第7話
室町君に声をかけると思い詰めてから、はや4限。
耳に快く入る男性の笑い声が聞こえ、小百合は足を止めた。
廊下の窓から、向かいの窓にいる室町君と彼の友達の姿が見えた。
ちょうど昼時。
時間もありそうだ。
小百合は決心して近づいた。
「あの、室町君」
声を掛けると、室町君が振り向いた。
「ああ、入野さん」
見下ろす瞳は、艶やかな黒。高い鼻梁に、形の良い輪郭。近いほど圧倒的に美男子。そのあまりの威力に小百合は呆然となりかけた。
「何?」
と言われて、室町君にがっかりする。昨日は小百合のことを心配してくれていると思っていたのに。
小百合は出鼻をくじかれ、動揺し始めた。
それでも聞かなければならない。室町君は頼みの綱だ。
「ええと、あの・・その、用はあるの。要はその・・・」
「今日は言い天気だね」
「ええ、本日はお日柄もよく・・・・」
自分では何を言っているのか分からない。
「入野さんて、授業中も静かに勉強してるんだね」
授業中?のことなんて、自分では気にかけたことがないことを言われて、小百合はきょとんと室町君を見た。
「勉強熱心なんだね。生物の授業なんかじゃ、他の女子は、汚いって触らないってのに」
「ああ、一穂が生き物好きだから。一穂っていうのは私の小さい頃からの友達で、その一穂が生物好きで、田んぼの生き物とか大好きで、トンボとか詳しくて・・・私も、小さい頃から一穂によく聞かされているからかな」
もう何を言っているのか。自分で自分を叱りたくなった。
「一穂?ああ、3組の北川さんか?」
「うん、そう。私の友達」
「そういや、いつも一緒にいるの、見かけるね」
はははと笑い合い、いかんと小百合は思った。こんな話してどうする。
「あの、話が」
と切り出しかけて、
「おい、室町」
と、彼の友達が名前を呼んだ。室町君はつと目をそらした。
「ああ、行くよ」
彼は小百合を見て、
「ごめん、昼休みはあいつらに呼ばれてる」
「あ、そう・・・なの」
慌しく行き始めた室町君に、小百合はなんとも言い出せなかった。
「話があるなら、また聞くよ」
室町君はそれだけ言い置いて、行ってしまった。
ああ~どうして聞けなかったのよ。
小百合はため息をついた。
反省して、自分を叱咤激励し、次は必ずと奮起した。
仕方がないでないか。聞けなかったんだから。
次に聞くしかないんだから。
教室に戻りかけて、小百合は今度は一穂の姿を見かけた。
廊下を行くと、
「やっぱり、三大寺君は間違ってないって言い張るわけ?絶対絶対、自分が正しいって思っているわけ?そういう人間?」
「僕はそんなに横暴で頑固で、自己中心的な人間ではないつもりなんだが・・・」
廊下を曲がってすぐ北川一穂と三大寺寛二が話しこんでいた。
物事をはっきり言う一穂。反対に、生物部の白衣を来てメガネでいつもむっつりしている三大寺君。
一穂にいつもの調子で話されては、三大寺君も教師に怒られる生徒のようだ。
「私は、間違っているなんて、人に言ったらいけないと思うわ」
おまけに、久住鈴花まで仲間に入っている。
久住さんは性格悪いと思う。
一穂にも言ってやりたいが、いったいどうして三人で話しているのだろう?
「ねえ、私も、私も、絶対私も」
時々、甲高い声で五月蝿い久住の声が、小百合の耳をつんざく。
何か、いつもと違う雰囲気だった。
と、一穂が小百合に気づいて、
「あら、小百合、何かあった?」
小百合に近づいてきたので、小百合は慌てた。
「ううん、何でもない」
とりあえず、小百合はそう言った。
「珍しいじゃない。昼休み廊下をうろついてるなんて。何で?」
「何でって、何でもないからよ」
「そう?用事でもあったの?」
「いや、その・・・」
「あのう、北川君」
そこへ、当の三大寺君が、恐る恐るながら一穂に話しかけてきた。
「ああ、そうだったわね」
一穂は迷ったようだが、仕方なさそうに三大寺君のほうへ言った。
小百合のほうが、気になる。
「あれを見たっていう人いるの?」
「あれはそんなおいそれと見れるものではないんだ・・・」
何の話をしているのだろう?
小百合は気を引かれたが、理論家の一穂は、こちらから話されるのを嫌う。考えがまとまるまで、黙っているほうだ。
また後で話しかけようと思った。
それより、小百合は自分のことだった。
早く聞かなければならない。
同じ学校に総会長はいる。
朝のあの調子なら、いつまだなのか?と言い出しかねない。