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 ――生まれ変わったら鳥になりたい。


 確か、そう思って死んだ気がする。いや、そう思って死んだ。それどころか口にして死んだ。「生まれ変わったら鳥になってやるんだからなコンチクショー!」って叫んで死んだ。間違いない。


 その後、私の乗った飛行機は太平洋だか大西洋だかに向かって――おお、そうだ。墜落して私は空に散ったんだった……しかし、飛行機に乗ってもろくに飛べずに、墜落するしかなかったんだから私は一生飛べないんだろうなあ――あ、いや、もう一生は終えてたのか。


 鳥人間コンテストに参加したかったなー。

 本物の鳥の羽ばたきの優雅さにはもちろん遠く及ばないけれど、自分で飛ぶと言うところに意義があると思うんだよね。

 

 私は鳥が大好きだった。鳥が大好きすぎて鳥を見ただけで鳥の名前を空で言えるくらいだったし、鳥の骨格までちゃんと頭の中に入っている。鳥を飼える環境に無かったから鳥を飼うことはなかったけれど、鳥が好きすぎて鳥の骨格標本だとかフィギュアとかとにかく鳥を集めていた。鳥ラブ!! と感極まって叫んで変な目で見られたことも少なくない。部屋の中には鳥のものがたくさんある。友人を部屋に招く度に友人は顔をひきつらせた……ああん、懐かしい。


 そんな私はいつしか鳥のように空を飛びたいと願い――まあ実際に生身で飛べることはないのでせめてもと鉄の鳥――飛行機に乗って、南米にある有名な鳥だけがいる動物園に行くはずだったのだ。


 しかし、夢半ば。

 非常に口惜しいことに現地に到着する前に飛行機は墜落することになる。これが操縦ミスとかなら死んでも死にきれないし機長が死のうが操縦士が死のうが、私だけは生き残って海を泳いでわたり、件の動物園で死につつ鳥の餌になろうと――鳥につついて貰って鳥の血肉となり、鳥として生きてやろうと思っていたのに――。


 飛行機が墜落した原因はまさかのバード・ストライク。何だかよくわからないけれど、エンジンだかタービンだか、とにかく鳥がつっこんじゃまずいところに突っ込んでしまったらしく、飛行機のエンジンはイかれたのだそうだ。それなら仕方ないなと私は諦めた。そもそも、空とは鳥の楽園であり――人工の鉄の鳥、飛行機なんぞが羽ばたいて良いところではないのである。マイ・サンクチュアリ。空には何もいりません。鳥が飛べばよいのです!


 とはいえ、私だって死にたくはなかったのである。私は思う存分神を罵倒し、「生まれ変わったら鳥になってやるんだからなコンチクショー!」と叫んだ。思い切り叫んだ。せめて帰りのフライトで死なせてくれればよかったものをと生まれて初めて鳥を恨んだ。あー、鳥の楽園に行きたかった……


 そんなわけで今の私は翼のおれたエンジェル……もとい、元々翼すら存在しないただの死人である。


 はああああ、鳥、鳥ィ……と鳥が聞いたらびっくりするような形相と声をしながら私は鳥に対する愛を叫びつつさまよっていたのだけれども、いや、もしかすると普通の人でも引くのかも知れない。だけどちょっと鳥にしか目を向けない人生だったからその辺の常識はわかんないな!


