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飛べない鳥類、空を飛ぶ哺乳類


 ママコンダ――子持ちのアナコンダだからママコンダ――に連れられてやってきたのは、木こりが斧をうっかり落としそうな泉だった。泉の中に斧を落とすだけで銀やら金やらの斧がもらえるなら私は迷わず世界中の斧を泉にたたき落としたい気分だが、果たして金で出来た斧に斧としての使用価値はあるのだろうか。きっとないに違いない。


 泉きれー! と少しわくわくした私の目の前にいたのは、バタバタと羽ばたきを繰り返す大きなコウモリがいっぴき。薄くゴム状の膜が張ったような翼はコウモリ特有のモノで、嘴で突いたら簡単に穴があきそうだなーって思った。


 思ったらやってみたいのが私である。純粋な好奇心なので勘弁してほしい。別にあふれ出る破壊衝動を抑えきれないわけでは――そ、そんなわけでは。


 幸い、ママコンダの子供と思われるチビコンダがコウモリの口にくわえられている。よしよし、ぶっ潰す大義名分が出来だぞと私はほくそ笑みながら、私の頭の上でくつろいでいたヘビザルに降りるようにと告げた。私の頭は居心地の良いクッションじゃないぞッ!


《あそこまで飛びたいから、私のタイミングあわせて頭を上げてくれる?》

《――鳥なのに飛べぬのか》

《飛べない種類なの。あれ、あなたの子供で合ってる?》

《――ああ。よろしく頼む》

《任せて、荒事なら大得意》


 私のこたえにママコンダは《成程》と短く返す。あれだけバリバリに痛めつけちゃったので、ママコンダ的にも納得らしい。そう、私の得意なことは武力制圧。それに他ならない。暴力こそすべてッ! 私は皇帝ペンギン! これがどういう意味だかわかるかッ! この私が! 世界で一番! 女王様って! ことなんですよッ!


 二回ほど跳ねただけでママコンダはタイミングを掴んだらしく、ナイスアシスト! と叫びたくなるほどばっちりなタイミングで私を宙に誘った。飛んでる! 飛んでるよ私ッ! こういうのは正しくは“飛ばされてる”だけどそんなのどうでもいい! ペンギンが空飛んでますよー!


 薄く張ったゴム状の翼に向けて私は嘴をつきだした。ペットボトルミサイル再来である。シャーッと宙を滑るのは快感で、でもさすがのフリッパーも羽ばたくのには向いてなかったっぽい。何かをノックアウトさせたり砕いたりするのには丁度良いんだけども、このフリッパーで羽ばたいたところで焼け石に水ってやつ。何の意味もないから、私はコウモリの翼を突き破ることだけに専念する。嘴をつきだした格好は多分間抜けなんだろうなと思うけれど、私はもうあの翼を破りたくて破りたくて震えております! 


 見ず知らずの謎生物がぶっ飛んできたことに、コウモリは少なからず驚いたようだった。私だって皇帝ペンギンがペットボトルミサイル気取りでぶっ飛んできたら腰を抜かす。驚いた拍子に口にくわえていたチビコンダをぽろりと取り落としたコウモリは、私を避けようとした――が、遅いッ!

 眼下のマゾヒストがおちたチビコンダをナイスキャッチしていた。チビコンダの体重を支えきることは出来なかったみたいで、少しバランスを崩したようだったけれど、チビコンダに害はない。


《――よかった!》


 チビコンダがコウモリの口から解放されたことにママコンダはほっとしたようで、迷わずにマゾヒストの元へと滑っていく。私はそれを見ながら、コウモリにダイレクトアタック! さあ落ちろ! 哺乳類のくせに空飛びやがって! こちとら鳥類なのにとべやしないんだよ! このこの!


 哺乳類で唯一空を“飛べる”コウモリは、私の個人的怨念のこもった攻撃をモロに食らった。ばりっと小気味よい音を響かせ、翼の膜が破れていく。そのままボテリと殺虫剤をかけられた蜘蛛のように地に落ちたコウモリの腹に、私は不時着した。お腹の感触はなかなか気持ちいい。ずっと飛び跳ねていたい気分だ。


 ぽんと一回腹で跳ねてから、わたしはしゅたっと体勢をととのえる。コウモリはしばらくピクピクと蠢いていたが、モゾモゾと動いてこちらをキッと見返してくる。


《貴様! 何者ッ》

《侵略者》


 私の答えは揺らがない。侵略、蹂躙、支配。この三つから成り立つ皇帝の路。それを譲る気もない。一片の躊躇いもなく口にしたそれに、コウモリは《本気で言ってんのかこいつ……》みたいな顔をした。中途半端に戸惑っている。戸惑うなら本気で戸惑えッ!


