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こいの予感

 ――その日、私は非常に非常識な者に出会ってしまった。非常に非常識。何だかリズミカル。エクセレント。しかしラッパーになる予定はないのでリズミカルだというところで何の意味もない。


 私たちは密林を抜けた後、ただひたすら天竺を目指す三蔵法師のように西に向かった。理由は特にない。強いて挙げるとするのなら、暑さに辟易した――といったところか。


 天竺はインドだったか? 三蔵法師はカレーでも食べたかったのだろうか。私はラッシーを飲んでみたかった。

どうでもよいことだが、私が人だった頃にスマートフォンで「さんぞうほうし」と打った際に「3増奉仕」と出たことがある。何となく3割増しで奉仕という名の残業をさせられるサラリーマンを思いだし、切なくなったものである。――本当にどうでもよかったのにはこの際目をつむってほしい。


 私がその非常識な者に出会ったのは、とある寂れた町だ。私とマゾヒストはいつものように町を歩き、適当に店を冷やかしたり、町の女性にちょっと愛想を振りまいたりして食べ物を貰っていたりした。いいか、恵んで貰っていたわけではない。純粋に自分の魅力を活用して対価を得ていただけである。その辺を間違えると媚びと愛想に違いが無くなるので注意してほしい。


 ――最初に耳に入ったのは銃声だった。

 ――次に聞こえたのは女の叫ぶ声だった。


 私たちはしばし舗装された道――石畳の上に立ち尽くしてから、野次馬根性丸出しでその声のした方向に走った。別に女を助けようとしたわけじゃない。純粋に何があったかを知りたかっただけだ。まあ、ちょっと危ない目に遭ってたら助けようと思うくらいの良心はギリギリで存在していたが、残念なことに私も獣使いの青年も、人間にはとんと興味がなかったのである。


 とりあえず走った。石畳をガツガツ蹴りつけて走った。獣使いの青年のブーツは石畳にも優しかったが、私の脚の爪は石畳には優しくなかった。まあ仕方ないだろう。動物の体は人工物に優しくは出来ていない。石畳が一部割れたり欠けたりするのも仕方ない。だって皇帝ペンギンですから! 脚の爪まで皇帝級のワガママボディなのだと理解してほしい。私の爪は石畳にはいっさい配慮しないわがままな性能なのである。おかげでこの世界の制圧に非常に役立っている。


 石畳を欠けさせながら走り、私とマゾヒストは声の上がった場所へと急ぐ。結構走ったが息が切れていないのは日頃の運動があるせいだろう。来る日も来る日も大なり小なり野生生物と戦っているから、体力はイヤでも付く。


 この前なんてワニを一匹しとめた。ワニは口を閉じる力こそ強いが、口を開ける力は笑ってしまいたくなるほど弱い。

 そのときは丈夫そうなツタでぐるぐると縛ってしまったが、ガムテープがあったらガムテープでグルグル巻きにしていたところだ。口封じとはまさにこのこと。もしワニに出会うことがあったら、試してみることをおすすめする。


 ――もっとも、ワニに遭遇するような場所にガムテープを持って行くことなんてそうそうないだろうし、失敗したらワニの素敵なディナーになってしまうので――ご利用は計画的に。

 どうでもいいが、私は人だったころに「素敵」と「素数」をよく読み間違えていた。“自分と一以外では割れない数を《素敵》という”なんて読み間違えを起こしたときには、数学の教科書を二度見どころか三度見した。三度目で気づくあたりがアレでね、と友人には言われたけれども。


 まあ、そんなわけで体力の有り余っていた私たちは、目を覆いたくなるような悲惨な光景に立ち会ったわけである。


 ――屍に死体を積み上げて苺のミルフィーユを作ったような、そんな光景だった。人の体がパイ生地なら、たまに見える赤い液体は苺ソースで良いだろう。たまには女らしく――となかなかメルヘンなたとえをしてみたつもりだが、不気味さがました。なんてこった! パンナコッタ!


 スキンヘッドの男、入れ墨をばっちり決めたごろつき風の青年、眼帯が恐ろしげに見えなくもない出っ歯の男。……多分こいつは語尾に「ゲス」とか「ヤンス」ってつけるタイプだろうな。全くの偏見だけれども。


 人がまるで魚市場のマグロのようにゴロゴロと転がされているような場所にしっかりと立つ一人の少女。赤い雫が散ったような個性的な模様の白いローブは風に裾をはためかせていた。


 ――この子が悲鳴を上げたのかな。


 それにしては顔は平静そのものだ。しかし、この子以外に悲鳴を上げた者がいるとするなら、この冷凍マグロのように転がった男のうちの誰かが、あの高い声を挙げたことになる。それは気持ち悪い。それはないだろう。多分。


 目の前に転がるマグロ――否、大の男たちに、少女は怯えもしていないし、心配することもしていないみたいだ。心臓に毛どころか針とかが生えていそうだと思った。将来の大物である。


「大丈夫?」


 おそるおそる――といった様子でマゾヒストは少女に近づき声をかける。後ろ手に鞭を持っていたのは私の見間違えではないだろう。現状だけみるなら――少女が怪しい。人がバッタバッタと倒れているこの場所で仁王立ち、しかも顔色が悪くもない、となればどうしても疑ってしまう。


 鞭を取り出して攻撃をいつでも出来るように――というのは間違ってない。少女に対する武器が鞭というのは見た目的に色々と誤解を招くだろうから、そのチョイスは全面的に間違っている気がするが。


