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殺気立ってるさっきの女



 一つ言い訳をさせて欲しい。私は女の顔を狙いはしたが、鼻血を吹き出させる意図は全くなかった。我ながらナイスシュートだと思ったが、いや全くそんな意図など無かった。信じて欲しい。


「なっ……何なのよこいつぅ……!」


 鼻の下やら唇やらを血でべっとりと濡らした女は、私を憤怒の形相で睨みつけながらそう口にする。――あ、どうも。ペンギンです。


 私はどうも、こういった雰囲気の女性は苦手だ。別に顔とか体つきにコンプレックスがある訳じゃあない。そんな私怨でこんなことはしない。私怨だったらもうちょっと陰惨な目に――何でもない。とにかく、私はこの女のべたっとした話し方がどうも苦手である。猫なで声というのか。

 

 この姿(ペンギン)になってからというもの、自分の本能というか欲求に忠実になってしまった感じはある。人の頃はこんなにめちゃくちゃな性格ではなかったと思うし――少なくとも、世界を支配してやろうかな! などという前向きでアクティブでアグレッシブな思考になることもなかった。

 あの頃の私の頭を占めていたのは常に鳥のことであり、鳥の風切り羽のことであり、今朝みたカラスの毛並みのことについてだったり、フクロウの首はどこまで回るのかだったり、アンデスフラミンゴについての諸々だったりした。


 ここのところ、そういった思考はどこかにいったようにすっぽりと抜け落ちていることがある。

 多分それは私自身が鳥類になってしまったことに起因しているのではないかとも思うが、――(自分自身)のことについてしょっちゅう考えている人間は少ないだろう――鳥のことよりも他の雑多なことに頭が回るなんて私にしては珍しいことなのだ。本当に。


 まあ、今回その“雑多なこと”には“この一団の殲滅”があったりなかったりするのだが――それは別にいいだろう。人だろうが動物だろうが私の前に跪いて貰えば良いだけの話で。私は邪魔な者には視界から退いて貰うタイプである。それも出来るだけ剣呑な方法で。


 そんなことをぼんやりと考えながら、私は私につかみかかってくる女の取り巻きの男の腕を思い切りひっぱたいた。鈍い音がしたのはいつものことだし、男が痛みで悶絶したのも特に珍しくはない。私の隣でマゾヒストが期待に満ちたような顔をするのも見慣れてしまった。不本意だけどな!


「この寸胴ッ!」


 蹴り飛ばそうとしてきた女の足をひょいと避けて、私はぱたぱたと走り出す。葡萄色のローブのスリットから白い足が見えたが、セクシーさを求めるならもう少し足は太い方がいいと思うぞ!

 むっちりした足は何となく良いものだが、鶏ガラみたいな足はどうも……見ていて栄養状態を心配してしまう。


 飛んだり跳ねたり、伸びてくる手を時にはつついたり叩いたりしながらチョロチョロと逃げ回る私を、マゾヒストは軽々と抱えて走り出す。もう少し遊んでやろうと思ったのに――。


「待てッ!」

「鼻血吹き出してる女と並んで歩く趣味はないね!」


 挑発的な台詞を一言残し、マゾヒストは走る走る。さすが、北国の角狼と鬼ごっこをして鍛えた足だけはある。怒りと屈辱で、ついでに鼻血で真っ赤に顔を染めた女は、顔に手を当てながら「さっさと小娘もろとも捕まえて連れてらっしゃいッ!」と怒鳴っている。あんまり怒ると皺が増えるから止めた方がいいと思うのだが。


 走るマゾヒストに並んでついて行くこの少女もなかなかだ。屈辱に満ちた女の顔を見ていたときのこの少女の顔といったら嗜虐的なことこの上なかったし、ああこれこそがサディストというやつか……と納得してしまう顔をしていた。私の回りにはマゾヒストしかいないので、新鮮な経験だった。経験したくもなかったが。


 走り回った私たちは追っ手を適当にまき、町の外れにあった倉庫らしきところに身を隠す。木製のドアがつけられたそこは埃臭く、なんだか使えなくなったような小麦粉の袋が適当にいくつもおいてあった。もったいない。


「あの人、君に“呪い”をかけた人?」

「……はい」


 ひそひそと声を潜めて話す青年は、“妖術士”かなあ、なんて口にしている。妖術士とはこの世界の魔法使いみたいな奴だ。私からしたらどこかのびっくり人間ショーに出そうな人――くらいの認識だけれども。呪いをかけたり火を噴いたりするらしい。ライター代わりに使えたりするんだろうか。少し気になる。


