左の頬を殴るなら、右も殴ってください
すごくたまにだけど、俺の相棒と他の動物たちって会話できてるんじゃないかなって思うことがある。あ、たまにじゃないな。結構頻繁だった。少なくとも俺が構おうとした動物を片っ端からボコしながら会話してる気がする。
闘ってるときは割と頻繁にギャーギャー鳴くし。気合いでもいれてるのかー、なんて考えてた時期が俺にもあったけど、多分あれは気合いとかそんな可愛いものではなさそうだ。たまに、鳥だとは思えないほど怖い顔で笑ってるし。人にたとえるなら血に飢えたバーサーカーってところかな。はは、怖いな。
まあそれはともかくとして、相棒が他の動物と会話してるのかなって思うのは俺がまだ北国で鼻水垂らしてた頃からで、俺の相棒はやたら他の動物になつかれてた。中身はちょっと好戦的だけど、見た目はもっちりしてて可愛いし、動物たちの中でもアイドルだったのかもしれないよな。俺が相棒の隣を奪うまでは、いつでもアイツの隣には北国の動物がいたし。相棒を連れて帰ってこようとしたときに角狼が鳴いてたの思い出す。あれって今から考えると泣いてたのかなー。悪いことしたな。この旅から帰ったらあいつらに何か、生肉的なものをやりたいけど。これって死亡フラグってヤツかな?
俺の相棒のあの慕われっぷりからは少なくとも暴力をふるって動物を従えてた――なんてことはないだろう。見た目は可愛いし。鳴き声は可愛くないけどな! そこも魅力だろう。さっきもちっこいヘビザルを逃がすようにアナコンダの前に立ってたし、面倒見がいいのかもしれない。
俺は今、話してるかのようにぎゃあぎゃあと鳴く相棒と、それに鼻面つきあわせてる大きな赤い蛇を見てる。この赤い蛇はアナコンダだ。故郷の図鑑で目にしてたけど、本物はやっぱり格好いいし赤いし何よりでかい。鱗とか金属かなって思うくらいの光沢がある。艶々して軽いそれは、職業としての盗賊とかの鎧にも使われるって話だ。結構値が張るってダチの盗賊が言ってた。全く関係ないけど盗賊がダチにいると結構大変なんだぜ。あと勇者の友達とかも結構迷惑だった。あいつら人んちのタンスは開けるわ壷を割るわで一回母さんがキレたんだよな。
勇者は世界の平和を守るんだろう! 他人の家の平和を奪ってどうする! って怒ってたときは確かにその通りだと思った。あいつらいま何やってんだろ……。
遠い故郷の悪友を思い浮かべていれば、目の前の赤い鱗に現実に戻された。すごく目にいたい色だ。視覚的暴力とはこのことじゃないのか。
このアナコンダ、すごくでかくて丸太くらいの太さはあるだろうし、ちょっと寝袋になりそうな感じで心がときめかないわけでもない。ただ、俺も流石に蛇に丸飲みされるのは勘弁だから、口につっこんだりはしないけど! 多分な!
さっきまでこのアナコンダと、俺の相棒は争ってた。鱗はベリベリ剥がされてたし、嘴でつつかれるしでアナコンダ的には災難だったかもしれないけど、俺は動物と動物のいざこざは基本的に止めないようにしてる。
人間にはやっぱり、どうしても理解できないけど、野生の動物としては“闘うこと”がコミュニケーションの一つだって父さんが言ってたからだ。闘うことでお互いを認めることにつながるし、それでしか得られない動物特有のコミュニケーションもあるんだって。
俺にはまだよくわからないけど、闘った後でも和やかに鼻面つきあわせてるあの獣たちを見てるとそうなんだろうなって思う。
人はどうしてもあんな風に割り切れない。左の頬をぶん殴られたら右の頬を差し出す――なんてことは無理だ。左の頬をぶん殴られたら、右の頬をぶん殴ってやるとか、左もぶん殴るだとか、やっぱりそうなる。言葉では認め合ってても、腹の底ではどうしようもない感情が渦巻くのを知ってる。
――左頬をぶん殴られて右を差し出す人間がいたとしたならそれは俺みたいなヤツかな! ちょっと痛いの結構好きだよ! こんなこというと変な目で見られるからあんまり言わないようにはしてるけどな! でもなんか手遅れ的な感じはしなくもないかな!
