表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/56

信仰、からの侵攻


 この世界には、私が前にいた世界の動物が少数ながら存在している。シャチしかり、ホッキョクグマしかり、ホオジロザメしかり。どれもみんな私の知っている名で呼ばれ――何故かは知らないが――、私はその中に皇帝ペンギン(自分の名)が含まれていないのかと調べたこともある。だが、わたしの期待に反してマゾヒストの家の本棚にあった動物図鑑にも、鳥図鑑にも、愛玩用動物図鑑にも、もちろん猛獣図鑑にも皇帝ペンギン(わたし)の名前はなかった。


 ただそのかわり、この世界にもアンデスフラミンゴがいることがわかった。アンデスフラミンゴとはその名の通りアンデスあたりに生息しているフラミンゴのこと。私は、この絶滅も危惧されているフラミンゴが鳥の中で一番好きだった。理由は特にない。強いて言うなら色だろうか? フラミンゴ全体の「水が冷たいので片足で立っています」みたいなところも好きだった。だったら水から出て暮らせよと言ってしまえるようなところが好きだった。


 あの独特の薄桃色はフラミンゴ達が食べる餌に含まれている色素によって作られるものだったか。記憶は遙か昔で、今の私にはそれが正しかったかもあやふやだ。だけれど、今でもあの鮮やかや薄桃色は、忘れることなんて出来やしない。私が一番愛し、望んだ色の鳥。風に儚く散りかける花のような、けれど力強く咲いている。そんな生命力あふれる鮮やかなフラミンゴのピンク色。


 春を表したかのようなピンク色が、枯れ草の散らばる濁った水場の近くで水浴びをしている――。そんな写真を見たときに、その色がひどく華やかに、鮮やかに見えたことに私は憧れを抱いたのかもしれない。

 今となっては何故好きになったのか、詳しくは思い出せないけれど、私はとにかくこの滅びそうな鳥が好きだったのだ。南米にいこうとしていたのも、この鳥を自然の中で見るためだった。見られたらいいなと思っていた。見たかった。


 ――できることなら! この子につつかれ血を肉を貪られ! アンデスフラミンゴの一部として私は生きたかったのだ! それくらい愛してた! 変だとか言うな! ただのフラミンゴ信仰だ! それくらい愛してた! 変だとか言うな! 日本は信仰の自由を認めていただろう!


 少々熱が入ってしまったが、そんな感じで私はこの鳥を殊更に好いていた。その鳥がこの世界にいると知ったときの私の嬉しさといったら。風呂上がりに食べようと思っていたアイスを父に食べられ、けれど母がそれより上等のアイスを買ってくれていたときくらいの――いや、それ以上の嬉しさだ。言葉で表現できるものではない。いいか、アイスの価値も高いんだからな。アイス程度か、とか思うんじゃない。食べ物の恨みは深いのである。


 なぜ、「アンデス」という地名がないはずのこの世界でこの鳥が「アンデスフラミンゴ」と呼ばれているのかは知らないし、追求しようとも思わない。そんなことを追求したところで何の役にも立たないだろう。私は別に、どこかの物語の主人公のように元の世界に戻りたいとも思わないし、この世界はそういう風に出来ているというのなら、私はそこに何の疑問も抱かない。“そういうモノ”だから。私はこの世界の動物達を支配下におければそれでいいのである。あと美味しい食べ物さえあれば何もいらない。


 そんな私だけれど、本当はこの鳥をもう一度見られるかもしれないと知ったとき、ひどく嬉しかったのだ。マゾヒストの旅について行く気になったのは、動物達を屈服させる目的の他に、このフラミンゴに会えるかもしれないなー、という希望がちらっとあったからだ。鳥図鑑に載っていたというのなら、世界を回ればどこかで会えるはずだ。絶滅していない限りは。


 アッでも会えなくても良いかもしんない! 私にとってアイドルみたいなものだから! ――私はアイドルはテレビの中で見られるだけでも満足なタイプだったのである。しかも意を決して見に行こうとしたら死んだし。ハァー、世の中って世知辛いわ。そりゃスれてフラミンゴ信仰から大陸侵攻にも乗り換えるわ。これもある種のしんこうの自由として認めてくれないかな! くれないだろうな!


