葉からしてこの美女は善人じゃないのだろうけれども、マゾヒストの青年とサディストの少女にボコボコにされるだなんて思わなかっただろう。


 わたしだってこんな特殊な性癖に目覚めちゃってるような人たちとはあんまり関わりたくないし、ボコボコにされたくもない。もっとも、ここでボコボコにされたかったらマゾ確定だ。

 こういうのは遠巻きにみるぶんには最高に面白いだけで、当事者ともなると面倒くささの方が先に立つ。面白いことがないわけではないが。


 私はそっと、泣きじゃくる女性に近寄って――フリッパーを彼女の首にしゅとっと置いた。結構な勢いで。慰めようとしたわけではない。首筋に手刀を落としただけだ。

 大丈夫、加減はしてある。私だって人殺しになるつもりは毛頭ない。わけのわからないやつの命を奪ったからと重すぎる十字架を背負うつもりは全くないのだ。見たところ、首は折れずに意識だけが飛んでいった。


 早い話――一度やってみたかったんだよねー! というやつだ。思い付いたが吉日! やらぬ後悔より殺る後悔! 手刀を落として相手を気絶させる、という技に憧れるのはわりとよくあることだろう。


 見たくもない現実――特殊性癖二人組の猛威――を無理に見させることはない。意識を奪ってしまえばそこには滔々とした暗闇しか広がらないだろう。良くやった私。さすが私。優しい。ローブを着た美女は私の足下でぴくぴくとしながら泡を吹いているが、命に別状はなさそうである。顔の現状はかなり酷いが命あっての物種だと理解してほしい。

 被害が気絶にとどまっていたところをみると、きちんと加減は出来ていたようだ。加減はしたものの少々不安は残っていた――というのはここだけの話にしておくべきだろう。


 手っ取り早く美女の意識を奪い、私はそれをズルズルと戦闘とは無縁そうな場所へ引きずった。さすがに意識もない状態であの乱戦……? 状態の場所に放置するのはどうかと思ったからだ。なんだか踏まれそうで、これ以上ぼろぼろになるのは少々哀れに思えたからだ。哀れみのある私はよい皇帝になりそうである。

 それに単純に私があの場所から離れたかったという事もなくはない。つまるところ、他人のふりをしたい。もう無理な気がひしひしとしているが。


「踏まれたい奴から前にいらっしゃいな!」

「どいつもこいつも動物をなんだと思ってやがんだ!」

《お前は人をなんだと思ってるんだ……》


 弱い者いじめを楽しむチンピラよろしく、嬉々として鞭をふっちゃったり、けっ飛ばしたりしているこの青年に動物に対する態度を改めよと言われても、なかなか納得はできないだろう。人だって動物である。


 二人がかりで筋骨隆々の男達を手玉に取っている――なんだか言葉がおかしいような気もするが悲しいことにこれが確かなのだ――あの二人は、当初の目的なんてどこかにほっぽってしまったような盛り上がり方だから、少なくとも私くらいは話を聞ける人(鼻血を出した美女)を確保しておかねば。そうでもしないとその後の《大きな子猫ちゃん》とやらがどこにいったかもわからないわけで。


 しかしマゾ相手に戦うというのはやっかいである。

 どれほどダメージを与えようと、精神的ダメージはまるで無いどころかむしろもっとやってくれとばかりに群がってくるのである。倒れる気配がまるでない。あの鞭の恐ろしさと攻撃力の高さは承知していたが、あれではある意味諸刃の剣だ。高威力でも相手は喜んでそれを食らいにくるわけで。痛みがほしいからとなかなか倒れない。

 まるでゾンビのようだなあとしみじみしながら、私は男達を観察し始め――妙なことに気付いた。


 男たちはおそらく、ダメージを食らっていないのだ。別に、マゾだからとかマゾでないとかは関係がない。マゾでも攻撃を食らい続ければ少しは体の動きが悪くなるものだ。簡単に、それでいてグロく説明するのならば――いくら痛いのが好きなマゾであっても、足をもがれたら立っていられない、ということだ。極端な例えではあるが鳥頭にはこれくらいしか思い付かないので勘弁願いたい。


 攻撃を食らい続けたら当然血だってでるだろうし、骨も折れたりひびが入ったりするだろう。だから体の動きが悪くなるはず。大暴れしているあの二人が手加減しているようには全く見えないから、男達が筋骨隆々であれ――もうそろそろ“へたばる”頃合いで間違っていないはずなのに。


 血は流れている。それは地面を見ればすぐにわかる。

 怪我は――骨が折れているとかは全くわからないが、すくなくとも怪我はしている。女王の茨鞭(マイ・フェア・レディ)で打たれたら皮膚くらいは割と簡単に裂ける。


 おっかしいなあと思いながら私は戦闘の行方を見守った。先ほどまではそんなことはなかったが、今やへたばっているのは獣使いの青年や少女の方だ。獣使いの青年はまだそうでもないが、ローブの少女は暴れすぎたのかお疲れ気味だ。蹴りにキレがない。


「こいつらなかなかしぶといな――」


 青年が珍しく苦々しい声を出す。

 どうしても駄目そうだったら助けに行ってやろうと私は高みの見物を決め込んでいたが、私が参戦するのもそう遠くはなさそうだ。事態が動いたのは多分、そのときだったと思う。


 生き地獄を見せてやるとフリッパーを振り始めた、その私の目の前を何か大きな獣が走っていく。


 なんだ無粋なやつめ、私の出番を奪うつもりか――などとは思わなかったが、あんまりにも唐突だったから視線を奪われた。

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