「何で呪いなんてかけられたんだ? “年増のくせにかわいこぶった口調で話してんじゃないわよこのクソババア!”とでも言ったのか?」

「いえ、まさか……」


 ――思っても言わないだろう、そんなこと。


 そんなにデリカシーのないことを言うとしたらこの青年くらいだ。さっきなんて鼻血云々をストレートに笑っていたし。あれは自分の顔に自信を持っている人種からしたらとんでもない屈辱のはずだ。この青年は常識が所々かけているから、時折私が頭を抱える事態に陥ることがある。ペンギンのフリッパーは頭には届かないけれども。


「じゃあ、何で?」

「私が虎をけしかけちゃって――」


 そりゃ呪いもかけられるわ。


 はぁ、と私の口からはため息がでる。本当にどうしようもないことに巻き込まれてしまった気が……。


 今回呪いをかけられたのはこの少女の相手が“妖術士”だったからで、妖術士にとってみればそれは虎をけしかけられたことに対する報復だろう。虎なんてけしかけられたらそりゃあ怒る。けしからんことだ。妖術士だから呪いで済んだのかも知れない。他の“戦士”や“格闘家”だったりしたら、もっと直接的な暴力を受けていた可能性もある。変な話――運が良かったのではないだろうか。


 しかしこの少女、虎をけしかけたといったか。獣使いだったのだろうか。獣使いくらいしか獣を扱えないと思っていたが。

 少女の見た目はどう見ても獣使いには見えない。獣使い必携の鞭もないし、銃を手にした獣使いなんて聞いたことはない。獣は銃を怖がる習性を持っているものが多い。


「あっ!? 違いますよ? 理不尽にけしかけた訳じゃないです!」

「――そうでなきゃ困るけどな」


 獣使いの青年が呆れたように口にする。

 そりゃそうだ、理不尽に獣をけしかけるような人間にその辺をゴロゴロされるのは彼にとっては許せないことだろう。

 この少女が青年にとって“許せない人間”だったとしたら、青年はためらいもなくまたシャチの海に向かうだろうし、或いは自らで鞭を手に取りかねない。動物にはアホみたいに優しいが、人間相手だとそうでもない。多分その気になれば女性相手に腹パンならぬ顔パンも出来ることだろう。さすがにそんなところを見たくはないが。


「あの人たち、あまり評判が良くなくて……毛皮の取れる動物を密猟しては売り――」

「よし狩ろう。ちょっと行ってくる」


 おそらく少女は売りさばいている、と口にしたかったのだろうが、密猟者云々の話題は彼にとってはある一つのスイッチになる。私はそれを前回の「理不尽チンピラ問答事件」でよくよくわかった。「なんとか言えよコラァ!」からの「舐めてんのかコラァ!」のあれである。あれほどの理不尽を私は今まで見かけたことがなかったので、とても印象に残っている。


 今にも鞭を手に外へ出ていこうとしている青年を、少女は必死に押しとどめた。多勢に無勢だと少女は言っているが、数の暴力が私とこの青年に通用するとは思えない。北国を舐めるなよ!


 そうでなくても被虐趣味者なのだ、よってたかってボコられるくらいは軽くご褒美だろう。――なんだ、何の問題もないじゃないか。


「止めないでくれ、俺は今猛烈に鞭をぶん回したいんだ」

「止めますよ! あれだけ取り巻きがいるんですよ? 寄ってたかってボコボコにされるのがオチです。内臓破裂くらいですめば良い方かもしれません。最悪、口から臓物が飛び出るくらい酷い目に遭わされるかも」


 ――何でそんなに危ない人間にこの少女は単身で喧嘩を売ったりしたのか。私にはよくわからない。


「構わないさ。生憎頑丈さには自信があるし、何より取り巻きなんて二桁に満たないだろ。俺は今まで狼の群れと鬼ごっこして生きてきたんだ」

「えっ……」


 どこで生活してらっしゃったんですか――と少女は聞きたいに違いない。聞くだけならおよそ文明的とは思えない生活だから。

 しかしこの“狼と鬼ごっこして生きてきた”のは、彼の趣味以外のなにものでもないわけで。それを知らない限りは、青年は未開の地で暮らしてきたのかと思われても仕方がないだろう。


「俺の旅の目的、教えてやろうか」


 少女の制止を振り切り、倉庫の木製の扉を開けながら青年は言った。


 扉の向こう側には殺気を振りまくさっきの女と、その取り巻きがぞろぞろと。もう気づかれていたらしい。あれだけ騒いでいれば当たり前だとも思うが。


「――密猟者の撲滅。殲滅。|サーチアンドデストロイ《見つけ次第始末》」


 後ろにいる私たちをかばうように倉庫から出て、後ろを振り向きもしない青年は絵的にはさぞかしかっこ良いのだろうが。


 ――そんな話初めて聞いた。


 私はてっきり、世界動物もふもふ一周旅行に付き合わされているものとばかり思っていた。

 

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