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歩く無法地帯



 フリッパーの一振りで扉を粉砕し、私は意気揚々と外に出た。その扉、いくらなんでも壊れやすいだろって? そんなことはないのです。皇帝ペンギンが氷塊をフリッパーの一振りで粉砕することも南極ではザラなのです。ペンギンなめるなよ! 何度でも言うけど!


 早くも一発当てたせいか、私のフリッパーは更なる犠牲者を求めて疼いている。早く生身の軟らかい肉にこのフリッパーをぶち当てたいものである。堅い扉は呆気なく崩れるのでちょっとつまんないかな! かといってクラーケンの足みたいなぶよぶよした扉もイヤだけども!


 よちよちと見た目だけなら可愛らしく船内を歩いていた私は、たまたま通りかかった船室で腹の立つ会話を耳にした。部屋の扉を開けっ放しで話すからこんな目に遭うのだ。バカめ、と私はにたりと笑った。気分は鉈をもって徘徊するホッケーマスクの殺人鬼である。まあ命までは取らないけど。さすがの私も霊魂までは下僕にできないので……。


 私は無意味に殺生はしない主義なのである。必要にかられたら躊躇わないが。それほど自然界は恐ろしいのだと私は身をもって体験したので――私に狙われたのも恐ろしい自然界のせいだとして貰いたい。私は悪くない。悪いかもしれないが認めない。皇帝とは常に理不尽であるべきなのである。一般人に大迷惑をかけてこその皇帝なのである。


 私は扉の陰から船室の様子をのぞく。堂々と出て行ってもいいのだが、男たちの話している会話の内容がちょっと腹の立つものだったので、もう少し腹を立ててから八つ当たり気味に襲撃してやろうと思うのだ。怒りというエネルギーが時に自分の限界値をあっさり越えてしまうことを多くの人は知っている――と思う。


 ――第一犠牲者はっけーん。あ、もう一人いた。


 今回の犠牲者は二人。なかなか好調な滑り出しだ。

 フリッパーが血を求めてふるえている。私は高まる破壊衝動になんの躊躇いもなく身を預け、そっとその船室に身を滑り込ませた。船内には男が二人。会話に夢中でこちらには気づいていない。好都合だ。私は鉈を振りかざすホッケーマスクの殺人鬼のごとくにフリッパーを高らかと掲げ、二人の男のふくらはぎに思い切りそれをお見舞いした。


 バシン! とわりと重い音がして、男が二人とも膝から崩れ落ちる。「こいつ……!」と男の一人が叫びかけたので、それ以上大きな声を上げられる前に、くず折れた男の顔をフリッパーでぶっ叩いた。声を上げられるとこちらとしても面倒なので。人が寄ってきても勝つ自信はあるけれど、面倒事は少ない方がいい。それにどうせなら一人一人手に掛けたいんだよね。


 フリッパーに伝わる感覚としては、何となくだけど、コキャッという小粋な音が聞こえたから、鼻を折った気がする。これでも加減はしたんだけどなあ。もしかするとこの船上でまたフリッパーを鍛えてしまったのかもしれない。それはそれで別に良いけど。


 フリッパーに血が付いたのを確認した。これは間違いないな! 鼻を折ったに違いない! 私にあったのが運の尽きだと思ってくれ! 返り血がなんだかいろんなところにピッと飛んでいるけれど、刀傷沙汰ではないのでまだ人間よりましである。ちょっと鉄臭いから、あのマゾヒストならすぐ分かるかもしれない。何か言われたらフリッパーで叩くけども。


 鼻を打った男は簡単に意識を手放した。まあな、これを顔面に食らって平然としていられるのは北国の誇るマゾヒストくらいだろう。忌々しいけど。


 人の急所は常に真ん中にあるっていうのを私は知っている。腹は体の中心だし、鼻は顔の中心だ。股間については言及を避けるけれど、足の付け根の真ん中だよね。だから人を狙うときはまずこういうところから私は狙うのだけれども――何故かあの獣使い(マゾヒスト)にはあんまりきかない。せいぜい悶えるくらいだ。こういうときにあの人種って素晴らしいなと思うけれど、やっぱり見習う気にはなれない。


 もう一人の男の元へと私は顔を向ける。男はビクッと身を震わせた――が動かない。動けないといってもいいだろう。多分、男の足は今激痛に苛まれているはずである。皇帝ペンギンのフリッパーはふつうのサラリーマンの骨を折ることくらい楽勝なほどの力がある。氷塊を壊すくらいだから当たり前だ。


 私はさっきそれをこの男と、鼻から血を流してぶっ倒れている男にお披露目した。つまりこの男の足の骨は折れている、少なくともひびは入っちゃってるはずだ。まあな、これを食らって骨を折らないヤツなんて、体をいじめ抜いた結果にものすごい耐久性を得たうちのマゾヒストくらいだろう。忌々しいけど。


 ふふふ、と私は微笑んだ。畏怖の目でこちらを見てくるのがたまらなく良い。お前がどれだけの動物にその目をさせてきたのか、私が身をもって教えてやる。


 私は無言で男の足の付け根を嘴で突いた。汚っねー!

と自分でもいってやりたくなるが、まあ布越しだから平気だろ。それよりもまずこの男には制裁という名の激痛と恐怖を与えねば。


 狙い通り男は悶絶している。残念ながら私にはその痛みは分からないし、分かりたくもないけれど凄く痛いんだろうな――というのは想像がつく。痛みを感じさせるためにやっているのだから痛んで貰わなきゃ困るのだし。


 数々の動物をフリッパーの一撃において轟沈させてきた私だが、別に動物を虐待したいわけではないのだ。説得力ゼロかもしれないが、この見た目(皇帝ペンギン)である。ちょっとやそっとの攻撃程度じゃ、猛獣にはなめられて終わる。今の私の目的は“皇帝”ペンギンらしく大陸全土を統べることであり、その目的を達成するのに一番手っ取り早い方法が「徹底的な暴力に訴える」ということだっただけだ。中途半端はよくないよね! やるなら徹底的に! というのが私のモットーだ。これは今も昔も変わらない。


 徹底的な恐怖、暴力に脅かされてしまえば、どんな動物も自ずと相手に頭を垂れてしまうのである。死にたくないから。この辺は人と同じだろう。むしろ、生きることしか考えていないぶん、動物の方が本能に正直だから、この方法は非常に効果的だ――自分で言ってて思うけれども、人間のままだったら精神科医に連行されるのは避けられないだろう。だが、今の私はただの動物である。つまり何をヤっても法には問われない! ナイスペンギン! やったねペンギン! 歩く無法地帯とは私のことッ!


 さて、話を元に戻そう。


 みなさんお忘れかと思われるが、私は元々は「鳥を愛した人間」だったのだ。ただのバイオレンスペンギンではない。自分でも元の自分を見失いかけて野生のままに振る舞ってる自覚はあるけど!


 私がこの部屋を通りすがったときの会話は、鳥好きの私をぶち切れさせるのには十分だった。


 端的に言って、男たちは密輸をしていたのである。

 それも、私が愛してやまなかったあの薄桃色の鳥を。

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