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塩の偉大さ思い知れ



 思い切りフリッパーで殴りつけただけあって、まず蛇の近くにいたマゾヒストがとばっちりをくらって吹っ飛んだ。吹っ飛んだ拍子に草むらにつっこんで「オウフッ」とか言ってるけど別にそれはいい。あの体の丈夫さなら何の問題もあるまい。


 おそらくは同時にぶっ飛んだ蛇の方が問題である。私は何の問題もないが、アナコンダからすれば急に攻撃を食らったのだから。怒っていてもおかしくはない。

 アナコンダは近くの木に頭をぶつけて、ふらふらと頭を振っていた。何が起こったか分からないようだ。とうぜんだ、何が起こったかわかっちゃう不意打ちは不意打ちにあらずッ! 相手の動揺を誘うのが不意打ちの醍醐味であるッ!


《ウワァ、不意打ちとは卑怯な……》


 ヘビザルのお子さまは黙ってらっしゃい。これは卑怯なのではありません! 戦略です! 皇帝は戦略を駆使して各地の主の領土をぶんどるのです!


 真っ赤なロープがゆらゆらと揺れるように、アナコンダは左右に体を振った。奇妙な青年に抱きつかれた挙げ句に頭に痛恨の一撃を食らったら精神的ダメージもそこそこだろう。

 だが! だが私は攻撃の手は緩めぬ! その体が体液で赤く染まるまで殴りつけてやるッ! バイオレンス上等! やられる前にやれ! 私と会ったこの日がお前の年貢の納め時よ!


 カカカカッとキツツキのごとく、野外ライブでヘドバンを披露するバンギャの如く嘴を突き立てれば、蛇は体をふりたくる。私を振り落とそうとしているのは明白だが甘いッ! 砂糖にコンデンスミルクを足して蜂蜜とメープルシロップを混ぜたくらい甘いッ! 私をただの太った鳥だと思うなよ! 


 振り落とされる前にとどめを刺してしまえばどうということはないのだ!


 嘴でべりべりと鱗をはがし、あらわになった皮膚にバチバチとフリッパーをブチ当てた。

 手のないアナコンダは体を転がすことでしか私を振り払う術はない。けれど、転がれば転がるほどアナコンダの体には土やら潰れた花やら、色々なものがへばりついた。見知らぬ果実や紫色の花、じめっとした色のなんか大きい虫。


《すげー! 太った鳥なのにすげー!》


 私の背後でヘビザルの子供がそんな風にはしゃいでいる。太った鳥だからなんだ! やれば出来るんですよ太った鳥でも! というか太ったという言葉はいらない! ペンギンからしたらこれが標準体型です!

 まったく霊長類はペンギンという種族を舐めすぎだと思う。南極に突然召喚されてペンギンに滅多打ちにされるくらいの恐怖を味わえばよいのに。


《――もう攻撃しなくていいんですか?》

《もう動けないからね》


 フリッパーを鼻あたりにブチ当て、それから蛇から飛び降りた私にヘビザルはこてりと首を傾げた。アナコンダは動かない。金色の瞳で私を憎々しげに見つめているが、きっと体が痺れていることだろう。ヤツは考えなしにもあの“痺れ草”――紫色の花の上をごろごろと転げ回り、私がはがした鱗の下からのぞく皮膚にべったりとその汁がついたのだから。鱗がついたままなら効くかどうかはわからないが、それなら鱗をはがしてしまえばいい。私の目論見はどんぴしゃだったようである。

 私だって毎回フリッパーをブチ当ててはいおしまい! ではないのである。たまにはかっこよく頭を使うときもあるのです!


 とどめを刺すまでもなく私の勝利は確定したのだから、これ以上痛めつける必要はない。これから必要なのは“精神的恐怖”だ。

 私は動けなくなったアナコンダの元に近寄り、フリッパーで優しく、ぺしぺしとその顔をたたいた。これ以上ないソフトタッチだが、アナコンダは冷や汗が止まらないような顔をしている。


 ビビれば大蛇とてミミズ! ミミズと大差ない無力さよ!


