徘徊する不審者
おかしいなと思いながら俺は甲板に出る。俺の相棒の、あの丸く太った鳥がいないのだ。――多分鳥だ。飛べないけど。あ、でも飛ぶように水を泳ぐのだと知っている。何度か、故郷の海で気持ちよさそうに泳ぐあいつを見たことがあったから。
何でそんなことを知ってるのかって? 俺とあいつは寒中水泳を楽しんだ仲だからなァ……。まあ、ほかのヤツが知らないことも知ってるってわけだ。寒中水泳は予想外の寒さに最初は死にかけたけれど、何回か繰り返してたら体が慣れたっぽくて、その内気持ちよくなったから、俺ってもしかすると前世が魚なのかな! 魚すげー嫌いなんだけどな! ハッ、もしかして魚だったから魚が食えないとかそういうやつなのかな。よく分からないけど。
そんなことより今は俺の相棒が気にかかる。あいつは珍しい鳥だから、もしかしたら誰かにさらわれたかもしれない。そんなことをしたってあいつに顔面をグチャグチャにされるだけだとは思うんだけど、まあ、一応探そうと思う。犠牲者を出さないためにも。あの生臭さが懐かしいや。
とりあえず俺は、俺に親しく話しかけてくれる女の人たちに声をかけてみることにした。あの人達も俺の相棒を可愛い可愛いと言って構っていたし、俺の相棒が船内をうろついていたら気づくだろう。
適当に近くにいた女性に声をかけてみる。あのー、すみません、俺の相棒見ませんでしたか。
「相棒? ……ああ、あの可愛い鳥……? よね?」
「そうですそうです。鳥かどうかはちょっと分かりかねますけど」
「鳥……じゃないの? 今日は見てないかな。甲板にいるんじゃない?」
「甲板にもいなくて。ちょっと参ったなあ――」
「ねえ、お兄さん獣使いでしょ――あの子も可愛いけど、もっと可愛い子を飼ってみない?」
「あ、すみません。人には興味ないので」
うっふん、とあからさまな空気を作ってくれた目の前の女の人だが、生憎と俺は獣以外に興味はない。というか、動物を「飼う」と表現する人なんて興味がない。
俺にとって動物とは仲間であり、また掛け替えのない相棒だ。彼らを「飼っている」んじゃない。彼らと「共にいる」んだ。大半の獣使いも、多くの人も、その辺を履き違えているよと母さんは俺に教え込んだ。その通りだと思う。
“動物を「飼う」と表現する” 人には興味ないので、といいきると、目の前の女の人は固まった。何がそんなに衝撃だったのだろうか。あれ? 俺もしかして言葉足りなかった? まあいいや。
彼女にとっては動物はあくまで「飼う」ものだったからなのだろうか、彼女は驚愕の……ううん、なんか蔑んだ目で俺を見てる。いいねその顔。ゾクゾクする! ……じゃなくて、意見の食い違いくらいでここまで衝撃を受けるとなると、今後の彼女の人生が危ぶまれる。目玉焼きにかけるソースとか塩とかの論争でいちいちショック受けるのかなあ。女性は繊細だなあ。
ほうけてしまった女性をそのままに、俺は食堂――まあ多分ただの船室だけど――に向かい、無精ひげを生やした遊び人風の男に話を聞いてみた。食堂と言っていいのかどうかよく分からない食堂にいつも居座っている男である。彼の話によると彼の職業は“トレジャーハンター”だそうだが、十中八九は“盗賊”だろう。あくまで職業としての、だが。身のこなしがいちいち軽やかだし、足音もあまりたてないからすぐにわかった。何より、近所にすんでいた冒険者上がりのステイルおじさんと似ている。暗いところとか狭いところを好み、なんか動きの速いところはゴキブリそっくりだ。あっ、人に使っていい形容詞ではないな! 目の前のおっさんごめん!