「なにお前……」

「とりっ!?」

「いや、鳥ではない……」


 鳥鳥と鳥のことしか口にしていなかったせいか、とっさに出たのは「とり」と言う言葉だ。何だか鳴き声のようになってしまったなあ、と思っていれば、私に声をかけてきたモヒカン少年が引いた顔をする。鶏の鶏冠みたいな赤さだ。ヒいてるところ申し訳ないが、モヒカンはどうなんだ――モヒカンの方が一般人的にはヒけるぞ。


「お、おう……平気か? 死後の旅にはまだ出られないのか? 鳥鳥いってたけど腹でも空いてんのか? 神様権限で死後の旅の前の腹ごしらえくらいならさせてやるけど……いま出せる鳥料理っつったらぼんじりの焼き鳥くらいしかないけど……」

「何言ってるんですか!! 鳥を食べる!? 鶏みたいな頭しておいて鳥を!? 食べる!?」

「ひっ」


 あからさまに「絡んだらアカン系」の人に認識されたらしい。鶏のように愛おしい髪型をしたその少年は、そろそろと私から距離を取った。


「でもぼんじりの美味しさには負けますね。鳥を食べられるなら鳥下さい」

「ヒッ」


 ばっ! と手を出した私の手に、鶏少年はそっとぼんじりの串焼きを乗せてきた。どこから出したかは全く知らないが、塩とはおのれ――こいつ、出来る。

 ぼんじりは塩に限る。独特の感触の肉は噛みしめたときにじわりと口の中に脂が広がり、そこに塩が加わることで脂の甘さを引き立てる。甘ったるいタレなんて私は許さぬぞ。タレなぞは味のごまかしにしかならん! 塩こそ至高! 言い訳できない旨味! ナイスミネラル!


「美味しいねこのぼんじり! きみ、どこの焼鳥屋さん?」


 食いつぶしてあげてもいいよ! という笑みとともに鶏少年に首を傾げれば、「いや、あの」と非常に歯切れの悪い答え。


「イヤアノというお店かな? 案内してくれたらぼんじり食べちゃう!」

「――もおおお! 何なのお前! 俺神様だって言ったじゃん! さっきから脳内で鶏少年鶏少年って俺がまるで鶏みたいに馬鹿みてえな言いかたしてるし!」


 鶏みたいな頭をしている割には読心術をつかうとは。なかなか侮れん――そう思いながら私はぼんじりを貪る。うまい。もう一本。鼻に抜ける炭の香りがたまらないし、舌に残る脂と塩がもう、何というかですね。素晴らしいね。


「話聞けよ!」

「聞いてる」


 ぼんじりに九割意識もってかれてるけど。


「死後の旅に出ないのかって聞いてんの! こんなところでふらふらしてんじゃねえよ! 死んだらすぐ別の世界に魂ごとリサイクル! それがこの世の掟です! 休んでる暇なんてないんだからな本当は! ほら! 食ったらさっさと逝く! 厄介払いに一つだけお前の願いきいてやるから! さっさとどっかの世界行けよお……鳥鳥言った挙げ句にぼんじり食ってる女なんて怖いよお……俺の世界にこんな女がいたとか知りたくなかったよォ……」


 最後の方はもはや涙目になっていた鶏少年に食べ終わった焼き鳥の串を押しつけ、「じゃあ鳥にして下さい」と私は心から願った。


「鳥? 鳥で良いのか?」


 鳥は鳥を食べらんねえぞと鶏少年は言ったけれども、カナリアは自分の生んだ卵を食べることもある! 鳥が鳥を食わない保証はない! まあそれはどうでも良いのだ。


「鳥が良いんです。鳥じゃないと嫌です。飛行機に乗った理由も、簡潔に述べるなら鳥に食われて鳥の血となり肉となり、鳥として生きていくためでした」

「……ウワァ」


 ドン引いているがそんなことは私にはどうでも良いのだ。


「お、おう……じゃあ鳥な、鳥で良いんだよな……“石油王をオトせる顔立ち”とか“死に際の資産家の老人に取り入れるスキル”とかを身につけなくて良いんだな……?」

「人間に興味はない!」


 もちろん金にも!


 笑顔で言い切った私に、「もうこっちくんじゃねえよ」と半ば涙目になりつつも、鶏少年は私を“死後の旅”とやらに送り出してくれた。――いやあ、泣いて見送ってくれるなんて良いとこがあるじゃないか。

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