 にたぁ、と笑う私に、大蛇は目をそらした。

 今からお前は私に屈するのだぞ、という意味も込めて鋭い嘴を大蛇へとむける。


 蛇は猛禽類に食われることもある。太古の昔、まだ大蛇へ進化していない頃の蛇の本能的恐怖が残っているのか、大蛇はこの鋭い嘴を嫌っているようだ。ちくり、と剥き出しになった皮膚をつつけばびくびくと面白いようにおびえる。いいねその顔! もう一回!


《この地の主はあなたであってる?》


 アナコンダは口を開けない。ぎゅっと堅く口を閉ざすその様子は主にふさわしい威厳がある。が、私がほしいのはその腹も膨れない威厳ではなくてですね! 降伏宣言です!


《あってんの? ってきいてんの! ――ヘビザルくん、私につつかれたくなかったらそこで痛ましそうに蛇を見てるマゾヒストから塊奪って。半透明の。――肩に掛けた袋のポケットに入ってる》

《はっ、はいっ》


 ヘビザルがマゾヒストから塩の塊をぶんどってくる。結晶化した塩の塊は、不純物がたまに混じっているのか不穏な感じに白くくすんでいて、今回の目的にはぴったりだ。


 塩は偉大である。ナイスミネラルである。


 私はヘビザルから受け取った塩の塊、所謂岩塩を恭しくアナコンダの目の前にもってくる。なんだこれは、と言いたげにアナコンダは岩塩を見つめた。よし、この蛇は塩を知らない。私が塩の恐ろしさを見せつけてやろう!


 マゾヒストはそんな私たちを見つめている。多分、彼には私が「敵に塩を送る」ように見えているのかもしれないし、或いは負かした動物に私が慈悲をかけているように見えるのかもしれない。うんうん、仲がいいのはよいことだよな、みたいな顔をしているが、大間違いである。もう一度言う、大間違いだ!


 こいつは昔からそうだ。私の下僕を私の友達だと思ってるフシがある。別にかまいはしないが、私は仲良し帝国を作りたいわけではないし、殴り合いの末に結ばれる友情なんて不良マンガだけでいい。殴り合いの末にうまれるのはいつだって敗者と勝者のみ。これだけでいい。そっちの方が余程わかりやすいじゃないか。


《これ、何だか知ってる?》


 アナコンダは無言を貫き通しているが、恭しく石に触れているふりをしている私に怯えている。その石は何だと言わんげに見つめる不安そうな顔に、私は悪徳商法で稼ぐ人間の顔を作った。悪人の顔はこれに限りますね。あくどい顔が出来ているかどうかはわからないけど、蛇が怯えたから良しとする。


《――これは呪いの石。これを皮膚に触れさせると》


 ぺとり。


 私は遠慮なく傷口に岩塩を触れさせた。

 岩塩、すなわち言うまでもなく塩である。

 考えてみてほしい。出来たばかりの傷口に塩を触れさせるとどうなるかを。


 私はそんなマゾいことをしたことがないから全くわからないが、――多分、というか確実に痛いだろう。慣用句だかなんだかに《傷口に塩を塗る》なんて言葉があるくらいだから。砂糖だとどうなるんだろうか。こんどマゾヒストにやってみるのもいいかもしれない。痛いなら痛いで喜ぶだろうし、需要と供給が成立しているから問題ないだろう。


 ――さて、話を元に戻す。アナコンダは傷口に塩を塗り込まれた痛さでもだえた。だが、身体は痺れきって少しも動かせない。痛みに耐えるしかないのだ。はよ言え、言え、言わぬとこれだぞよ、と、私は国語の教科書に載っていた、門の上で死体漁りをする老婆を問いつめる男の如くアナコンダを問いつめた。