「キャー!」


 ――少女は予想外の行動に出た。


 叫んだ割には真顔で、ローブの袖からチャッと滑らかな動作で拳銃を二つ引きずり出し、その二つの銃口をマゾヒストに向け――。


 撃たずに殴りつけた。見事な二連撃だ。鈍い音が二つ。銃身は確実にマゾヒストの頭をとらえた。そこは撃っとけよと思わず口にしそうになる。口にしたところで意味が通じるとは思えないが。


 しかしさすがはマゾヒストだ。そんな攻撃はものともしなかった。当たり前だ、奴は私のフリッパーを食らい慣れている。むしろ食らいに来てる。三度の飯よりたたかれるのが好きという変態である。頭を二回も殴りつけられたというのに「あれ、これだけ?」といったようなもの足りなさそうな顔をしている――。


 ……今更ながら、本当にこの青年の頭は平気なのだろうか。今攻撃を食らったことについて心配をしているわけではない。そもそもの構造が平気かどうか心配になる。これは何度目の心配だろうか……。


「気は済んだか?」


 マゾヒストがほほえみながら少女に問う。その視線は“俺はぜんぜん気が済まないんだけど! もうちょっと殴って貰っても構わないんだけどな!”と如実に語っている。が、少女はちょっとその視線を別の方向に解釈したらしい。ぎょっとした顔をして、再び拳銃を構え直し――「ごめんなさい!」と叫んだ。言動が一致していないのはこの際おいておこう。銃口を向けられているのは私ではないし、どうでもいい。


 少女はいきなり殴りつけられたことに、この獣使いの青年が静かに怒っている――とでも思ったのだろう。いや、普通はそれで合っているんだけれども。残念ながらこの獣使いの青年(マゾヒスト)は普通じゃない。普通じゃないのだ。大事なことだから二度も言うが、普通じゃない。――あっ、これで三度目になってしまった。


 拳銃を構えながらも手がふるえている少女に――まあ、普通は頭を殴りつけられたらこんなに平然とはしていられないはずだから、少女が怯えるのは無理もない――青年はいたって普通に声をかけた。


「……ああ、怯えなくてもいいよ。怒ってもない」


 むしろ嬉しいです! という心の声が聞こえた気がしないこともないが、光景だけを見るなら少女をなだめる温厚な青年という絵面だ。野暮な推察は入れるまい。悪夢をわざわざこの少女に見せることもないだろう。年若いときに出会ってしまった変態など、後々のトラウマにしかならない。


「――本当?」


 だから銃を下ろせ! 下ろすんだ! 変態の目が輝きかねないから! 


 普通ならアウトだぞその態度――と私は思わなくもないが、普通とはかけ離れているこの青年的にはアウトでも何でもないらしい。本当本当、と軽く声をかけている。

 少女はやっと銃をおろし、青年に「ごめんなさい」と再び口にし、今度は深々と頭を下げた。


「こいつらの仲間かと思ったの」

「あ、これやっぱり君の仕業?」


 冷凍マグロのようにぴくりともしないスキンヘッドの頭をつま先でちょいと転がし、「気が動転しちゃって」と少女は恥ずかしそうに口にする。


「――襲撃されて、気が動転しちゃって、思わず殴りつけちゃって」

「そっかー、それは大変だったなあ」

《つっこめよ!》


 襲撃されて――はわからなくない。


 少女が一人でふらっと歩いていたら、襲おうとする男もいるのだろう。少女の見た目はぶっちゃけ可愛い。艶やかな黒髪とか、白い肌とか、赤く染まった頬とか。

 手にした拳銃とか、白い頬に血とかがへばりついてなかったらもっと可愛かった。うんうん、人だった頃の私によく似てます! 


 ――すみません嘘つきました! 憎たらしいほど顔は可愛いので、そのお綺麗な顔に穴でもあけて――おっと。


 そんなことをしている場合じゃない。この拳銃打撃少女が何なのか見極めないと。私の覇道の邪魔になりそうなら遠慮なくフリッパーです! 


「女の子を襲うような奴がこのへんにも出たのか……」

「そうなんです、そうなんですよ!」


 女の子を襲う、か。確かに誉められた行為ではないのだけれども、この惨劇をみると襲った方に同情しなくも――いや、襲うなら襲われる覚悟も持つべきですね! 過剰防衛は嫌いじゃないですよ! 


 しかし、気が動転して思わず殴りつける――というのはどうなんだろうか。見た目にはそこそこか弱そうな少女だが、なかなかに脊髄反射で物事を進める性格らしい。というか、青年を殴りつけたときの少女の目は冷静そのものだった。……これは故意の予感がする。

 気が動転して殴ったのではなく、そもそも襲われたのを口実に人を殴りたかったのではないだろうか。惜しいな、意志の疎通ができたなら私の良い話し相手になったと思うんだけど。


「でもほら、この辺変態とか変人とか危ない男が多いらしいし、一人で歩くのは危ないだろうに」


 一人で女の子が出歩くなんて――と獣使いは真っ当な人間の顔をして少女にそう諭しているが、すでに諭しているこの青年自体が間違いなく変態で変人で危ない性癖を持った男である。洒落にすらならない。


「それはまあ――そうなんですけど」


 少女は微妙に言葉を濁した。

 そうだろ、と青年は真っ当に返した。ええい、この変態め! 真っ当な人間代表です――みたいな顔をするんじゃないッ!

 


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