まあともかく、アナコンダはやっぱり俺の相棒には勝てなくて終始圧倒されてた。あげくに、俺の相棒は塩まで使ってアナコンダを攻撃してた。すげえ。塩だぞ。石じゃなくて塩。ソルト。すごくないか? 俺は凄いと思った。どこの世界にそんなことする鳥がいるのか聞きたい。見てみたい。――って、ここにいたんだよな。
人よりも攻撃のレパートリーが豊富なんじゃないだろうか、俺の相棒は。本当に鳥なんだろうか。鳥の姿を借りた魔王とかじゃないんだろうか。あの“魔王”は自由自在に姿を変えられるって話だしなー。もうそろそろ魔王が復活するって話があったけど、どうなんだろう? 一度“普通の人に戻りたいの!”とか言ってた歌姫がまた舞台上に戻ってくるようなことはやめてほしい。そんなちょくちょく復活されても困る。魔王なら魔王らしく誰かに倒されて貰いたいもんだ。
まあそんな相棒だけど、こんなこというと変だと思われるかもしれないが、たまに、俺の相棒は人である俺より賢いんじゃないかとか、少なくとも人並みの知能を持ってそうな気がしてくる。普通、鳥は脳味噌が小さいからあまり頭が良くないと言われるけど、あいつに限ってそれはないと断言できる。だって塩だぞ。塩。舐めたらしょっぱいナイスミネラルだぞ。誰が武器に使うんだよ。拷問じみてたぞ。蛇とナメクジを勘違いしてるとしか思えない。結局倒してたから凄いけど! でももうあの塩食べらんないな……。
俺があいつのことを頭が良いなって思うのは、俺の言葉にも何かしらの反応は返すところ。大抵フリッパーで叩かれるけど、威嚇行為だったら残念だったな! 俺の中ではご褒美です!
俺の言葉がわかってるみたいな行動もたびたび見せる。何か言う前につっこんでいくし、サクサク相手を伸していくから俺が鞭を使う機会もなくて、ちょっと俺の存在意義を問わなきゃならないよな……。
母さんや父さんは相棒の“おまえのことはすべてまるまるお見通しだ!”みたいな行動を「それはおまえと動物の心が通い合っているから」なんて言ってたけど、そんな気は全くしない。俺は相棒の考えてることは全くわからないから。餌くれ、とかきもちわるっ! みたいなことを言いたいのは雰囲気ですごくよくわかるけど。なんかそれも悲しいよな……俺の魅力って餌だけなんだろうか。せつない。分かり切ってはいたけど。
俺はまだまだ獣使いとしては未熟だし、父さんや母さんの足元にも及ばないだろう――あ、いや、もしかしたら及んでるかもしれないけど隣には並べない。多分二人の絨毯として踏まれてるくらいの実力だ。まだまだケツも青いってこと。
父さんには鞭の扱い方は俺以上だぞ! 耐久力もな! ってほめられた。鞭の扱いに関しては、木々の間を縫って鞭を当てるくらいの腕はあるって自負してる。事実、この前の船でも扉に空いた穴から船長の顔ひっぱたくくらいは出来たしな。耐久力に関しては趣味と実益をかねたライフワークってやつですかね……?
でも、いくら鞭の扱いになれていたとしても、きちんと動物の言葉を理解してないんじゃ父さんや母さんは越せない。俺は鞭使いじゃなくて獣使いだから。言葉を理解しなくても良いから、動物が何をしたいのかをちゃんと理解できる必要がある。それが獣使いの素質だ。獣使いは動物を理解すればするほど動物に近い存在になるって聞くけど、それは野蛮になるってことじゃなくて、動物と一体化できるってことだ。
だから俺は相棒の言葉とかちゃんと理解したいんですけど!