《ほらほらァ! 早くしないと呪いが全身を駆けめぐることになるよ》


 もう随分痛いんじゃないの? と私は追い打ちをかける。我ながらチンピラめいてると思った。

 ぶっちゃけた話ただの塩の塊にそんな力はない。呪いが回るとしてもそれは塩のせいじゃない。私の“早く話せよアナコンダ”という怨念じみた脅迫から産まれてくるものだろう。だが私は呪術師ではないのでそんなことは出来ない――と思う。


 塩には呪いなんてこれっぽっちもかかっちゃいないが、塩の塊を知らない蛇からすれば、半透明の石に触れただけで傷口がひりひりと痛むのだから、不気味なことこの上ないだろう。そこが狙い目で、“精神的苦痛”を与えるのにぴったりだと思った。


 呪いとは本来そんなものである。突き詰めれば精神的苦痛――相手を不安にさせられたらそれが呪いなのだ。日本人が日本語で「お前は明日の朝死ぬ! そういうのろいをかけたからな! 絶対なんだからな! 死んじゃうんだからな!」などと言われれば不安にもなるだろうが、たとえば知りもしないフランス語やサンスクリット語でそんなことを言われても意味が通じないから「何言ってんだこいつ」と不安にすらならない。言葉、意味が通じて、相手にほんのちょこっとでも不安感を植え付けることが出来たなら、そこで“呪い”は成立するのだ。


 私はその“呪い”に信憑性を持たせるためにわざわざ塩を持ってきただけで、こんなの人間相手には通じない。人は傷口に塩が触れたら痛いと知っているから。私が元は人間で相手が蛇だから出来ることだ。動物になっても私は元人間としての小狡さを捨てようとは思わない。相手は狡猾の比喩としても使われる蛇なのだし、その狡猾さでも上回ってやろうじゃないか!


《――主は》


 アナコンダは息も絶え絶えだった。

 主は、と私は聞き返す。


《主は――この森の主は、私ではない――》

《は?》


 思わず嘴が開く。口の中に虫がつっこんできた。今はペンギンだから躊躇なくむしゃむしゃできる。しないけど。

 

 主じゃないってことはこの蛇は一般的にその辺這いずり回ってる蛇ってこと? ボス的なアレでもなく? 普通の蛇?


 すみませんでした! 必要以上に痛めつけてすみません! 主じゃなかったんですね! 紛らわしいなこのやろー!


《そう、じゃあそういうことで》


 犬に噛まれたと思ってください、と皇帝らしく傍若無人にその場を去ろうとした私に、《待ってくれぬか》と真っ赤なアナコンダは苦しそうに息を吐き出す。そういえば結構な目に遭わせたのだし、せめて回復をとマゾヒストの尻をひっぱたき《回復よろしく!》と身振り手振りで獣使いにそれを伝える。伝わったかどうかはわからないが、マゾヒストははたかれたことに恍惚としている。いっそこの密林においていってやろうか。お前の存在意義を答えろ! 回復だろうが! 私に唯一出来ない“回復”を行えるのが君の役目なんじゃないのか!


《違う……助けてほしいんだ、私の――》


 アナコンダはそう言って意識を飛ばした。

 様子がおかしい。ちょっと昼寝ー、とか疲れちゃったから寝ちゃうー! とかの“意識を飛ばす”じゃなくて、本当に体がもたなくて倒れる感じ。ボコボコにした私が言うのもなんだけど、これはかなり危ないんじゃないだろうか。ただ、私はそこまで叩いてはいない――はずである。


 急いでマゾヒストを呼ぶ。

 何だか訳の分からない言葉を残して死なれるのはごめんだ。せめて全文を口にしてから逝け! 気になって夜も眠れないだろう!


 自分をボッコボコにした相手に助けを求めるってどんな状況だよと私は倒れたアナコンダに駆け寄った獣使いを見て思う。

 何か、やたら面倒なことに巻き込まれた気がしてならなかった。

 


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