「すみません、俺の相棒知りません?」
「んー? あぁ、あの太ったヤツ?」
「ええ」
男は知らねえな、と口にした。ずっと食堂にいるし、とも。
まあそうだろうなと思う。彼が手にしているマグカップには温かい茶が注がれていたのだろうけれど、肝心の男は茶を片手にスルメをちびちび噛んでいたらしいのでとっくに冷め切って湯気も出ていないし、何より部屋がイカ臭い。スルメを長い時間食べ続けているからこそ食堂にこのスルメ臭さが染み着いているのだ。やめてくれよ。くせえよ。
「ほれ」
男が新しいスルメを取り出し、俺に渡してくる。何だろうと首を傾げていれば、「餌で釣ればくるんじゃねえの」と口にした。――なるほど! あいつはちょっと気むずかしくてすぐにあの翼もどきでべちべち叩いてくるけれど、食い意地がはっているというか――食べ物にかける情熱はすばらしい。そこがかわいいんだけども。
「ありがとうございます」
「いーって。速く見つけに行ったれ」
見た目的にはどうだかなあと思っていたけれど、この無精ひげの盗賊はなかなか、性格がよろしいらしい。わりと良い人だなあと思いながら、俺はスルメを片手に食堂を出た。ゴキブリそっくりとか思ってしまって申し訳なかった。でも似てる。
うーん。
どこにいったものか、と俺は考える。
相棒が行くところと言えば俺の部屋と甲板くらいだ。あいつは風に当たるのが好きだからな。
それでも何となく気になることがあって、俺は船長室に向かった。――多分、獣使いってのは自分の勘まで獣じみたものになるんだろうなあ。
***
俺が船長室に向かったとき、通りかかった船室からとんでもない臭いがしていた。獣使いはほかの人間より何故か鼻が良くなる。獣に近づいてるのかもしれない。まあそれはおいておくとして、そのとんでもない臭い――血の臭いに驚いた俺は、そっとその部屋をのぞきこんだのだ。海賊でも入ってきたのかなとか思って。でも違った。もっと危ないものだった。多分俺の相棒だ。
そっとのぞき込んだ部屋は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していて。まるでどこかの猛獣に襲われたかのように部屋の壁はぼっこぼこだし、至る所に穴はあいてるし。何より血を流して倒れている同乗者……? が二人も転がっていた。長い間船にカンヅメ状態だったけど、こんな人間みたことないぞ?
近寄ってぶっ倒れた二人の顔を検分してみるけど、多分……多分見たことないんだよな……いや、服装からしたら間違いなく見たことない部類なんだけど、その……肝心の顔がなァ……。
船は狭いしストレスたまっちゃってたのかね、こりゃ――と俺は頭を抱える。俺の相棒は見た目に似合わずわりと凶暴なんだって、俺は知ってた。俺自身、あの翼みたいなやつでバシバシ叩かれてるから分かる。ちょっと気持ちよくなっちゃって意識とびそうになってるけどわかる。あれ、超痛い。マジで痛い。母さんの張り手よりも、父さんの拳骨よりも痛い。ホントに。
その愛すべき相棒の犠牲となったらしい二人の顔はパンパンに腫れてて、鼻から垂れる血とか、折れちゃった鼻っ柱をみるあたり、あの翼みたいなところでフルスイングされてるんだと思う。うへえ……俺だって顔面叩かれたことはないのに。うらやま……じゃなくて、あとでちゃんと注意しとこ……。ストレス解消で殴るんなら俺を殴りなさいって。需要と供給のマッチ。素晴らしいよな! 何がとは言わないけど!