――なんで俺は今回復したての蛇の背中に乗せられて強制的に移動させられてるんですかね! これは理解力があっても理解できないだろ! すげえ! 鱗すげえ! 記念に一枚持って帰りたいけどやったら振り落とされそうだから我慢しよう! でも鱗すげえ! 服に超突っかかる!
熟れた果実みたいに赤い身体をしたアナコンダは、するすると器用に密林を這っていく。木々の合間を縫っていくのは気持ちよいのだけれども、なんでこんな展開になってるのかは全くわからない。ただ、鼻面つきあわせて話してたっぽい俺の相棒と、このアナコンダの話の終着点がこれだったってのはわかる。どこに行く気だろう。ジャングルの奥地で蛇のお口にウェルカムされるのかな。鎧とか結構痛いと思うけど蛇的には問題なかったり?
「なあ、これどこに向かってるんだ?」
人の言葉なんて話せない奴らに向かって問いかけた。返ってくるのは沈黙だけだ。黙って俺についてこいってか! かっこいいなちくしょー! せめて鳴いてくれよ! 俺が泣くぞ!
アナコンダの頭にちょこんとのっかった俺の相棒の背中は「黙ってついてこい」と言っているみたいだ。その頭の上に乗っているヘビザルが何だか微笑ましい。動物たちの楽園にでも連れて行ってくれるのかなあ、なんて馬鹿げたこと考えてから、すでにこの密林自体が楽園みたいなものだよなあと思い直す。
土のにおいの混じるこの密林は、時折不気味な鳥の鳴き声が聞こえてビビる。餌くれコールしてるときの相棒の鳴き声よりうるさい。でも、異国の地にきたんだなー! って感じだ。あとは異国の地で白骨死体になって見つからないようにするだけ。俺は老後は故郷で北極熊と素手でやり合って死ぬつもりだから! むしろ食われたい勢いだから!
俺はぜんぜん世界なんか知らなくて、北国の吹雪でホワイトアウトする白い世界とか、重苦しい海の色とか、ひゃっこい雪とか、そんなのしかしらない。こんな目にいたいアナコンダの赤とか、見るからにさわっちゃいけなさそうな紫の色をした痺れ草とか感動モノだった。思わずさわった。触ってから革手袋してることに気づいてほっとした。痺れ草って触るととんでもないことになるって噂なんだよな。
蛇の背中に乗って密林を移動するとか、そんなことになるとも思わなかったから、何だか新鮮だ。旅にでたって感じ。
するすると滑るように密林を移動していた俺たちだけど、ふいに視界が開けて驚いた。
ただのジャングルだろうと思っていたのだが、視界の開けたそこには、泉の女神がすむような小さく美しい泉があった。泉を守るようにして生い茂る木々は、何だか先ほどまでとは違って神秘的に見える。
ほあああ、と口から間抜けな声が出てしまったけれど、まあ仕方ないな。大自然の美しさには着飾った言葉なんていらないだろう。
ただ、そんなきれいな泉の上にバタバタと飛んでいる大きな動物が気になった。真っ黒くて、でも鳥みたいに飛んでるそいつ。ほ乳類だけど飛んでるヤツ。つまりコウモリ。しかも何か赤いロープみたいなのくわえてるような気が――
俺は目を凝らしてそれを見てみる。
真っ赤なロープには見覚えがある。俺のすぐ下の鱗そっくりの色だ。ロープ自体の形状も、俺を乗せてくれてるアナコンダを小型化した感じだ。
――“アナコンダは生涯に一度子を産み、全身全霊を懸けて子を慈しむ”
俺の家にあった猛獣図鑑の一文が浮かんだ。
もしかしてこいつの子供なのかと目線の先にあるアナコンダの赤い頭を見つける。
俺が蛇から飛び降りるより先に、俺の相棒がアナコンダの頭の上で二度跳ねた。
何をする気かと俺が見ていれば、アナコンダが相棒が跳ねるタイミングに合わせて頭を思い切り持ち上げる。アナコンダのナイスアシストで宙を舞った俺の相棒は、狙い違わずコウモリへとつっこんでいく。思わず俺もアナコンダから滑り降りて、コウモリの元へと走った。
同じ話を二回も投稿していたので、ストックから新しい話を出してきました……