 コウモリは何をどうしたのか普通のコウモリよりもかなり大きくて、皇帝ペンギン()の三倍はあろうかという大きさだ。こんなに大きくなるモノなんだなあと妙な感慨を抱きながら、私は落ちたコウモリに近づく。空さえ飛べなきゃこっちのものだ。毛深いナマコにちょっと翼が生えてるくらいのものだと思っても何の問題もない。


《ちょっと顔かしな》

《は――ふぐッ》


 どうぞどうぞお貸しします――の言葉が返ってくる前にフリッパーを叩きつけた。魚の名前みたいな悲鳴を上げてコウモリはちょっと吹っ飛ぶ。


《ねえ、“顔”かしてよ》

《いた、痛い! いたい!》


 顔をもぎ取らんとするペンギンにコウモリは完全に怖じ気付いた――というか、まさか私がこれほど力を持っているとは思わなかったのだろう。顔をとってよこせとぎりぎり首を捻ろうとする私に、コウモリはついに牙をむいた。


《この、無礼ものッ》


 ガパッとコウモリは口を開けて、私のフリッパーに噛みつく。がりっと噛まれたフリッパーからは血が溢れた。痛いなー、と何となく思うが、コウモリもまた痛がっていた。


《いっ、か、堅い……》


 バカめ。フリッパーの恐ろしさをなめていたな。


 フリッパーはぶっちゃけると骨で出来ている。

 ざっくり適当に説明するなら骨を皮で覆ったもの――という認識で良いだろう。そんなフリッパーでばちばち叩いたらいつか折れるのではと思う人もいることだろうが、ペンギンの骨は他の鳥類に比べて遙かに丈夫だ。


 空を飛ぶ鳥の場合、どうしても身体の軽量化が必要となる。その矛先が向かったのが骨だ。鳥の骨は出来るだけ軽いようにと中身はスカスカしていて、人で言うなら骨粗鬆症なんじゃないの? と大げさに言っても問題はなさそうなタイプだ。


 それに比べるとペンギンの骨はみっちりと詰まっている。元々空は飛べない代わりに水に潜ることを覚えた種族だ。潜る上では体が軽いと不都合なので、ペンギンの骨はみっちりとつまって重いのだ。ちなみに、わたしのような皇帝ペンギンだと、だいたい三十キロから三十八キロほどあったりする。鳥類にしては結構重いのだ。


 このコウモリは私の骨に噛みついたようなものだ。北国ではほとんど毎日小魚を与えられ、小動物にそうするようにミルクを飲まされて、カルシウムの英才教育を受けていた――受けさせられていた私だ。ペンギンと猫を一緒にするなと何度言ったことか。獣の声なんか通じやしなかったが。


 そんなカルシウムの英才教育を受けさせられていた私の骨と、そんじょそこらの骨の硬さとを一緒にされても困る。カルシウムたっぷりの私の骨が堅いのは当たり前だろう。


《――クソ!》

《逃げるな!》


 破れた翼を必死に羽ばたかせたコウモリは、ふらつきながらも空へ舞い上がる。手が届きゃしないわ! と私はいらつき、コウモリは落ちるようにママコンダへと急降下した。


 ママコンダはチビコンダの無事に気を取らせてコウモリに気がついていない。危ないと声をかけるよりも早く、コウモリがママコンダにがぶりと噛みついた。

 暴れるママコンダの血液をコウモリが飲めば飲むほど、コウモリの破れた翼が修復されていく。正直舌打ちした。せっかく穴をあけたというのに――いや、むしろこれは開け放題と言うことなのでは? 私はプチプチマットを飽きもせずにぷちぷちできるタイプであったと言えば、それがどういう意味なのかわかってもらえるだろう。



 ――ただ、今はそんなことを暢気には考えていられない。私がペンギンとしてはかなり頑張ってママコンダのもとへ走ったが、その前にコウモリは獣使いの青年に鞭で一発食らわされていた。ぱしんと当てられた鞭を忌々しげに見つめて、コウモリは完全な翼でまた空へと舞い戻る。


 ぐったりしたママコンダを青年が再び介抱していた。ヘビザルはコウモリを睨みつけている。しかし睨みつけるだけではあんまり意味はない。でもまあいいだろう。まだヘビザルはおこちゃまなのだし。


《便利な身体ね》

《お前らの血も吸い尽くしてくれるわ!》


 牙を見せて威嚇してくるコウモリは、おそらく私の知っているコウモリではないのだろう。口の端からだらりと垂れる真っ赤な血が、ぽとりと音を立てて緑の草の上に散った。若草の上で赤い色鉛筆を削る詩だか俳句だか短歌だかを思い出したけれど、いまはそんなに風流な光景でもない。


 まずはお前から。そう笑ったコウモリは、大きく口を開ける。このパターンは“これ”しか考えられないだろうなと、私は全速力で泉の中に突っ込んだ。


 泉の水は冷たくて優しい。こぽん、という水に潜った瞬間の柔らかで軽やかな音のすぐ後に、キィィィ、と耳をつんざくような音が聞こえる。超音波に違いないだろうなと私は思った。手にしていたモノを二つ、水の中に落とす。


 コウモリと言えば超音波だろう。これはきっと、人の耳には聞こえないだろうが――私たち動物には致命的だ。悪意のある音の波は感覚も狂わせる。

 水の中に入ってしまえば、外の音はある程度和らげることが出来るが――


 私は勢いをつけて泉から飛び出る。やはり、大蛇たちとヘビザルは苦しそうだった。蛇には耳こそないが、音を感じる器官はあるのだから。

 マゾヒストの青年はなにが起こったのかわかっている。だからこそ、治療のためにママコンダに手を触れさせながらも、鞭を持って毅然としてコウモリを見つめていた。


 コウモリは空高く舞い上がり、私の手は届かない。


 ――そう、私の(・・)手には届かない。


 ちゃぷん、と泉の水が揺れる。

 “それ”がうまくいったことに、私はにんまりと笑った。


《――空から引きずり落としてあげる》


 泉から伸びた長い腕。それはコウモリを器用にからめ取り、地へと落とした。


 

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