倒れた二人にそれとなく治癒魔法をかけようとして、俺は机の上に開かれていた日誌に目を通した。だって見て下さいとばかりに開かれたままおいてあるんだ。見ちゃったのはもう仕方ない。――ただ、そこに書いてある文言に俺は目を奪われて、それからこの、顔をパンパンに腫らしてぶっ倒れてる二人組が、もしかすると相当な悪党なのかもしれないという結論に至った。
日誌の内容はともすると何かの目録に見えないこともない。書いてあるのは地名が二つと動物の名前、それから日付、そして金額。数字の横にお金の単位が書いてあるからまず間違いなくこれは金額だろう。
「出発地、到着地、密輸する動物、取引先に受け渡した日にち、貰った代金――だろうな」
俺だって獣使いだ。そこの目録じみた日誌に並べられている動物の名が、すごく珍しいものだってことくらい分かる。――あ、アンデスフラミンゴの名前が載ってる。こいつも絶滅危惧種だったなあ。実家の鳥図鑑で俺の相棒が見入ってた鳥だ。ピンク色が好きなのかな? 凶暴でも女の子だしなあ。
俺を一番怒らせたのは、その目録の一番最後に記された動物の名前だった。最後に書かれている動物の名は“太ったトリ”。ほかに並べられている情報は出発地くらいしかない。間違いない、これは俺の相棒のことだ。
俺の相棒は珍しい。脂肪を蓄えた姿から、寒冷地にすむ動物だってことくらいは想像付いてたんだけど、あいつを小さいときに家につれてきた時に、俺の父さんも母さんもあんな動物は見たことないっていってた。自慢じゃないが俺の父さんも母さんも世界に名を轟かせたらしい獣使いだ。今は隠居して北国でくらしてるけど、昔は冒険しまくってたって話。その二人が「見たことない」と断言してるから、俺の相棒は本当に珍しい種族なんだと思う。もしかすると、この世でたった一匹しかいないかもしれない。
だから、誰もあいつの種族名を知らない。鶏とか、ライオンとか、ツタトカゲとか角狼とか、そんな名前すらあいつにはない。みんな「太った鳥」ってよぶけど、あいつはそれを種族名とは認めてない――と思う。獣使い的になんとなくそう思うだけだが。
だから、「太ったトリ」なんて一見あほらしい名前しか書いていないのは何よりの証拠だ。それでもってあいつは捕まったところを逃げ出してボコボコにしたのだろう。目録のアイツの上には「オオマグロサメ」と書いてあって、この船の魚臭さに納得がいった。
オオマグロサメ、美味しいらしいんだけど数が少なくて――捕っちゃいけないってつい最近決まったんだ。それでも秘密裏に取り引きされてて、値段はバカ高い。それでもってすごく臭い魚。俺には魚のおいしさとかよくわかんないから、ただ単に臭い魚になってる。
へえ、と俺は気づいたら唇歪めてた。
転がってる顔パンパンの二人組を眺める。獣使いとしては、――否、動物と友好関係を結ばさせて貰っている身としてはこのことは見逃せない。俺の相棒もそんな感じだったのだろうか。取りあえず、治療する手をとめた。こいつらはもう少し顔踏んづけて歯を二、三本なくすのがいい。人によってはそこまでしなくとも、と思うものはいるだろう。けれど俺にとってはそれくらいの出来事だ。
俺は獣使い。獣を使って己の身を守る、身勝手な職業についている。
――だから、こんな時くらいは獣を護りたい。それが俺の自己満足であるのは分かり切ってるけど、犠牲になる獣が未来に増えないように。俺はそれが獣使いの役割なんだろうなって父親から何となく教えられた。獣に身を守って貰って、そのお礼に獣を護る。それが、ほんとの獣使いなんだよ。
俺は気絶したままの二人を見やる。縛って体の自由を奪ってから、その辺に落ちていた麻の袋に詰めておいた。動物と同じ目に遭うのが一番いいだろう。はやく目を覚ましてパニックに陥って貰いたいものだ。机に起きっぱなしの、日誌めいた犯罪の証拠を懐に入れる。
今度はどこに向かおうかと考えて、やっぱり俺は最初の予定通りに船長室に向かうことにする。多分こいつらはこの船の船長とつながっていると考えて間違いないはず。そうでなきゃ、密航者に――しかも密猟者なんかに部屋は与えられないはずだから。
徘徊する被虐趣味者