 とにもかくにもそんな私のアイドル、アンデスフラミンゴちゃんだが――私がこの船室の前を通りかかったとき、この二人組は「アンデスフラミンゴを売りさばいたときに得た利益」について話していたのだ。その話を聞いて、ああこちらでも彼らは絶滅危惧種なのかもしれない――と私は漠然と思った。数が少なくなればなるほど、金に目のくらんだ人間の目に付きやすいのだ。皮肉なことに。


 彼らはきったねえ声で私のアイドルを売った金の使い道についてペラペラと話していたものだから――迷わずボコボコにしてやろうと思った。別にアンデスフラミンゴちゃんのためではない。私よりも早く実物のアンデスフラミンゴちゃんにあった挙げ句、売り飛ばしたこいつらが妬ましくてたまらないのである! 別にアンデスフラミンゴを売り飛ばしたのが妬ましいのではない! 密輸をしたということは! アンデスフラミンゴちゃんに! アンデスフラミンゴに触れたということである! 私は見たことすらないのに妬ましいと言わずして何と言おう! くそ! お前ら一本足にしてやろうか!


 そんなわけで男の急所に一撃を加えた私は、気絶しない絶妙な力加減で飽きるまで男の顔をフリッパーでビンタしたわけである。鼻水とよだれと血と涙でグチャグチャな男の顔はちょっと気持ち悪かったけれども、私の怒りは収まらないのである。くそ! 密輸したときにアンデスフラミンゴちゃんに触ったんだろ! 羨ましい! べしべし。


 バシバシと船室に響くフリッパーの音は男の悲鳴をかき消して、私は飽きた頃に男の鼻に一発入れて男を痛みから解放した。――強制的に意識をシャットアウトさせるという荒技で。ぶっちゃけた話、気絶させたのである。


 私は気絶した男達を踏み台に、机の上に広げられていた日誌のようなものに目を通した。しっかりアンデスフラミンゴちゃんの名前が記されている。許すまじ。そこには高値で売れるはずの動物の名と売ったときの値段と思われる金額などが詳細に記されていて――あっオオマグロサメとか書いてある。凄い臭い魚って聞いたからこの船の魚臭さはこのせいかもしれない――リストの一番下に私のことであろう「太ったトリ」があるのを見て確信した。


 こいつらは無謀にも私を売る気だったのだ――と。


 ふふ、と私はゆがんだ笑みを浮かべながら、船長室にむかうことにした。船長室がどこにあるかなんか知りはしないが、大抵悪の親玉はダンジョン()の奥まったところにいるのが通例だ――だから船長室も船の奥の方に向かえばあると思う――そうして下っ端にちまちまと攻撃させて、弱り切ったところを叩くというのだから卑怯だ。それも戦法の一つではあるが。


 気絶している二人組を踏みつけるように気をつけて、私は船室を出る。出る前に一度ちらりと船室を振り返ったが、今回は暴れただけあって部屋の様相が凄まじい。なんか壁はボコボコしてるし、鼻を打って鼻血を噴かせたときのそれが壁に散ってて少しホラーだ。でもまあ仕方がないだろう。私はこの件の大ボスであろう船長をとっちめ――否、徹底的に潰すために船長室へちょこちょことペンギンらしく走りながら向かう。見た目だけなら悩殺出来そうなくらいに可愛いし、お腹にちょっと血が飛んでても誰も気にしないと思う。見た目って本当に大事だなあ。


 私はあの二人組の顔を船内で見たことは今の今まで一度もない。四六時中甲板にはいたが、時折船室で媚びを売って人間から食べ物をせしめていたので、乗船者の顔はばっちり覚えている。意外と宝探し屋(トレジャーハンター)と名乗っている盗賊(シーフ)のおじさんが私に構ってくれたりした。あの人は見かけても殴らないようにしよう――おっと。思考がそれたが、つまりあの二人組は密航者ということで間違ってないし、このリストの中身をみるにあの二人組は密猟者だ。密猟者で密航者な男達に船室を与えられるとするなら――それは船長のみである。

 それでもってその船長が大ボスなら、私を捕まえろと指示して売りに出そうと愚策を練ったのもあの船長の仕業で間違ってないだろう。


 覚悟してろよあの髭面め。私を敵に回したらどうなるか――悪夢を見せてやる。



 そうして私は「乗船者一人残らずフルボッコ作戦」を急遽取りやめ、「船長にこの世の地獄を見せてやるぜ作戦」に取りかかったのである――まあ、いつもどおり殴ってつつくだけなんだけど。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